「なんかグッとくる」この感覚は一体何なのか
プレジデントオンライン / 2020年7月27日 11時15分
■なぜ歯磨き粉はミント味なのか
人間の脳構造は、本能的かつ無意識に直感で判断する「動物的な脳」と、理性的かつ意識的で、思考したり言語化したりする「人間的な脳」に分かれています。理屈を超えて「なんかグッとくる」と、動物的な脳を刺激する感覚を、広告業界では「触媒」と呼んでいます。
触媒の具体例として、よく挙げられるのは「歯磨き粉のミント」です。歯磨き粉に含まれるミントには、歯を美しくしたり、健康にしたりする特段の機能はありません。ただ、磨いたときにスッキリする感覚を得られることから、「なんか歯がきれいになった気がする」「なんか口の中が健康的になった気がする」という印象に繋がります。慣れると(ミントがないと)「スッキリしない」「物足りない」と感じるようになり、クセになっている――これこそが触媒の魔力です。
今から100年ほど前、某ブランドが初めてミント入りの歯磨き粉を発売したところ、歯磨き粉が世界的に流行しました。それまで歯磨き粉は誰もが当たり前に使う商品ではなかったにもかかわらず、です。
ここで触媒の5つの特徴を紹介しましょう。1つ目は無意識にやってしまう中毒性をもたらすこと。スイッチが押されることで、「またやりたい」という気持ちが自然と湧き上がることになります。2つ目は前出の通り、直感的、感情的な判断をする動物的な脳を刺激すること。
3つ目は行動の最中に感じさせること。行動するたびに、商品そのものや使用シーンに組み込まれた演出を味わい、徐々にそれがクセになり、習慣化に繋がっていくのです。
4つ目は報酬を感じやすいこと。歯磨きという身近な例で説明しましょう。歯磨きの報酬は「歯がきれいになる」「歯が健康になる」などが挙げられますが、その状態になるまでには時間を要します。歯磨きを1回しただけでは、美しく健やかな歯は手に入りません。そのため、日々の歯磨き習慣で報酬を感じやすくするための触媒として、「ミント」のような刺激的な要素が含まれているのです。
5つ目は1つよりも複数組み込むと強くなること。ロングセラー商品を分析すると、単一ではなく複数の触媒が組み込まれているケースが多いです。先の歯磨き粉の例でいうと、ミントのほか、泡立ちの良さ、いい塩梅の粘り、クリーンな印象をもたらす白色など、五感に訴えかけるような複数の触媒を盛り込み、「これからも使い続けたい」と思わせる設計にしています。
歯磨き粉のミントの例から、動物脳を刺激すると習慣化しやすいことがわかります。ほかにもわかりやすい触媒の例としては、シャンプーの「泡」や育毛トニックの「清涼感」、エナジードリンクの「濃い液色」、高級車の扉が閉まるときの「静かな音」などが挙げられます。
■電子決済の「ピッ」も触媒の1つ
触媒は広告の領域だけでなく、幅広い仕事に応用することができます。触媒を生み出す方法は大きく5つあり、図は特に出現しやすい触媒を整理してまとめたものです。
![触媒…理屈を超えて本能的にグッとくる演出](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/d/670/img_bd57f0fe36472ff96597aff415f44267335332.jpg)
「快楽」「不快解消」の習慣に関係するのは、前出の「ミント型」のように、歯磨き粉のミントのような強い刺激を与えるものと、シャンプーの泡のような心地よさを与える「コンフォート型」があります。
「成長」の習慣に関与するのは「ダム型」です。成長を数値などで「見える化」して、実感できるようにします。家計簿アプリの「資産総額グラフ」やランニングアプリの「総距離数グラフ」などは、イメージしやすい例ではないでしょうか。
「不満解消」の習慣に関係するのは2つあります。1つ目は「セレモニー型」。儀式を通じて過去の記憶・快感を思い出させるものです。例えば、加熱式電子タバコの「一連の吸う行為」やハイボールの「ジョッキで乾杯」、デジタルカメラの「ファインダーを覗き込みながらの撮影」などが該当します。2つ目は「アナログ化型」。デジタルで失った「実感」を、あえてアナログにして体験するものです。スマホの「電池残量」や電子決済の「ピッ音」などが具体例です。
■触媒を活用して上司を説得しよう
これらを前提に、ビジネスシーンで、触媒を活用する方法を紹介します。まずは「上司の説得をする」シーン。上司のタイプによって使う触媒は異なり、「上昇志向型」の上司には、成長の習慣に該当するダム型の触媒を用います。彼らは成果が積み上がっていくのを好むからです。「(上司が)目指している売り上げの◯◯%を◯◯までに達成します」など、感覚ではなく数字で明確に示すことで、上司はグッとくるでしょう。
