「日経の名物記者も憤る」WHOのあまりに露骨な中国びいき
プレジデントオンライン / 2020年7月9日 9時15分
※本稿は、滝田洋一『コロナクライシス』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■「緊急事態」の認定とともに添えられたのは…
WHOのテドロス事務局長の立ち居振る舞いは目を覆わんばかりだった。「日本経済新聞」の「大機小機」欄(2月6日)には「WHOのガバナンス改革」と題して、こう記した。
空港の建物からマスク姿の人が多数出てくる光景で、春節の旅行客だと察しがつく。
建物にはハングルの表示。韓国かと思いきや、写真の左端に視線を転じわが目を疑った。NTTとおぼしき緑色の公衆電話があったからだ。これは日本の空港ではないか。
調べると、写真映像代理店ゲッティイメージズが1月24日に配信した写真である。説明には成田国際空港とある。
春節の旅行客が新型肺炎の感染を世界に広めたのは否めない。それにしても新型肺炎への緊急事態宣言に際し、もともとの感染源である中国以外の国の写真を載せるとは。
WHOという機関は一体どんな神経をしているのだろう。WHOは1月22~23日に開いた会合では緊急事態の宣言を見送った。中国が見送りを求めて圧力をかけた。仏紙「ルモンド」はそう伝える。友好国と組み声高に反対したのだ。
1週間を空費する間にも、感染は一段と広まった。ようやく緊急事態を宣言した際の記者会見でも、テドロス事務局長は中国への忖度に終始した。中国の措置を称賛する耳を疑うばかりの発言。中国との渡航・貿易制限に反対するとともに、感染を広めた中国を免責しようとする意図が透けてみえる。
テドロス氏はエチオピアの元保健相で元外相。そのエチオピアは中国から巨額の援助と投資を受け、借金の棒引きも施されている。WHO自体も中国のカネとヒトの影響下にあり、それが判断の遅れにつながったとの見方は多い。
そればかりでない。新型肺炎のリスクについて、WHOは1月25日まで「中国は非常に高い、周辺地域では高い、世界的には中程度(モデレート)」との判断を示してきた。だが26日になり、22日以降の世界的なリスクは「高い」だったと修正した。事務的な誤りと釈明したが、耳を疑う言い回しである。
企業活動や経済運営の前提は世の中の公衆衛生が保たれていることだ。WHOはそのための機関のはずだが、芯からむしばまれているとの疑いが募る。日本は米国などとともにWHOのガバナンス改革に取り組むべきだ。
■なぜか発生地の中国ではなく日本の写真が使われた
テドロス事務局長の出身国エチオピアそしてテドロス氏と中国との深い関係については、WBSのニュース解説で重ねて指摘し、1月31日に配信したYouTube配信番組「相内ユウカにわからせたい!」でも詳しく述べた。WHOのホームページの添付写真について、発見の経緯に触れておこう。
「ひょっとして成田空港?」。そんなメールはエコノミストの鈴木敏之氏からだった。空港を見る目など肥えていないだけに、一瞬戸惑った。だが明らかにおかしい。2月1日の午後1時39分にこうツイートした。
写真左のグリーンの公衆電話はNTTのようにみえる。成田空港だろうか。新型肺炎で中国の写真を使わないなら、いかにも忖度。日本の空港の写真だったら、日本政府は厳重抗議すべきだろう〉
そう記した。その直後にツイートを見た方から、疑問を裏付ける連絡があった。そこで2月1日の午後2時4分にこうツイートした。
ご覧頂いた方から、以下の写真をご教示頂きました。NARITA,JAPAN-JANUARY24とあるGettyの写真です〉
Gettyは米国の写真配信サービスだが、写真のキャプション(説明文)には「NARITA,JAPAN-JANUARY24」とある。だから、この写真をWHOのホームページに載せたのは、よく知っていたうえで中国の空港を避けたとしか思えない。
■「国際機関は理想主義的で中立的」は幻想である
多くのリツイートがあった。それでも、日本政府が抗議に動いた様子は見られなかった。成田空港の写真が使われ続けていたからだ。そこで「大機小機」の文章となった。すると、WHOが何と前触れもなくホームページの写真を差し替えた。都市名が特定できないような人々が行き交う交差点の写真である。
差し替え前の写真については、ホームページの「魚拓」を取っておいた。そしてWHOの写真問題の経緯は、2月7日のWBSで「魚拓」とともに解説した。折しもネット上では、テドロス事務局長の解任を求める署名が30万人を超えていた。世界中の人々がいら立ちを覚えていたからだろう。だが今も、彼は依然として事務局長の地位に座り続けている。
