「神のり塩」湖池屋がこだわりのポテチに“ふざけた”名前をつけたワケ
プレジデントオンライン / 2020年7月13日 15時15分
■2017年「プライドポテト」の衝撃
2017年に湖池屋が発売したポテトチップス「プライドポテト」が今年2月にリニューアルした。「プライドポテト」は、それまでの国内ポテトチップスカテゴリにほとんど存在しなかった「プレミアムポテトチップス」という全く新しいカテゴリを誕生させた商品だ。
筆者は幼少期より無類のポテトチップス好きで、それが高じて3年ほど前から「ポテチ会」なるものを主催している。友人を数人〜十数人自宅に呼び、各自“推しポテトチップス”を1袋以上持ってきてもらう。それらを全員で全種類試食し講評したのち、1人持ち点20ポイントを振り分けて優勝商品を決めるのだ。
2017年に開催したその第1回大会で参加者一同の度肝を抜いたのが、当時新発売だった湖池屋の「プライドポテト」である。普通のポテトチップスより価格は高いが、「味付けが割烹料理のように繊細で、素材(ジャガイモ)本来の味が生きている」として参加者の絶賛を集めた。
実際、売れ行きも好調だった。話題性もあいまって初年度の売り上げは約40億円の大ヒット。好調な滑り出しを見せる。ところが、勢いは長く続かなかった。この要因はふたつある。
■ジャガイモ不足と商品名認知不足
ひとつは、2016年の「ポテトショック」だ。通常、国内のジャガイモは5〜11月に収穫し、翌年4〜5月まで使い続けるが、2016年は台風の影響で収穫不足となり、各社ポテトチップス商品の欠品が相次いだのである。しかも収穫できたジャガイモも、台風の影響で傷みやすくなっていた。収穫不足と品質の問題が重なり、「プライドポテト」は市場に十分な量を供給できなくなってしまう。
そこに追い打ちをかけたのが、ブランディングの迷走である。「実は、今回のプライドポテトは5代目なんです」と説明するのは、湖池屋マーケティング本部 マーケティング部次長・野間和香奈氏だ。
市場に絶大なインパクトをもたらした初代について野間氏は「『すごいポテトチップスが出たらしい』と話題にはなりましたが、相当なファンの方以外は商品名すら認知していない状況だった」と振り返る。
■パッケージデザインが「迷子」になっていた
歴代のパッケージを見比べてみよう。初代は確かに洗練されているが、商品名が「KOIKEYA PRIDE POTATO」と英語表記で認識しづらい。フレーバー(味)表記の文字も小さめだ。
2代目(2018年2月発売)では、フレーバー表記を大きく読みやすくし、初代では整然と並んでいたポテトチップスの写真を、一般的なポテトチップス商品同様に「盛りつけた」状態に変更。そのほうがおいしそうに見えるという消費者調査結果があったからだ。しかし大幅な売り上げの回復にはつながらなかった。3代目(2018年10月発売)は2代目の“盛り付け”写真を踏襲しながら、刷新のポイントであったうま味調味料、香料無添加を押し出したものになっている。
4代目(2019年4月発売)では、ポテトチップス写真を輪切りにしつつ、「日本のポテトチップスメーカー」である矜持(プライド)を表すべく、日の丸を想起させるデザインに。「それが消費者にとっての価値だと思っていたのですが、調査すると意図は理解されていたものの、好意にはつながらなかった」(野間氏)。やはり売り上げは回復しない。
野間氏は「4代目の時点で、完全に迷子になってしまっていました」と笑う。
■初代のアイデンティティに回帰
そこでいま一度、「プライドポテト」とは何か? に立ち返って考えてみたという。
「2~4代目では、一般的なポテトチップス商品らしく見えるようにデザイン変更を施しましたが、結果として、わざわざ高いお金を出してプライドポテトを買う意義が薄れてしまいました。そこで初代の『白を基調としたデザイン』『マチがあって垂直に立つ形状』『ポテトチップスが1枚1枚整然と並んでいる写真』をもう一回形にしようと」(野間氏)
商品名をカタカナ表記して認知させやすくし、フレーバー名も過去最高に大きな文字とした。それでいて初代の特徴的な3要素はしっかり継承。たしかに、これを店頭で目にすれば、2017年の初登場時の衝撃が思い出される。厳しい言い方をすれば、2~4代目は――少なくともパッケージデザイン面では――「プライドポテト」のアイデンティティを失っていたのだ。
■“店頭2秒”をつかむネーミング
現行の5代目のフレーバーは4種類。「神のり塩」「衝撃のコンソメ」「感激うす塩味」「芋まるごと 食塩不使用」である。このネーミングにも一思案あった。
「お高くとまりすぎたネーミングだと、ユーザーがなかなか入ってこない。とはいえ『濃いめののり塩』みたいな“置きにいった名前”ではインパクトがない。どこかに突っ込みどころや親しみやすさを含ませつつ、お客さまがひと目見て認識でき、食べてみたい! と思わせるネーミングにしました。“店頭2秒”、店頭で訴求できるかどうかは2秒で決まると言われているんです。見た瞬間に興味が湧かなければなりません」(野間氏)
たしかにこれらのネーミングには、初代の3フレーバー「秘伝濃厚のり塩」「松茸香る極みだし塩」「魅惑の炙り和牛」が醸していたような気高さやプレミアム感とは、趣を異にした親しみやすさを感じる。
■流通から怒られた「神のり塩」
「今は俗語で“マジ神”なんて言いますから、もはや一般語。だから『神のり塩』です。ただ、流通さんからは最初『ふざけてるのか』と言われまして(笑)。だから理由書を書いて提出したんですよ『世の中では“超”と同じく、“すごい”の置き換え言葉として“神”が普通に使用されている。40代や50代も“神“が“すごい”の意味だとわかっているという調査結果が出ているので、大丈夫です』と」
「『衝撃のコンソメ』は、テレビ番組で“衝撃映像”という言葉がよく使われるので、『みんながびっくりするほどのコンソメができたよ』という意味を込めました。コンソメ好きの方はよく『最近のコンソメは薄い』とおっしゃるので、彼らに対しての訴求でもあります」(野間氏)
