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「予想の当たる専門家」を信じる人は、必ずいつか裏切られる

プレジデントオンライン / 2020年7月10日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Igor Kutyaev

ポストコロナの時代には、個人で経済や金融を学ぶことが重要になる。大和総研の熊谷亮丸専務調査本部長は「経済や相場のシナリオを立てて、それを事後的に検証するといい。専門家の見解を『お告げ』のように信じる人もいるが、本当に大切なのは『結果』ではなく、判断に至る『ロジック』だ」という——。

※本稿は、熊谷亮丸著『ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?』(日経BP)の一部を加筆・再編集したものです。

■リベラルアーツ教育縮小論の誤り

本連載の最後となる今回は、ポストコロナ時代に個人がどう生きるべきか、という点を論じたい。ここでは、特に、リベラルアーツ(一般教養。自由に生きるための知恵や手段)を学ぶことと、不透明な時代のなかで、経済や金融について知見を深めることの重要性を強調したい。

近年、わが国では大学のリベラルアーツをめぐる議論が迷走しており、「リベラルアーツ教育を縮小し、実践教育を重視するべきだ」との主張が勢いを増している。2015年6月には下村博文文部科学大臣(当時)が、全国の国立大学法人に対して、中期目標・中期計画の策定に当たり、教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の廃止や転換に取り組むことなどを求める通知を出したことも、こうした議論に拍車をかけた。

しかしながら、筆者は、ポストコロナの時代に、わが国ではリベラルアーツの重要性が高まることはあれ、低下することはあり得ないと確信している。変化の速い現代では、実用的な知識や技術はすぐに陳腐化する。その意味で、今ほどわが国の歴史・文化・伝統を踏まえた、深みのある議論が求められている時代はない。

■ピンク・レディー、大ヒットの秘訣は「民謡」

異分野との交流はさまざまな価値を生み出す。身近な例では、1970年代後半に一世を風靡(ふうび)した「ピンク・レディー」の楽曲がヒットした秘密をご存じだろうか? 

その理由は、作曲家が「民謡」のリズムを取り入れたからだと言われている。すなわち、「歌謡曲」という枠のなかだけで作曲していると、斬新なメロディーは生まれない。「歌謡曲」の常識を打ち破り「民謡」のリズムを取り入れる——大袈裟に言えば、異分野との交流こそが新たな価値を生み出すのだ。

今やハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディの定番とも言える、トヨタ自動車の「かんばん方式」が、米国のスーパーマーケットの在庫管理方式からヒントを得たというのは有名な話だ。流通業という異分野からヒントを得ることで、世界に冠たる「かんばん方式」が誕生したのである。

筆者は、こうした視点から、日本人は積極的に「副業」を持つべきだと考えている。異分野の知見のなかにこそ、新しいイノベーションの種が山ほど埋まっているからだ。

■「熟議」の徹底が日本政治再生の最大のカギ

話を元に戻そう。異分野という意味では、古今東西の人間の知恵が凝縮されたのが、まさしくリベラルアーツである。実際にリベラルアーツを学ぶと、単純な事象でも深く考察することができる。例えば、「日本型民主主義」は、リベラルアーツに照らすと、以下のように考えることができよう。

現在、わが国では政治への不信感が蔓延している。政治が再生するためには何が必要だろうか?

筆者は、議員や国民が議論を尽くすこと——すなわち「熟議」の徹底こそが、日本政治再生の最大のカギだと考えている。歴史的に、日本には「熟議」を行う伝統がある。

例えば、わが国の神話に登場する神々は、何かあるとすぐに集まって議論する。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あめのいわと)にお隠れになった際にも、八百万(やおよろず)の神々は対応を協議した。聖徳太子が制定した「十七条憲法」や、明治維新の際に公布された「五箇条の御誓文」にも、「熟議」を尽くすことの重要性が謳(うた)われている。

こうした主張に対しては、「『決められない政治』を助長するのか?」と反論する向きもあるだろう。しかし、わが国の「決められない政治」は、決して議論のやりすぎに起因するものではない。国会では、裏での駆け引きが幅を利かせる国対(国会対策委員長)政治が横行し、最悪のケースでは「牛歩戦術」などが平然と行われる。「熟議」の不足にこそ「決められない政治」の原因があるのだ。

