あのGSが「役員のプロフィール写真」をすべて撮り直したワケ
プレジデントオンライン / 2020年7月16日 9時15分
※本稿は、キャシー松井『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます 励まし方、評価方法、伝え方 10ヶ条』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■GAFAにドレスコードで負けるわけにはいかない
2019年、ゴールドマン・サックスはその150年の歴史の中で初めてドレスコードを変更して、「フレキシブル・ドレスコード」、つまりTPOをわきまえたうえでのカジュアルウェア解禁となりました。最初は恐る恐るだった社員も、今では当たり前のようにジーンズで出勤しています。サンフランシスコやシリコンバレーのテクノロジー企業ではスーツを着た人を探すほうが難しいかもしれません。世界的なIT企業のグーグルやアマゾンと優秀な人材をめぐって争わなければならない私たちにとっては、ドレスコードで負けるわけにはいきません。
先日、当社の広報スタッフから「キャシー、公式ウェブサイトに使うあなたのプロフィール写真を撮り直したいのですが」とオファーを受けました。前の写真を撮ってからだいぶ時間が経っていたので、更新の時期が来たのかなと思っていました。しかしほどなく、写真を撮り直していたのは私ひとりではないと気が付きました。ニューヨーク本社をはじめ、全世界の役員すべてのプロフィール写真が次々と新しくなっていたのです。
■「マッチョで古い業界」と思われないために
役員の新しいプロフィール写真は、オフィスの窓際などカジュアルな雰囲気の場所で、男性の多くはノーネクタイ、女性も柔らかな色合いの服装で、にっこりと親しみやすい表情を浮かべた写真が選ばれているように感じました。
広報スタッフによれば、それはドレスコードの変更とも関係しているそうです。よりソフトな印象の写真には、人間らしい温かみを感じます。以前のプロフィール写真はパスポートにでも使われるようなブルーの背景に、金融業界らしくかっちりしたスーツ姿で真面目な表情をしたものがほとんどでした。それではいかにも堅いというか、マッチョで古い業界というイメージを若い世代に持たれてしまうのではないか。2018年、新たに当社CEOに就任したデービッド・ソロモン(彼はクラブミュージックのDJとしても活動しています!)はそうした危惧(きぐ)から、自社イメージの刷新に踏み切ったようです。
■少子化時代の課題「優秀な若手人材の獲得」
人口動態の問題として日本や欧米はもとより中国など東アジアでも、少子化が進んでいます。世界的な現象として、ミレニアル世代を含めた次世代の人材―しかも潜在能力が高くイノベーティブな力を持った人材の獲得が企業の生き残りをかけた最重要課題になっているのは間違いありません。女性だけでなく、男性も含めた次世代の優秀な人材を獲得し、自社のために能力を発揮してもらうには、企業としても職場の環境、制度、マネージメント、企業イメージから経営陣の意識にいたるまで、旧来の価値観を大きく転換する必要があるのです。
というのも、「ミレニアル世代」は、私たち前世代とは違ういくつかの特徴を持っています。その一つが、生まれた時からパソコンやスマートフォンが身近にある「デジタル・ネイティブ」であることがあげられるでしょう。インターネットやSNSを日常的に駆使している彼らは、先端技術と親和性が高く、情報リテラシーにも長けています。
■組織への忠誠より個人の幸せを優先する世代
私たちが学業を終えて就職先をどこにしようか選ぶときには、情報源となるのは企業が配るパンフレットや大学のOB・OGなどの体験談しかありませんでした。給与や制度、福利厚生についても公式なデータを参考にしていたと思います。それは転職先を調査するときにも、同じでした。
しかし現在は、たとえばグラスドア(米国の転職情報に関する口コミサイトの最大手)のように、匿名(とくめい)で「この会社の制度はここが良くない」「自分はこういう仕事で、入社何年目で給与はこれくらい」といった、かなり機密に近い情報がオープンにされています。情報の壁がどんどん薄くなる時代、企業がどれだけ体裁をつくろって内実を隠そうとしても、オープンな情報に慣れ親しんでいる「ミレニアル世代」には容易に見抜かれてしまうと覚悟しなければなりません。
また「ミレニアル世代」は組織への忠誠よりも、個人の幸せや快適さを優先するといわれている世代です。年功序列や終身雇用によるキャリア形成に興味を持たないのはもとより、転職に対する後ろめたさや罪悪感もほとんどありません。また就職先を選ぶ場合にも、企業のブランドよりも、どのようなスキルや経験が身につくかを重視する傾向も強い。そのためには企業内での配置転換も積極的に求めますし、休職をして大学院等で学び直すことにも抵抗がないようです。
