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トヨタ生産方式を「人を無視したやり方」とみる人はトヨタをわかっていない

プレジデントオンライン / 2020年7月17日 9時15分

愛知県豊田市にあるトヨタ自動車の工場 - 写真=EPA/時事通信フォト

トヨタ自動車の「トヨタ生産方式」は、「カイゼン」という言葉で世界中に知られている。だが、そのシステムは「労働強化と人員削減という人間を無視したやり方」と一部から非難されてきた。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏は「そうした誤解が広まった理由を考えると、トヨタの強みがわかる」という――。

※本稿は、『トヨタに学ぶ カイゼンのヒント71』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■「トヨタ生産方式」ってなんだ?

トヨタ生産方式とはトヨタの創業者、豊田喜一郎が考え、後に大野耐一が体系化した工場における生産方式をいう。

「工場に生産方式なんてあるの? サプライヤー(協力会社)から部品を仕入れて、ベルトコンベアに流して組み立てれば、それでいいんじゃないの?」

わたしはそう思い込んでいた。おそらく今でも多くの一般の人はそれくらいの考えではないのか。

ところがそうではない。それぞれの工場には、それぞれの生産方式というものが存在する。そして、生産方式によって生産の効率はまったく違うのである。

実際に自動車工場に見学に行ってみると、メーカーによってラインの風景も作業のやり方もまったく異なっていることがわかる。

今では少なくなったけれど、いわゆる大量生産方式というものがかつては主流だった。生産計画を立てて、部品を仕入れたら、どんどん作ってしまう。これを「押し込み生産」とも言う。部品を押し込んで、製品を作るからだ。そして、この場合、計画通りに製品が売れていけば問題はない。製品はマーケットに出て行って消費者が受け取り、工場内外に滞留することはない。

しかし、どんなに綿密に立てても、計画というものは必ず狂う。「1万個売れる」と計画を立てて、余分も含めて1万200個分の部品を仕入れて、そして、実際に売ってみたら、9500個しか売れなかった、なんてことはよくある。

■在庫にも維持費がかかる自動車の難しさ

計画することが悪いのではなく、消費者が製造会社の思うとおりの行動をすることはないのが現実であり、リアルな社会だ。

逆に計画が外れ、売れて売れて部品が足りなくなることだってある。部品を仕入れて製品を作ればいいのだけれど、そうはいかない。あらためて部品会社に発注しなければならない。半年くらいは過ぎてしまう。商品が手元に来るのに半年以上もかかるのだったら、消費者は「もういらないよ」と言うに決まっている。

計画以上に売れてしまい、追加で生産したものの、結果的に余ってしまったら、在庫として抱えるしかない。しかし、余った在庫はまず売れない。かといって、大安売りしたら、定価で買った客からクレームが来る。

また、自動車は高額な商品だから、野ざらしにするわけにはいかない。倉庫を借りて置いておくしかない。けれど、倉庫で大切に保管したからと言って、売れるわけではない。赤字の上に倉庫代がかかってしまう。倉庫を管理するための人件費だってバカにならない。

そうならないための生産方式がトヨタ生産方式だ。

「ムダをなくして、売れる分だけ作りたい」

それがトヨタの考え方である。今ではどこの製造会社も在庫を持たないで、売れる分だけ作る方針に変わっている。押し込み生産を続けている会社はムダをムダとも思わない会社だけだ。

■寿司屋の「おまかせ」のような5つの特徴

実際に日本国内で売っているトヨタの自動車は注文生産だ。シートの色、オプションなどを聞いておいて、その通りに作る。

寿司屋が注文に応じて、トロや赤貝を握って出すのと同じことを製造業でやってしまったのがトヨタだ。つまり、売れ残りや在庫はない。たとえ、売れなくなっても損にはならないような生産体制だ。

トヨタ生産方式の特徴を要約すると次のようになる。

①工場と工場の間、ラインとラインの間の中間在庫を少なくし、「ジャスト・イン・タイム」で製品を作る。
②不良品を出さないよう「自働化」と呼ぶ方法を用い、異常の検知をラインのなかで行う。つまり、良品だけを後の工程へ流す。
③そうして、つねに「カイゼン」していって生産性を向上する。
④押し込み生産をしてとにかく製品を作ってしまうのではなく、「後工程引き取り」と呼ぶ、後ろの工程が「材料をくれ」と言ってきてから、初めて原材料やユニット部品を流す。
⑤在庫をゼロにするのではなく、在庫を少なくし、しかも、その量をつねに一定に保つ。

