なぜ一度病気にかかると、二度と同じ病気になりにくいのか
プレジデントオンライン / 2020年7月24日 11時15分
■意外に知られていない抗原と抗体の違い
新型コロナウイルスの発生で注目される「免疫力」。人は経験的に、病に1度罹ると2度目は罹らなかったり、軽い症状で済むことを知っている。
免疫研究の第一人者である相模原病院臨床研究センターの鈴木隆二室長は「紀元前5世紀のギリシャ・カルタゴ戦争の戦記であるトゥキュディデスの『戦史』のなかでは、現在の「免疫」を表す『2度なし』という意味の言葉がペストに対して使われていました」という。しかし、その基本的なメカニズムについて知らない人が少なくないようである。
そこでまず、免疫を司る血液中の白血球に属する免疫細胞のメーンプレイヤーの顔ぶれから見ていこう。白血球そのものは、骨髄のなかにある造血幹細胞で作られ、血液やリンパ液に乗って体内を巡回している。風邪をひいたりした際にはれ上がってしまう「リンパ節」は、免疫細胞の活動基地の役割を果たしているのだ。
「好中球」は感染によって侵入した病原体を捕食して死滅させる。好中球のなかにはさまざまな酵素が含まれていて、病原体を分解・処理する。「樹状細胞」は病原体を貪食して、後述する「T細胞」に病原体の破片を「抗原」として提示する役割を担う。ただし、好中球のように病原体を分解・処理する能力は低い。
「単球」は血液内に存在する大型細胞で、組織内に移動すると「マクロファージ」に変化する。そしてマクロファージは樹状細胞と同じように、貪食した抗原をT細胞に提示する。その一方で、病原体をのみ込んで消化・処理する高い能力を持っており、この点で樹状細胞とは一線を画す。
そしてT細胞だが、「ヘルパーT細胞」「細胞傷害性T細胞」「制御性T細胞」に分かれる。抗原提示を受けたヘルパーT細胞は、「B細胞」に働きかけて病原体を無力化するタンパク質の一種である「抗体」の産生を促す。この仕組みについては後ほど詳しく説明する。細胞傷害性T細胞は、病原体に感染した細胞を攻撃し、かつては「キラー細胞」とも呼ばれていた。残る制御性T細胞は、逆にB細胞による抗体の産生を抑制させ、アレルギーなどの免疫反応を抑える役割を担っている。
B細胞についてはいま触れたばかりだが、新型コロナウイルスの報道でよく見聞きする抗体を作り出す重要な免疫細胞なのだ。ここで注意したいのは「抗原」と「抗体」の違いである。抗原は病原体の一部の破片で、抗体は病原体を無力化する分子である。「抗体検査」や「抗原検査」という言葉が新聞紙上を賑わせているが、混同しないようにしたい。そしてナチュラルキラー(NK)細胞は、がんなどの腫瘍細胞やウイルス感染細胞を攻撃する。
■話題の「集団免疫」とはこういうことだ
次に、こうした免疫細胞たちがどのように連携しながら、人間の免疫システムを構築しているのかを見ていこう。実は、人の免疫システムは体外から侵入してきたウイルスや細菌などの病原体を2段構えで排除する。
1次防御機構として機能するのが「自然免疫」で、もともと人の体に備わっている仕組みだ。病原体の侵入にいち早く反応し、敵と見なせば無条件に攻撃をしかける。しかし、ウイルスなどのように小さく、自然免疫の網をすり抜けた病原体に対して2次防御機構として機能するのが「獲得免疫(適応免疫)」で、より強力なシステムで病原体を排除する。そして1度出合った病原体を記憶し、再侵入に備える。これが獲得免疫の最大の特徴で、「免疫記憶」という。
「生体には『ホメオスタシス』といって、体内の環境を一定の状態に保持する仕組みがいくつもあります。免疫システムもその1つなのです。自然免疫と獲得免疫は別々に働いているわけではなく、協力し合って病原体などの外敵から体を守っています」と鈴木室長は説明する。
そして、自然免疫の最前線で活躍するのが、先ほどの好中球、マクロファージ、樹状細胞、ナチュラルキラー細胞なのだ。病原体が体内に侵入してくると、好中球、マクロファージが病原体を捕食したり貪食し、消化・処理する。その一方でナチュラルキラー細胞は、病原体に感染した細胞を攻撃し、破壊していく。
また、マクロファージと樹状細胞は病原体を貪食したあと、病原体の破片を抗原としてヘルパーT細胞に提示する。ここから2次防御機構である獲得免疫のシステムが動き出す。つまり、抗原は獲得免疫のスイッチを入れる重要な役割を果たしている物質なのだ。その抗原を受け取るためヘルパーT細胞には、角のような「抗原レセプター」が突き出ている。