いずれにしても、リベラルアーツを学ぶことは、思考を深める意味で極めて重要な意味を持つ。リベラルアーツは、人類の悠久の歴史、世界のさまざまな宗教の本質、日本と西欧の根本的な発想法の違いといった人間の思索にとって不可欠な基盤を、われわれに与えてくれる。特に、次世代を担う前途有為な若者には、わが国の歴史・文化・伝統を踏まえた上で、ポストコロナ時代の日本経済の動向や、わが国が進むべき道などについて、長期的、多面的、根本的に考察してほしい。

■金融リテラシー向上の3つの秘訣

次に、ポストコロナの不透明な時代のなかで、経済や金融を学ぶことが重要である点を強調しておきたい。

とりわけ、今後、資産運用を行うに当たって必要とされる「金融リテラシー」向上の方法についてお伝えしようと思う。具体的に、筆者は、次の3つのステップで「金融リテラシー」を向上すべきだと考えている。

熊谷亮丸著『ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?』(日経BP)
熊谷亮丸著『ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?』(日経BP)

第一に、新聞や経済誌(『プレジデント』『日経ビジネス』『ダイヤモンド』『東洋経済』『財界』など)は丁寧に読み込む習慣をつけたい。うまく泳げるようになるためには、最初に水のなかで体を動かしてみて徐々に慣れていくことが必要だ。フィナンシャル・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの海外メディアも非常に参考になる。日本のメディアと全く違う切り口の記事が掲載されることが多いからだ。こうした努力を一定期間続けていると、次第に新聞記事を批判的に読めるようになり、最後には新聞社の「デスク」になった気分で、記事の内容を採点できるレベルに達するだろう。

第二に、自分で経済や相場のシナリオを立てて、それを事後的に検証することが大切だ。個人投資家のなかには、経済や金融市場に関する専門家の見通しを、占いの「お告げ」のように聞く人も少なくない。しかしながら、本当に大切なのは、「当たり外れ」という「結果」ではなく、判断に至る「ロジック」である。仮に相場の上げ下げが当たったとしても、その事自体には「再現性」が全くない。逆に今回「まぐれ当たり」したのであれば、確率的には、次回は外れる可能性のほうが高くなる。

経済書などを読む際も、筆者が判断に至る「ロジック」を丁寧にたどってほしい。確固たる「ロジック」を構築した上で、事後的にそのシナリオを絶えず検証していくことで、「金融リテラシー」は着実に向上していく。その繰り返しによって、経済や金融市場を見ることが段々と楽しくなってくるはずだ。

第三に、自分の好きな経済学者やエコノミストを持つことが大切である。必要に応じて、彼らが書いた専門書を読んでみるのもよいだろう。仮に彼らの予想が外れたとしても、その見方はひとつの羅針盤として大きな意味を持つ。

■その道の達人でも夜中に目覚め自問

筆者の目から見ても、名前が売れている経済の専門家は「玉石混交」だ。多様な専門家のなかから「本物」と「偽者」を見分ける目を持つことが大切である。筆者が尊敬する故大山倍達(ますたつ)・元極真会館総裁は、常々「握り方3年。立ち方3年。突き方3年。9年やらないと空手の門には立てない」とおっしゃっていた。しかし、その大山総裁ですら、晩年、夜中に目が覚めて、「自分の拳の握り方が本当に正しいのか?」と自問することがあったという。

筆者は、1993年に当時の日本興業銀行(現みずほ銀行)調査部に配属され「エコノミスト」になってから25年以上たったが、自分の経済に対する見方、ロジックが本当に正しいのかどうか、いまだに自問する日々が続いている。どの分野でもそうだが、道を究めようと思えば、その道程は限りないのだ。

いまこの原稿を読んでいただいている皆さんが、グローバル経済や金融市場の動向に関心を持ち、地道な努力を続けるようになっていただければ、筆者にとって望外の幸せである。

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熊谷 亮丸(くまがい・みつまる)
大和総研 専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト
1989年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。同行調査部などを経て、2007年大和総研入社。2020年より現職。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(旧興銀より国内留学)。ハーバード大学経営大学院AMP(上級マネジメントプログラム)修了。政府税制調査会特別委員などの公職を歴任。経済同友会幹事、経済情勢調査会委員長。テレビ東京系列「WBS(ワールドビジネスサテライト)」コメンテーターとしても活躍中。

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(大和総研 専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト 熊谷 亮丸)

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