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情報のプロたちが「国家安全保障局の局長人事」に心底驚いたワケ

プレジデントオンライン / 2020年7月21日 11時15分

北村滋国家安全保障局長=2020年1月16日 - 写真=EPA/時事通信フォト

アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は、前CIA長官だ。情報を収集する側であるCIAのトップが、自ら外交のプレーヤーになるのは異例のことだ。だが、同様の事態は日本とロシアでも起きているという。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■前CIA長官が国務長官になったことの意味

【佐藤】公安調査庁とはいかなるインテリジェンス機関か――。その検証に当たって、公安調査庁には強制捜査権も逮捕権もないと幾度か指摘してきました。でも、考えてみれば「MI6」も、「CIA」も、「モサド」も逮捕権は与えられていないんですよ。

【手嶋】インテリジェンス機関とは、極秘情報を握っており、それ自体が極めて有力な、恐ろしい存在です。かつての佐藤ラスプーチンの存在が身をもって示した通りです(笑)。もし情報機関に逮捕権を持たせてしまえば、収集能力が劣化する恐れがある、だから本来、逮捕権など与えるべきじゃないとも指摘してきました。

【佐藤】それはまったく真理なのですが、しかし、こうした従来の原則に変化の波が押し寄せています。2018年3月に、アメリカで前CIA長官のマイク・ポンペオが国務長官に抜擢されたのが象徴的です。

【手嶋】冷戦の時代、アメリカには有名なダレス兄弟がいました。兄のジョン・フォスター・ダレスは国務長官、実弟のアレン・ウェルシュ・ダレスはCIA長官。言うまでもなく、ふたりは別人格です。情報を収集して政治指導者にあげる側にいたCIAのトップが、自ら外交のプレーヤーになってしまう。それは異例の出来事です。

【佐藤】そうですね。「新しい国務長官は、その昔、CIAに在籍した人だった」というのではない。CIA長官からいきなり外交の責任者に変身したわけですから。

■日本でもインテリジェンスのプレーヤーが官邸に

【手嶋】さらにいえば、ポンペオはCIA長官時代から、情報収集・分析というインテリジェンス機関の則(のり)を超えて、トランプ外交の交渉役として北の独裁者と関わっていました。トランプ大統領は、ポンペオ氏の手腕に感心したのか、国務長官の座に就けたのでした。

【佐藤】同じような潮流は、最近のロシアでも見受けられます。ロシア連邦安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフという人物は、もともとロシア国内の防諜や犯罪対策を担うロシア連邦保安庁(FSB)の責任者でした。対外的なインテリジェンス活動を行うロシア連邦対外情報庁(SVR)のセルゲイ・ナルイシキン長官も、実際には外交交渉に深く関わっています。「インテリジェンス機関」と「政策執行機関」の距離がぐんと近づいてきているわけですね。

【手嶋】じつは日本もその潮流の例外ではありません。2019年9月の内閣改造で、北村滋内閣情報官が、国家安全保障局長に抜擢されました。北村氏は警察庁警備局外事情報部長も務めたインテリジェンス世界のプレーヤーです。ですから、アメリカ、ロシア、日本で、揃って、インテリジェンスのプレーヤーが、外交・安全保障分野に進出してきているわけです。日本の安倍官邸にあっても、北村氏は、出身母体の内閣情報調査室を傘下に収めたまま、いまも官邸の「インテリジェンス・マスター」として重責を担っているわけです。分かりやすく言えば、純粋な「情報の生産者」から、「情報の消費者」にすらりと身をかわした。しかも、古巣にも絶大な影響力を残している。米ロのケースとそっくりです。

■「ゲームのルール」が変わりつつある

【佐藤】日本は気がついてみたら、世界的な潮流の先頭を走っているのかもしれない。そのくらいインパクトのある人事でした。そういう「半分裏で半分表の存在」である北村氏に、2020年1月にはアメリカのトランプ大統領が会い、その直後にロシアのプーチン大統領も会った。極めて異例な出来事です。安倍首相の懐刀としての力量を先方が買ったからこそ、米ロのトップが相次いで会談に応じたのでしょう。そこには、米ロの情報機関の強い後押しもあったと思います。もしもこの先、習近平にも会えたら「三冠王」です。(笑)

【手嶋】以前には、ちょっと考えられない事態が起きているわけですね。

【佐藤】そう思います。プーチン大統領がその典型なのですが、インテリジェンスの人間も、政策立案に深く関与しているはずだ、と考えている証左ですね。そして、現実にインテリジェンスをめぐる「ゲームのルール」も様変わりしつつあるんです。

そうしたなかで、日本の「インテリジェンス・コミュニティー」の重要な構成メンバーの一つである公安調査庁が、こうした新しい潮流と無縁でいられるはずはありません。公安調査庁はいま、実質的な機能変化を起こしていると見ていい。すでに見たようにコロナ禍がこの機能変化のペースをぐんと速めたと言えます。

■国際テロ対策を仕切るのは「外務省」ではない

【手嶋】まさしく、世界の情報コミュニティーにあっては、重大なパラダイム・シフトが起きつつあるのです。

【佐藤】日本のメディアは、きちんと伝えていないのですが、じつは日本の官邸のインテリジェンス機能にも重要な変化が起きています。国際テロに備える「国際テロ情報収集ユニット(CTU‐J)」がありますが、これは警備・公安警察が実質的に取り仕切っています。世界各地に置かれている在外公館を拠点に使いながら、国際的なテロ情報を収集・分析しています。一昔前なら、外務省は自分たちの専管事項だと猛反発したはずです。

