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橋下徹「知事を経験したからわかる熊本・蒲島知事の後悔」

プレジデントオンライン / 2020年7月8日 11時15分

大雨で流された球磨川の深水橋=2020年7月7日午前、熊本県八代市 - 写真=時事通信フォト

記録的な豪雨により九州各地の川が氾濫、大きな被害が出ている。なかでも球磨川が氾濫し50人超の死者が出た熊本県の状況は悲惨を極める。蒲島郁夫熊本県知事は12年前に球磨川水系の川辺川ダム計画を中止したことで名を上げたが、今回の事態に中止の影響はなかっただろうか。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(7月7日配信)から抜粋記事をお届けします。

(略)

■中止から12年経ってもダムに代わる治水対策なし

今回の水害で被災された方々へのお見舞いとご冥福をお祈り致しますとともに、1日も早い日常生活への復旧を願っております。

ここで問題なのは、球磨川の上流の川辺川に建設が予定されていた「川辺川ダム」の計画について、2008年9月、蒲島郁夫熊本県知事が白紙撤回を表明したことだ。

このときの蒲島知事の決断を、当時「ダム建設反対」の論陣を張っていた朝日新聞などのメディアは大きく取り上げ、その系列のインテリたちは大英断だと称賛した。蒲島知事はダム建設を止めた知事として一躍全国的に有名となった。

僕は、蒲島知事の当時の判断の当否について詳しく検証したわけではないので、そこに意見できる立場ではない。加えて、川辺川ダムがしっかりと作られていたなら、球磨川流域の氾濫を完全に抑え込むことができたのかも、まだ未検証の段階だ。ゆえに川辺川ダムが本当に必要なのかどうかについて、僕はこの段階で言う立場にはない。

ただし、ダム中止を「表明するまでのプロセス」や、「表明後の行動」については評価することができると自負している。

というのも、それは政治と行政の役割分担という僕がライフワークにしているテーマそのものだからだ。

蒲島知事はダム建設中止という政治判断を行った。しかしその判断には行政の裏付けが整っていなかった。ゆえに中止した後に必要不可欠な「ダムによらない治水計画」がしっかりと作られなかったのである。

ダム建設を中止したのはいいが、その後12年経ってもダムによらない治水対策がきっちりと講じられないまま、今回、球磨川流域が氾濫してしまった。これは最悪だと思う。

■政治と行政の役割分担

確かに、これまで長年積み重ねてきた行政のやり方や方向性を変える政治決断それ自体は、必要な場合がある。

しかしそのような判断をする場合には、これまでのやり方や方向性を転換した後の別の「計画」を行政的にしっかりと作る必要がある。しかもその別の計画を作りそれを実行する「期限」を設定することが最も重要だ。

そうでなければ、これまで積み上げられてきたやり方(=計画)が白紙になっただけの状態になり、まったく何の策もない状態になってしまう。これは極めて危険な状態だ。たとえこれまで積み上げられてきた計画が不合理、不条理なものであったとしても、計画がまったくない状態よりは、何らかの計画がある方がまだましだ。

(略)

政治がこれまでの行政計画を否定するのであれば、それに代わる行政計画を必ず作らなければならない。このことを肝に銘ずることなく、とにかく目の前の行政を全否定する政治家が多すぎる。

行政の方向性を決めたり、決断したりするのは政治だ。しかしその方向性や決断を具体的に実行して形あるものにするのは行政だ。これが政治と行政の役割分担である。

この役割分担がしっかりできていない中での政治決断は、単なるパフォーマンスで終わってしまう。そして場合によっては悲惨な結果を生んでしまう。

政治家はこれまでの行政を変える派手な決断をすることを好む。僕もそのように見られていたと思う。

しかしそこには必ず行政的な裏付けが必要であり、その裏付けができないのであれば、政治は従来の行政計画を追認せざるを得ない。行政の裏付けのない政治決断は、社会情勢の要請から後に必ず覆されてしまう。

