安倍政権の「10万円給付、消費税減税ナシ」は史上最悪の愚策である
プレジデントオンライン / 2020年7月10日 11時15分
※本稿は、森永卓郎『年収200万円でもたのしく暮らせます コロナ恐慌を生き抜く経済』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■現金給付だけでは景気は戻らない
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済失速に関して、安倍総理は、2020年3月17日の自民党両院議員総会で、「厳しい状況の経済をV字回復させるため、思い切った強大な経済政策を大胆に練り上げていこうではないか」と声をあげました。
ただし、V字回復につながる肝心の具体策には言及していませんでした。アフターコロナ、正確にはバブルがはじけた後の景気浮揚対策という点で、特効薬は「消費税削減」しかないと私は考えています。
経済対策を考える際に、「応急処置」と「治療」は分けなくてはなりません。現金給付や持続化給付金、緊急融資は止血剤のようなもので、景気対策としては、消費税減税が最も望ましいと考えます。現金給付などで当座をしのいでも、需要を回復させなければ、景気は戻らないからです。
■景気後退は消費税増税から始まった
忘れてはならないのは、今回の景気後退が2019年10月の消費税増税で始まったという事実です。2019年10~12月期のGDPは年率で7.1%も減少しましたが、コロナウイルスの影響は入っていません。つまり、消費税増税の影響が多大に出ています。
消費税増税が消費を失速させたのだから、消費税を下げれば消費は戻ります。しかし、おそらく政府は踏み出さないでしょう。
政府は2020年4月7日に新型コロナウイルスの感染拡大に対する緊急の経済対策として「30万円現金給付」を発表し、後に撤回しましたが、その真相についてお話ししましょう。
当初は新型コロナウイルス禍の影響で収入が減少し、住民税非課税になった人、あるいは収入が半分以下になった等の世帯を対象に30万円を給付する方向で進めていました。ところが、政府の試案では支給対象は国民全体の20%程度に限られることがわかると世論が反発。公明党からの突き上げもあって、急遽、全国民に一律10万円給付に変更になりました。
■「現金30万円給付」案はなぜ出されたか
私は、この経済対策は、史上最大の愚策だと思いましたが、なぜこんなことが起きたのでしょうか。
発表に先立って、自民党の政務調査会が2020年3月31日、安倍総理に緊急経済対策の提言をしました。「緊急経済対策第三弾への提言~未曾有の国難から『命を守り、生活を守る』ために~」というものです。
そこには、こう書かれていました。
「消費税5%減税分(国分)に相当する約10兆円を上回る給付措置を、現金給付・助成金支給を中心に、クーポン・ポイント発行等も組み合わせ、全体として実現すること」
「所得が大きく減少し、日常生活に支障をきたしている世帯・個人に対し、緊急小口資金特例とは別に、日々の生活の支えとなる大胆な現金給付を感染終息に至るまでの間継続的に実施し、万全なセーフティネットを構築すること。支給にあたっては、支給基準を明確化し、市区町村に過度な負担とならないよう努めること」
ここから推測できるのはこんなシナリオです。
■支給の単位を「世帯」として水増ししようとした
要望された給付措置の予算は10兆円、これを単純に人口で割ると、1人当たり8万円。そのままでは、諸外国の給付措置と比べて、どうしても見劣りしてしまう。そこで支給の単位を世帯として、水増しすることにした。
一世帯あたりの平均人員は2.5人だから、同じ予算で、表面上2.5倍の給付ができる。つまり、8万円×2.5=20万円となる。ただ、それだとインパクトがない。そこで、収入減少などの条件を付けることで対象世帯を絞り込み、一世帯当たりの金額を30万円まで増やしたということではないでしょうか。
そして、最終的に条件をさらに厳しくすることで、この30万円の給付の予算は、3兆円にまで圧縮されたわけです。「10兆円を上回る給付措置」には遠く及びません。
30万円給付案の最大の問題は、条件の複雑さや国民の8割が給付対象にならないということ。これにより、国民の強い批判にさらされ、土壇場で一律10万円給付に変わりました。緊急事態宣言に伴う自粛で苦労するのは、すべての国民ですから、変更は当然のことでした。
■消費税減税を意地でも阻止したい財務省の魂胆
もう一つ指摘すべき点があります。
先ほどの自民党政調の提言をみると、「10兆円の予算は、消費税5%分」という主旨が書いてあります。じつは、自民党の若手議員からは、新型コロナウイルス感染拡大にともなう経済対策として、消費税を5%に引き下げる案が提案されていたのです。
「10兆円を給付する」という文面が匂わせるのは、「現金給付でその分を国民に還元するから、消費税減税をあきらめなさい」ということです。実際、自民党政調の提言のなかに、消費税減税は一切含まれていません。消費税減税だけは何が何でも抑え込みたい財務省の魂胆があり、それを踏まえた回答といえます。
この史上最悪の愚策に、財務省の影を感じざるをえません。
■目先の財政収支悪化を嫌がる財務省
財務省は、戦後最大の経済危機に遭遇しても、財政緊縮という基本姿勢をまったく変えません。財政緊縮とは、「税金は消費税を中心に1円でも多く取る」「財政支出は1円でも抑制する」というやり方です。消費税減税などもってのほかです。
景気が悪化した場合、適切な財政出動を行ない景気回復に専念したほうが、中長期でみたときには、財政は健全化します。景気が悪化すると、税収が落ちてしまうからです。ところが財務省は、目先の財政収支の悪化を嫌がる。いったいなぜでしょうか。
最近、日銀OBと話をしていて、なるほどと思ったのは、日銀は財務省と同じ官僚組織ですが、トップが指示すればガラリと変わる組織だということです。
■政権が変わっても「緊縮」スタンスを変えない
現に、日銀は、第二次安倍政権以前は、つねに金融引き締めを基本政策に掲げ、目標物価に達するまでは無制限に金融緩和を実施するインフレターゲットを「トンデモ経済理論」として相手にもしていなかったのに、安倍政権がいまの黒田総裁を任命すると、突然、インフレターゲットを金融政策の基本政策に据えました。
ところが、財務省は政権が誰に変わっても、「緊縮」というスタンスを変えません。それどころか、野田政権のときが典型だったように、政権に働きかけて、政党の政策を緊縮に変えさせてしまいます。
経済合理性よりも、財政緊縮という「教義」が最優先されるのです。
新型コロナウイルス収束後に、日本経済を立て直すためには、残念ながら、「財務省解体」から始めないといけないのかもしれません。
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経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『雇用破壊 三本の毒矢は放たれた』『消費税は下げられる! 借金1000兆円の大嘘を暴く』などがある。
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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎)
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