香港に異変「反中国政府デモに人が集まらない」その理由
プレジデントオンライン / 2020年6月26日 9時15分
■「事態が変わらない」と諦めムードが広がっている
昨年夏以降、幾度となく市民と警官隊による激しい衝突が起きている香港。空港の閉鎖や市街地での混乱により、外国からの訪問客が減少。これにコロナ禍が追い討ちをかけ、中国政府による「国家安全法」の導入問題が重なる格好となり、香港はかつてない「危機」に陥っている。
若者を中心とする民主化運動を進める人々の間では「いくら抗議活動を行っても、事態が変わらない」といった諦めのようなムードが広がっている。一方で、日頃の生活を維持するのが精いっぱいの労働者層の間では「誰でも良いから、早くデモ活動を抑えてほしい」というのが本音のようだ。
香港紙「明報」はさる5月、香港の社会情勢をどう捉えるかを尋ねるアンケートを実施した。その結果を見ると、「香港の社会の前途に期待できない」との回答が50%超、「中央政府を信任するか否か」では10点満点で0点が47%にも達している。つまり、半数の市民が「香港の将来に失望」していることがうかがえる。
■中国からの独立はもちろん、反政府行為も「犯罪」
中国が進める「香港国家安全維持法案」は欧米を中心に「一国二制度」に抵触するとの懸念の声が強いが、それでも7月中には成立する見通しだ。全人代の常務委での討論を経て、次のような「禁止行為」が盛り込まれた。
成立すると、次の4つの行為が国家安全を脅かす犯罪行為として禁じられる。
・中国からの離脱を目指す「分離独立行為」
・中央政府の権力もしくは権威の弱体化を意図する「反政府行為」
・他人への暴力や脅迫を仕掛ける「テロ行為」
・外国勢力との結託
うち、4つ目の項目はもともと「国外勢力による香港への干渉活動」となっていたが、これを外すことで諸外国からの懸念や批判をかわそうとする意図を感じる。ただ、新たに「外国勢力との結託が違法」と記されたことで、民主派が外国勢力の支援を受けながら活動する芽を摘み取られる可能性が高い。
また、既存の香港の法律と矛盾した際には、維持法の規定を優先して適用するとの付則も付くという。つまり中央政府に主導権があると示した格好となっている。こうした状況の中、中国政府は目下、香港の議会に当たる「立法会」での採決を経ない形で同法案の成立を目指そうとしている。
■ストやボイコット運動に人が集まらない
一定数の市民は依然として、同法案の廃案に向けた抗議活動を進めようとしている。
さる6月20日、香港の労働組合と学生団体が共同で、同法導入に抗議するゼネラルストライキ実施の是非を問う投票を行った。投票を呼びかけた側は6万人が投票すると期待したものの、実際に行動を起こしたのは1万人に満たなかった。得票分の大多数はゼネスト支持を訴えているものの、反対活動の勢いは確実にそがれている。
また、中学生らが授業をボイコットしようと呼びかける投票も同時に行われていたが、賛成者数は主催者が目標としていた水準に達せず、こちらもボイコットの実施を見送るとの声明を出している。
新型コロナウイルス感染拡大により、こうしたムーブメントは失速を余儀なくされたと見ることもできようか。多くの人々が「現状を変えることができない無力感」に打ちひしがれていることだろう。もし同法が成立し、香港に見かけ上の安定が訪れたとしても、それは「ある種の強力な圧力によるもの」と判断すべきかもしれない。ひいては、表に出ないところで活動が継続され、ゲリラ的なテロ行為につながる危険性も排除できない。
■「お金にならない政治活動」に興味がない人々
世界各国が香港のゆくえに注目し、政治的存亡の危機にさらされている中、当の香港市民でもこうした動きに興味を向けない人々がいる。それは低賃金で長時間労働を強いられている労働者だ。
香港の不動産価格は過去10年でおよそ3倍に値上がりした物件も少なくない。その結果、多くの人々の家賃支出は収入と釣り合わず、ついには大量のホームレスを生み出すこととなった。貧困層救済のために政府は公営住宅を斡旋(あっせん)しているものの、目下3~4年待ちはザラ、という状況だ。
いまや、香港では貧困ラインを下回る「絶対貧困者」(※)は5人に1人という割合にまで増加。「貧富の差」は過去40年間で最大レベルに広がってしまった。コロナ禍以前は、深夜に24時間営業のマクドナルドに行くと「ここなら安全で治安が良いから」と大勢の「家なき人々」が寝込んでいるのを目にした。生活保護を受けても、その金額は広さわずか9~10平方メートルの簡易宿舎の家賃平均を下回る。こうした困窮する人々が「お金にならない政治活動」に興味を持つとは到底考えられない。
