1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

コロナショックがリーマンショックより深刻な「4つの理由」

プレジデントオンライン / 2020年7月2日 9時15分

08年9月のリーマンブラザース破綻は世界金融危機にまで発展したが、今回のコロナショックはそれを上回る打撃を世界経済に与えそうだ。破綻したリーマンブラザースから、自分の荷物を持ち出す社員 - 写真=AFP/時事通信フォト

緊急事態宣言が解除され、日経平均株価もコロナショック以前の水準まで回復しつつある。だが油断はできない。大和総研の熊谷亮丸チーフエコノミストは「新型コロナショックとリーマンショックを比較すると、今回のほうが質的にはるかに悪性の不況だ。それには4つの理由がある」と指摘する――。

※本稿は、熊谷亮丸著『ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?』(日経BP)の一部を加筆・再編集したものです。

■2020年6月17日に発表された衝撃的なデータ

4月の訪日外国人旅行者数が前年比▲99.9%のわずか2900人にまで落ち込み、過去最低となったが、5月はそれをさらに下回って1700人となり、記録的な落ち込みとなったのだ。

新型コロナショックの前には、日本政府は2020年に年間4000万人、2030年には6000万人の訪日外国人旅行者数を目標としていたが、もはや「夢のまた夢」である。

新型コロナウイルス感染症の拡大は、日本経済にリーマンショック以上の打撃を与えるとみられる。図に示した通り、大和総研の試算では、2020年6月前後に世界各地でウイルスの流行が収束に向かうという極めて楽観的な「短期収束シナリオ」の下でも、日本の実質GDP(国内総生産)は、この問題が起きなかった時と比べて、33.0兆円(6.2%)程度、減少する。感染症の収束が2021年以降にずれ込むという「長期化シナリオ」では、わが国の実質GDPは48.8兆円(9.2%)程度、減少する(図表1)。

日本の実質GDPへの影響(2020年)(新型コロナの影響を考慮しないGDPとの乖離、兆円)
 

何(いず)れのケースでも、わが国の実質GDPを押し下げる要因をみると、①世界経済の減速に伴う輸出の低迷、②自粛などによる個人消費の抑制、③インバウンドの減少、の順番に悪影響が大きいことが確認できる。

リーマンショック発生後の2009年の実質GDP成長率が▲5.4%であったことを勘案すると、新型コロナショックは日本経済にリーマンショック以上の打撃を与える可能性が高いといえる。

■リーマンでは企業部門、新コロナでは家計も企業も総崩れ

筆者は、新型コロナショックとリーマンショックを比較すると、今回のほうが質的にはるかに悪性の不況だと捉えている。まず、極めて単純化すると、いわゆる「ヒト・モノ・カネ」という経済の3要素のなかで、リーマンショックでは「カネ」が、新型コロナショックでは「ヒト」と「モノ」の動きが止まった。リーマンショックの際には世界中の金融機関が打撃を受け、海外の景気が悪化し、その影響が日本に遅れて来たため、わが国の中小企業や国民の所得に悪影響が及ぶまでにある程度の時間がかかった。

一方、今回の新型コロナショックは非常にスピードが速く、とりわけ観光、運輸、外食、イベント、レジャーなど特定の業種が壊滅的な打撃を受けている。日本経済の部門別の影響をみると、リーマンショックの際には、主に企業部門の輸出や設備投資などが悪化したものの、個人消費はそれほど悪くならなかった。

しかし、今回は感染症拡大防止に向けた経済活動の自粛で家計部門が甚大な打撃を受けるとともに、海外経済の悪化で企業部門も苦境に陥っており、家計部門も企業部門も総崩れの状態である。通常の不況であれば、とりわけ自動車や家電などの耐久財消費に関しては、「ペントアップ・ディマンド(繰り延べ需要)」によって、景気回復期に入れば何とか減少分を取り戻すことができる。

しかし、今回苦境に陥っている、観光、運輸、外食、イベント、レジャーなどは、よしんば感染症が収束して景気がよくなったとしても、一人の人間が2倍から3倍、消費するわけにはいかないので、失われた消費は二度と戻ってこないだろう。

■なぜリーマンショックよりも深刻なのか

新型コロナショックのほうが、リーマンショックよりも悪い点が4つある。

第一に、今回のほうが政策対応余地は小さい点が挙げられる。

そもそも、FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が「利下げを行っても感染症は減らないし、サプライチェーン(部品供給網)の修復はできない」という趣旨の発言をするなど、今回は財政・金融政策というマクロ経済政策が非常に効きにくいタイプの不況である。

また、各国の政策発動余地も限定的だ。リーマンショック後に各国の財政状況が大幅に悪化していることに加えて、金利は米国でもほぼゼロになっているため利下げの余地もほとんどない。リーマンショックの際には中国が約4兆元(約57兆円)の大型経済対策を打って世界経済を支えたが、今回、中国は震源地であり、かつてのような体力も残されていない。

第二に、サプライチェーンへの打撃から、局所的な「スタグフレーション(不況下の物価高)」のリスクが存在する。つまり、今回は単なる需要ショックではなく、需要と供給両サイドの複合ショックなのだ。もし世界経済がスタグフレーションに陥ると、より一層政策手段が縛られてしまう。

第三に、グローバルな企業の過剰債務問題が深刻である。金融機関を除いた民間企業のグローバルなGDP比の企業債務は、2005年時点では72%だった。しかし、直近では93%まで上昇しており、企業が借金漬けの様相を呈している。現時点では新型コロナショックによって、主として中小の非製造業が打撃を受けているが、今後、大手製造業の信用不安に飛び火する可能性もあるだろう。この結果、リーマンショック当時同様、金融システム不安が再燃することが懸念される。

