なぜ人の悪口を言う人は、死亡リスクが高いのか
プレジデントオンライン / 2020年7月26日 11時15分
■楽観的な見方、悲観的な見方と寿命
「病は気から」といわれるように「こころ」と「からだ」は密接に関連し合っている。たとえば、楽観的か悲観的かといったものの考え方、人生に目的を感じているかどうか、このようなことでも体の健康に大きな影響を与え、寿命は変わる。楽観主義と悲観主義との分かれ道は、コップに水が半分入っているのを見て楽観的な人は「半分も残っている」と感じ、悲観的な人は「半分しかない」と感じる違いである。
あるいは昇進ウツというのがあるように、仕事で昇進すると、手放しに喜ぶ人もいれば、責任の重さにプレッシャーを感じ、ストレスになる人もいる。同じことを経験しても、それをどう解釈し、どう表現するのか受け止め方には個人差がある。その違いを生み出しているのが「性格」で、それが「からだ」の健康を左右し、寿命も変わるのだ。
ハーバード大のカワチ・イチロウ教授らが健康な高齢者を対象に、楽観的であることが冠動脈疾患(狭心症と心筋梗塞)の発生リスクにどう影響するかを調べた結果では、発病した人の数は悲観的な考え方をする人たちより半分以下だったことがわかった。この調査では1300人余の男性(40歳から90歳まで平均60.8歳)を対象にアンケート調査を実施し、その結果より楽観グループ、悲観グループ、中間グループの3つに分けた。
その後10年間にわたって冠動脈疾患になったかどうか追跡調査を行った。その結果、162人が冠動脈疾患になっていた。悲観グループに比べて、冠動脈疾患の発生リスクは中間グループで0.66倍、楽観グループでは0.45倍と半分以上も減少したのだ。
なぜ楽観的な人では冠動脈疾患の発生率が低いのだろうか。ストレスの受け止め方の違いによるものだろうと、カワチ教授らは考えている。これはイヤなことが起こった場合、楽観的な人は「それは、たまたま起こったもので、すぐに終わってしまうだろうし、おそらく今回限りのことだろう」と考える。だから、気持ちを切り替えることができる。一方、嬉しいことが起こった場合、楽観的な人は「それは自分のせいで起こったもので、しばらく続くだろうし、ほかにも良いことが起こるだろう」と考えるからだろう。
■長生きできる性格と長生きできない性格
これまでさまざまな研究から、特定の病気について「なりやすい性格」があることがわかっているが、三大死因の1つである心疾患と性格の関わりをもう少し見てみよう。
アメリカの心臓内科医フリードマンが提唱した心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患になりやすい性格が有名だ。フリードマンによると、冠動脈疾患になりやすい性格の人は、「目標達成への意欲が強い」「競争心が強い」「周囲からの評価を求める」「1度に多くのことをやろうとする」「性急でせっかち」「精神的・肉体的に過敏」、容易に「敵意を燃やす」傾向があるという。これらは、英語で表現した頭文字をとって「タイプA」と名前がつけられている。
この「せっかちで競争心が強い」タイプAは、どのくらい冠動脈疾患のリスクが高いのか。カリフォルニア州で働く39~59歳の男性3154人を対象に、8年半の間に心臓疾患の発生率がどれくらいだったかを調べた結果では、タイプAはそうでないタイプに比べ、心筋梗塞の発生率で2.12倍、狭心症では2.45倍も高かった。
さらに、フリードマンの研究では「人の悪口をよく言う」人も冠動脈疾患のリスクが高まるとしている。人の悪口をよく言う人には競争に勝とうという気持ちが強いタイプが多く、人を蹴落とそうとする敵がい心やライバル意識が非常に強いことが、発症のカギと考えられている。その理由としてタイプAの人たちは、かなり交感神経系が強い。交感神経が強いと血圧が上がりやすかったり、心拍数が速くなったりする。これが動脈の血管にストレスをかけ、その結果動脈硬化になるリスクが高くなる。さらに、血管の中で血液の凝固が起こりやすくなる。そのために冠動脈が詰まり、心筋梗塞や脳梗塞が起こりやすくなる。
■夫婦関係がよいと長生きできるのか
夫婦関係が冠動脈疾患の発症に影響を与えることもわかっている。大阪大学の磯博康教授らの研究によると、結婚している男性に比べて、離婚した男性の死亡率は1.5倍に増えた。死因別に見ると、心筋梗塞は1.7倍に増えたが、がん死亡は増えなかった。面白いのは、離婚による死亡率の上昇は男性だけで、離婚あるいは夫に先立たれた女性と結婚している女性との間では、寿命にほとんど差がないことだ。
