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中澤佑二「僕がゼロから半年でポルトガル語を習得できたワケ」

プレジデントオンライン / 2020年7月29日 15時15分

元サッカー日本代表の中澤佑二氏(左)とイーオン社長の三宅義和氏(右) - 撮影=原貴彦

元サッカー日本代表の中澤佑二氏は、プロになる前、ブラジルにサッカー留学をしている。公用語のポルトガル語は一切勉強していなかったが、そこから半年で耳が慣れて話せるようになったという。イーオンの三宅義和社長が聞いた――。(2回目/全3回)

■プロサッカー選手になるための3つのプランからブラジルへ

【三宅義和(イーオン社長)】中澤さんは、高校卒業後にブラジルへサッカー留学に行かれています。これには、どのような背景があったのですか?

元サッカー日本代表の中澤佑二氏
撮影=原貴彦
元サッカー日本代表の中澤佑二氏 - 撮影=原貴彦

【中澤佑二(元プロサッカー選手)】中学3年生のときに「プロサッカー選手になる」と決めて、高校時代もそのことしか考えずにサッカー漬けの毎日を送っていました。その間、「プロという目標に至る道には、どんなものがあるのだろう」といつも考えていて、結論として3つあると思っていたのです。

ひとつは、高校で活躍してプロ入りする。それが叶わなかったら、大学や社会人のチームに入ってプロを目指す。それも無理な場合は、ブラジルへ留学して、そこで活躍して、Jリーグのチームからオファーを受けて帰国するという、3つの道です。

【三宅】非常に戦略的に考えられたわけですね。

【中澤】そうですね。最初の2つのプランは叶いそうになかったので、両親や高校の監督などに相談しながら、ブラジル行きを決めました。ブラジルはサッカー王国なので、「世界ナンバーワンのフォワードが育ったブラジルで、そのフォワードを抑えることができれば、自分が世界ナンバーワンのディフェンスになれるのではないか」という動機もありました。実際には「留学後、日本でサッカー浪人を経てプロになる」という4つ目の道を通ることになるのですが(笑)。

■サッカーとポルトガル語の勉強に明け暮れた毎日

【三宅】そうでしたか。しかし、ブラジルはポルトガル語が公用語です。プロではないので通訳もいないでしょう。事前に勉強されて行かれたのですか?

イーオン社長の三宅義和氏
撮影=原貴彦
イーオン社長の三宅義和氏 - 撮影=原貴彦

【中澤】「行けば何とかなるだろう」と甘く考えていたので、日本では勉強を一切していませんでした。しかし、現地に行ってすぐに後悔しました。最初の3カ月は本当に地獄でしたね。身振り手振りと、常備していた辞書でなんとか乗り切った感じです。

【三宅】段々と使えるようになっていくものですか。

【中澤】はい。まず耳が慣れてきて、その後、少しずつ話すことができるようになっていきました。頭でごちゃごちゃ考えずとも、言葉が自然に出て来るようになったのは、半年過ぎてからぐらいですかね。

【三宅】かなり早いほうですよね?

【中澤】そうかもしれません。僕にとって運がよかったのは、当時はインターネット環境がなかったことです。日本語を使いたいと思っても、その機会がなかったので、ひたすらサッカーの練習とポルトガル語の勉強に明け暮れました。

■近所の子供たちは超優しい先生だった

【三宅】言語習得のため、なにか毎日実践されたことはありますか?

【中澤】耳を慣れさせるために、寮にいるときはずっとテレビをつけっぱなしにしていました。ニュースとか、それこそスポーツ中継ですね。それをひたすら聴き続ける。

実は、一番効果的だったと思うトレーニングは、寮の近所に住んでいた子供たちとの会話です。

【三宅】素晴らしい! 日本の英語教育は机上のものになりやすいですが、話す前提で学んでいくと、吸収効率が違いますからね。

【中澤】そうですね。しかも相手が子供だったのがよかったと思います。というのも、子供たちは僕が間違ったポルトガル語を使っても決してバカにしません。「違う違う。こうだよ」と丁寧に教えてくれるのです。