一方で、「危険回避型」の上司には、不満解消の習慣にあたるセレモニー型、不快解消の習慣にあたるコンフォート型の触媒を使うのが良いでしょう。上司の機嫌が良さそうなときを狙って、心地よく感じる場所で話をするなど、状況や環境を選ぶとともに、より良く整えておくのが大事です。また、上司を安心させる目的で、他社の成功パターンや事例を示すのも手でしょう。1度うまくいったことは、そうではないことと比べて、次も成功する可能性が高いからです。
■プレゼンには黒い服を着ていけ
続いて「プレゼンで成功する」シーン。ミント型のアイデアから紹介します。まずはプレゼン前に気合が入る曲を聴くこと。こちらはミント型とセレモニー型のミックスでもあります。プロレスラーなど格闘技の選手がリングに上がるとき、毎回入場曲がかかりますよね。あのイメージです。私の場合は、音楽配信サービスの「テンションが上がる音楽」プレイリストからランダムに聴くことが多いです。
プレゼン本番には、「黒い服」を着て臨むこと。新型コロナウイルスの影響を受けて、オンラインでプレゼンをする機会が増えてから、服装を気にしなくなる人も出てきましたよね。でも、プレゼンで勝ちたいなら、聞いている人に「説得力」を感じさせる黒を選んでください。 私の経験では、同じことを話しても印象がまったく違います。
話し始める前、参加者に「エナジードリンク」を配り、飲んでもらうのもひとつの方法です。冒頭で「今日の私のプレゼンは約◯◯分と、とても長丁場になります。長時間聞いていただくのが大変申し訳ないので、エナジードリンクをご用意しました」と言って全員に配布した――これは実際にあった話です。
ドリンクを受け取った側はリラックスできますし、「この◯◯分にこの人はここまで情熱を注いでいるんだ。大事な◯◯分なんだ」と感じ、より真剣に聞こうと思うものです。「よし、それならちゃんと聞こう」とスイッチが入りやすくなります。エナジードリンクの代わりにお菓子を配るケースもありました。
プレゼンとは一見関係のないエナジードリンクやお菓子だからこそ、触媒としての効果を発揮することが考えられます。
■大切なことは何度でも口にする
プレゼンを成功させる方法。次にセレモニー型のアイデアを紹介します。「企画書をテンプレート化する」のはとてもおすすめです。プレゼンをする際は、毎回ゼロから新しい企画書を作るもの。
でも、トークの構成が決まっているなら、ほかのクライアントにも転用できるようなテンプレにするのです。例えば「今は世の中全体が◯◯な状況です」→「だからブランドは“守り”ではなく、“攻め”にいかなくてはいけません」→「御社が攻めの姿勢に転じるにはこんなことをするといい」→「では具体的に広告はこんなふうに……」というようにです。
話し慣れている構成だと自信を持ってプレゼンできますし、そのテンプレが自分にとっての“勝ちパターン”になるかもしれません。
![中川 悠『カイタイ新書何度も「買いたい」仕組みのつくり方』(秀和システム)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/200/img_dbfcc365568a5123bd8aa5408ec92651123992.jpg)
最後はダム型のアイデアです。「大事なことは何度も言う」という、実にシンプルな内容ですが、意外と効果があります。「同じことを2回言うのはダメ」「資料に同じことを何度も書くのはよくない」といった暗黙知、固定観念もありますが、もうそれはキッパリ忘れてください。実際は何回でも言うべきだし、何回でも書くべきです。本当に大事なことは何度繰り返してもいい、と私は考えます。
大切なことはダムの水のように、蓄積していく必要があります。プレゼンで話したすべての情報を覚えてもらう必要はなく、本当に伝えたい肝の部分だけを頭に入れて帰ってもらえばいいのです。3回でも4回でも必要なことは繰り返すのがいいでしょう。
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博報堂クリエイティブ・ストラテジスト
ヒット習慣メーカーズを立ち上げ、顧客の習慣化による事業成長の仕組みづくりを実践。編著書に『カイタイ新書 何度も「買いたい」仕組みのつくり方』。
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(博報堂クリエイティブ・ストラテジスト 中川 悠 構成=池田園子)
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