20歳の医療系大学生が「34時間待機」でもデリヘル勤務を続ける理由
プレジデントオンライン / 2020年7月10日 11時15分
※本稿は、中村淳彦『新型コロナと貧困女子』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
■「学校が休みのいまのうちに働いておこう」
2020年4月24日17時30分、池袋。現役女子大生・仁藤美咲さん(仮名・20歳)と待ち合わせた。仁藤さんは医療福祉系大学に通いながら、池袋でデリヘル嬢をしている。17時に店が終わり、そのまま会うことになった。
やってきた仁藤さんは黒髪、理知的、清楚な女の子だった。誰も風俗嬢とは思わない見た目で、絵に描いたような優等生という印象だ。
「○○大学の理学療法学科です。就職先はまだ全然決まってなくて、コロナで実習が進まないのでどうなるかわかりません。本当は4月、5月は病院で実習だったけど、中止になりました。学校が休みのいまのうちに働いておこうって、3月上旬に休校になってから毎日出勤しています。これから別の地域のデリヘルに出勤で、朝までやります」
今日のスケジュールを聞くと、かなり過酷だった。
朝9時にデリヘルの待機所に出勤、17時まで勤務。今日は3人のお客がついて2万7000円になったという。そして我々の取材を受け、終わり次第、電車で30分以上かかる別の繁華街のデリヘルに出勤する。そこで朝5時まで勤務して、そのまま池袋に移動して朝9時に出勤する。移動時間含めて34時間、風俗店に待機してお客をとるという。
■奨学金を月18万円借りても足りない
明治時代の遊郭を描いた1987年公開の映画『吉原炎上』では、吉原に人身売買で売られた女性の悲劇が描かれたが、正直、仁藤さんの状況はたいして変わらない。
「大学の学費は高いです。春に120万円納入で、秋に55万円なので教科書とか雑費を含めたら年間200万円近く。それが4年間です。奨学金は一種と二種を満額借りて、入学当初は足りるって計画が立っていたけど、全然無理でした。どうにもならなくなって、大学2年夏から風俗です。私の家の方針では、大学は義務教育じゃないし、行かなくても高卒で就職できるんだからお金は自分でやりくりしろって。奨学金一種と二種をあわせて月18万円を借りて、足りない分は高校時代のアルバイトで貯めた貯金を使っていました。1年ちょっとで尽きました。部屋は大学の寮みたいなところで4万円と安いけど、ほとんど大学と待機所で過ごしてるんで光熱費はかかってないかな」
母親だけのシングル家庭で高校生の弟がいる。母親は収入が少なく、弟と団地暮らしをしている。“親が面倒をみるのは義務教育まで”という方針で、大学以降は親からの給付はゼロである。在籍するのは学費の高い医療福祉系で、さらに一人暮らしをしている。医療福祉系は資格養成所なので出席は厳しく、授業や実習もたくさんある。
大学だけで十分忙しいなか、学費も生活費もすべて自分で稼げという環境で、稼げなかったら退学するしか選択肢がない。資格養成の大学なので資格取得できなければ、なんの意味もない、いままでの投資が水の泡となる。
■男性経験は1人だけだったが、やるしかなかった
「高校3年のとき、大学のお金はどうしようか考えました。第一種と第二種奨学金を満額借りて18万円×12カ月で年間216万円。そのお金で学費を払って、生活費は自分で稼ごうみたいな計画でした。途中の4月と9月に授業料の支払いがあって、高校から続けていたアルバイトがあるから、なんとかなるだろうと思っていました。前のバイトは月によって違うけど、だいたい月8万円くらい。夏休みは10万円とか。年間100万円くらい稼いでいました」
年間100万円で家賃を払って生活するのは厳しかった。相対的貧困のラインに乗っているし、生活保護基準より圧倒的に低い。貯金を切り崩しながら1年半は乗り切ったが、挫折した。スマホでもっと高単価な仕事を探しているとき、風俗の求人広告が見つかった。それまで男性経験は1人だけ。とても自分ができる仕事とは思わなかった。でも、それしか選択肢がなかった。
■「高校時代は貯金が趣味」真面目で優等生な仁藤さん
仁藤さんは惚れ惚れするような清楚な外見だ。かわいい。高校も大学も成績はよく、高校でも大学でも、真面目な優等生という立場なようだ。