【三宅】それは優しい。

【中澤】超優しい先生なんです。英語も同じだと思いますが、「上手に話せないと格好悪い」とか「間違えるのが恥ずかしいから話せない」と思って、実践をためらっている方は多いはずです。でも、子供たちが相手ならその心配はいりません。

それに、子供ですからテレビのように早口ではないですし、チームメイトが使うような汚い言葉も一切使わない。言語の初学者にとって、現地の子供たちは最高の教材なんだなと思いました。

■ハングリー精神が旺盛なブラジル人サッカー選手たち

【三宅】日本とブラジルのサッカーの違いについてお聞きしたいのですが、なぜブラジルはサッカーが強いのですか。

【中澤】ひとつは、やはりハングリー精神が大きいと思います。今はどうなのかわからないですが、「プロになって家族に良い暮らしをさせる」というのが当時の若いサッカー選手たちが口を揃えて掲げる夢でした。

【三宅】それはモチベーションが強い。

【中澤】強いです。自分が頑張らないと家族が貧困から抜け出せない。だからチームメイトの怪我は自分にとってのチャンスですし、ラフプレーで相手を怪我させても、それでチームに貢献して自分がレギュラーになって目立てば、家族が良い暮らしをできる。そういう気持ちでやっているプレーヤーがほとんどでした。

【三宅】日本だと、そこまで露骨に表には出しませんからね。

【中澤】日本で「お金のためなら何でもやる」というと、「お前は守銭奴か」みたいに非難されたり嘲笑されたりしますが、ブラジルではそれが当たり前です。

元サッカー日本代表の中澤佑二氏
撮影=原貴彦

■外国の選手は衝突するが、根にもたない

【三宅】そうなると、チーム内の競争も激しいわけですか? 団体スポーツだとレギュラー争いがつきものですが。

【中澤】すぐに喧嘩しますよ(笑)。練習中でもしょっちゅう言い合いとか、場合によっては殴り合いをしています。ただ、面白いのは練習が終わると、さっきまで喧嘩していた選手たちが仲良くしているんです。スイッチのオンオフがちゃんとできている。

【三宅】日本人は感情的になって引きずりやすいですよね。

【中澤】日本だと、「あいつ、今日削ってきやがって。絶対に許さねえ」みたいなことを、プライベートの場面になっても、ねちねち言い続ける選手もいます。最近は海外のコーチが増えて、「自分が出るためには、多少激しくてもいい」という教えが広まった影響で、昔ほどギスギスしなくなったと感じますが。

■チームワークは不要。ただし、リスペクトを忘れるな

【中澤】そういえば、マリノス時代に岡田武史監督からこんなことを言われたことがあります。「男が30人も集まるのだから、馬が合わないチームメイトがいるのは当然だ。だけど、俺たちにはJリーグで優勝するという共通の目標がある。その目標に向かうときだけは、同じ方向を向いてくれ」と。

【三宅】たしかにチームは仲良しグループではないですからね。

【中澤】はい。だから岡田監督も、「プライベートまで仲良くする必要はないし、チームワークだ、ファミリーだ、みたいなことは言わない」とみんなの前で明言されるのです。「ただし、グラウンドに入ってサッカーをやっているときは、嫌いな相手でもしっかりリスペクトしろ」と。たしかにそれはそうだなと思いました。

■クリーンなディフェンスには訳があった

【三宅】中澤さんといえば、非常にクリーンなディフェンダーとして知られていましたが、勝利至上主義の外国人コーチと衝突することはなかったのですか?

【中澤】毎回衝突していました(笑)。「お前のプレーは優しすぎる」「試合は戦争なんだ」「怪我をさせてもいいからもっと行け」と。

【三宅】自分の信念と組織の命令が相容れないことは、ビジネスシーンでもよくあると思います。そういうときはどうやって折り合いをつけていたのですか?