僕の一見派手に見える政治決断には、必ず行政の裏付けが伴っていたものだと自信をもって言える。一定の期限内に行政の裏付けが取れなかったものは、従前の行政計画に戻る修正判断を後にきちんとやったつもりだ。

■台風19号被害で再評価された「八ッ場ダム」

「ダム中止」の流れを作ったのは、2009年に政権を奪取した民主党政権の大仕事の一つだ。当時の国土交通大臣だった前原誠司さんが大号令をかけた。この大号令によって見直しとなったダム計画がいくつもある。

しかし「ダム中止」の象徴だった利根川水系の八ッ場ダムについては、中止の大号令だけがとどろき、その後八ッ場ダムによらない治水計画というものは進まなかった。

国土交通省の役人も地元も、これまで何十年もかけて進めてきた八ッ場ダム計画なので、そう簡単に計画を変えることなどしない。役人は政治家に対して露骨な反対運動はしないが、だからといって政治家である前原さんが言う通りの八ッ場ダム建設に代わる別の計画を自発的に作ることもない。

地元住民たちは、ダムを作れ! と民主党政権、前原大臣の中止決定に猛反対する。

このような状況の中、結局、八ッ場ダム中止の政治的号令だけがとどろいたのみで、ダムによらない治水計画はできあがらなかった。八ッ場ダムが必要だという社会情勢に押されて、最終的には八ッ場ダムの建設計画が再開されることになった。行政の裏付けのない政治決断は最後は覆されるのである。そして皮肉にも、2019年の台風19号の大豪雨の際には、この八ッ場ダムが雨を貯め込んだため、流域の水害が限定的だったとも言われている。八ッ場ダム中止の政治決断は間違っていたと評価されてしまった。

もちろん、八ッ場ダムがたまたま試験湛水(水を抜いて貯める)中で、通常の状態よりもカラカラだったので、通常時よりも水を多く貯めることができたのだという意見もある。これは通常時では豪雨の水を貯めきれず、緊急放流をせざるを得なかったという評価のようだが、この点は専門家による検証に委ねざるを得ない。

(略)

■蒲島知事は持論を引っ込めダム建設を進めることも考えるべき

橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)
橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)

確かに約50年も前に計画された川辺川ダムによる治水計画は100点満点のものではないのであろう。環境へのマイナスの影響が様々あるのであろう。だからダムを中止したいという蒲島知事の気持ちはわかる。

しかし、その「気持ち」だけでダム反対を唱えるのは、インテリや無責任な反対運動体と何ら変わらない。

蒲島知事には、ダムによらない治水計画を「一定の期限内に」作り上げる責任があったし、その期限が守れないのであれば、自分のダム中止という政治方針を諦めるべきだった。

蒲島知事も色々と努力をされていたのだと思う。しかし政治は結果だ。蒲島知事が検討したダムによらない治水計画は、実現するまでに50年という歳月とダム建設と比べてみても膨大な費用がかかるという。

これではいくらダム中止を唱えてみても、実現できない夢を語っているのと同じだ。

このようなときには、政治家は持論を「諦める」という選択をするしかない。ここが学者やインテリとの違いだ。学者やインテリたちには責任がないので、自分の夢を永遠に語るだけでいい。

自分の政治方針を諦めるというのは政治家にとって最も辛いことだ。自分の気持ちの納得感だけでなく、世間からボロカスに批判される。ブレた、実行力がない、とね。

それでもダムによらない具体的な治水計画を作ることができなければ、計画不在となって最悪の事態を招く。このような場合、国民、市民のことを考えれば、政治家は自分のメンツを捨てて、自分の政治方針を堂々と諦めて従来の計画に戻るべきだ。そのような勇気が政治家には必要だ。

(略)

(ここまでリード文を除き約2900字、メールマガジン全文は約1万5600字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.206(7月7日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【熊本・球磨川大水害】蒲島郁夫知事による12年前の川辺川ダム「建設中止」プロセスには何が不足していたか》特集です。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)

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