「私は子供と仲がいい」という親ほど"毒親"になりやすいワケ
プレジデントオンライン / 2020年7月2日 11時15分
※本稿は、中野信子『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■毒親は、自身の記憶の中に生き続ける
人間の悩みの多くの部分は、人間関係によって占められるといってもいいかもしれません。ただ、距離を近くしておく何らかの必要があるのでなければ、その人を遠ざけて近寄らないようにすればいいことです。どちらかの寿命がいつか時間切れになるまで問題を回避し続けていれば、なんとかやり過ごすことは可能でしょう。
しかし、親という特別な関係にある存在との関わりについては、そうもいかない事情があります。
まず、すっぱりと切ってしまうことが容易ではありません。物理的に会わない、遠くへ行ってしまうなど、直接の関係を断ち切ることができたとしても、自分の中でささやき続ける親のイメージが消えることはありません。親がこの世を去ってからもなお、自身の記憶の中に、親が生き続けてしまうのです。
何かをしようとすれば、かならず、親に言われた何事かがよみがえる、親から受けた行為を思い出してしまう、親の顔が目に浮かんでしまう……。人間はどうしても親(養育者)から受けた教育が基礎となって動いているわけですから、その都度、きっかけさえあればその人のことが思い出されるのは当然のことです。
そこにわだかまりがあると、これが見えない鎖となってその人の行動を縛ってしまう。息苦しさや、癒されない痛みがそこから発している場合も少なくないのです。毒親のことを取り上げたドラマや漫画が多くの人の支持を得る背景には、こうした事情が一因としてあるのでしょう。
■幸せそうに見える家庭でも“問題”が潜んでいる
毒親、というのは、「自分に悪影響を与えつづけている親その人自身」というよりも、「自分の中にいるネガティブな親の存在」、といったほうが適切かもしれません。
どの家庭でも、非の打ちどころのない完璧な親が子どもを育てているわけではありません。非の打ちどころのない完璧な親がいるとしたら、むしろそのことこそが「毒」となってしまうケースすら、ことによってはあり得ます。
子育てというのは正解があるようでない、誰も教えてくれるわけでもない難しいものです(だからこそ喜びも大きいのだと思いますが)。瑕疵のない家庭など存在せず、どんなに幸せそうに見える家庭でも、何かしらの課題はあるものでしょう。スーザン・フォワード『毒になる親(原題:Toxic Parents)』(1989)には、ぞっとするような指摘があります。
「近親相姦(的行為)のあるほとんどの家庭は、外部の人間からはノーマルな家庭のように思われている。(中略)事件が起こりやすい家には、人と心を通わせようとしない、とかく何でも隠したがる、依存心が強い、ストレスが高い、人間の尊厳を尊重しない、家族のメンバー同士がお互いに自分の正直な気持ちを語り合うことがない、大人が自分の情緒不安を鎮めるために子供を利用する傾向がある、などの特徴がある」
フォワードはアメリカ人であって、アメリカと日本は構造的に異なるものを抱えている社会ですし、無批判にそのままこの考え方を日本社会に適用するわけにはいかないかもしれません。が、外面だけを取り繕おうとするところに、弱者である子どもが犠牲になる構造が生じやすい、という現象として捉えれば、共通の弱点を抽出することができるかもしれません。
■仲良し親子であり続けるために、子どもが我慢を強いられる
仲のいい親子、というのは、美しく、ほほえましく見えるものです。子との問題に大きく悩まされることもなく、子育てに成功している親、という声望をも得ることができるのですから、親側の満足は大きいでしょう。
本当に仲がいいのなら、誰にとっても幸せなことでしょう。しかし、重大な問題が潜んでいることもあります。子ども側が我慢しているというケースです。
例えば、子どもの方が母親に幸せでいてもらいたいと、かなり無理をして自分の意思を曲げ、合わせているという事例。性的虐待が起こっている場合にも、母親を悲しませたくないという思い、あるいは、自分が母から父を奪うことになってしまっているという罪悪感から、これを黙っている例が少なくないといいます。
