「ナイキ厚底より1万円安い」ミズノが"真っ白靴"で始めた本気の反撃
プレジデントオンライン / 2020年7月11日 9時15分
■箱根駅伝、ナイキ厚底よりインパクト大のミズノの「純白シューズ」
7月1日、噂になっていたシューズの全貌が明らかになった。
正月の箱根駅伝10区で区間新記録をたたき出した創価大・嶋津雄大が履いていた“真っ白いシューズ”だ。
ミズノは昨年12月からホームページ上で「本気の反撃」という挑発的な言葉を掲げていたが、この日、オンライン上で「ミズノ 新素材&新製品 プレスカンファレンス」を開催。同社としては初となるリモート記者発表で「世界のシューズ市場の変革」を宣言した。
まずは、水野明人社長が登壇。以下のようなあいさつから始まった。
「昨年末から今年のはじめにかけて、ランニング市場は厚底シューズが席巻しまして、箱根駅伝では10区間中9区間で区間賞を取りました。しかし、新素材を搭載したプロトタイプのシューズを履いた創価大・嶋津君が10区で区間賞を獲得して、少しは(ミズノのシューズが)注目を浴びたのかなと思います」
直接、言葉にすることはなかったが、「ナイキ」への対抗心が伝わってくる。そして、新素材を採用したモデルについては、「すごい反発力を持ったシューズ。皆さまに体感していただきたい」と語った。
■保守的なデザインを一変、反発性向上のヒントは「野球とゴルフ」
新素材は「MIZUNO ENERZY(ミズノエナジー)」というもので、約2年かけてミズノ史上最高の反発性に到達したという。開発については、シューズだけでなく、多くのスポーツ用具を科学的な視点で研究開発してきた知見を活用した。
なかでも、昔から多くのプロ選手の愛用者がいる、同社製野球用バットやゴルフクラブなど、遠くに飛ばす、強い球を打つという、反発性をテーマに追求する用具の研究が役立ったという。
開発担当者はこう言って、新素材のシューズの革新性に胸を張った。
「シューズの素材というよりは、金属のバネに近いんです。エネルギーロスが非常に小さいので、高く跳ね返るとともに、何回も跳ねる。とにかく柔らかくて、よく跳ねる。驚きと興奮を提供できると思います」
新素材を採用したミッドソールは、競技特性や使用シーンに合わせて3タイプを展開する。最も柔らかさと反発性が高いソール「MIZUNO ENERZY CORE(コア)」は、一般的なシューズに搭載されているソールの素材と比較して反発性が約56%、柔らかさは約293%も向上したという。
■箱根駅伝で区間新出した“真っ白いシューズ”の市販版がデビュー
このコアを搭載したコンセプトモデルのシューズ「THE MIZUNO ENERZY(ザ ミズノ エナジー)」(税込2万7500円)は、ジョギング用で赤いモコモコしたミッドソールが特徴的だ(写真参照)。
これまでミズノはオーソドックスなデザインが多かっただけに、今回はずいぶんと“攻めた”印象だ。こちらは重さが約365g(27.0cm)ある。
そして、トップランナー向けに発売されるのが「WAVE DUEL NEO(ウエーブ デュエルネオ)」。創価大・嶋津が箱根駅伝で区間新を出して衝撃を与えた“真っ白いシューズ”の市販版だ(写真参照)。
ミッドソールには軽量タイプで従来よりも反発性が35%アップした「MIZUNO ENERZY LITE(ライト)」を採用。ミズノ独自の樹脂製プレートである「ウエーブプレート」と組み合わせることにより、反発性の向上を実現したという。
ランニングフォームが変わらないようにソールの厚さは従来モデルと同じ(前足部14mm、ヒール部23mm)。ナイキの厚底シューズ(『エア ズーム アルファフライ ネクスト%』、39.5mm)と比べると“薄底”といえるだろう。
■ニット素材の「ハイカット」でフィット感抜群、トレンドになるか
メーカー側が発表する反発性のアップ率などのデータは、たいていが「当社比」となるため、他社との比較は難しい。ただ、筆者はこのシューズのポテンシャルはかなり高いと予想している。なぜなら、創価大・嶋津の走りには本当に驚かされたからだ。
嶋津はトラック1万mベストが29分15秒71で、箱根予選会は個人総合96位。箱根駅伝は区間ひとけたでも“好走”といえるレベルの選手だった。にもかかわらず、快挙を果たした。
箱根で走る前にはナイキの厚底シューズを試しているが、「自分には合わなかった」と、ミズノの真っ白のプロトタイプを履いて、10区で13年ぶりとなる区間新記録したのだ。チーム初のシード権をもたらした活躍は、ナイキの厚底シューズを履いて、区間記録を塗り替えた選手たち以上のインパクトがあった。
そして面白いと思ったのがシューズのかたちだ。
アッパーの設計をハイカットにしたモデルは、ミズノのランニングシューズでは初で、他メーカーを含めても非常に少ない。ニット素材を採用することで、足全体を包み込むようなフィット感があるという。それでいて軽い。
重さは約185g(26.0cm)。踵部を支えるカウンターパーツ(芯材)を入れずにフィット感を高められるため、「WAVE DUEL NEO」のローカットモデルよりも約10g軽くなっているのだ。価格(税込)はハイカットモデルが2万5300円、ローカットモデルが2万900円。7月中旬から順次販売開始となる。販売目標(発売から1年間)はグローバルで「WAVE DUEL」シリーズ全体1.5万足だ。
ハイカットは好みが分かれそうだが、一般的なシューズと比べて足首が固定されるはずなので、筋肉の余計なブレが抑えられて、疲労を軽減する効果があるのかもしれない。そして、同モデルの快走が連発すれば、厚底ブームに続いて、ハイカットブームがやってくる可能性もあるだろう。