製造業では長いこと押し込み生産の大量生産が続いていたが、トヨタ生産方式が評価されてからは、多くの工場、物流企業で採用されている。日本だけではなく、また工場現場だけでなく、ファーウェイ、アマゾンといった会社が熱心にトヨタ生産方式を研究し、採り入れている。

■「人間を無視したやり方」と非難される理由

ただし、長い間、というか現在でもトヨタ生産方式は労働強化と人員削減のシステムのように思われている。

「人減らしとラインのスピードを上げて生産性向上を目指す、人間を無視したやり方だ」

ずっと、そう非難されてきた。

なぜ、誤解が広まっているのか。それは、一般の人にとっては生産方式の違いなど、気にすることではないし、よくわからないからだ。

自分が当事者ではない限り、人は「押し込み生産」であろうが、「トヨタ生産方式」であろうが、そんなことはどうでもいいと思っている。

加えて、トヨタ生産方式を解説した本はたくさんあるけれど、どれも客からの視線、客にとってはどんなメリットがあるのかを書いていなかったからだ。生産する側の論理で、理屈をまとめたものだから、マスコミや一般の人は「トヨタ生産方式」を敬遠したのである。

■他社より安く、フレッシュな状態で納車する

では、トヨタ生産方式は客にとって、どういったメリットがあるのだろうか。

同じ性能、同じ装備の車であればトヨタ製の車の方が他社のそれよりも間違いなく安い。トヨタの車が売れているのはそういうことだからだ。

もうひとつある。それはフレッシュな車が手に入ること。ジャスト・イン・タイムで作り、できたものをすぐに客の元へ運んでくるから、トヨタの車はフレッシュだ。長くヤードに置いておくと、車の下回りは汚れる。屋外に置いた車に雨が降ったりすれば雨滴のレンズ効果で塗装品質は落ちる。

一方、生産されたばかりの車がすぐに家に届けられて、それを大切に乗っていれば車は傷まない。下取り価格は高くなるから、結果としては車を安く買ったのと同じだ。

トヨタ生産方式とは客が得するシステムなのに、これまでも、今でも、トヨタ自体でさえ、そのことを言ってこなかった。

社内の人間も、客にとってのメリットを、わかってはいるものの大声で主張してこなかった。トヨタの従業員は変なところで遠慮気味だ。

「トヨタ生産方式はお客さまが得するシステムです。なぜなら……」

この点から説明すればよかったのである。

■従業員に対し「エラそうな態度はとるな」

トヨタの幹部は従業員に厳しく教育している。

従業員は「トヨタは大企業だからと胸を張るな、エラそうな態度はとるんじゃない」と幹部からつねに叱責を受けている。だから、自社のいいところ、客が受けるメリットを公言してこなかったのかもしれない。

しかし……。トヨタの人間のなかには、幹部からの教育効果もなく、エラそうなやつもいることはいる。まあ、それはともかく、本稿では「客が得するシステム」から生まれたカイゼンのヒントをまとめた。むろん、トヨタの例だけではない。わたしが見つけた世の中のカイゼンのヒントを記載してある。

そうして、カイゼンのヒントを知っていると、客も得をするし、カイゼンした人自身も得をする。

■創業時は運転すらしたことない人もいた

トヨタの創業者は豊田喜一郎。織機王、豊田佐吉の長男だ。織機の事業が儲かっているうちに自動車の研究を始め、自動車先進国の車のノックダウンでなく、自動車製造の事業を興した。もっといえば、この人はなかなかカラフルな才能がある人で、まだ東大の学生だった頃、つまり戦前に戦闘機「飛燕」の液冷式エンジンの設計をしたこともある。

さて、豊田喜一郎が初めての国産量産自動車AA型(※)を世に出したのは戦前の1936年9月のことだった。

自動車を作るなんて誰でもできることと、今では思う。しかし、豊田喜一郎がAA型を作った頃、本人を始め、自動車工学を学んだ人間などいなかった。それどころか、製造にかかわった人間のうち、自家用車を持っていたのは豊田喜一郎くらいだったし、運転したことがある人もごくわずかだった。運転したことがなければハンドルやシフトレバーの位置だって、熟慮して設計しなければならない。彼らの仕事は苦難と苦闘の連続だったと思う。

むろん戦前にも自動車はあった。AA型が出る前年、日本国内で走っていた四輪車の数は12万5915台。半分近くはトラックでしかもアメリカ製である。一般庶民にとって自家用車は「夢の乗り物」だったろう。

