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「たった150gで220円」市場の常識を壊した"小麦粉の少量パック"の秘密

プレジデントオンライン / 2020年6月30日 18時15分

クッキングフラワーは薄力粉を少量使いたいとき、片手でパパッと振りかけることができる。 - 写真提供=日清製粉グループ

小麦粉の店頭価格は1kgで250円程度だ。これに対し「150gで220円」という割高な少量パックが売れている。2015年に発売された「日清クッキングフラワー」は、販売累計2600万個で、日本家庭の2割に普及する人気商品になった。この商品が生まれた背景を、神戸大学大学院の栗木契教授が解説する――。

■アフターコロナのマーケティング課題

緊急事態宣言の解除もはじまり、経済活動や社会生活の再開が広がっていく。しかし以前の日常が、そのまま戻ってくるわけではない。「新しい生活様式」を模索する日々が続く。巣ごもり消費も在宅テレワークと両立させながらとなると、意外に忙しい。

生活の変化と見直しのことを、「生活シフト」と呼ぶとすれば、日常生活を対象とするマーケティングでは、「生活シフト」への対応が非常に重要となる。自社の商品やサービスの見直しを進め、マーケティングを進化させて変化に対応できれば、生活シフトは企業に新たな市場機会を企業もたらすことにもなるだろう。

アフターコロナの日々を想定したマーケティングの知見をいかに獲得していくか。そこでは将来を予測するばかりでなく、過去を振り返るアプローチも無意味になったわけではない。そこで重要なのは、どのように「課題設定」のもとで過去を振り返るかである。

本稿では、事例研究として日清フーズの「日清クッキングフラワー」(以下、クッキングフラワー)を取り上げる。

ここでの課題設定は、「平時においても生活様式は、時間とともに確実にシフトしていた。アフターコロナにおいて生活シフトが加速化すると見込まれるのであれば、平時にあってシフトをとらえ、市場を創造することに成功していた企業のマーケティングのポイントを再検討しておく必要がある」である。

■ありそうでなかった商品

クッキングフラワーは、ありそうでなかった商品である。小麦粉(薄力粉)のトップ・ブランドである「日清フラワー」の派生商品として、2015年に発売された。発売後約5年間の販売累計は2600万個である(ボトルと詰め替え用を合わせた数字、2020年3月末時点)。ボトルタイプは150グラムで220円(税抜)。その重量当たりの価格は非加工の小麦粉の約6倍。この少量パックは推定で日本の家庭の約20%に普及していると見られる。

袋ではなくボトルに入った薄力粉(日清クッキングフラワーボトル)写真提供=日清製粉グループ

クッキングフラワーは、薄力粉を小容量のボトルにつめた商品である。コンロまわりに置いて、調理時に薄力粉を少量使いするときに、片手でパパッと振りかけたりして使うことができる。中身も普通の小麦粉とは異なる特殊加工がなされている。

近年の日本ではフルタイムで働く女性が増えるなかで、家事に手間をかけず、より短い時間で行うことへのニーズが高まっていた。この変化をいち早くとらえて日清フーズが新しい薄力粉の使い方を提案したのが、クッキングフラワーである。

家庭での薄力粉の用途は広い。使用量が多いのは、お菓子やお好み焼きなどを焼くときである。

加えて薄力粉には、幅広い少量使用の用途がある。レシピには「小麦粉少々」と書かれていたりする。家庭での使用頻度が最も多いのはトンカツの打ち粉だというが、豚肉のしょうが焼きや、サーモンのムニエル、ぶりの照り焼きなどの調理で、タレをからませたり、ジューシーに仕上げたり、味をなじませたりするためにも使用される。

写真提供=日清製粉グループ
薄力粉には、家庭で幅広い少量使用の用途がある。使用頻度が最も多いのはトンカツの打ち粉だというが、豚肉のしょうが焼きや、サーモンのムニエル、ぶりの照り焼きなどにも使用される - 写真提供=日清製粉グループ

にもかかわらず、使う側にとっては、面倒だったり、粉が散ってキッチンを汚したり、といった不満もあった。ホワイトソースを手作りする際にも薄力粉を使うが、少しずつていねいに鍋で溶かしていかないと、ダマができてしまい、イライラする。

■潜在市場存在の裏返しとしての「無消費」

クッキングフラワーの開発にあたって日清フーズは、縮小していく家庭での薄力粉購入の問題に直面していた。消費者調査などから日清フーズは、薄力粉の少量使用は省略されがちであることに気づいていた。背景には家事の時短を求めるトレンドがあった。

薄力粉の少量使用を活性化すれば、市場の縮小を食い止めることができるのではないか。無消費(ノン・コンサンプション)とは、潜在市場が存在することの裏返しであり、使われない理由さえ解消できれば、新しい市場の創造につながる。日清フーズはこのように発想して、薄力粉の使用量を増やすための商品開発をはじめた。