筆者は40年近くカルビーの「コンソメパンチ」を食べ続けているコンソメ好きだが、他社の気取ったコンソメフレーバーの中にはマイルドな風合いのものも多く、物足りないこともある。この訴求は確かに正しい。
■最後まで迷った「芋まるごと」のネーミング
「うす塩味は、うまみ調味料や香料を入れない“無添加”を掲げているんですが、無添加“なのに”さらにおいしくなったことに驚いてほしい——そんなうれしげな気持ちを『感激』に込めました」
「『芋まるごと』はいちばん難しくて、実は最終案で『芋まるだし』と迷ったんですよ。出汁(だし)を使っているから、『丸出し』の“出し”と“出汁”を引っ掛けて。ただ、『お尻まるだし』みたいなイメージでとらえる方がいないとも限らないので(笑)」(野間氏)
「芋まるごと」は“食塩不使用”をうたっているが、味がついていないわけではなく、北海道産昆布などのうまみでフレーバーが設計されている。「まるだし」で出汁を全面アピールするのも、それはそれで名が体を表しており、悪くないように思う。
■4代目から製法を刷新
「プライドポテト」が一般的なポテトチップスと大きく違う点がある。製法だ。普通のポテトチップスは、スライスしたジャガイモを揚げる前に白いデンプン質をお湯で洗い流す。デンプンには糖分が含まれおり、揚げた際に焦げやすくなるためだ。
しかしプライドポテトは洗い流さない。そのため甘みやうまみがそのまま残る。となると、焦げないようにどうやって揚げているのか。
「3つの温度帯の油で揚げるんです。まず高温でごく短時間。これによってチップスの周りをコーティングします。次に低温で中までじわーっと熱を入れる。最後に中温でパリッとした食感に仕上げます」(マーケティング本部 マーケティング部第3課 課長代理 下阪紘平氏)
プライドポテトの製法がこのような工程になったのは4代目からだが、初代から製法には十分こだわっていた。つまり初代の時点から「モノは良かった」が、売り上げが追いついていなかったのだ。5代目でパッケージやフレーバーを見直すことによって、ようやく真の実力が多くの消費者に知られることになった、とも言える。
こうした変更が実を結び、リニューアル初月の出荷数は前年同月比512%という驚異的な伸びを記録した。
「4カ月で売り上げ20億円を達成しました。すでに2500万袋を販売しています」(野間氏)
ポテトチップス業界では「年間売上20億円でヒット」と言われている。これはメガヒットといっていい結果だろう。
■平均売価が10年近く下がり続けていた
振り返ると、2017年に「プライドポテト」が誕生した背景には、ポテトチップス平均売価の下落があった。
「もともとポテトチップスは平均売価が100円前後で推移していましたが、2016年時点で10年近く下がり続けていました。各社の価格競争が熾烈化し、80円以下の商品構成比が高くなっていたんです。にもかかわらず、販売数は横ばい。つまり売り上げ自体は下がっていました。このままでは、ポテトチップスの商品構成比が高い弊社としては厳しい事態を招くと考え、価格が高くても商品価値を感じていただける商品として開発したのが、『プライドポテト』でした」(野間氏)
■市場シェア2位ならではの戦い方
ポテトチップスウオッチャーとして、当時の状況は思い出せる。各社とも飛び道具的なフレーバーを粗製乱造していた。ご当地料理を安易にフレーバー化した完成度の低い期間限定ものや、奇抜さだけが特徴のフレーバーも多かった。「濃厚」の潮流に一定の引きはあったが、ジャンクフード感が強すぎて手を出しづらい層も多かったのではないか。
だからこそ、素材の味を生かす高級路線である「プライドポテト」の市場デビューは衝撃的だったのだ。
「10年前は競合他社と戦うために、同じような企画を出していましたが、今はどちらかというと自分たちの個性をどう出すか、自分たちをどう磨くかに注力しています」(野間氏)
■シェア争いで語るのはナンセンスだ
日本のポテトチップス市場シェアは、1位:カルビー71%、2位:湖池屋22%(2017年、富士経済「食品マーケティング便覧2017」より)と、湖池屋はカルビーに圧倒的な差をつけられている。
しかし、少なくともポテトチップス好きの間では、湖池屋とカルビーを単なるシェア争いで語るのはナンセンス、という認識が大勢を占める。湖池屋最大の魅力は、全員が80点をつける商品で市場を席巻するのではなく、一部のユーザーが120点をつけるポテトチップスを複数ラインナップすることで、結果的にオールレンジのユーザーをカバーする商品開発姿勢にあるからだ。
それは、プレミアムラインである「プライドポテト」はじめ、「じゃがいも心地」「ポテトの素顔」といったナチュラル系、「KOIKEYA STRONG」シリーズに代表される濃厚がっつり系といった、振れ幅のある商品展開に表れている。
1962年に日本で最初にポテトチップスを量産して販売したのは湖池屋だ(最初のフレーバーは「のり塩」)。これはカルビーがポテトチップスを販売開始した1975年より10年以上も早い。この「先駆者にしてナンバー2」という独特のポジションが、湖池屋の現在のスタンス——こだわり抜いた製法を追求しながら、チャレンジ精神も忘れない——を固めたのかもしれない。
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編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。
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(編集者/ライター 稲田 豊史)
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