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日本一人勝ちの条件…竹中平蔵「命を守るほうが先か、経済の復興が先か」

プレジデントオンライン / 2020年7月24日 11時15分

経済学者 竹中平蔵氏

世界中の経済をストップさせた新型コロナウイルス。日本では第一ラウンドが終わったようだが、すでに国民は疲弊している。一方で「日本が再び世界の先頭に立つ」チャンスもあるという。

■コロナの死亡率日本は実は高かった

緊急事態宣言が全国で解除され、経済活動が再開されました。約1カ月半に及ぶ日本の自粛期間は、世界的に見てどの程度新型コロナウイルスを抑え込めたのかを振り返ってみましょう。

2020年6月14日現在、日本の新型コロナ死亡者数は925人。11万5402人のアメリカ、4万2720人のブラジル、4万1662人のイギリス、3万4301人のイタリアなど欧米や南米と比べて低い水準で抑え込むことができています。日本のコロナ対策が効果的だったようにも見えますが、欧米諸国に比べるとアジア各国は全体的に死亡率が低い結果となっています。

アジアはMERS(中東呼吸器症候群)やSARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザなどが流行した過去があります。そのため、今回の新型コロナに対する免疫もある程度できていたのではないかという見方もあります。

要因はさておき、実は日本の死亡率はそのアジア主要国の中で比べると高い部類に属し、中国の2倍、シンガポールの1.5倍にものぼっています。中国の統計が本当に正しいのかはわかりませんが……。

■一部のパチンコ店が営業を続けていた

なぜ日本の死亡率が高く出てしまったのか。諸外国が自粛「命令」を出して厳しく取り締まりを行っていた一方で、日本は法律上の理由であくまで自粛「要請」しかしておらず、コントロール力が弱かったのです。緊急事態宣言下にもかかわらず一部のパチンコ店が営業を続けていたといった話も記憶に新しいですね。

日本の死亡率はそれほど低くない/人口10万人当たりの感染者数は少ないが…

国民の自主性に任せられた緩い自粛期間だったにもかかわらず、死者数をむしろここまで抑え込めたのは、もともとマスクや手洗いの習慣があった、握手やハグが少ない、大声でしゃべる文化ではないなど、衛生管理の高さや文化的な要因も影響しているのかもしれません。

日本以外の多くの国では、罰則を伴った不要不急の外出禁止命令が出されていました。例えば、イギリスでは公の場に3人以上で集まることなどを禁止し、違反すれば警察から人と距離をとるように命令されたり、最低30ポンド(約4000円)の罰金が科せられたりする措置がとられていました。また、フランスでは、生活必需品の買い出しなどの一部の例外を除き、違反すれば135ユーロ(約1万6000円)の罰金が科されるほか、繰り返せば禁錮刑も適用されるという厳しい締め付けが行われていました。

加えて、多くの国では戦争も起こりうることと想定して法律が作られているので、今回のコロナ禍でも戦争のときの体制を取っていました。

アメリカは朝鮮戦争中の1950年に成立した国防生産法を引っ張り出して、ゼネラルモーターズに対して人工呼吸器を生産するように命令を出しました。国防生産法とは、戦争継続のために必要な兵器・物資の増産や調達先の拡大、それにかかわる企業の賃金、そして広く一般消費財への物価統制まで、幅広い権限を大統領に認める法律です。アメリカは戦争や自然災害が起こるたびに、この法律を使って危機を乗り越えてきました。

また、フランスのマクロン大統領は、20年3月16日という早い段階に、「これはウイルスとの戦争である」と明言して外出禁止を訴えました。世論調査によると、外出禁止や商店閉鎖などのフランス政府の感染対策に対する支持率は95%と高く、ほとんどのフランス国民が、コロナ禍は戦時中と同じくらいの非常事態だと認識していました。

日本では新型インフルエンザ等対策特別措置法に「緊急事態宣言」を盛り込むことに関して、あるアンケート調査によると、当初国民の3分の2は「首相にそれほどの強い権限を持たせるのは良くない」として反対したのです。

20年3月7日付の朝日新聞朝刊の社説でも「新型コロナウイルスを対象に加える新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正案が成立すれば、人権の制限を伴う措置が可能となる緊急事態宣言を首相ができるようになる。しかし、合理的な根拠と透明性に著しく欠ける意思決定を重ねる首相に、その判断を委ねるのは危ういと思わざるをえない」と否定的な意見が述べられました。

私は、日本に「危機に備える」という風潮がないことを反省するいい機会だったと考えます。この先も今回のような非常事態は起こりうるわけで、そのときにきちんと強い統制をしないと、国民全員が困ることになります。

■コロナ検証を日本はするか否か

日本は「物事を検証する」という行為をほとんどやっていません。一例として、バブル経済についての検証が挙げられます。バブルはなぜ起こったのか、バブル後の経済政策の良かったところと反省するべきところは何だったのか、などのあぶり出しを本来はやるべきだったのですが、行いませんでした。例外的に、日本は1回だけ検証を行ったことがあります。東日本大震災のときの福島第一原発事故についてです。それは、事故後に民主党から自民党に政権が代わったという理由もあります。検証というのは誰かの責任を問いただすことなので、与党はみんな尻込みします。だから、こうしたことは野党が言い出さないと前に進みません。

