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日本の起業家イベントは、なぜお行儀のいいものばかりなのか

プレジデントオンライン / 2020年7月14日 15時15分

IT批評家、実業家の尾原和啓氏 - 撮影=小野田陽一

日本人は「日常を楽しんではいけない」と考えがちだ。だから起業家イベントは静かに進行する。だが、海外では祭りのような騒ぎで、みんなで楽しもうという意識が強い。なぜこうした差があるのか。『After GAFA』(KADOKAWA)と『アルゴリズムフェアネス』(KADOKAWA)の出版を記念し、インフォバーン共同創業者の小林弘人氏とIT批評家の尾原和啓氏が対談した――。(第3回/全4回)

※当対談は2020年3月4日に実施しました。

■日本企業は“思想性”をアピールすれば世界に参戦できる

【尾原和啓(IT批評家)】米欧の国家や企業が思想戦争、アルゴリズム競争を繰り広げる中、日本は国家も企業も存在感が薄いですよね。技術はアピールしますが、その裏側にあるはずの「倫理」や「審美性」を提示するのは苦手。これはなぜなんでしょうね。

【小林弘人(インフォバーン共同創業者)】そうですね。例えばアムステルダムに、ミータブルというベンチャー企業があります。試験管で培養肉を作っているのですが、動物を殺さずに食肉を得られるとして世界中から投資を集めています。でも、同社が使っている技術は日本の山中伸弥先生が開発したiPS細胞を応用しているといいます。

日本のフードテック界隈には、優れた技術を持つ企業が多数あります。それに和食文化の人気もあって、「UMAMI」という日本語がそのまま世界で通じます。しかも英語になると、「うまみ」よりもっと科学的な分析も包含されます。ならば日本から世界を席巻する企業が現れてもいいはずですが、そうはなっていません。

理由はいろいろあるでしょうが、どうしてもドメスティックに考えてしまうことが1つ。世界の食品産業は自動車産業の何倍ものマーケットなので、もう少し視野を広げて考えてもいいという気がします。そのような人材が増えることに期待します。

それから見せ方の問題。技術だけではなく、仰るとおり思想性までアピールできれば十分に世界に参戦できると思いますけどね。

【尾原】それはアップルがiPhoneを売り出したときと同じですね。液晶もタッチパネルもバッテリーも、要素技術は日本企業が持っていた。ところがスティーブ・ジョブズがああいう形で製品パッケージ化して、しかも新しいテクノロジーとしてではなく、自分を表現できる装置作品として売り出した。つまり機能ではなく意味をアピールすることで、世界を席巻したわけです。

「教えてくれ」の前に自分で考えよう

【小林】日本では、そもそも根幹の「意味」を考える習慣があまりなかったのかなという気がします。例えば講演会などを開くと、「もっと教えてください」と質問される方がたくさんいます。でも、その前にまず、自分はどう考えるかをけっして言わない。本気で解を見つけたいのかわかりません(笑)。

本当に重要なことは自分で必死に考えるか、もしくはしかるべき相手にじっくりコミットしてもらうしかありません。かんたんに一般則を引き出そうとするけれど、昭和ならいざ知らず、21世紀は特殊解を考え抜く時代です。

インフォバーン共同創業者・代表取締役CVOの小林弘人氏
撮影=小野田陽一
インフォバーン共同創業者・代表取締役CVOの小林弘人氏 - 撮影=小野田陽一

【尾原】以前、ある方と対談させていただいたとき、「日本のアルゴリズムは何か」という話題になって、それは「改善」だろうという話になりました。日本はいきなりイノベーションを起こすことは苦手ですが、少しずつ改善を続けることは得意。むしろ、それ自体を面白がっているところがあります。

なぜそうなってしまったのか。1つ考えられるのは、学校教育の問題。『第三の波』(中央公論新社)で知られる未来学者のアルビン・トフラーによれば、そもそも学校とは工場で働く工員を養成するために作られたとのこと。各家庭で教育されると余計な“色”がつくので、それを消すために通わせたというわけです。

日本の学校は、まさにその方針に忠実だったのかもしれません。だから戦後は工業資本主義の中で奇跡の復興を遂げたわけですが、今ではその戦後体験が逆に足かせになっている気がします。

■イノベーションは「出会い」から生まれる

【小林】いつも疑問なのは、日本人はなぜか自ら「日常を楽しんではいけない」という“縛り”をかけたがること。例えば、僕が「今日は天気がいいから、外の石段でコーヒーを飲みながら話そう」と呼びかけても、「気が散る」とか「階段は危ない」とか言い出して乗ってこない(笑)。「石橋を叩いて渡る」どころか、非破壊検査をして、なおかつ渡らない理由を山ほど挙げるという感じです。

尾原 和啓『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)
尾原和啓『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)

あるいは仕事で何かのカンファレンスイベントに参加する際も、タイムテーブルをじっくり見て綿密なスケジュールを組み、律儀にそのとおり回ってくるという感じ。本来、こういうイベントはアルコールを片手に隣の知らない人と話をする場です。ところが、内輪で固まってPCやスマホをいじってばかり。僕は「もっと自由に見て回ってもいいんじゃないですか」「昼間からビールを飲んだっていいじゃないですか」「基調講演はYouTubeで観られるから、知らない人と出会うことが第一ですよ」といつも言うんですけどね(笑)。