「抗原レセプターが認識する抗原は1種類だけで、1つのヘルパーT細胞が持つ抗原レセプターは1種類だけです。つまり、1つのヘルパーT細胞が認識できる抗原は1種類だけで、他の抗原には反応しません。それゆえ、未熟なT細胞を成熟させる役割を担う『胸腺』のなかで、天文学的な数の多様な病原体に遭遇しても対応できるよう必要な抗原レセプターを獲得しています」という鈴木室長の話を聞くと、人間の体に備わった免疫システムの神秘性を感じざるをえない。
次に抗原提示を受けたヘルパーT細胞は、「サイトカイン」という生理活性物質を産生し、同じ抗原レセプターを持つ細胞傷害性T細胞を活性化させ、ウイルス感染細胞を攻撃して死滅化するように促す。同時に、ヘルパーT細胞から産生されたサイトカインはB細胞も活性化させる。その結果、パワーアップしたB細胞は「形質細胞」に転化して大量の抗体を産生するようになる。さらにサイトカインは、自然免疫の領域で働いている好中球をも活性化させ、病原体の捕食を促進する。
そうしたなかで活性化したB細胞の一部は、抗原を記憶して「メモリーB細胞」に転化する。通常のB細胞の寿命は数日から数カ月だが、メモリーB細胞は数十年と長い。そして、次に同じ病原体が侵入すると、素早く抗体を産生する。その結果、2度目は罹りにくくなり、たとえ罹ったとしても軽い症状で済むようになる。新型コロナウイルス対策で「集団免疫」が話題になるが、多くの人が新型コロナウイルスに対抗できるメモリーB細胞を持てるようにしようとする考えに基づいたものなのだ。
ここで新型コロナウイルスとの関連で気になることに触れておきたい。重要なメッセンジャーの役割を果たしているサイトカインだが、鈴木室長は「免疫系のバランスが乱れて、サイトカインが過剰に産生されると『サイトカインストーム』を引き起こし、正常な細胞まで攻撃されて致死的な状態を招くことがあります。新型コロナウイルス感染症の患者さんで急激に重症化するケースは、サイトカインストームが関係している可能性があります」と指摘する。
■腸のなかの高度な免疫システム
そして鈴木室長によると、近年、免疫学で特に注目されているのが腸のなかの「腸管免疫」なのだという。口から肛門までつながっている消化管は、皮膚と同じように外界と接しているわけで、常に数多くの病原体にさらされている。また、腸には1000種類、100兆個もの腸内細菌が棲みついているといわれる。こうした厳しい環境だからこそ、高度な免疫システムが発達し、腸内環境のバランスが保たれているのだ。
具体的にいうと、腸の上皮の一部である「パイエル板」と呼ばれるリンパ組織には、病原体を取り込む「M細胞」が存在しており、病原体を直接粘膜のなかに取り込む。それをマクロファージが受け取って、ヘルパーT細胞に抗原提示する。するとヘルパーT細胞はサイトカインを産生してB細胞を活性化させ、形質細胞に転化し抗体産生を促す。抗体は腸腺から粘液と一緒に腸管腔(腸のなかの空間)に分泌され、腸管腔にいる病原体と結合して無力化し、体外に排出される。
翻って考えてみると、食物は本来人にとって「異物」なはず。しかし、いま見たような腸管免疫の反応は起きない。なぜか?
「いちいち免疫応答していると、必要な栄養が吸収されません。そのため、食物タンパク質に対しては抗体産生が抑制されるなど、免疫が反応しないようにする『経口免疫寛容』という仕組みが備わっています」と鈴木室長が教えてくれた。
このように人間の免疫システムを見てくると、実によくできた仕組みであることが改めてわかる。だからといって、安心して頼り切っていいわけではない。適切な食事や運動などを通して心身の健康を保ち、イザというときのために免疫力の維持・向上に努めておくことが大切なのだ。
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相模原病院 臨床研究センター室長
1979年、日本大学農獣医学部卒業。86年東北大学医学博士取得。塩野義製薬中央研究所研究員、神戸大学大学院自然科学研究科客員教授などを経て、2003年より現職。レパトア解析ソフトを完成させて、15年4月にRepertoireGenesisを創業。
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(宇佐美 拓憲 撮影=石橋素幸 図版作成=大橋昭一 写真=amanaimages、Getty Images、PIXTA)
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