※アメリカ・クライスラー車の影響を受けた3400ccの中型車。1404台、製造された

■「一日に10回、手を洗え」の意味

そんな状態だったから、日本人で自動車の専門家がいたわけではない。それでも寄ってたかって自動車を作ってしまったということになる。

後のことになるが、初代クラウン(1955年発売)の開発を統括した主査、中村健也はプレス機械の専門技術者だった。また、他社の話になるが軽自動車のベストセラーカー、スバル360(1958年)を開発した百瀬晋六は戦闘機の技術者だった。百瀬は文献研究と外国車を分解調査して設計したというから、人間はやる気になれば何でもできるということなのだろうか。

現在の自動車開発者は誰もが自家用車を持っているし、運転だってできる。現物も知識も資料にも事欠かない。

それなのに、モーターショーやオートサロンに出てくる「夢の車」「未来の車」はアナーキーなデザインでもないし、突拍子もないコンセプトでもない。データや資料が少ない方が人間の想像力は飛躍するのではないか。

話はズレたけれど、トヨタの創業期、豊田喜一郎は採用した大学卒業者にたったひとつの言葉を繰り返し教え、身体に叩き込んだ。これもカイゼンのひとつだ。

「いいか、お前たちは机の前で勉強することに慣れている。しかし、車を作るのは勉強じゃない。考えることだ。現場へ行け。車に触(さわ)れ、温度を肌で感じるんだ。機械も触れ。油で手を汚せ。そうして、一日に10回、手を洗え」

豊田喜一郎はカイゼンのヒントは机上にはないと言っている。カイゼンは現場で考えることだと強調している。

■人間だって「カイゼン」が必要だ

スマホやパソコンを使っていると、画面に「アップデートします」とか「ソフトウェアを更新します」「バージョンアップします」という表示が出てくる。

野地秩嘉『トヨタに学ぶ カイゼンのヒント71』(新潮新書)
野地秩嘉『トヨタに学ぶ カイゼンのヒント71』(新潮新書)

ああ、そんなものかと何も考えずにアップデートが終わるのを待つのが一般の人々だろう。アップデートが必要なのは、スマホやパソコンは完成された機械ではないからだ。未完成な機械だから、不完全な状態をアップデートし、つねに性能をアップさせている。

一方、冷蔵庫とか洗濯機とか掃除機は買った時点で性能は完成されている。アップデートはできない。性能を向上させた製品、あるいは新しい機能の製品を手に入れるならば、まるごと買うしかない。

思うに、人間だって完成された機械ではない。

子どもから大人になるまで自発的に、もしくは知らず知らずのうちにアップデートして性能を上げていっている。アップデートしない人間は子どものままだ。だから、人間も知識や経験をアップデートさせていかなくてはならない。

そうしてスマホやパソコンでさえアップデートしているのだから、人間はさらにアップデートしなくてはならない。

カイゼンとはつまり、アップデートのことであり、やらないままでいたら、人間は「古い機械」になってしまう。

■スマホの場合に起こる3つの問題

では、もし、人間がアップデートしないまま生活していたらどうなるのか。PCやスマホについて検索したら、「アップデートしないまま使用していると、主に3つの問題が出てきます」と書いてあった。

要約すると、次のようになる。

①セキュリティが弱くなる
新しいウイルスはつねに生まれている。OSを最新の状態にしないと、ウイルスに感染するリスクが高まる。
②バグや細かい不具合が修正されない
OSやアプリには特定の条件ではフリーズしたり強制終了されるといった不具合がつきもの。バグや不具合を修正しないと、画面が動かなくなったりして不便だ。
③最新の機能が使えない
最新の機能が使えないままスマホやアプリを使っていると、昔のガラケーを使っているのと同じ。

■人間にそのまま当てはめると…

これを人間に当てはめるとどうなるか。

①セキュリティ性能が弱くなる
スマホなどを通じた、さまざまな投資詐欺などにだまされてもおかしくない。世の中には新しい詐欺が次々と生まれている。
②欠点がそのままの人間になってしまう
「カイゼンした方がいい」と言ってくれる人間は少ない。そういう人たちの忠告を聞くこともまたカイゼンにつながる。指摘してくれる人間がいることは幸せだ。
③最新の情報が入らなくなる

仕事をしていても重要なのは情報だ。最新の情報を取り入れることもまたカイゼンだ。

人間という不完全な機械にとってアップデートは必要だ。欠くことのできない自然な成長でもある。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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