これと同じように、新型コロナについても検証を行うべきだと思います。国会が調査権限を与えた特別の専門家委員会をつくるのです。政府が自分のことを調査・検証しても限界があります。ですから、独立しており、かつ調査権限を持っている組織が必要です。与党はなかなか言い出しにくいですから、野党の存在が試されるところですが、今は野党の力があまりに弱すぎます。

20年6月14日現在、日本の新型コロナ感染者における死者数の割合は5%程度で、感染者の約20人に1人が亡くなっているという計算です。感染するとかなりの高い割合で亡くなります。

この理由としては、PCR検査数が圧倒的に少ないということが挙げられると思っています。検査がなかなか受けられない状況で、新型コロナの感染発見が遅れ、重篤化してしまうのです。

PCR検査数の多いシンガポールでは、感染した人が亡くなる比率は0.1%、100人に1人なのです。シンガポールの人口当たりの死亡率は日本の3分の2ぐらいに抑え込まれていますが、人口当たりの感染者の数は日本の実に70倍です。それだけたくさんPCR検査を行って、重篤化する前に感染者を発見できたということでしょう。

日本でPCR検査数が少ないのは、なぜなのか。安倍晋三首相は伸びない検査件数について「目詰まり」と表現しましたが、より具体的な説明が求められるでしょう。この点でメディアなどでは霞が関の官僚を批判する声がよく聞かれます。官僚を批判すれば国民の溜飲は下がるかもしれませんが、今の官僚を全員辞めさせられることなど、できません。だからこそ、政治家のリーダーシップが必要です。

悲劇的に少ない、日本のPCR検査数

このコロナ禍で世界各国のGDP(国内総生産)は軒並みダウンしました。例えばアメリカでは、米連邦議会予算事務局(CBO)が20年4~6月期のGDPをマイナス38%と見通しを立てています。日本の同時期のGDPも、日本経済研究センターが予測機関の数値をとりまとめ、概ね、マイナス21%という予測を示しています。かなり深刻な不況を覚悟しなければなりません。

世界恐慌の再来!各国で軒並みGDPダウン予想

緊急事態宣言が終わり、経済を再開させつつありますが、感染をしっかりと抑え込まないうちに段階的に経済を再開させてしまうと第2波が起こり、ウイルスとの闘いは長期化します。そのほうがダメージは大きくなってしまいますが、このまま経済活動を停止し続けるわけにもいかないので仕方ないという判断でしょう。

よく「命を守るほうが先か、経済の復興が先か」という対立がありますが、実は経済はとても大事なんです。経済が悪くなると、今度は自殺者が増えます。バブル崩壊後には年間自殺者が一気に1万人増えたのです。経済による死者を少なくするためにも、経済を大幅に悪化させない措置が必要です。

先の見えない状況ですが、このコロナ禍を経て日本も再び世界の先頭に立つ方法が2つあると思っています。

■日本が再び世界の先頭に立つには

1つ目は、死亡者を総じて低く抑えることができたアジアの中で新しい地域協力を呼び掛けることです。アジア全体で検査基準や感染者の追跡方法、隔離方法を確立するのです。まずは、そのようにして信頼できるようになった地域についてのみ、人の行き来を再開させます。

そうすると、もともと深く統合されていたアジアの経済は早期に回復してくる。さらにはアジアが牽引力になって、世界全体の経済危機を救うことにつながるのです。そういった呼び掛けを日本が主導で行うことが、実は重要な外交戦略になります。

2つ目は、20年5月に参院本会議で自民、公明、維新などの賛成多数により可決されたスーパーシティ構想を活用し、生活をデジタル化していくことです。スーパーシティとは、人工知能(AI)やビッグデータなど先端技術を活用し、自動運転や完全キャッシュレス決済、ドローン配送、行政手続きのワンスオンリー化(1度提出した資料は、再提出する必要がない仕組み)、遠隔教育や遠隔医療など複数の分野にまたがってデジタル化を推進する最先端都市のことです。

全国民に一律10万円を給付する「特別定額給付金」をめぐって大混乱が起こったのは、デジタル化途上でマイナンバーがきちんと機能していないのが原因です。マイナンバーに紐づけられた銀行口座があればスムーズに給付ができましたが、現状そのようになっていないので人海戦術を余儀なくされました。

NYダウ平均株価は戻りつつある/日経平均株価も上がり続ける

そもそも政府がまず行うべきだったのは、所得制限などは設けず、とにかくすばやく国民全員に低金額の現金を配ることでした。布マスク2枚と一緒に小切手で配ればよかったのです。そして、あとからマイナンバーを使って確定申告をしてもらい、新型コロナの影響を受けていない層や富裕層からは返納してもらう。そのような「とにかく配って、あとから返す」という迅速な対応を、マイナンバーを使って行うべきでした。そうすれば、これを契機にマイナンバーが一気に普及してデジタルシフトが進むメリットもあります。