「高校時代の貯金は100万円は超えてました。進学のこともあって趣味が貯金でしたから。500円玉の貯金をひたすらやって、大きなアミューズメント施設と池袋の焼き鳥屋さんのダブルワークをしていました。高校は私立の特待生です。だから私の家みたいな義務教育以降は自立みたいな友達は誰もいなくて、クラスでバイトしているのは私だけでした。高校のときはメチャクチャ真面目に勉強したし、成績もよかったし、メチャクチャ真面目にバイトするしって感じでした」
大学に進学すると、やはり年間200万円弱の学費が重くのしかかる。節約を心がけ、いつもお金の心配をしながら学生生活を送った。学食と自炊のどっちが安くなるかもきっちり計算した。
入学時の納入費用は親戚にお金を借り、高校時代に貯めた100万円の貯金でなんとか大学2年の春納入まで乗り切った。大学2年の夏休み、貯金はほぼ尽きた。奨学金を家賃や生活費にまわして、秋納入の55万円と実習費用がどうしても足りなくなった。
「ネットでそういう仕事があるって知ってから、看護学科でそっちで働いてる同級生に聞きました。『西川口で働いてるよ』『池袋だよ』とか。じゃあ、そこで働こうと思って池袋にしました。デリヘルです。看護学科はキャピキャピしてる感じだったり、風俗やってるよっていう子がいっぱいいます。隠さずに話すような感じの子たちで、へえ~みたいな。たぶん、私は風俗はしないだろうなって聞いていたけど、まさか自分がやることになっちゃうとは……」
大学2年になって貯金が尽きてから、教科書代の捻出に困った。追い打ちをかけて実習費、研究費が請求された。医学書、専門書なので教科書代は10万円近く。さらに実習は自費でのホテル暮らしをしなければならない。2週間ホテルに泊まると10万円以上がかかる。
「去年の夏に貯金が30万円を切ったんです。その時点でヤバい……と思って、破綻したことに気づきました。実習で地方に飛ばされるのは抽選で、私が地方になるかもしれない。そうしたら絶対に足りないんです。秋の学費納入も控えていて、そこで風俗を始めました。看護学科の友達に紹介されたスカウトから入った。そこから始まって実習で地方に行ったときは、地方のデリヘルで働いて、もう学校以外は出勤しているような生活になりました」
■本番強要と上から目線の説教
池袋の客層が悪いことは風俗嬢の間では有名だ。
富裕層や紳士は少なく、労働者階級による本番強要が日常茶飯事という。さらに中年男性は抜かれたあと、「こんな仕事をしちゃだめだ」「そんなにブランド物が欲しいのか」みたいな説教する者もたくさんいる。
お嬢様風で清楚な雰囲気の仁藤さんは、少なくとも気が強そうには見えない。上から目線の説教や、本番強要にも毎日のように遭遇する。
「本強は毎日です。みんなに“風俗をやってるようには全然見えない!”って言われます。清楚で未経験みたいなので売っていこうみたいな。お金になるなら全然いいです。最初の頃は10時間待機で一日3万~4万円は稼げました。昼から終電までって感じ。新人期間がすぎてだんだん減ったのと、最近はコロナでどんどんお客さんが減って。一日1万円の日もあれば、お茶(ゼロ)の日もあります。コロナ以前は週6日出て月100万円近くは稼いでいました」
「こんなコロナの時期に風俗に来る人は質が悪い」
去年の8~12月までは順調に稼げた。お金がかかる2年時の実習は乗り切り、3年秋の学費を支払えた。次の4年春の学費も支払える算段がついた。
■卒業後は864万円の借金を背負う
高校時代から付き合っている彼氏はいる。バイト先で知り合った。彼氏は4歳年上の社会人で風俗をやっていることは知っている。大学と仕事でスケジュールはビッシリであり、会う時間はあまりない。
仁藤さんは男性経験1人の状態で風俗嬢となり、怒涛のような性的行為漬けとなった。
「風俗の仕事に心なんてないかもしれない。なにも考えずにやっています。自分自身だと思って働きに行ってない、清楚でエッチな源氏名の私は、みたいな。演技、演技、演技、みたいな。恋人っぽくっていうのがお店からの指示だったので、自分なりに無理して恋人っぽくやっています。距離感を詰めてイチャイチャするみたいな。おじさんとか普通に喜んでるんじゃないかな」
卒業までこのままフルで奨学金を借りると、元金が18万円×48カ月=864万円。自己破産相当の大きな負債を抱えることになる。卒業後の奨学金返済も視野に入れ、フル出勤に近いデリヘル勤務を継続していた。そんな矢先に新型コロナが襲ってきた。
「こんなコロナの時期に風俗に来る人は質が悪いです。池袋はただでさえ質が悪いのに、いまは最悪です。普通に挿入されちゃいます。レイプです。蹴れるときは蹴るんですけど、結局は力で負けちゃうんで。この前、一日4人連続みたいなときがあってため息がでました」
