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池上彰が中学教科書を読んで「へぇ、そうなんだ」と唸ったポイント

プレジデントオンライン / 2020年7月20日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gahsoon

知性や教養を身につけるには、どこから手をつければいいのか。ジャーナリストの池上彰氏と作家の佐藤優氏は「中学の教科書を読み込むのがいい」という。なぜ「中学」の教科書なのか――。

※本稿は、池上彰・佐藤優『人生に必要な教養は中学校教科書ですべて身につく 12社54冊、読み比べ 』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■銀行のお金は「金庫にある」と思っている大学生

【佐藤】池上さんと中学の教科書を読む、というこの本を着想したのは、仕事などで付き合う人たちの「基礎学力」、言い方を変えると「教養」の不足が見過ごせるレベルを超えているのではないか、と日々痛感させられるようになったのがきっかけなのです。相応の教育を受けてきたと思しき人たちが、例えばイランがアラブ人の国だと思っている人が少なからずいるし、日本とロシアの戦争状態が終わっているという事実を知らなかったりする。

【池上】私には、授業を持っていたある大学で、日本銀行の金融緩和の手法について説明していたら、学生が銀行に預けた預金は、銀行が大事に金庫にしまっていると思い込んでいることを知った経験があります。金融緩和どころか、銀行がどんな仕事をしているのかという基礎から解説することになりました。あるいはテレビ番組で、今を時めくアイドルグループの若い女性と話していたら、「比率」という概念が、まったく理解できていないこともありました。

【佐藤】若い人に「1と65%とどちらが大きいか?」と聞くと、後者だと答えることが珍しくありません。この場合は、小学校で躓いているわけですが、こうした状況を「ゆとり教育」の弊害で片づけるのは、あまりに皮相的に過ぎます。

【池上】はい。そもそも「ゆとり教育」が学力低下を招いたという認識自体が皮相的なものですが、佐藤さんが指摘するような「教養不足」は深刻です。

■「毎月勤労統計調査」問題は知性劣化の証

【佐藤】今の日本には、「北方領土は武力で奪い返せ」と公言してはばからない東大出の国会議員がいたり、統計の意味や重要性が理解できない中央官僚組織があったりもします。

【池上】厚生労働省の「毎月勤労統計調査」問題ですね。

【佐藤】そういう事象を、ごく一部の人間たちによる特異な振る舞いと「過小評価」するのは危険です。本来、国の中で最も知性、教養レベルが高いはずのところで、目に見える劣化が進行している。これは、まさに氷山の一角とみるべきで、海面下がどうなっているのかを想像するに、このままの状態で世界を漂流していくことの恐ろしさが、身に迫ってくるわけです。

【池上】みなさん、胸に手を当てて考えれば、若者の「教養のなさ」を笑えないあやふやさに思い当たるのではないでしょうか。

【佐藤】ただし、「だから、日本の教育はこうあるべきだ」と語るのが、本書の目的ではありません。社会の中堅と目される30代、40代、あるいはそれ以上の世代であっても、遅くはない。もし、必要とされる教養が不足しているという自覚があるならば、今からそれを身につけましょう。その術はあるのです――というのが、今回伝えたいことなのです。

【池上】今おっしゃった「必要とされる教養」には、当然「このグローバル時代を生き抜くために」とか、あるいは「来るべき“AI時代”を見据えて」といった「枕詞」が付けられるわけですね。

【佐藤】はい。そういうことです。

■高校の教科書はテキストとして難しすぎる

【池上】あらためて、「テキスト」に中学の教科書を選んだ理由を聞かせてください。

【佐藤】ひとことで言えば、日本の義務教育の最高段階が中学校だからです。高校に行くと教わることがグンと高度になるので、テキストとして難しすぎる、というのも理由です。

【池上】裏を返すと、現代を生きる日本人にとって必要な教養は、中学の教科書をマスターすれば十分である、と。

【佐藤】おっしゃる通りです。

【池上】ただ、そのように言うと、次のような反論が出るかもしれません。第一に、「グローバル時代の教養は、中学レベルでは足りないのではないか」。同時に、「無味乾燥な中学の教科書を読み直すなど、まっぴら御免だ」という反応もありそうです。

【佐藤】その点を、池上さんはどう思いますか?

【池上】私も以前から中学校の教科書は仕事の都合もあって、よく目を通していましたから、先ほどのような認識はまったく的外れです。改めて2019年度に教育現場で使われていた教科書(2014年度検定済)を通読してわかることは、中3までの内容を概ねマスターしたら、大変な「もの知り」になれるということです。私自身、「へぇ、そうなんだ」と、気づかされたことが、いくつもありました。

■フルカラーで、視覚障害を持っていても読める

【佐藤】私にも、新たな発見がありました。そして、「無味乾燥」でもないと思います。

【池上】ある意味、一番驚いたのはそこです。これは、読者がいつの時代に中学生だったか、どんな教科書で教わったのか、によって違うと思うのですが、私の感想は、まさに「隔世の感あり」でした。