自分の意思よりも、母の意思を優先したい。大切な母には幸せでいてほしいと思うあまりに、自分自身の取り扱いが粗雑になってしまう。虐待とまではいえないけれど、自分を大切にすることを学ぶ機会を親が奪ってしまっているのだとしたら、これはまさに毒親というべき姿かもしれません。
■毒親の価値観に支配される脳科学的な理由
子どもは主たる養育者であった人(現代の日本では多くの場合は母親が担っているので、必ずしも母とは限らないのですが、便宜的に母と書くことにしましょう)の価値観が世界を支配している法則だと認識して育ちます。
その世界しか知らないのだから当然なのですが、子どもにとっては母の言動こそが世界と関わるための方法のすべて、という時代を人格形成上重要な時期に何年か過ごすことになります。この時代に、子どもは「内的作業モデル」を身に付けます。
内的作業モデルというのは、他者との関係性の規範となる内的なひな形のことで、ごく若年の時期に形成されると考えられています。これは、他者を理解しようとしたり、自分が何を話そうか、どう行動しようか決めようとするときに、無意識的に使われるテンプレートのようなもので、乳幼児期に経験した母子での愛着関係の中でつくられます。
具体的にどのように獲得されるのか、まだ研究の途上であって詳細は明らかではないのですが、人間が人間の中で生きていくためには極めて重要なものであって、このモデルは一度決まったら、自分で変えようとしない限りはほとんど一生、そのままで過ごすことになります。
■親の圧が強すぎると、子どもへの影響はさらに深刻
母があまりにも極端に一般常識から逸脱した価値観を持った人物であったとしたら、子どもにとってはそれが世界のすべてですから、やはり極端な内的作業モデルを持つことになります。
自分があたりまえだと思っていた価値観と世間一般の価値観はもしかしたら違うかもしれない、とやがて子どもが気づくのは、自分のことを客観的に見るための機能を持った前頭前野が発達を始める思春期です。この時代に自分の価値観と他とを比較して、母から受けついだ自分の価値観は、世間一般とはこれくらいずれていそうだ、ということを見積り、母と異なる主張をし始めたりするのです。
母親の中には「どうしてそんなふうになっちゃったの?」「もっと小さい頃はかわいかったのに」と漏らす人もいます。一体のように感じられていた母子の世界が分離するのは正常なことなのですが、これに耐えられない母も多くいます。
このとき、子がうまく自分の感じた違和感を言語化して説得力のある主張をできなかったり、母を納得させることに失敗したりすると、子は暴力という手段に訴える場合があります。いわゆる反抗期と呼ばれる現象です。
ただ、母の価値観が世間とずれているということを認識するには母の圧が強すぎる場合も結構な割合で存在します。特に子どもの数が減り、同世代の人々とも異なる主張を健全な形でぶつけ合うことがしにくい今、母の価値観を重視して生きることが最も安全であると子が判断すれば、母に合わせ、社会とのずれがあるまま生きるという選択をすることになるでしょう。
■親の意思を優先し、人知れず悩む子どもたちがいる
母が与えてくれる情報の中でしか社会を見ない、という年月を長く過ごした場合に子がどのように育っていくか。社会との感覚のズレを真摯にうけとめる機会もなく、ずっと母とほぼ同一の価値観のまま「お母さんと仲がいいんですね」「いい子ですね」と周囲からは褒められて生きていくことになります。
特に日本では、「主張をしないおとなしい子」=「いい子」ですから、なおさらその傾向は強いかもしれません。
母の理想通りに生きていれば、うまくいく。それこそ結婚相手も自分で選ぶより、母の望む結婚相手を、無意識に探そうとします。
もちろん、本人が何の矛盾も感じず、幸せであれば何も言うことはありません。が、母の意思を優先し、ずっと自分の意思を抑圧してしまう、その息苦しさに人知れず悩まされている人が多くいることもまた現実です。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。現在、東日本国際大学教授。著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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