■「大学の授業で感染経路の話をさんざん聞いてるのに…」
2月中旬からだんだんと客が減った。そして3月の収入は半減となった。3月は40万円程度しか稼ぐことができなかった。
「半分以下です。いままで一日だいたい5、6本くらいついていたんですけど、全然つかなくなった。多くても3本です。3月から4月頭までは“今日は3人もついた。やった!”みたいな。お茶も続くし、出勤しても交通費だけかかって意味がないじゃんっていう状況です。まだ大学は1年間残っているし、就職活動もあるし、3月からほかの街でも働いてます」
男性客が半減、7割減とどんどん減るので、必要なお金を稼ぐならば長く待機するしかない。3月にダブルワークを始めてから、一日中ずっと待機所にいる。家に帰る時間もなくなった。池袋に9~21時、もうひとつは22時から朝5時。今日もこれから出勤だという。朝5時の始発以降でこっちに戻り、また池袋に出勤する予定だ。待機所で眠ることができるから体力的には問題ないという。
「コロナ騒動のなか、知らない人と毎日触れてます。大学の医療の授業で感染経路とか感染症とか、そんな話をさんざん聞いてるのに“なにを私はやってるんだろ……”って思いながらやっています。看護学科の友達は私が風俗していることは知っているけど、ほかの学科の人たちはまったく知らない。成績は学科でいちばんいいほうで性格が真面目だし、この外見なので、誰もそんなことをしているとは思ってないはずです」
■仁藤さんの進むであろう道は、日本でもっとも賃金の安い産業
彼女が通う大学は資格養成系だ。就職先は介護福祉関係になるだろうか。余計なことは言わなかったが、朝から晩までカラダを売り、巨額の借金を抱えて資格取得しても、とてもその労力と金額を取り返せるとは思えない。
コロナ以前、財務省は社会保障の削減に前向きだった。アフターコロナは現段階ではどんな社会になるかわからないが、そのまま社会保障削減の方向が継続されれば、労働者にまともな賃金は支払われない可能性が高い。ちなみに介護福祉分野の賃金は64業種中64位で、日本でもっとも賃金の安い産業となっている。
「大学と風俗、本当に大変だけど、自分では大変とは思わないようにしています。自己暗示は大事ですね。ほかにも頑張ってる子はいるって思いながら待機所にいるし、知らないおじさんの前で裸になるし、性的なこともする。大変だと思ったら、とてもできません。看護学科に風俗やっている女の子は何人もいるし、現実として同じ境遇の人がいるので、それは励みになります」
喫茶店を出ると、仁藤さんは池袋駅北口に早足で向かっていった。
清楚系美少女は中年男性に人気がある。これから別の街のデリヘルに出勤し、中年男性から「どうしてこんな仕事しているの?」「ブランド物が欲しいの?」みたいな質問をされる。その質問を適当にかわしながら、ときに本番強要されて、疲れ切って朝を迎える。日本学生支援機構から毎月お金が振り込まれる。1年後、864万円というとんでもない借金を抱えて就職する。
■カラダを売る生活は大学卒業では終わらない
介護福祉業界は“団塊世代のために介護2025年問題を解決しよう”などといっている。戦後に生まれた団塊世代の男性は、いま思えば徹底的に恵まれた環境で生きてきた。当時の国立大学の学費は年間1万2000円であり、彼女はその150倍以上を支払っている。
現在の大学生の親世代、そしてもっと上の団塊世代は孫世代に対して徹底的に理解がない。まだ日本は恵まれた先進国だと思っている。彼らは自己責任論で貧しい者たちの声を封印して、仁藤さんに本番強要や「ブランド物が欲しいの?」なんて質問しながら発射する。性的行為をしてくれれば、再分配してあげてもいいという社会ができあがってしまっている。
彼女が就職するであろう介護福祉業界は、著しい高齢者優遇、現役世代軽視がまかりとおっている。仁藤さんがカラダを売る生活は、おそらく大学卒業では終わらない。
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ノンフィクションライター
1972年生まれ。主著に『名前のない女たち』『ワタミ渡邉美樹 日本を崩壊させるブラックモンスター』など。新潮新書『日本の風俗嬢』は1位書店が続出してベストセラーに。
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(ノンフィクションライター 中村 淳彦)
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