ちなみに、私は1950年の生まれで、中学生だったのは1960年代前半です。都立高に在学中の67年には、都立高校の入試制度が、個別の学校ではなく「学校群」を受験するというふうに改められました。その結果、東京では都立校人気が凋落し、御三家(開成、麻布、武蔵)をはじめとする私立校が台頭、という勢力図の転換が起こってくるのですが、その起点になった時代です。

【佐藤】私は、1960年生まれで、中学時代は70年代前半。大学を受験した79年には、今の「大学入試センター試験」の前身である「共通一次試験」が始まっています。池上さんのちょうど10歳年下になるわけですが、今の中学の教科書に対する感想は、まったく同じです。

【池上】一見して、ビジュアル的にぜんぜん違う。我々の頃よりも大判になり、信じ難いことにフルカラーです(笑)。昔は紙質ももっとペラペラで、モノクロでした。

カラー印刷も、単に視覚的に見やすくしているだけではありません。いわゆるユニバーサルデザインに即して、この色の組み合わせで視覚障害を持っていてもちゃんと読めるのか、というところまで、きちんとチェックしているんですね。

■コンパクトだから、大人の学び直しに好都合

【佐藤】ただ、ペラペラだとカラー印刷が難しいから、紙は厚くなって、教科書自体が重くなった。必ずしも文字数が増えたのではないけれど、嵩も重量も増したわけです。それを何冊も持ち歩かなければならない今の小中学生は、けっこう大変です。

【池上】でも、国際標準からすると、日本の教科書はこれでも薄いんですよ。アメリカの義務教育の教科書なんて、ものすごく分厚い。大きな理由は、先生の質にあります。なんだかんだ言って、日本の先生の質は高いわけです。アメリカは必ずしもそうではないから、人によっては、教科のすべてを教えられない。だから、できるところだけをやって、「あとは教科書を読んでおきなさい」とやっても対応できるようになっている。そこでアメリカの教科書は懇切丁寧で、読めばわかるようになっている。結果として厚くならざるを得ないのです。

【佐藤】日本の場合は、教科書はあくまでも先生が授業を行うためのツールというわけですね。コンパクトにまとまっているというのは、社会人が学び直すうえでも、好都合なのではないでしょうか。

■中2の教科書に「非接触型ICカード」の話が出てくる

【池上】読者の方に、さらに興味を持ってもらうために、今の中学の教科書にどんなことが書かれているのか、ちょっとだけ覗いておきましょうか。

【佐藤】さきほど、「読んでみたらいろいろ気づきがあった」とおっしゃいました。森羅万象を誰よりも詳しく解説するあの池上彰が、あらためて中学教科書のどこに「感じた」のかというのは、誰しも知りたいところだと思います。

【池上】それほど大げさな話ではありませんけど、例えば、2年生の理科で「電磁誘導」を習います。

【佐藤】コイルに磁石を近づけると、コイルに電圧が生じて誘導電流が発生する。

【池上】私が習った教科書には、螺旋状のコイルに棒磁石のN極を近づけたとき、遠ざけるときに、電流が流れる方向を矢印で示した図なんかが載っていて。

【佐藤】流れる向きが反対になる。

【池上】そうです。そういう説明が淡々と書かれていて、これは、この現象を発見した科学者の名を取って、「ファラデーの原理」と言います、と。確かそんな感じだったと思います。でも、今の教科書には、説明の後に、実はその原理が身の回りでも使われているんですよ、と鉄道乗車券や電子マネーなどの「非接触型ICカード」の話が出てくるのです。

■知識が「どう役立つのか」を教えてくれる

ICカードには電池などの電源がない。それでも情報を読み書きできるのは、内蔵のコイルに秘密がある。カードの読みとり機からは、変化する磁界が発生している。カードをかざすと、変化する磁界がコイルをつらぬくので、誘導電流が流れる。こうして、カードのICチップを作動させている。
〈大日本図書「新版 理科の世界2」 211ページ〉
池上彰・佐藤優『人生に必要な教養は中学校教科書ですべて身につく 12社54冊、読み比べ 』(中央公論新社)
池上彰・佐藤優『人生に必要な教養は中学校教科書ですべて身につく 12社54冊、読み比べ 』(中央公論新社)

【池上】まさに、「へえ、そうなんだ」です。

【佐藤】駅の改札で「ピッ」と音をさせるたびに、「今、手元の読み取り機から出ている磁力が私のカードのコイルを貫いて、電流が流れたんだ」と。(笑)

【池上】そうすると、教科書に書かれていることが、「試験のために覚えなくてはならないもの」から、「自分たちの社会を理解するために有意義な知識」に変わるわけです。

そういうふうに、教科を問わず「学びのモチベーション」を植え付ける仕掛けが、随所に施されているのも、今の教科書の特徴ですよね。

【佐藤】作り手の側がそこを強く意識しているのは、間違いありません。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2005年から作家に。05年発表の『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、翌06年には『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』など著書多数。池上彰氏との共著に『教育激変』などがある。

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(ジャーナリスト 池上 彰、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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