これは、日本人特有の傾向で、欧米であると、離別・死別した夫婦はどちらも死亡率が上昇するのだが、日本人の場合、離別・死別しても女性の死亡率は変わらない。なぜ日本人の夫婦はそうなのか。あえて説明しなくても、皆さん身に覚えがあるのではないか。
心筋梗塞のリスクを高めるのは離婚だけではなく、結婚生活で不満を持ちながら暮らし続けることも大きく関係する。アメリカのギャロらがアメリカ人女性390人を対象に動脈硬化が認められるのかを調査したところ、結婚に満足している女性は22%なのに対し、結婚していない女性では32%、結婚に満足していない女性では34%と、その頻度に大きな差があった。
動脈硬化が認められなかった女性に対して、その後3年間の動脈硬化の新規発生率を調査したところ、結婚に満足している女性の6.3%に対して満足していない女性は16.3%と倍以上の差があった。興味深いことに結婚していない女性では8.8%と、満足している女性の値に近かった。以上より、結婚生活への不満やストレスは動脈硬化を引き起こす原因になると考えられている。
■生きがいのない人は長生きできない
「生きがい」があることで寿命が延びることは、私たちの研究グループが1994年に行ったアンケート調査と、その後の追跡調査でわかった。この調査は宮城県大崎保健所管内の40歳から79歳までの約5万5000人(回答者は5万2000人)を対象に、生活習慣などのアンケート調査を実施し、それ以降も生存状況を調査し続けた。そのアンケートのデータの中から「生きがい」に着目し、その後7年間の死亡率を比べてみた。
アンケートでは、「あなたは『生きがい』や『はり』をもって生活していますか」という質問に対して、「ある」「どちらともいえない」「ない」の3つから選んでもらった。7年後の結果は、生きがいが「ある」と答えた人を基準にすると、「どちらともいえない」と答えた人では死亡リスクが1.1倍、「ない」と答えた人では1.4倍に上がっていた。死因別では、生きがいが「ない」と答えた人で死亡リスクが上がっているのは、循環器疾患が1.6倍、事故や自殺などの外因死が2.4倍であった。
同じアンケート調査では、「日常生活において大切だと思うものは何か」を対象者に聞いた。その後12年間にわたって生存状況を追跡したところ、「健康」より「仕事」を選んだ人のほうが長生きしていることがわかった。「仕事」と答えた人たちの死亡率は11%である。一方、死亡率が最も高かったのは「名誉」と答えた人たちで、死亡率は28%。実に2倍以上の開きがあった。
もう1つ、私たちの研究グループが2003年から10年以上追跡した別の調査で、「生きがい」と介護保険の認定状況を調べたものがある。これは、宮城県仙台市の鶴ケ谷地区の70歳以上の高齢者830人を対象にした調査だが、それによると、「生きがい」があると答えた人は、ないと答えた人より介護保険の認定率が低い(約半分)という結果だった。生きがいがある人は、寿命が長くなるだけでなく、「健康寿命」も長くなると言えるのだ。
寿命に影響をおよぼすものは、「生きがい」だけではない。「幸せ」「前向きな気持ち」「活力」「エネルギー」といったポジティブな感情をもつ人はそうでない人より死亡率は低い。たとえば、トロント大学の研究者が、映画のアカデミー賞候補のうち、実際に受賞した俳優と逃した俳優の双方を長期追跡したところ、アカデミー賞を受賞した俳優のほうが長生きしているという調査結果もある。受賞して「幸せ」を感じ、さらにポジティブな感情をもつことで、その後の生存率(死亡率)は変わってしまうのだ。
もっと突き詰めれば生きる意味をもつかもたないかで、健康や寿命に違いが出てくるのだろう。このことが生死におよぼす影響について考察したのが、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所に送られ、死と隣り合わせの3年間を生き抜いた精神科医のヴィクトール・フランクルである。極限の体験をしたフランクルによると、生きる意味や人生の目的を自覚できた人たちこそが、過酷な収容所生活を生き延びられたのだという。人は常に「生きる意味」を探し求めている。