日清フラワーをはじめとする従前の薄力粉は、袋ごとキッチンの棚などにしまわれてしまうことが多かった。これを調理の際に、少量使用のためにいちいち取り出すのは面倒だ。

それなら調味料のように薄力粉を小さなボトルに入れ、ほかの調味料のように振りかけて使用するようにすれば、少量使用が手軽にできるようになる。この着眼が、クッキングフラワーを生み出した。

写真提供=日清製粉グループ
薄力粉を小さなボトルに入れ、ほかの調味料のように振りかけて使用するようにすれば、少量使用が手軽にできるようになる。この着眼が、クッキングフラワーを生み出した。 - 写真提供=日清製粉グループ

しかし、である。日清フーズはクッキングフラワーの開発に、約3年という意外に長い年月をかけたのである。そこには薄力粉の入れ物を変えるというアイデアだけではすまない、マーケティング開発上の問題があったのだ。

■100種類以上もの薄力粉を試作

クッキングフラワーは、容器を変えただけの商品ではない。中身の薄力粉も、従前からの袋入りの日清フラワーなどの薄力粉とは、加工方法を変えて、より大きな粒子としている。ボトルの穴に粉が詰まったり、均一に振り出せなくなったりすることのないようにするためである。さらに、振ったときに粉が舞いにくく、水溶きしたときにダマができにくくするなど、用途に合った粒子の開発が進められた。この薄力粉の試作は100種類以上に及んだという。

容器についても試作を重ねた。使い勝手がよいボトルのサイズと形状を見極めたい。振り出すのに適した容器の穴の位置や大きさ、振り出しやすい容器の膨らみやくぼみ、そして容量。さらにスプーンを使ったすり切りの使用などへの検討が進められた。

写真提供=日清製粉グループ
クッキングフラワーの市場導入では、容器のサイズに加えて、穴の形状、さらに中身の薄力粉についても多くの試作が繰り返された。キャップも2通りの使い方ができる - 写真提供=日清製粉グループ

これらの容器開発の諸問題への解は、薄力粉の粒子形状しだいで異なってくる。消費者や料理の専門家の意見も聞いておくべきだ。当然、多くの試作を重ねることになった。

■使われ方の変化を統合アプローチでとらえる

生活シフトに対応するために、容器のサイズだけを変えるのであれば、問題は単純である。これでよいのなら、着眼の切り替えでマーケティングの勝負がつくことになる。

しかし、日清フーズは、使われ方の変化をとらえるために、多面的な組み合わせ問題となる統合アプローチに挑んでいた。クッキングフラワーの市場導入では、容器のサイズに加えて、穴などの形状、さらに中身の薄力粉についての多くの試作が繰り返されていた。この組み合わせ問題を解決しなければ、一見便利そうだが、振ると粉が散ったり、使っているうちに穴が詰まったりする、使い勝手のよくない、残念な商品に終わってしまう。

クッキングフラワーのマーケティングを振り返ると、組み合わせ問題はさらに複雑になる。たとえば、既存の「日清フラワー」のブランドをいかに活用し、店頭への陳列とプロモーションをどう進めるかといった課題もあった。そもそも各種の開発に投じる時間と費用を回収できるだけの市場の規模が見込めるかの検討も行われた。

統合アプローチは、生活のシフトをとらえて、広く愛用される商品を生み出すことにつながりやすい。そして組み合わせ問題に入念に取り組み、完成度を高めておくことは、競争上の参入障壁の形成にもつながる。

発売後のクッキングフラワーの家庭での利用は確実に広がっている。発売初年の2015年には、日清フーズの薄力粉商品に占めるクッキングフラワーの構成比は14%だったが、2018年には21%にまで広がっている。

■チャンスを大きく育てるマネジメント

クッキングフラワーは、着眼だけで生まれた商品ではない。日清フーズは組み合わせ問題をひとつ一つ解決し、キッチンで広く使われる商品を生み出していた。

多くの企業が、アフターコロナの生活のシフトをとらえたマーケティングに挑む際にも、こうした組み合わせ問題に対応する統合アプローチの必要性を考えるべきである。複数の部門や担当者の連携をはかったり、プロジェクト・チームを編成したり、ロードマップを作成したりすることを怠らないことが、マーケティング上の可能性を広げる。

変化への対応には先が読めないことも多い。しかしだからといって、成り行きにまかせていると、チャンスが大きな市場に育つことなく、中途半端な対応のなかで、立ち枯れさせてしまう恐れがある。組織としてのマネジメントの大切さ、プロデューサーの役割の大きさをクッキングフラワーの事例は教えている。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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