私が会社を辞め、単身エチオピアで起業するきっかけになった"違和感"とは

プレジデントオンライン / 2020年7月18日 6時15分

andu amet 社長 鮫島弘子さん

■価値観の大きな違いを乗り越えて

エチオピア産のシープスキンでつくる「アンドゥアメット」のバッグは美しく、ハッとするほどしなやか。上質なだけではない。食肉の副産物として出る皮のみを使い、産業廃棄物になってしまう端切れを出さないようデザインされた製品だ。

このエシカルで洗練されたブランドは、創業者である鮫島弘子さんが抱いたひとつの違和感をきっかけに生まれた。それは、国内メーカーのデザイナー時代に直面した、とっかえひっかえの消費サイクルに対する違和感。そのモヤモヤを発端にボランティアとしてエチオピアに渡り、ビジネスの構想を得た。

「現地でファッションショーを企画した際に上質なシープスキンに出合ったのですが、商品化する技術がないために、付加価値の低い原皮の輸出止まりである現状を知りました。そこで、産業が生まれるよう現地で職人を雇って、長く愛される革製品をつくる事業を思いついたんです」

帰国後、起業を目指して外資系企業でマーケティングを学び、単身エチオピアへ乗り込んだ。しかし、文化も環境も違う国での起業は苦労の連続。とくに職人たちと価値観を共有するために骨を折ったと振り返る。

「表から見えない裏側までまっすぐ縫えだなんて、弘子はいじわるだ」

そんな、心が折れそうな言葉を何度もぶつけられた。しかし、「一生使い続けたくなるようないいモノをつくる」という揺るぎない信念のもと、一ミリも妥協せず職人を育てることに専念。プライドの高い彼らの考え方を否定しないよう、100回褒めてから「でもね……」とつくり直しを求めるなどして指導を繰り返したという。彼女は言う。

「私が明日いなくなったら、みんなが路頭に迷うようでは意味がない。確かな技術をエチオピアに根づかせることが私の願いです」

今では、職人たちの腕は国内トップレベル。それを誇りに思うと同時に「みんなには世界のトップを目指してほしい」という野望をも抱く。

■帰国中の楽しみは居酒屋!

トラブルは多々あり、停電など日常茶飯事。それでも、ろうそくをともし、鼻歌交じりに作業を続ける職人たちと過ごす日々は満ち足りている。エチオピアを拠点とした暮らしに退屈はしない。しかし、時々日本食が無性に恋しくなる。

帰国中の楽しみは居酒屋! おいしい日本酒を楽しみつつ、とことんリラックスします

「帰国中の楽しみは居酒屋さん。気さくなせんべろ系のお店も大好きで。ゆっくりお酒を飲んでいると、日本にいるなあって実感できるんです」

屈託なく笑う鮫島さんは自然体で、人生の豊かさにあふれていた。

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▼My Favorite
私のマストアイテム
一日の始まりはコーヒーから。お気に入りの豆をひいて味わう
コーヒーは、行きつけのショップで購入するエチオピア産のアラビカ種を愛飲。「フローラルな香りと豊かな風味が大好きです。日本へ帰国するときも忘れずに豆をスーツケースに詰め込んで、ひきたてを味わっています」
初対面のときでも緊張がほぐれるやわらかい革の名刺入れ
5年間愛用しているシープスキンの名刺入れ。「もとから柔らかい革なのですが、使っていくうちにどんどん風合いが増して。握りしめると、その優しい手触りに癒やされて、初対面の人に会うときでも緊張がほぐれます」
世界中どこへ行くにも美しく機能的な時計を持参
「CHANGEMAKERS OF THE YEAR」受賞時の記念品。「手のひらにすっぽりおさまるコンパクトサイズで、目覚ましもついて機能的。見た目も美しく、眺めているだけで癒やされます。海外出張のときも持参します」

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鮫島 弘子(さめじま・ひろこ)
andu amet 社長
東京都生まれ。化粧品会社勤務の後、2002年にボランティアとしてエチオピアとガーナへ。ファッションやデザインに関するプロジェクトに多数携わる。帰国後、外資系企業を経て、12年にandu ametを設立。15年、エチオピアの工房を現地法人化。18年、東京・表参道にコンセプトストアをオープン。製品は大手航空会社のファースト・ビジネスクラス機内などでも販売。

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(andu amet 社長 鮫島 弘子 構成=安井洋子 撮影=枦木 功)

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