新型コロナが長引けば、これからいろいろなことをデジタルで行わなくてはならない未来がやってきます。究極的にはインターネットで投票などもできるようにならなくてはいけません。1カ所に人が集まり、同じ鉛筆を使って投票することほど危ないことはないでしょう。インターネットでの投票を実現させるためには、個人認証制度が必須となってきます。マイナンバーはそのためにも必要です。

例えばインドでは個人認証制度が進んでいて、総人口約12億人のうち、11億人が指紋と瞳孔だけで認証ができるようになっています。日本でも生体認証を進める議論はありましたが、反対の声が強く実現には至りませんでした。

しかし、デジタル社会においては、個人認証システムこそが最も重要な社会インフラであり、それが日本の場合はマイナンバーなのです。

今、新型コロナを機に世界各国でデジタルシフトの波が起こっているにもかかわらず、今のところ日本は出遅れています。なんにせよ、アフターコロナに日本がするべきことはデジタライゼーション(情報・技術などのデジタル化)です。それには従来以上にスケールの大きい大胆な改革が必要になることは間違いありません。

■日経平均は今後どうなるのか

さて、今、新型コロナで急落した日経平均株価やニューヨークダウ平均株価が戻りつつあります。バブルのようにまた下がるかもしれませんし、集団抗体ができるであろう1年半後くらいまで株を持ち続ける自信が投資家たちにあるならば、株価は上がり続けるでしょう。どちらの可能性もあると思っています。

一方で、J-REIT(日本版不動産投資信託)はむしろ下がっています。これから在宅勤務や遠隔医療などが進んでいくのを人々が見越しているのか、八王子や多摩ニュータウンといった郊外ではすでに人口が減ってきています。「日本創成会議」座長・増田寛也氏が試算・発表した消滅可能性都市についての資料では、2025年に東京の人口が減ると警鐘を鳴らされていますが、郊外の人口も含めて考えないと意味がないでしょう。

■郊外に住む人々は東京に通勤・通学している

郊外の出生率は実は地方とさほど変わらず、決して低いわけではありません。そして、その郊外に住む人々は東京に通勤・通学しているわけですから、政府が言うほど東京の実質的な都市圏人口はさほど減らないでしょう。私は「東京の一極集中を改善せよ」という議論は誤っていると思います。

いろいろな人が集まり組み合わされる東京という場所のイノベーション力の大きさは、あなどれません。これから遠隔化が進んでも、東京の役割は続くと思います。

ただし、毎日東京のオフィスへ出社する必要はありません。私の知り合いには、ふだん軽井沢や山梨県の富士の裾野などにある広い自宅で仕事を行い、1~2週間に1度東京に出てきて小さなマンションに滞在するという生活スタイルの人がいます。実は、このような暮らし方・働き方を進めることも地方創生の1つの形だと思うのです。

日本では今後、都市の在り方も変わっていくでしょう。現在は企業も人も都心部に集中していますが、テレワークを機にどこでも働けるように整備が進めば、都市部を拠点にしてネットで全国どこでもつながれる社会が実現するのではないでしょうか。

働き方に関して、「ワーケーション」という言葉があります。ワーク(働く)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語で、リゾート地などで休暇を兼ねてリモートワークを行うことを意味しています。まだ導入企業は多くありませんが、今後テレワーク体制が整っていけば浸透すると考えます。新型コロナ騒動でホテルや旅館などの宿泊業界は厳しい状況が続いていますが、在宅勤務やテレワークの需要拡大を受けて、ワーケーションの宿泊プランを展開する動きも出ています。

19年の改正労働基準法施行で、高度プロフェッショナル制度が導入されました。高度な専門知識と一定水準以上の年収がある労働者について、労働時間や休日などの概念を外す制度です。この制度の導入の際に非常に多くの反対意見が寄せられたため、厳しい制約がついてしまいました。日本はなかなか成果主義には移行しづらいのです。しかし、今は多くの企業が在宅勤務の体制をとっていますし、今後ワーケーションのような多様な働き方を実現するために、労働を時間ではなく成果で管理するようなシステムに変えなくてはならない局面に来ています。アフターコロナに勝ち残れるのは、そのような変化ができる企業だと思います。

私は、アフターコロナの経済は悪くはないと予測しています。ただ、V字回復はありません。今後、U字型かL字型か、どのように回復していくかは今の備えにかかっています。アジア間の地域協力や、スーパーシティ構想をうまく推し進めていけば、日本はいろいろなフロンティアに躍り出るチャンスがあるということです。

アフターコロナは「どうなるか」ではなく「どうするか」なのです。

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竹中 平蔵(たけなか・へいぞう)
経済学者
東洋大学教授、慶應義塾大学名誉教授。1951年、和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒。博士(経済学)。

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(経済学者 竹中 平蔵 構成=万亀すぱえ 撮影=大沢尚芳)

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