■ランナー向け会見に松岡修造登場、国内メーカーの「致命的な弱点」
新モデルの投入で、ミズノの反撃が始まるのか。
水野社長は、「コロナの影響で自粛生活をされて、(集団で)スポーツするのは難しい。でも、外を走ることはできる。ランニングシューズは市場性も高い。グローバルの市場でも大いなる成長余地があると考えております」と話すと、目標とする販売数については、「(全世界で)100万足以上は売りたい」と息巻いた。
発表会後半では、ミズノブランドアンバサダーを務めるスポーツキャスターの松岡修造、昨年のラグビーW杯で活躍した田中史朗(キヤノン)、リオ五輪男子4×100mリレー銀メダリストの飯塚翔太(ミズノ)が登場して、新モデルに関するトークセッションが実施された。
いつも通りに熱かった松岡修造は、「これを履いたら、他のシューズは履けない」と猛アピールしていた。松岡の存在で会見はひときわ華やかなものになったが、筆者は、このメンバーしか集めることができなかったところにミズノの弱点が表れている、とも感じた。
なぜなら、ランニングシューズの発表会にもかかわらず、マラソンで日本トップクラスの選手をセッティングできなかったからだ。
ミズノのサイトには、前出の嶋津を含む創価大と日大の4選手が登場し、新モデルを履いた感想などが語られている。しかし、この学生メンバーでナイキと真っ向勝負するのは厳しい。
■東京五輪マラソン日本代表内定者6人中5人のナイキに対抗できるか
東京五輪の男女マラソン日本代表内定者6人のなかで、内定を決めたレースでミズノを履いていた選手はいなかった。前田穂南がアシックスで、他の5人はナイキだ。
昨年9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)はナイキ厚底シューズの使用が男子30人中16人だったが、今年3月の東京マラソンでは男子完走者107人中94人(87.8%)がナイキを着用。厚底シューズの圧倒的なパワーに気づいた選手たちが続々と他メーカーからナイキに履き替えている。
しかも、ナイキは大迫傑、中村匠吾、服部勇馬、設楽悠太ら国内トップ選手と契約を結び、他社が簡単には手出しできないような状況を作っている。ミズノに今冬のレースで「WAVE DUEL NEO」を着用予定の日本トップクラスの選手がいるのか質問したが、現状公表できるのは村澤明伸くらいだという。東京五輪が来年に延期されたとはいえ、日本人選手がミズノのシューズを履いて札幌を駆け抜けることは非常に難しい。
アシックスも6月12日にニューモデルを投下している。ナイキ厚底シューズと同じようにカーボンプレートを搭載したレーシングシューズの「METARACER TOKYO(メタレーサー トウキョウ)」だ。正月のニューイヤー駅伝と箱根駅伝では、そのプロトタイプを履いた選手が好走しており、前評判は高かった。
ソールは爪先にかけて反り上がっており、その形状変化を抑えるためにミッドソールにカーボンプレートが内蔵されている。ソールの構造上、自然と脚がまわるので、地面を楽に蹴ることができるという。重量は190g(27.0cm)で、価格は税込2万2000円だ。
■王者ナイキの3万3000円、ミズノとアシックスはそれより1万円安い
王者・ナイキも7月2日からニューカラーを販売。大迫傑が東京マラソンで2時間5分29秒の日本記録を打ち立てた「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」は、税込3万3000円ながら公式オンラインショップでは10分弱で完売する“争奪戦”になった。
ナイキの関係者は、コロナの影響でレースが中止や延期に追い込まれているなかでどれぐらい需要があるのか心配していたというが、厚底人気は少しも衰えていない。
ナイキ厚底シューズの壁は国内メーカーにとってとてつもなく高いと考えていいだろう。ただし、ミズノとアシックスの新シューズがナイキに迫るほどの“結果”を残すことができれば、ナイキ一強の流れを変えることができるかもしれない。
トップモデルを比較すると、ミズノとアシックスはナイキと比べて1万円ほどリーズナブルだからだ。
結果がすべてのトップ選手は価格に関係なく、少しでもいいものを選ぶ。しかし、市民ランナーは1万円近い価格差で、同程度のパフォーマンスが期待できるなら、ミズノやアシックスのシューズを選ぶという人は少なくないだろう。
■「厚底」競争は終了し、新たな発想で開発される
また1月末にワールドアスレチックス(世界陸連)からシューズに関するルール改定が発表され、4月30日から適用されている。靴底の厚さは40mmまでとなった。「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」の靴底は39.5mmで、ナイキはこれ以上ソールを厚くすることはできない。今後は新たな発想で、新シューズが開発されていくことになる。
そしてミズノやアシックスがナイキを越えるには、大迫傑を上回るような“ネクストスター”の存在が欠かせない。日本記録を塗り替えて、パリ五輪、ロス五輪でヒーローになれるようなランナーとの契約が必要になるだろう。
ちなみに大迫はナイキと契約する前はミズノを履いていた。モノづくりだけでなく、ブランドイメージを高める戦略を考えていかなければ、国内メーカーの“金メダル”はない。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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