WHO問題にこだわったのは理由がある。日本の世論やメディアは国連に代表される国際機関に対して、理想主義的で中立的な機関という幻想がある。現実には中国がマネーの力にモノを言わせて、国際機関を傘下に入れている。その現実を伝えたかったのだが、それに加えて日本政府のコロナへの評価、判断、対応がWHOへのあなた任せになっている現実があったからだ。
■まるで危機感のない橋本岳厚労副大臣のツイート
ここで有事モードと平時モードの落差となる。一例を挙げよう。橋本岳厚労副大臣、その人である。厚労省で大臣に次ぐ地位にある橋本氏は、こうツイートしている。
途中で途切れているが、WHOの声明文を引いて緊急事態には当たらない、とのお墨付きとしている。
これから春節で中国からの旅行客がどっと押し寄せてくるのに、それじゃダメだ。目の前が真っ暗になるような気持ちだった。その時点の副大臣のツイッターはこんな具合だったからだ。
「インフルエンザも流行っています。手洗い、マスクなどにご留意ください」(同)
橋本龍太郎元首相の子息である岳副大臣は、父と同じ厚労族の議員。新型コロナと一般のインフルエンザを同列に扱っているように読める文面からは、危機感が伝わってこない。ご本人の性格もあろうが、1月下旬時点の厚労省の空気を素直に映しているのだろう。
■シンガポールや香港は入国禁止措置をとったにもかかわらず…
橋本副大臣ばかりでない。1月下旬、与野党の閣僚経験者との会合に出席した際のことである。
「新型肺炎で中国は武漢を封鎖しようとしている。日本の防疫体制はこんなんでいいんですか。水際措置などといっても、2009年の新型インフルエンザのときは、役に立たなかったではないですか」。そんな感想をぶつけると、いかにも気乗り薄な答えが返ってきた。
「患者はまだ1人か2人でしょう」
![滝田洋一『コロナクライシス』(日本経済新聞出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/200/img_035de7491e2fe14c4bdaa2d3720797cc249084.jpg)
春節を控えて、中国からの渡航制限を求める声もないではなかった。国際的にみて極論ではなかったことは、シンガポールや香港がとった中国からの入国(入境)禁止措置をみても分かる。香港の場合は、中国の操り人形と言われた林鄭月娥行政長官が、いち早く緊急事態を宣言し、入境停止措置をとったのが印象的である。
03年のSARS流行の際に多くの犠牲者を出したことが、香港市民の記憶に刻まれていたからだろう。それに引き換え日本はSARSでの被害を免れたおかげで、今回の新型肺炎もやり過ごせると考えているように思えてならなかった。WBSでは「中国や香港は有事モード、それに対して日本は平時モード」「新型肺炎は中国の習近平政権を揺さぶりつつあるが、対岸の火事と油断していると安倍政権の足元も揺らぎかねない」とコメントした。
■1月、中国からの訪日客は前年同月比22%増の92万人
精いっぱい表現を選んだつもりだが、今となってはもう少し強く言えなかったのかという悔いも残る。とはいえ、1月下旬の時点では何を言っても無駄だったろう。日本政府の認識はかけ離れたところにあったからだ。1月23日時点の橋本副大臣のツイートを再掲しよう。
「冷静に、リスクに見合った対策」。残念ながら新たなリスクに対する想像力が、担当副大臣には十分ではなかったようにみえる。
1月の1カ月間で中国からの訪日客は前年同月比22%増の92万人にのぼった。習近平政権が中国からの団体旅行禁止の措置を打ち出したのは1月27日。それまでに春節の観光客は次々と日本の土地を踏み、東京、京都、北海道と、冬の日本の観光を満喫していた。日本側の対応といえば、空港や百貨店や飲食店の接客担当が顔にマスクを着用するくらいだった。
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日本経済新聞社 編集委員
テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」キャスター。1981年日経入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員などを経て現職。世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』(ともに日経プレミアシリーズ)。
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(日本経済新聞社 編集委員 滝田 洋一)
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