いつもは日本車を無視するドイツ紙が「日産リーフ」だけは褒めるワケ

プレジデントオンライン / 2020年7月16日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/teddyleung

電気自動車をめぐって、世界中の自動車メーカーが熾烈な競争を繰り広げている。ドイツ在住の作家・川口マーン惠美氏は「ドイツは電気自動車で出遅れた。普段は日本車を無視するドイツのメディアが、『日産リーフ』だけは褒める。それは日産リーフが世界で最も売れた電気自動車の一つだからだ」という——。

※本稿は、川口マーン惠美『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■電気自動車シフトで日独だけが抱える問題

電気自動車へのシフトにおいて、ドイツや日本のメーカーが、ガソリン車やディーゼル車の終息と電気自動車の開発という二段構えの課題を背負っているのに比べて、しがらみのない新興企業は極めて強い。そもそもシフトではなく、ゼロから始め、未来だけを考えていればいい。だからこそ、アメリカの新興企業にとっての手強いライバルは中国なのだ。エンジンの開発という歴史を踏まない中国にとって、電気自動車という土俵は希望溢れる処女地だ。彼らはすでにアメリカに激しい戦いを挑み始めている。

現在、中国のGDPに製造業が占める割合は大きく、ほぼ30%。それに続くのがドイツ、日本で20%前後。アメリカ、フランスは11〜12%程度で、イギリスにいたっては10%を切っている。しかし、アメリカの製造業がGDPに占める割合は、将来、増加するという予測だ。それはつまり、新分野での「製造業」が軌道に乗るということだろう。そうなれば、米中の争いは、さらに熾烈なものになる。

一方、日本とドイツは、高度なものづくりで繁栄してきたという歴史があり、未だにどこか、昔の栄光にこだわっているきらいがある。さらに言うなら、両国とも、今でも自動車が国内の基幹産業であり、しかも、国民がそれを誇りに思っている。そのうえ、高度なロボット技術などは突出しているが、一般社会のIT化がさほど進んでいないという、奇妙な共通点もある。そして、政府がいくら発破をかけても、なかなかキャッシュレスにならないところも、なぜか似ている。

■日本にとって自動車は武器となり続けるのか

この両国にとっての共通の悩みは、長い間、磨き続けてきた自動車という武器が、現在の新しい戦場で一気に古びてしまったということだ。電気自動車やAIといった新分野への転換を果たさなければならないことは十分承知だが、そこには、多くの関連産業や雇用がかかっており、バッサリ切り捨てると、本体まで倒れかねない。だから、メーカーだけではなく、政治家にとってもジレンマは大きい。

川口マーン惠美『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)
川口マーン惠美『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)

特に、これまで労使がなるべく協調して、ともに繁栄を築き上げてきた歴史のある日本では、不況などによって企業の業績の悪化があるたびに、合理化や賃金カットで切り抜けてきた。だから欧米の企業よりも、リストラに対する躊躇はさらに大きい。

1990年代、例外的に大量のリストラで危機から抜け出したのは日産だったが、それを容赦なく実施したのはカルロス・ゴーンという外国人だった。「日本の経営者にはあれはできなかった」とよく言われるが、それは能力がなくてできなかったのではなく、日本人だからできなかったのだ。

では、現在、電気自動車の戦いは具体的にいったいどこまで進んでいるのだろう。

■日産リーフが世界で賞賛される理由

EUはあまりにも厳しいCO2削減で自分の首を絞めつつ、肝心の電気自動車の技術では出遅れている。その点、日本は自分の国の規制は、おおむね自分たちで決められるので(COP〔国連気候変動枠組条約締約国会議〕などの縛りはあるにしても)、EUの国々に比べるとまだ恵まれている。また、電気自動車の技術でもEUよりは先行している。

日産リーフは、世界で一番たくさん走っている電気自動車の一つだ。ヨーロッパでも善戦している。普段、日本車のことは無視するか、取り上げてもたいしてよくは書かないドイツのメディアが、リーフだけは褒める。丁寧に作ってあるので使い勝手がよく、走行距離にも信用がおける。性能のわりには、お値段も手頃。

そのほか、ドイツで多く見かけるのは、ルノーのゾエだ。ヨーロッパのメーカーの中でルノーが電気自動車に突出しているのは、日産の技術が貢献しているのだろうか。

一方、テスラは高級車なので、今のところカテゴリーが少し違うが、長らく苦戦していたものの、2019年に黒字転換した。結局、ドイツ政府が躍起になって電気自動車へのシフトを図ったせいで、儲かっているのは今のところ、日本勢、フランス勢、そして、アメリカ勢である。

■「売れている」と言ってもまだたいした数ではない

2018年、ドイツで新しく登録された電気自動車は、3万6062台だった。これは、新規登録車全体の1%にすぎない。では、同年、登録されている全乗用車のうちの電気自動車の割合はどれくらいだったかと言うと、たったの0.09%だ(連邦自動車庁/Kraftfahrt-Bundesamtより)。つまり、ドイツの公道を走っている電気自動車の割合は、全体の1000分の1にも満たない。したがって、日産リーフが善戦していると言っても、たいした数ではない。

2017年、ヨーロッパでリーフが一番売れたのはノルウェーとイギリスで、新規登録台数が、それぞれ2万2743台と2万2299台。これはひとえに潤沢な電気自動車援助の補助金のおかげだ。ドイツでも潤沢な補助金は付いているが、あまり追い風にはなっておらず、2018年、新規に登録されたリーフは、わずか2380台だった。