だから、人生を通じてなすべきことは何か、それにはどのような意味があるかを見出して、その達成に向けて取り組むことによって、心は癒やされていく。自分にとっての生きる意味、人生の目的がわかってくれば、それが生きる支えになるというのだ。ちなみに、日本語の「生きがい」という言葉は、フランクルの語る「生きる意味」と同じ意味をもつと考えてよいと私は思っている。
■認知症になりやすい性格
認知症になりやすい性格があることはこれまでにもいろいろ研究されている。たとえば精神科医のノエとコルブは「老年痴呆になるような人は元来、融通の利かない、かたくなな人が多い」と指摘している。
日本では東京都老人総合研究所の柄澤昭秀副所長(当時)らが認知症になりやすい性格の研究を行っている。その結果、認知症の高齢者は、中年期に「無口でがんこ、非社交的」な人が多く、健康老人は「中年期から明るく開放的で積極的」な人が多かったといった特徴があることがわかった。
調査は、認知症の老人165名とほぼ同年齢の健康老人376名を対象に、近親者に40~50歳のころの性格はどうだったかを質問。その結果、認知症患者に多く見られた性格の特徴としては、「がんこ」「社交的でない」「わがまま」「整とん好き」「臆病」「短気」「無口」だった。一方健康老人に多く見られた特徴は、「明るい」「正義感が強い」「社交的」「行動的」「確認癖」などだ。
人々の行動パターンは性格によって異なる。それが精神面、身体面、そして社会面での違いを生む。その違いが、認知症の発生リスクに大きな影響をおよぼしていると考えられている。
精神・身体・社会活動の各相で活発に暮らすことが、なぜ認知症の予防に役立つのか。これらの活動が、脳をよく刺激して「予備能」を増やし、認知症を予防してくれるらしい。「予備能」は脳に病変が生じても、それに対抗して認知機能を保持する能力のこと。ウォーキングや運動でも社会活動でも、趣味でも読書でも人との交友でも、なんでもいいので活発に行動することが脳を刺激して、予備能を増やしてくれる。
最近の研究でわかってきたのは、地域活動とか社会活動に参加する頻度が少ない人ほど認知症になる確率が高いということ。わがままだったり、がんこだったり、自分の殻にこもるような人はそういった活動に参加する頻度が少ない傾向にあるので、要注意。生活様式や行動様式を変えることは、認知症のリスクを下げることに効果的だ。
■コロナ危機の中で楽観的に生きる法
さて、これまでの調査・研究を見ると、楽観的で明るい性格のほうが寿命も長く、認知症にもなりにくいという結果だと言えるが、それは、人の気分が免疫力に大きく影響しているからだ。人は、悲観的になると免疫力が下がってくる。免疫細胞の1つであるナチュラル・キラー(NK)細胞の活性が人の気分によって変わることによるもので、楽観的な気持ちになったり、リラックスしているとNK細胞の機能は増してくる。
逆に心身ともに疲労していたり、ウツ状態だとNK細胞の活性は弱まる。免疫力の低下は、いろいろな病気に関わってくる。今は新型コロナ禍で心身ともに疲弊しているときだけに、ポジティブで前向きに物事を考えることで、NK細胞の活性を高める必要がある。
もう1つ心がけたいのが笑うこと。笑うとNK細胞の活性が上がるので、免疫力が強くなる。作り笑いでも上がるらしい。笑いは楽して免疫機能を高める方法だ。
特に新型コロナの影響で、デイサービスなどへ通えなくなった高齢者が家に閉じこもることが増えている。そのため体力の衰えや刺激の減少で認知症になったり、要介護に進むケースも多くなるだろう。両親が要介護や、認知症適齢期の読者も多いと思うが、離れて暮らしているのであれば電話でもして、まずは話しかけてあげること。笑いを誘って楽観的な気持ちにさせてあげることが大切だ。
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東北大学大学院医学系研究科教授
1957年、北海道生まれ。東北大学医学部卒。大規模調査で老化や生活習慣病の原因を解明。著書に『病気になりやすい「性格」』(朝日新書)など。
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(東北大学大学院医学系研究科教授 辻 一郎 構成=吉田茂人)
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