【尾原】とにかく人と会うことが大事ですよね。経済学者シュンペーターが定義した「イノベーション」は、もともと「新結合」と和訳されました。つまり、今までの枠組みを取っ払って新しいものと結びつけることだと。イベントに参加することは、その絶好の機会になるはずなんです。

そのとき、より縁遠い人に出会うほど、お互いに「どこから来たのか」を説明する必要があります。何も知らない相手に自分をわかってもらうには、単に国籍や会社名を言うだけではダメ。自分がどのアルゴリズムに乗って成り立っているかをメタに語れるようにならないと。どんなキャリアで、どんな思想や哲学や技術を持ち、何に関心があるのか、といったことです。そうすると、お互いのアルゴリズムの差異や共通点から、自然と話が発展していくんですよね。

例えば、スカイプの創業者であるスウェーデン人のニクラス・ゼントロームとデンマーク人のヤヌス・フリスが出会ったのも、アムステルダムで開かれたフェスだったと言われています。お互いが持っていた技術を組み合わせることで、この画期的なサービスが生まれたわけです。

そこで伺いたいのですが、小林さんはこれまで、海外からメディアやカンファレンスをいろいろ持ち込んで定着させようとしてこられましたよね。ところが日本では、米欧のようなカウンターカルチャーには育たず、アンダーカルチャーやアンダーグラウンドになりがちです。それはなぜでしょう?

ディスラプションする覚悟が足りない

【小林】日本ではレイヤー(階層)が変わって、文字どおり地下に潜る感じですよね。

1つ考えられるのは、そもそもカウンターカルチャーは、いろんなマイノリティから主流文化に対してのアンチテーゼによってもたらされます。しかし、そのマイノリティが主流に反発する前に、同調圧力が強すぎて、先にあきらめてしまうのではないでしょうか。引きこもってしまうわけです。

それから主流文化の側にせよ、尾原さんの表現を借りるなら、日本はアメリカのアルゴリズムにいい感じに乗っていた。最近流行の哲学者マルクス・ガブリエルも「日米はテクノロジー万能主義なところがそっくり」と言っています。理由はわかりませんけどね。

つまり根っこの部分で共有できているから、表立ってカウンターを食らわそうという動きに広がらないのかもしれません。

イノベーションも、本来は企業内のカウンターカルチャーです。しかし、そこにはディスラプション(創造的破壊)まで行うという覚悟が足りない。例えば、何か画期的な技術を導入することで、ある業界が潰れるかもしれないとします。そのとき、「本当に潰すつもりなのか」と問い詰めると、「うちの会社はそこまで考えていない」と腰砕けになる。それは美徳でもありますが、調和を重視する社会なので、根回しして調整しながらやっていくほうが成功しやすいのでしょう。

■“エピキュリアン魂”を取り戻せ

【小林】もともと日本人はエピキュリアン(快楽主義者)だったと思います。誤解のある言葉ですが、本来の意味は刹那的な快楽よりも、心の平安を求める態度ですね。だから、ないものねだりでオシャレなコワーキングスペースとか、本当は必要ない。例えばビジネスカンファレンスをどこかのひなびた温泉地で開いてもいいんじゃないですか。

小林 弘人『After GAFA』(KADOKAWA)
小林弘人『After GAFA』(KADOKAWA)

ヘルシンキで開かれているヨーロッパ最大級の投資家・起業家マッチングイベント「スラッシュ」などは、そのいい手本になると思います。参加者は世界中から2万人以上。毎年寒い時期に厳寒の地で開かれるのですが、これは逆に外出できないので、引きこもってじっくり話すしかない。これは現状肯定を武器にした、快楽主義的な戦い方です。

【尾原】スタートアップイベントなのに、レーザー光線をバンバン光らせて、本当にお祭り騒ぎになりますよね。

【小林】垂れ幕には「こんな時期にここに来るヤツはbadassだ」と。スラングで「かっこいいぜ」というニュアンスですが、日本でもしこんな垂れ幕を出したら、きっと大問題になる(笑)。

【尾原】「スラッシュ」自体は、ガンホー創業者の孫泰蔵さんが日本に持ち込んで、2015年から「スラッシュアジア」(後に「スラッシュトウキョウ」)が開かれています。今は20代前半の若い方々が運営の中心になり、「BARKATION」という名前に変更して行われているようです。こういうイベントがきっかけになって、日本人のエピキュリアンぶりが掘り起こされたらいいですよね。

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小林 弘人(こばやし・ひろと)
インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO
『ワイアード』『サイゾー(2007年に売却)』『ギズモード・ジャパン』など、紙とウェブの両分野で多くの媒体を創刊。2016年よりベルリンのテクノロジーカンファレンス「TOA(Tech Open Air)」の日本公式パートナーとして、日独企業の橋渡しや双方の国外進出支援を行なう。著書に、『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』(PHP新書)、監修、解説書として『フリー』『シェア』『パブリック』(ともにNHK出版)ほか。

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尾原 和啓(おはら・かずひろ)
IT批評家
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『モチベーション革命』『アフターデジタル』(共著)、『ザ・プラットフォーム』『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ"これから"の仕事と転職のルール 』『ITビジネスの原理』などがある。

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(インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO 小林 弘人、IT批評家 尾原 和啓 構成=島田栄昭 撮影=小野田陽一)

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