※必要最低限の生活水準を維持するための食糧・生活必需品を購入できる所得・消費水準に達していない人を指す。
■「もう中国の領土なのだから」
もっとも「国境」を越えて中国本土の深センに行けば、香港の家賃相場のわずか20~25%の予算があればそこそこの住居に住める。そのため「寝るのは家賃が安い中国本土、働くのは香港」という暮らしでどうにか糊口(ここう)をしのぐ人々も多く、こうした生活基盤を自らの選択で中国へ移した人々に対し「香港の民主化うんぬん」とか「中国は香港人の権利を踏みにじる」などと訴えたところで共感が得られるわけがない。
中には、「返還前の方がまだ貧困対策が手厚かった」と語るホームレスもいる。しかし、返還以前の自由で闊達(かったつ)な暮らしを記憶している世代でも、生活が楽とは言えない低所得層として暮らす人々は「ここ数年のデモによる社会混乱や経済の停滞は耐えがたい」と訴え、ついには「もう香港は中国の領土なのだから、中国の管理や指示に従うべきだ」と平気で口にするようになった。もはや「一国二制度の維持」ではなく、「足元の社会安定」を期待する気持ちの方が大きいことがうかがえる。
■「自由を目指す」と「その日暮らし」に深まる溝
高層の商業ビルやタワーマンションが立ち並ぶ香港の「見た目の繁栄」をよそに、この街の経済を長年にわたって支えてきたのは、こうした低所得労働者といえる人々だ。ゴミ拾いや清掃、建築現場、流通・運輸業での下働きなど、さまざまな分野でこうした人々が働いている。ただ、こうした労働者も今や新型コロナウイルスの影響で、多くが職場を追われ、目下慈善団体などの支援でどうにか生き延びている状況だ。
香港城市大学のステファン・オルトマン助教授は香港での民主化運動について、中間所得層の若者たちが「高度な市民的自由の維持と民主主義的機構の設置によって市民を保護することを目指してきたもの」と定義した上で、貧富の差が「民主化運動がより広範囲な支持を得る上での大きな障壁を生み出してきた」と分析。デモ活動を牽引する中間所得層と、その日暮らしの貧困層との間に一定の溝があることを示唆している。
過去数年にわたって行われていた香港のデモ活動は、労働者層から湧き出てくるような「貧困からの脱出を訴える」類いのものではなかった。むしろ「混乱や衝突が終わらないことには稼げない」と否定する意見も強かったように感じている。
■議会選挙にも中国の圧力がかかる懸念
では、民主化運動は今後、どこへ向かっていくのだろうか。
香港ではこの9月、議会に当たる立法会の選挙が行われる。7月半ばには立候補の受け付けも始まることになっている。
一方で民主派は立候補者を決めるための予備選を自主的に行う予定で、多くの活動家がこれに名乗りを上げている。こうした機会を通じて、若者らが積極的に選挙活動を後押しするかもしれない。
ただ、このまま推移すると選挙戦が始まる前に国家安全維持法が香港で施行される見込みが高い上、一部では「選挙管理当局が同法に反対する候補者の立候補を認めないのでは」という懸念も広がっており、民主派の訴えの場は次々と萎んでいく流れも感じられる。
こうした「中国化」への動きを見て、「香港独立」を本気で訴える若者らの動きも活発となっている。6月9日には、100万人超(主催者発表)が「逃亡犯条例改正案の完全な撤回」を訴えたデモからちょうど1年目を迎えた。この改正案こそ香港政府が実施を見送ったが、その後「普通選挙実施」などを訴える運動を行っても事態は変わらず、衝突は深まるばかりでむしろ中国からの圧力が強まる格好となっている。しかも過去1年間の検挙者は9000人近くに達しており「中国を見限って、いよいよ独立を」と訴えるのも無理はない。
■政治思想で「色分け」され攻撃対象に
昨年はじめから始まった民主化運動のさなか、「ごく普通の市民が働く店や企業」が経営者らの政治的指向をもとに色分けされるという事態が起きた。明らかな親中派だけでなく、デモを批判しても警察寄りだと非難対象とされ、過激な活動家により店舗等が徹底的に破壊されるという事案が香港中で頻発。経済的被害だけでなく「色分け」によって社会が分断されるという遺恨をも残している。
まもなく香港の返還記念日である7月1日がやってくる。返還から23年を経るなか、多くの香港市民は大きな無力感を感じ、一方で中国の人々は「これで安心して香港に行ける」とでも思うのだろうか。今までと違った香港が生まれることは間違いないだろう。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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