dancyu編集長が教える「吉野家の牛丼を最高においしく味わう食べ方」
プレジデントオンライン / 2020年7月16日 11時15分
※本稿は、植野広生『dancyu“食いしん坊”編集長の極上ひとりメシ』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■「ひとりメシ」で編み出した究極の食べ方
グルメが美食を極める人たちだとすれば、食いしん坊はもっと広く食を楽しみたい。だから、立ち食いそばでもフレンチでも、焼肉でも鮨でも、A級もB級も関係なく楽しみます。料理、酒、食べ方、器、会話、景色、インテリア、音楽……さまざまな要素を楽しみます。もっと美味しく、もっと楽しくと。
そんな食いしん坊として、一番楽しいのは、実は「ひとりメシ」です。
いきなりですが、実際に「ひとりメシ」で編み出した食べ方の例をご紹介しましょう。これで、僕がどのような食いしん坊なのか、そして食べ方ひとつで食事の楽しさや味わいが変わるということを少しわかっていただけると思います。
まずはナポリタンの食べ方。「植野と言えばナポリタン」と言われるほど(僕の周りのごく一部ですが)、長年にわたって食べ方について研究と工夫を重ねてきました。いまや多くの食いしん坊たちが真似をしているという究極の食べ方です。いきなりこれを読むと「変態!」と思われるかもしれませんが、試しにやってみてください。同じ料理でも、味わいが本当に変わりますから。
ナポリタンに、いきなり粉チーズとタバスコをふりかける人をよく見かけますが、それはもったいない。それでは、最初から最後まで同じ味、しかも粉チーズとタバスコとナポリタンが混ざり合って平板な味わいのまま食べ続けることになります。
僕は、まずはそのまま食べてプレーンな味わいを確認(「ストレート」と呼びます)。次に、フォークに粉チーズをふり、そのままスパゲッティを巻いて食べます。こうすると、口の中でナポリタンの味わいが広がり、その後から粉チーズの香りが追いかけて来ます。味わいにグラデーションができて、より複雑性を感じられるのです。これを「インサイド」と呼んでいます。
■ナポリタンひとつとっても無限の楽しみ方がある
同様に、タバスコでも「インサイド」で食べます。さらに、粉チーズとタバスコをフォークにふる「ダブルインサイド」もあります。
次に、スパゲッティをフォークで巻いてから、粉チーズやタバスコをふります。「インサイド」とは逆に、粉チーズやタバスコの風味の後からナポリタンの味わいが追いかけて来ることになります。これは「アウトサイド」と呼び、当然ながら「ダブルアウトサイド」もあります。
さらに、「アウトサイド」には、粉チーズなどを上からふる「アップ」と、皿に粉チーズなどをふっておいてフォークで巻いたスパゲッティの下面につける「ダウン」というバリエーションもあります。
つまり、「ストレート」「インサイド」「ダブルインサイド」「アウトサイドアップ」「アウトサイドダウン」「ダブルアウトサイドアップ」「ダブルアウトサイドダウン」……と一口ずつ、異なる味わいを楽しむのです。
面倒くさいな、と思うかもしれませんが、一度試してみてください。たとえば一皿800円だとすると、いきなり粉チーズとタバスコをふりかけている隣の人は800円の価値でしか食べていないけれど、860円くらいの価値を楽しめますよ。
■牛丼は「サラダのせ」と「紅ショウガ挟み」
牛丼は熱々のうちに食べるのが旨い。それはそれで正解なのですが、僕はそれだけでは満足しません。温度と食感の変化とグラデーションによって、さらに味わいを高めます。
たとえば、吉野家であれば、「牛丼アタマの大盛り、ご飯少なめ、サラダ、胡麻ドレッシング」を注文します。で、運ばれてきたら、まず牛肉だけ一口食べ(その店のその時の味付けを確認するため。店や時間によって微妙に異なるので)、ついで、胡麻ドレッシングで軽く和えたサラダを牛丼の上にのせ、すかさず、サラダと牛肉を5対5の割合でつまんで食べる。すると、口の中で冷たいサラダと熱い牛肉が混ざり合い、温度と食感の複雑な変化によって牛肉の味わいがさらに引き立つのです。
この「肉&サラダ合わせ」は、5対5が基本ですが、牛肉とサラダの割合を変えることで味わいと食感も変化します。牛肉を多めにすれば、温度が高くなり、牛肉の甘味が立ちます。サラダを多めにすれば、温度が下がり、牛肉の食感がアクセントになります。この微妙な変化が、一緒に食べるご飯の味わいも変えることになるのです。
ちなみに、ここに紅ショウガを加える高等技術もあります。①牛肉&サラダの上に紅ショウガをのせる、②サラダに紅ショウガを混ぜてから牛肉の上にのせる、③牛肉とサラダの間に紅ショウガを挟む、④牛肉&サラダとご飯の間に紅ショウガを挟む……。それぞれ異なる味わいになるのですが、初心者の方は、まずは①と④でその違いを試してみてください。口の中に最初に紅ショウガの香りと辛味が広がるのと、後から追いかけて来るのとでは、味の印象がまったく違うはずです。
さらに、七味のふり方まで加えると……、これはかなり複雑なマトリックスになるので、またの機会に詳しく説明しましょう。
■かき揚げそばは「たてかけ」が基本
立ち食いそば屋でかき揚げそばを注文すると、そばの上にかき揚げがポンとのせられますよね。そうなると、かき揚げは全体的につゆを吸って一気に香ばしさが消え、うかうかしているとあっという間にドロドロになってしまいます。これはもったいない。
僕は「たてかけ」でお願いします。そばの上にのせるのではなく、丼の縁にたてかけるように置いてもらうのです。そうすれば、つゆの侵略を受けていない上のほうはサクサクのまま食べられます。そして、徐々につゆがしみてくる下へと向かって食べていけば、「ややしっとり」「しっとり」「どっぷり」と、つゆに浸っていく感じをグラデーションで楽しめるのです。
だったら、かき揚げは別皿に入れてもらって、別々に食べればいい、と思うかもしれません。しかし、それでは「そばとかき揚げ」になってしまいます。かき揚げそばは、かき揚げがつゆに浸ってしっとりした感じと一緒にそばを食べるのも醍醐味。天ぷらとして香ばしさ、つゆとの一体感、その両方を味わえる最上の手段が「たてかけ」なのです。
まずはつゆに浸ってないかき揚げをかじり、そばをすする。次に少しつゆがしみてきたあたりをかじってそばをすする。最後につゆでふやけて柔らかくなったかき揚げとそばを一緒に食べる。これぞかき揚げそばの正しい食べ方です(コロッケそばにも応用できます)。
ちなみに、卵もつけて天玉そばにする場合も、「たてかけ」が基本ですが、ポンっと落とした生卵をどうするかが大きな問題です。そのままにしておくと、黄身が割れて丼の中が卵味になってしまいます。そこで、レンゲをもらい、生卵につゆをかけて黄身の周りに白い膜をつくる(黄身を軽く保護)。それをレンゲの中に入れておく。これで、万一途中で黄身が割れてしまっても、丼全体に氾濫するのを防げます。もし、店にレンゲがなかったらどうするか。もちろん、かき揚げを割り、それで卵をすくって食べます。
■かつカレーは「右から2番目」から食べる
かつカレーは、とんかつとカレーの融合です。とんかつのサクッとした旨さとカレーのスパイシーな味わいを楽しみつつ、融合の美味を楽しむものなのです。そのため、多くのかつカレーは、とんかつの手前半分くらいにカレーがかかったスタイルになっています。ロースかつの場合、通常は奥側が脂身、手前が肉になるように置かれています。つまり、脂身が多い奥の部分はカリッとした衣で軽やかに食べることができ、手前の肉部分にはカレーがかかって濃厚な旨味を楽しめるのです。天才的な構造ですね!
これをより美味しく食べるには、カットされたとんかつの「右から2番目」のパーツから左へと食べ進めていきます。
単体のとんかつの場合は、「左から3番目」あたりの肉と脂身のバランスが最適なところから食べ始めるのが王道ですが、かつカレーの場合は、カレーが加わることでこの部分の旨味が強くなってしまい、最初の一口としてはインパクトが強すぎます。そこで、脂身の少ない右側から脂身の多い左側へと食べ進むことで「淡→濃」という味わいのグラデーションを楽しむのです。
■ソースをかける場合はとんかつの断面に
なぜ、「右から2番目」なのか。「一番右側」は衣に覆われていて(店によってはほぼ衣状態)、とんかつとしてはバランスが悪いので、最初にカレーをかけて皿の端に置いておき、最後に食べます。衣たっぷりのとんかつをカレーの“ヅケ”にしておくのです。衣とカレーが一体化して、混沌とした状態を味わうのもかつカレーの醍醐味。最後に、この罪悪感たっぷりの本能的旨さを堪能しましょう。そのために2番目から食べ始めるのです。
もちろん、これらはご飯と一緒に食べ進めるのですが、とんかつの脂身の強さやカレーのスパイシー加減などに合わせて、ご飯やカレーの量を調整します。
さらに上達したら、①ご飯の上にカレーがかかったとんかつをのせる、②とんかつの上にご飯とカレーをのせる、③カレーとご飯を混ぜてからとんかつをのせる……といった応用もこなせるはずです。また、途中でちょっと口を変えたい場合に、塩やソースを使う高等技術もありますが、特にソースの場合は、衣にかけずにとんかつの断面にかけてください。そうすることで、衣の香ばしさを失うことなく、味に奥行きをつけることができます。
■鰻重は「スライド」と「山椒挟み」
鰻重は、通常は横向きに鰻が置かれていて、手前に上半身、奥に下半身が置かれています(鰻が一尾入っている場合)。手前の左側が頭方向で、奥の右側が尻尾方向というのが一般的です。鰻は、頭の近くは身質がきめ細かく、腹の辺りは一番脂がのっていて、尻尾のほうは身が締まっています。ということは、頭のほうから尻尾に向かって食べていけば、ふわっとした食感から入り、徐々に脂の旨味を感じてピークに向かい、その後、しっかりした身の味わいを楽しんでフィニッシュ、という理想的な展開が実現します。つまり、鰻重は手前の左から右へ、奥の左から右へと食べ進めばいいわけです。
鰻丼はかき込むように食べるのが醍醐味ですが、鰻重はできるだけ美しく食べたい。ご飯粒があちこちに散らばった状態で食べてしまっては興醒めです。そこで、まず手前左側(鰻の頭側)に箸を入れ、鰻とご飯一口分をすくい取ります。次に、その右隣の一口分に箸を入れ、お重の左側の縁まで“スライド”させて食べます。お重の“壁”に“当てる”ことで鰻とご飯が崩れずに食べられるのです。これを繰り返せば、手前半分を綺麗に食べることができます。次いで、奥の半分も同様に左側からスライドさせて食べ進めます。こうすると、無計画に箸を入れた結果、食べ散らかして残ったご飯粒を箸でかき集めるような事態になることはありません。
ただ、これは右利きの場合。左利きの方は、お重を反転させて手前と奥を逆にしてください。そして奥の右側から“スライド食べ”をしていけば、同じように鰻の頭から尻尾へ、美しく食べることができます。
また、うな重の蓋を開けるとすぐに山椒を満遍なくふりかける方もいますが、これはいただけません。鰻が山椒の香りに支配されてしまいます(本当に美味しい鰻なら山椒は要らないくらいです)。
まずはそのまま食べ、もっとも脂がのっている手前の右側や奥の左側あたり(鰻の腹のあたり)まで食べ進んだら、山椒を使います。それも、上から山椒をふると、食べたときに口の中が山椒の香りになってしまいます。そこで、鰻をめくってご飯の上にふります。鰻とご飯の間に山椒をふることで、鰻の香りや味を感じた後から山椒の香りがふわっと来るようにするのです。
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dancyu編集長
1962年、栃木県生まれ。法政大学法学部卒業。上京後すぐに、銀座のグランドキャバレー「モンテカルロ」で黒服のアルバイトを始める。その後、鰻屋や珈琲屋、アイスクリーム屋など多数の飲食店でアルバイトを経験。卒業後、新聞記者を経て、出版社で経済誌の編集を担当。その傍ら、大石勝太(おおいし・かつた。「おいしかった」のシャレ)のペンネームで「dancyu」「週刊文春」などで食の記事を手掛ける。2001年、プレジデント社に入社、以来「dancyu」の編集を担当し、2017年4月に編集長に就任。趣味は料理と音楽。食と音楽のイベントを手掛けるほか、ラジオパーソナリティーなど幅広く活動。「情熱大陸」「プロフェッショナル~仕事の流儀~」などテレビやラジオの出演多数。
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(dancyu編集長 植野 広生)
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