第四に、言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症の拡大にいつ歯止めがかかるかについては、生命科学の領域に属する話なので、正確に予測することが困難である。

結論として、新型コロナショックは、リーマンショックと比べて、質的にはるかに悪性の不況であり、日本経済に戦後最悪の打撃を与える可能性があるだろう。

■レジリエンスの高い社会の構築を急げ

人類が感染症を完全に「制圧」することは不可能である。

感染症の拡大とグローバリゼーションの進行はいわばセットであり、われわれは最終的な目標として、感染症に対するレジリエンスがある(耐性の高い)社会を構築しなければならない。

したがって、基本的な考え方として、感染症の拡大抑制と、社会活動・経済活動の持続可能性(サスティナビリティ)のバランスの回復を目指す必要がある。2020年6月初旬時点で、わが国は社会・経済活動の多大な犠牲を甘受し、感染症の拡大抑制を最優先してきたが、徐々に社会・経済活動の正常化を図らねばならない。

わが国の経済情勢は着実に悪化している。総務省が発表する労働力調査によれば、2020年4月の休業者数は過去最多の597万人に達した。これは、リーマンショック当時の4倍近い水準である。2020年通年の企業倒産件数は7年ぶりに1万件を超える見通しだ。また、2020年4月に帝国データバンクがまとめたシミュレーションによれば、売上高が半減する状況がこの先も続き、政府の支援策が見込めなければ、11カ月後には60万社強が倒産の危機に陥るという。

■失業率1%増で自殺者1800人増

当たり前のことであるが、生命は経済よりも重い。経済はあくまでも国民が健康、幸福になるための手段であって、それ自体が決して目的ではない。

しかしながら、それを踏まえた上であえて強調したいのは、景気が極端に悪化すると、自殺者の増加によって、また違う角度から国民の尊い生命が奪われることもあり得るという点である。

図表2に、失業率と「経済・生活問題が理由の自殺者数」の推移を示した。わが国では失業率と自殺者数との間に一定の相関が存在する。深刻な不況に襲われて失業率が大きく上昇した際には、自殺者数も急増する傾向があるのだ。(図表2)

失業率の1%ポイント上昇で、自殺者1800人増の懸念も

過去の失業率と「経済・生活問題が理由の自殺者数」の関係をみると、失業率が1%ポイント上昇すると、驚くべきことに、自殺者数が1800人程度増加する傾向がある。

実際に失業率と「経済・生活問題が理由の自殺者数」の推移を確認してみよう。わが国が金融危機に陥った2003年の失業率は5.3%まで上昇したが、同年の前記の理由による自殺者数は8897人まで増加した。また、リーマンショック後の2009年の失業率は5.1%、同じく前記の理由による自殺者数は8377人に達した。

2019年時点では、失業率は2.4%、前記の理由による自殺者数は3395人と、状況は大幅に好転していた。大和総研の試算によると、もし雇用対策などが全く講じられなければ、感染症の収束が2021年以降にずれ込む「長期化シナリオ」においては、雇用者数の減少幅は300万人、失業率は6.7%に達する可能性がある。この場合、前述の失業率と自殺者数の関係を単純に当てはめると、8000人近い自殺者が出る計算となる。身の毛もよだつような、恐ろしい数字だ。

■経済の急激な縮小が国民の尊い生命が奪う

結論として、感染症の拡大から国民の生命を守ることは重要だが、感染症の拡大防止を目的とした休業要請などを背景に経済の急激な縮小が続くと、自殺者の増加によって、また違う角度から国民の尊い生命が奪われることもあり得る。その点も、われわれは肝に銘じるべきだろう。

熊谷亮丸著『ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?』(日経BP)
熊谷亮丸著『ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?』(日経BP)

感染拡大の防止と社会・経済活動のバランスを取る意味では、新型コロナウイルスで亡くなられる方と、経済苦で自殺される方を、トータルでみた時に最小化するという視点が極めて重要だ。すなわち、日本政府に求められるのは、感染症の専門家と経済の専門家の意見を総合的に調整する能力に他ならない。

具体的には、重症化のリスクが高い方々や高齢者などに対して重点的に高度医療を提供することが可能で、「医療崩壊」のリスクがないことが、経済活動再開の大前提となる。科学的根拠に基づき、緊急性の高い患者を優先的に処置する、いわゆる「トリアージ(治療の優先度決め)」という発想がカギだ。最終的に、日本政府は、感染状況(入院患者数、死亡者数等)、医療供給体制(病院の空きベット率等)、監視体制(人口当たりの検査実施数、感染症経路追跡のための職員確保状況等)などを踏まえて、経済活動正常化のペースを総合的に判断するべきであろう。

もし感染症の拡大防止や、医療崩壊の阻止に向けたほんのわずかな歳出増を行うことで緊急事態宣言を回避できれば、「仮に緊急事態宣言が全国で1年間実施されると、個人消費が約54兆円減少する」というような壊滅的な打撃を阻止できる。日本政府には、くれぐれも「費用対効果」を冷静に見極めた上で、「感染症へのレジリエンスがある(耐性の高い)社会」の構築に向けて、適切な政策対応を行って欲しい。

----------

熊谷 亮丸(くまがい・みつまる)
大和総研 専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト
1989年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。同行調査部などを経て、2007年大和総研入社。2020年より現職。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(旧興銀より国内留学)。ハーバード大学経営大学院AMP(上級マネジメントプログラム)修了。政府税制調査会特別委員などの公職を歴任。経済同友会幹事、経済情勢調査会委員長。テレビ東京系列「WBS(ワールドビジネスサテライト)」コメンテーターとしても活躍中。

----------

(大和総研 専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト 熊谷 亮丸)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください