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「体の弱い母親を罵倒」83歳元官僚の父親を世話する41歳独身のため息

プレジデントオンライン / 2020年7月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/A8-dct

現役時代は国家公務員だった83歳の父親は、以前から母親に対して見下すような対応をしていたが、約5年前からはそれが暴力的なものに変わった。また、父親の自室は昔からゴミ屋敷のようになっていたが、最近は本人でさえ立ち入らない。41歳ひとりっ子の独身男性は、自分の時間を削って老親の世話をするようになった。実家を詳しく調べていくと、父親の退職金が消滅し、実印や自宅土地の権利書が行方不明であることもわかった。この家族はこれからどこに向かうのか――。

※この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、未婚者や、配偶者と離婚や死別した人、また兄弟姉妹がいても介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

■「お父さんの目つきが怖い」と訴える母親83歳

埼玉県在住、ウェブ制作会社で働く工藤琢磨さん(仮名・41歳)は、今年83歳になる両親と同居している。ひとりっ子で結婚経験はない。

父親は元国家公務員。母親は専業主婦だが、学生時代は英語の教職課程をとっており、40代半ばまでは自宅で子どもたちに英語を教えていた。

母親は40代の頃に三叉神経痛を患い、手術を行ったが後遺症をもたらし、片目だけものが二重に見えるようになってしまった。また、遺伝的な特性から60代半ば以降、聴力が急速に衰え、最近は普通の人の5分の1ほどの聴力しかなくなっていた。

両親は昔から夫婦げんかをすることはあったが、父親はどんなに腹を立てていても、手を上げたり物を壊したりすることはなかった。

しかし約5年前から、壁を蹴ったり殴ったりすることが増え、言動が暴力的に変わっていく。やがて母親は工藤さんに、「お父さんの目つきが怖い」と訴えるようになる。

「父は若い頃から、自分のことは話さない秘密主義です。異常なほどの完璧主義者でこだわりが強く、手の指から足の指まで、一本一本丁寧に洗うのでものすごく長風呂です。自分のミスは平気ですが、他人がミスをするとあからさまにいらつき、こちらがミスを指摘すると認めず、絶対に謝りません。構われるとすぐに声を荒らげ、周りが真剣に質問しても自分にとって不都合なことはとぼけて答えをはぐらかすことも。外面は良いですが、母に対しては常に見下した態度で、母が体調を崩して寝込んでも無視。高齢になって症状が進んだ母の聴覚障害に関しても気遣いは一切なく、母が傷つくようなことを平気で言います」

小さい頃から違和感を抱いていた工藤さんは、大人になるにつれて父親の言動が特異なものであることに気づく。

ネットや本などで「アスペルガー症候群」と「強迫性人格障害」という障害を知り、調べれば調べるほど父親と重なる部分が多いように感じ、「高齢になるとその症状や特徴が強くなるのかもしれない」と思っていた。

■アスペルガーの疑いのある父親がアルツハイマー型認知症と診断された

そして2016年5月。父親の暴力的な言動が増えてから1年が経過した頃だった。

80歳手前の父親は虫歯と過敏性腸炎を患い、自分で歯科と内科に通院していたが、一向に良くならない。食欲が落ち、見るからに痩せていくのを母親が心配する。

父親は、母親や工藤さんが体を気遣っても、「大丈夫だ!」と言って怒るだけ。

同年6月になって工藤さんは、父親が通う内科に行き、事情を話して病状を教えてもらい、その流れで、最近の言動のおかしさと認知症の可能性を訴えた。すると、地元の医療センターでCTを撮ることになる。

結果、父親はアルツハイマー型認知症と診断された。その際、もの忘れ診療を紹介されたため、工藤さんは医師に、父親がアスペルガー症候群か強迫性障害の可能性があるかを聞いてみた。

「2人の精神科医のうち、1人は『強迫性障害の気が強い』と答え、もう1人は『認知症になってからの診断は不可能なのでわからないが、アスペルガーの可能性は強いと感じる』と答えました。私と母の話がベースとなっているので医学的な根拠は乏しいかもしれませんが、強迫性障害かつアスペルガーである可能性は高いと感じています」

■退職金がない。土地の権利書、登記簿謄本がない

結婚当初から、工藤家の家計は父親が握っていた。

アルツハイマー型認知症の診断を受けた年の12月、父親は1カ月分の生活費を母親に渡しながら、「これでうちの蓄えはないからな」とだけ告げた。

びっくりした母親が問いただそうとするも、父親は怒って取り合わない。母親は工藤さんが仕事から帰ってくるのを待って相談し、今度は工藤さんが家計状況をたずねたが、父親は激怒するだけで話にならない。

後日、父親が管理している銀行の通帳を見せてもらうと、国家公務員時代の退職金がすべてなくなっていた。

一方、父親は内科への通院を続けていたが、次第にトイレにこもる時間が長くなり、つらそうな表情をしていることが増える。

父親は何度聞いても「平気だ!」と言って怒るが、体重は減り続け、日に日に痩せこけていくため、見かねた工藤さんが主治医に検査を依頼した。

すると、「腸閉塞」寸前になるほど大きなガンが見つかる。ステージ4だった。医師からは年内の入院を勧められるが、本人はかたくなに拒否。最終的には医師の判断で強制入院となった。

2017年1月。直腸がんの手術を実施し、1月末に退院。

退職金の件以降、父親に代わって工藤さんが家計を管理することになったが、ほどなくして実印を紛失していることが判明。さらに、自宅の土地の権利書と家の登記簿謄本が行方不明になっていた。

父親の怒りっぽさは日に日にひどくなり、母親の負担は大きくなるばかり。

工藤さんは包括支援センターへ行き、介護手続きを行う。4月に介護認定調査を実施し、父親は「要介護2」と認定された。

父親
写真=iStock.com/Gabrijelagal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gabrijelagal

■父の部屋の「ゴミの山」から見つかったもの

同年7月。工藤さんは、父親が借りていたトランクルームを解約するために片付けに行くと、書類のコピーや未使用の文房具、大工道具などが大量に詰め込まれており愕然とする。しかもトランクルームは、知らないうちに2つに増えていた。

「書類のコピーは個人情報に関わるものが多く、もしかしたら行方不明の土地の権利書と登記簿謄本もここにあるのかもしれないと思うと業者に依頼するわけにもいかず、すべて私が手作業でチェックしながら片付けました」

結果、解約するまでに3年を要した。

8月になると、連日熱帯夜なのに父親が勝手にエアコンを消すため、同じ部屋で寝ていた母親が熱中症で入院。

本来の父親の部屋は物であふれ、トランクルーム同様、書類のコピーや未開封の郵送物が山積みのゴミ屋敷状態。母親を父親と別の部屋で寝かせるには、片付けなければならない。

しぶしぶ工藤さんが片付け始めると、驚くことに、ゴミの山の中からずっと行方不明だった実印や通帳、カード類が発掘される。中には母も知らない通帳があり、かなりの額が振り込まれている。

工藤さんが父親に通帳について尋ねると、「知らへんわぁ。認知症だから忘れた!」ととぼける。

「普段なら『ワシは物忘れはしとらん! そんなんした覚えも言うた覚えもない!』と激昂して認知症を否定するくせに、都合のいいときだけ認知症を利用するのであきれます。後で分かったのですが、父は母に内緒で投資信託をしていたようで、振り込まれていた金額と投資信託で稼いだ金額とが一致しました」

部屋の床が見え始めた頃には、すでに冬になっていた。

「父の部屋は認知症になる前から異常でした。所狭しと積み上げられたガラクタやゴミの山の中に、部屋の奥のパソコンデスクまで人一人通れる細い道がありました。約20年前に定年退職してからは、家族を避けるように野良猫を世話するボランティアに打ち込み、帰宅すれば深夜までパソコンに向かい、何やら書き物をしていました。父が最後にパソコンを触ったのは2015年の5月頃です。『電源を入れても動かない』と言うので私が見たところ、問題なく動きました。何がしたいのかを聞いて手伝おうとましたが『もういい!』と怒ってしまい、それっきりです」

■父親は中国人留学生の身元保証人になり、多額のお金を貸していた

ようやく父親のパソコンデスク周辺の片付けにたどり着いた頃、工藤さんは興味深いことに気づいた。予定を記したメモや、書類を整理しようとした痕跡を見つけたのだ。工藤さんは父親のパソコンを引き継ぎ、メールを確認した。すると、野良猫を世話するボランティア仲間の女性にだけは、「物忘れが激しくなった」とメールでぼやいていた。

「父は、物忘れが激しくなった自分を冷静に把握した上で、書類を整理しようとしたり、予定を忘れないようにメモしたりしていたようです。父は昔から、自分の正直な気持ちや考えを家族には絶対に言いませんでした。認知症と診断されてから、これまでしてきた隠し事が露呈し始め、認知症を逃げに使うようになりました。退職金の件もそうです。詳しく聞こうとすると怒り狂い、知らぬ存ぜぬの一点張りでした」

退職金の行方は、最近になって分かった。

父親は国家公務員を定年後、教職に就いており、そこで中国人留学生たちに出会った。彼らの身元保証人のような立場になり、多額のお金を貸していたのだ。このことは彼らの一人が何らかのトラブルに関与し、警察から連絡が来たことで判明した。

「重要なことを家族への相談もなしに進め、それらが後々発覚する度に、裏切られたような気持ちになりました。父の部屋はまともだった頃の父の思考を知る最後の砦みたいなものなので、多少時間はかかっても慎重に片付けようと思っていましたが、最後まで自分勝手な父の都合に合わせるのがだんだんバカらしくなり、母や私に関わるものでなければガンガン捨てるようにしています」

隠し事が露呈する度に父親は「別にワシはお前らに分かってもらわんでもいい!」と言って逆切れした。

父親の部屋を片付けながら工藤さんは、「言われなくても、もう父さんを理解しようなんて思わないよ」と心の中でつぶやいていた。

デスク
写真=iStock.com/taa22
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taa22

■アスペルガーの親を介護するということ

2018年6月。がんの頃からお世話になっている内科医から、「嘘ばかりで正しい診察ができない」「こちらの話をまともに聞かない」などの理由でさじを投げられる。

この頃父親は、15分前の出来事さえ記憶していない状態になっていた。その上、嘘や隠し事、母親を罵倒することがますます増えたため、度々母親は体調を崩すようになる。「このままでは母が先につぶれてしまう」と思った工藤さんは、「年寄り扱いするな!」と怒る父親を粘り強く説得し、2019年5月からデイサービスに通わせ始めた。

昔から父親は、床に小さな綿ゴミのようなものが落ちていると、他の家事をしている最中であろうがお構いなしに、「これは何だ?」と指をさして母親の手を止めさせた。母親が綿ゴミを捨て、もとの家事に戻ると、さらに別のゴミを見つけて、また「これは何だ?」と繰り返す。これが認知症により、エスカレートしている。

反論されれば、「言われる前に完璧に掃除していたら問題ないんだ!」と怒り狂う始末。

母親は視力と聴力だけでなく、60代後半から片足を悪くしているが、父親が気遣うことは一切なく、外出先でも人前でも母親のことを大声でののしる。

最近母親は、もの忘れ診療の医師に、父親の傍若無人ぶりに付き合ってきた「自分の人生がやるせない」とこぼした。

「医師は、独自の理論なのか、アスペルガーは病気ではなく『特性』であるといった説明をしました。大小さまざまな摩擦を引き起こすことはあっても、社会全体で見たら大きなトラブルはなく、アスペルガーの偉人もいる……と。とはいえ、介護はする側、される側が安定した生活を送ることが必須だと思うので、『特性』によって長年にわたり傷つけられてきた母のことを思うと、気の毒になりました」

■働きながら親を介護する41歳ひとりっ子の胸の内

父親は自分の両親や弟に、事あるごとに母親や母親の両親、姉妹の悪口を言ってきた。父親の弟も兄の性格は熟知しており、認知症になるまではなるべく関わらないようにしていたようだが、最近は兄嫁を気遣うような言動に変わりつつある。

このようなたくさんの問題を抱えた父親に、工藤さんはどのように育てられたのか。

「こんな父でも、腹立たしい出来事と同じくらい、楽しい思い出もあります。子どものころは本当にいろいろなところに連れて行ってもらいました。ザリガニを捕まえたり、竹でパチンコを作って遊んだり。父には他の父親ではできないようなモノ作りの特技があり、作り方を教えてもらいながら一緒に遊んだ記憶があります」

ただし勉強面では、宿題を見てもらえば、これ見よがしにため息をついたり、ヒステリックに怒ったりするのでいつも号泣。「俺の子ならできる! ダメなら妻の家系に怠け者が多いからだ!」という発言を聞かされ続け、萎縮した子どもになってしまったという。

「むき出しの憎悪や嫌悪感を込めた母への当たり散らし方を見るにつれ、父への介護意欲がそがれます。認知症だから仕方がないかもしれませんが、介護される側に当事者意識がないのはしんどいですね……」

年配のカップル
写真=iStock.com/CREATISTA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CREATISTA

■自分の貯金を取り崩して介護している

工藤さんは、平日は帰宅後、父親の薬の服用、検温、お風呂へのうながしなどを担当。両親の通院時は仕事を休んで対応し、週末は足が悪い母親の代わりに買い物や用事を済ませている。

「シングル介護は、一人の殻に閉じこもらないようにすることが重要で、自分が家族を介護しているということを、周囲の人に発信できる状態のほうが何かとスムーズです。また、ケアマネをはじめ、介護に関わる人たちと積極的に接点を持つこと。介護開始当初は実感がわきませんでしたが、進んで会話することによって、父に対して普段から気をつけておくべきことが自然と頭に留まるようになりました」

普段からコミュニケーションをとっておいたおかげで、父親が近隣の人に母親の悪口を言いふらしていたことが、すぐに工藤さんの耳に入った。

「幸い、父はまだ食事や排泄、入浴が自分でできているのでよいですが、今後認知症が進んだら、母のためにも施設への入所を考えています。入所の費用は、退職金はありませんし、年金ではギリギリだと思うので、私の貯蓄を切り崩すことになると思います。2~3年スパンである程度の想定はしておかないとまずいと感じていますが、先のことを考えると正直不安ですね……」

介護で最も重要な資産は、「自分の心身の健康」という工藤さん。現在、時間の大半を両親のために使ってしまっているため、「本当は、仕事の勉強や趣味をする時間がほしいんですけどね」と苦笑いしながらため息をついた。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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