■キャリアは「梯子」ではなく「ジャングルジム」
前出のフェイスブックCOO・シェリル・サンドバーグ氏は著書のなかで、キャリアは上へ真っ直ぐに伸びる「梯子(はしご)」ではなく「ジャングルジム」だというコンセプトを広めています。学校を卒業してからリタイアするまで、予測可能な階段を上がっていくというより、水平に動いたり、予想外のジャンプをするのが「ミレニアル世代」のキャリアに対する意識だといえるでしょう。
梯子には広がりがない。上るか下りるか、とどまるか出て行くか、どちらかしかない。ジャングルジムにはもっと自由な回り道の余地がある。梯子の場合、上りは一本道だが、ジャングルジムならてっぺんに行く道筋はいくつもある。ジャングルジム・モデルは誰にとってもメリットがあるが、女性にとってはとくに好ましい。これなら、就職、転職は言うまでもなく、外的な要因で行く手を阻まれたときも、しばらく仕事を離れてから復帰するときも、さまざまな道を探すことができる。ときに下がったり、迂回したり、行き詰まったりしながら自分なりの道を進んで行けるなら、最終目的地に到達する確率は高まるにちがいない。それにジャングルジムなら、てっぺんにいる人だけでなく、大勢がすてきな眺望を手に入れられる。梯子だと、ほとんどの人は上の人のお尻しか見られないだろう。〉
(『LEAN IN(リーン・イン)女性、仕事、リーダーへの意欲』シェリル・サンドバーグ著、村井章子訳、日本経済新聞出版社、2013年、P76)
梯子よりもジャングルジムをイメージしてキャリアを積んでいく世代が増えるなかで、企業はどのような努力をして人材をつなぎとめていけばいいのか。私たちゴールドマン・サックスは、これまで紹介したような女性の活躍推進をサポートする制度だけでなく、さまざまなバックグラウンドを持った社員が自分の能力を発揮できる仕組みを設け、さらにそれを地域ごと、時代の変化に合わせて刷新を繰り返しています。実際に利用する社員の意見も反映されるように、アンケートや聞き取り調査、グループミーティングも実施しています。
■リクエストに答えて作った「コラボレーション・スペース」
![キャシー松井『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます 励まし方、評価方法、伝え方 10ヶ条』(中公新書ラクレ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/7/200/img_877a07c15b9178fcabcc2d9bc29024cc461930.jpg)
70%を占めるミレニアル世代の社員のリクエストでトレーディングフロアに設けられたのが「コラボレーション・スペース」です。会議室ではなく、もっとオープンでモダンなスペースで社内ミーティングができれば、という要望に応えたものです。ミーティングというほど堅苦しくなく、上司や同僚とカジュアルに話ができるスペースとして社員にも好評だということです。またこのスペースにはコンピューターや電話を備えたデスクもあり、通常の仕事もできるようになっています。いつもと違う場所で仕事をするのも気分転換になりますね。
他にも、シリコンバレーの新興IT企業などが取り入れているエスプレッソバーや、食べ放題のスナックコーナーといったアイデアもありましたが、当社ではまだそこまで意識改革が進んでいません(笑)。とはいえ若い世代ができるだけ働きやすく、長期間この職場で活躍してくれるために必要な対策は、今後もさまざまな角度から考えていかなければならないと感じています。
「そこまでしなければいけないのか」という、企業トップのため息が聞こえてきそうですね。ええ、「そこまで」しなければ、今後ますます激化の一途をたどる「人材戦争」に勝利することは不可能なのです。
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ゴールドマン・サックス証券 副会長
1965年米国生まれ。ハーバード大学卒業、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院修了。90年バークレイズ証券、94年ゴールドマン・サックス証券入社。99年に「ウーマノミクス」を発表し、日本政府が打ち出した「女性活躍」の裏付けになる。『インスティテューショナル・インベスター』誌日本株式投資戦略部門アナリストランキングで1位を獲得。2015年から現職。チーフ日本株ストラテジストとして活躍する一方、アジア女子大学の理事会メンバーも務める。1男1女の母。
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(ゴールドマン・サックス証券 副会長 キャシー 松井)
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