それに比べて日本でのリーフの売り上げは年間8万5000台を超える。日本には、その他にもハイブリッドやプラグイン・ハイブリッドで活躍中の車も多い。ハイブリッドを電気自動車と見るかどうかという議論は残るが、いずれにしても、ガソリンだけに頼りきっていないという意味では、日本やアメリカのほうがヨーロッパよりはだいぶ進んでいる。

■なんとしても国産産業を確立したい中国

もう一つ電気自動車が急伸しているのは、もちろん中国だ。具体的な数字で見てみよう。中国で2017年に新しく登録された電気自動車の数は60万台で、翌年には150万台と2.5倍。2位のアメリカも、同時期に20万台から50万台へと伸びたが、すでに中国には大きく水をあけられている。

2018年、中国で走っていた全電気自動車数は約260万台。2位がアメリカで約120万台だ。しかも、中国の電気自動車数は、すでに登録されている全乗用車の2%に上る。アメリカの場合は、乗用車の全保有台数が1億2000万台(2016年時点)を超えているので、電気自動車の割合は1%に満たない。ドイツの電気自動車普及率が、まだ0.1%にも届かないことはすでに述べた。日本はと言うと、純粋な電気自動車の普及率は0.53%(ちなみに、プラグイン・ハイブリッドは0.48%だった)。

2015年、運転免許取得可能な年齢の1000人当たりの車の保有台数は、アメリカでは788台、ドイツでは548台、中国は73台だった。つまり、中国の車の需要はこれからまだまだ膨らむ。特に電気自動車は、国産産業の育成という意味もあり、中国政府が強力に推しているため、この先、急速な伸びが予想される。

■二重の意味で状況が厳しいドイツのメーカー

中国では2019年より、電気自動車の生産割り当て制度も始まった。具体的に言うなら、2019年から、中国の乗用車の生産台数、および輸入台数の10%が電気自動車でなければいけなくなった。2020年はそれが12%に引き上げられた。課題を達成できなかった場合、翌年分で相殺してもよいが、それもできなければ、そのメーカーは、ガソリン車の中国向け輸出、あるいは現地での製造が制限されるようになると言う。

つまり、中国市場を手放したくなければ、10%、12%といった割合で、電気自動車を売らなければならないわけだ。これを聞いただけでも、各国の自動車メーカーのお尻に火が付いている様子は、容易に想像できる。特にドイツのメーカーは、中国市場に依存しているうえ、電気自動車の開発では遅れをとっているから、状況は二重の意味で厳しい。

いずれにしても、今、ドイツのメーカーが皆、浮足立つように電気自動車にシフトしているのは、地球温暖化防止のためと言うよりも、まずは中国市場に居残れるかどうかという死活問題に、猛烈な勢いで取り組まざるをえない結果と考えたほうがわかりやすい。

今や死にもの狂いのドイツの自動車メーカーの唯一の希望は、中国との相性がすこぶるいいことだろう。この二カ国の仲のよさは今に始まったことではなく、遠い昔、清(しん)の時代から続いているのだが、それがこの15年ほどの爆発的な交易の増加でさらに密になっている。だからこそ、政府もドイツの自動車メーカーも、中国と何らかの歩み寄りができる可能性に、大きすぎる望みを託している。

■中国にすり寄るドイツに未来はあるのか

ただ、中国がそれほど甘いかどうかは別問題だ。ドイツの技術が中国のそれよりも優位であったこれまでは、中国は従順であり、柔軟でもあった。しかし、この柔軟さは両刃の剣だ。いつか、中国とドイツの技術力が互角になったとき、彼らがなおも従順である保証はない。

■中国の新興企業が大量参入している

それを予感させる事態はすでに始まっている。電気自動車は製造技術がそれほど複雑ではないので、現在、中国国内では、これまで自動車など作ったことがなかった新興企業が大量に電気自動車業界に参入し、競争が熾烈になっている。しかも、中国政府は国内産業の振興を推進するため、さまざまな優遇措置もとっている。

また、中国へ進出している外国の自動車メーカーは、必ず中国企業と合弁しなければならないうえ、技術の供与を義務付けられているので、中国企業は外国企業のいろいろな先進技術に容易にアクセスできるというメリットを持つ。

■電気自動車生産トップ5には中国勢が3社

そうでなくても中国企業の技術獲得モチベーションは高く、当然のことながら、外国企業にとっては、知的財産の保護は至難の技だ。うかうかしていると、あらゆる技術を中国に攫(さら)われてしまいかねない。

2019年、電気自動車生産における世界のビッグファイブのうち、2位から4位をすでに中国勢が占めている(1位はテスラ、5位が日産)。今のところ、中国の電気自動車はEUには進出していないが、それが始まれば、世界の自動車地図は塗り変わるかもしれない。つまり、中国はドイツにとって、重要なお得意さんでありながら、危険なライバルでもあるという、非常に微妙な存在になりつつある。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・まーん・えみ)
作家(ドイツ在住)
日本大学芸術学部卒業後、渡独。85年、シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。著書に、『移民 難民 ドイツ・ヨーロッパの現実 2011-2019』(グッドブックス)、『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)ほか多数。16年、『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)で第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞、18年、『復興の日本人論』(グッドブックス)で第38回エネルギーフォーラム賞・特別賞を受賞。

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(作家(ドイツ在住) 川口 マーン 惠美)

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