【手嶋】外務省は心穏やかでないのかもしれませんが、テロ対策の分野は、軍事インテリジェンスと重なる部分もあり、直ちに行動を求められることもあります。

【佐藤】そう、テロに関する情報を単に掴むだけでは十分じゃない。最終的にはテロ組織を制圧し、場合によってはテロリストを殺さなければいけない。だから、これは外務省のインテリジェンスでは対応できないのです。

■「国民の権利」を侵害することはあってはならない

【手嶋】テロの世紀では、政治家が、インテリジェンスの現場にいる人間の力を借りようとするきらいがあります。これは、立場を変えれば、貴重なインテリジェンスを握っている人間が、そうした情報を武器にして政策の舵取りに影響を及ぼすようになったんですね。かつての佐藤ラスプーチンのような人材が集団として現れつつある。ちょっと恐ろしい気がします。(笑)

【佐藤】私は、正直に言って、情報をテコに政策を左右しようなどとは考えませんでした。その意味で「ラスプーチン」じゃなかったんですよ(笑)。それはともかく、ご指摘の点は、大きな危険性を孕んでいますね。自らの野望の実現を第一義的に考える人間とか、極端に蓄財欲が強い人間だとか、そういう人物はいてもらっては困ります。しかし、インテリジェンスを直に握る政治のプレーヤーが、枢要な地位を占めたりすると、国の針路を大きく誤ってしまうことになりかねない。

【手嶋】公安調査庁もテロの世紀を迎えてその存在意義は高まっていますが、この組織が強大な権力を握って、一般の国民の権利を侵害するようなことがあってはなりません。

【佐藤】国民の権利を大切にする姿勢はとりわけ大切です。

■米国には「諜報機関のお目付け役」がいる

【手嶋】そのためには、選挙で選ばれた国会が、諜報活動をきちんと監視する仕組みを持っていなければなりません。

アメリカには強力な政府の情報機関が17あります。それだけに、連邦議会の上下両院には、インテリジェンス・コミッティーと呼ばれる「情報特別委員会」があり、諜報機関の「お目付け役」をつとめています。CIAなどの情報機関が秘密活動を通じて、外国の政府要人の暗殺などをしていないか、監視しているわけです。この情報特別委員会は、かなりの力を持っています。上下両院議員の有力メンバーは、この委員会に、子飼いの補佐官を出向させ、諜報機関をがっしりと押さえ込む体制をつくっています。

当時のビル・ブラッドリー上院議員は、情報特別委員会の民主党の有力メンバーでした。彼の有能な右腕、ジョン・デュプレ補佐官を送り込んでいました。ノモンハン事件の専門家としても知られる情報の優れたプロフェッショナルでした。ワシントン特派員の時代、彼のもとに幾度か取材に行ったことがありました。この委員会は上院の議員会館の一角にあるのですが、警備はじつに厳重、何重ものチェックを受けたものです。CIAをはじめ各情報機関がこの委員会に多くの極秘情報を提示していたのですから、警備の厳しさは当然のことでした。

■日本は「議会によるコントロール」が足りない

【佐藤】日本なら、国会議員に極秘情報を渡せば、たちまちメディアに漏れてしまいます。

手嶋龍一、佐藤優『公安調査庁-情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中央公論新社)
手嶋龍一、佐藤優『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中央公論新社)

【手嶋】しかし、アメリカの情報特別委員会の議員から極秘情報が漏れたことなどありませんね。レーガン共和党政権の時代に、イラン・コントラ事件が起きて、国家安全保障会議や情報機関の在り方に厳しい批判が巻き起こりました。レーガン・ホワイトハウスにいたノース中佐が、イランへの武器売却代金の一部を中米ニカラグアの反政府ゲリラ・コントラの支援に利用しようとして露見したのです。これをきっかけに、アメリカ議会は、情報機関への監視を強めていきました。

イギリスでも、MI6に対しては、議会のグリップがかなり効いています。翻って、日本では、公安調査庁や内閣情報調査室の活動を議会がコントロールしているかといえば、ほとんどグリップは効いていないように思います。

■インテリジェンス機関にこそ、チェック機能が必要だ

【佐藤】その通りですね。公安調査庁に限らず、外務省のインテリジェンスにも、警備・公安警察の活動にも、議会の十分な監視は及んでいないと思います。衆参の予算委員会とか、決算行政監視委員会で、予算と決算の両面から、その活動に睨みを利かせる建前にはなっています。しかし、肝心の情報活動については、監視機能は働いていないと言わざるをえない。

【手嶋】佐藤さんのようなインテリジェンスのプロフェッショナルが、議会から睨みを利かせていれば別でしょうが、国民が選挙で選んだはずの国会のチェック機能は十分とはいえません。国民の目がなかなか届かないインテリジェンス機関にこそ、チェック・アンド・バランスの仕組みが大切なのですが。

【佐藤】情報機関の側にとって、議会はたしかに煩わしい存在なのですが、長期的な視野にたてば、国民が味方になってくれるのですから、監視は受けた方がいいと思います。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2005年から作家に。05年発表の『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、翌06年には『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』など著書多数。池上彰氏との共著に『教育激変』などがある。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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