【中澤】僕の考え方を理解してもらうまで、ひたすら話し合いをします。

そもそも相手選手を怪我させるということは、無理な体勢で相手にチャージしているわけです。そういう体勢にならざるを得ないのは、自分の準備不足が原因です。

それを避けるために、僕は常に万全のコンディションで試合に挑み、フィールドにいる全員に目を配り、集中力を維持し、警戒を解かないことを徹底していました。それにサッカーのディフェンスは、相手をパワーで止めるだけではなく、技術で止めることもできます。技術で止めれば、無駄なチャージも減りますし、なにより自分も怪我をしにくくなります。その技術を伸ばす努力も続けていました。

【三宅】といったことを、コーチに説明されたわけですね。

【中澤】そうです。自分にはこういう考え方があって、こういうことをしているんだと。精神論ではなく、理屈を交えて説明できれば、理解してもらえるものです。

元サッカー日本代表の中澤佑二氏(左)とイーオン社長の三宅義和氏(右)
撮影=原貴彦
元サッカー日本代表の中澤佑二氏(左)とイーオン社長の三宅義和氏(右) - 撮影=原貴彦

■技術偏重の日本サッカー界

【三宅】ほかにも、日本人と外国人のプレーヤーの違いというのはありますか。

【中澤】ある外国人コーチから聞いた話があります。練習場にボールがあると、日本の選手はまずリフティングを始めるが、海外の選手はシュートを打ち始める。それが2人になると、日本の選手はパス練習を始めるが、海外の選手は1対1からのシュート練習をはじめる。3人になると、日本の選手は3人でパス回しを始めるが、海外の選手は2対1の実践的な状況でシュート練習に入るというのです。

【三宅】面白い!

【中澤】この差はなぜ生まれるかというと、日本の育成時代の指導者は、技術面をやたらと評価するからです。一方で、海外は「シュートを打ってゴールを決める」という点を大切にして選手を育てていると聞きます。

「日本のサッカー選手は、技術力は高いけれどもシュートが入らない」とよく言われます。「とにかくチャンスがあればシュートを打つ。シュートを決める。ミスってもいいから思い切ってシュートを打つ」というふうに根本的に変えないと、日本のサッカー選手は世界で活躍するトップストライカーにはなれないと思います。

【三宅】サッカーの究極の目標はゴールを入れることだから、目標から練習していこうと。

【中澤】そうです。その話を聞いたとき、自分の中のサッカー観が思い切り殴られたような気がしました。みんながもっとシュートの意識を上げて、ゴールを決めて、みんなでその喜びを分かち合うことに重きを置いたほうが、子供たちにとってもサッカーがもっと楽しくなると思います。

日本からメッシやロナウドを輩出するには

【三宅】それ以外にも、日本のサッカー界で改善すべきことは何かありますか?

【中澤】サッカーの世界もグローバル化が進んでいて、どんどん平準化されていっています。かつて「組織力のヨーロッパ、個人技の南米」と言われていましたが、今はほとんど差がないと思います。日本もその道を進んでいるわけですが、日本と海外で決定的に違うのは、メッシやロナウドのような、スーパープレーヤーが生まれていないということです。

【三宅】それは構造上の問題ですか?

【中澤】一端にあると思います。何が問題かというと、日本は選手の短所ばかりを気にする指導者が多いことです。

たとえば、メッシは元々病弱で、身体的なハンディキャップを背負いながらサッカーをしてきました。めげずに努力を続けた本人もすごいですが、僕はその才能に目をつけたクラブもすごいと思います。普通、体が弱かったら弾かれますから。

中村俊輔選手もマリノスのジュニアユースチームにいたとき、「フィジカルが弱い」という理由もあり、あれだけの才能を持った選手なのにユースチームには上がれず、高校の部活に入っていた。

メッシもフィジカルは強くありませんでしたが、それ以上のものをスカウトや強化の人たちが見抜いて、彼をスーパー選手に育てたわけですね。日本も少しずつ変わりつつあるとは思いますが、短所ばかり見てしまうのは、日本社会の名残りなのかなと思います。

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三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。1985年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。

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中澤 佑二(なかざわ・ゆうじ)
元プロサッカー選手
1978年、埼玉県吉川市出身。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)。J1のフィールドプレーヤーでは歴代最長となる178試合連続先発フル出場記録をもつ。日本代表チームでも長年中心選手として活躍し、出場数は110試合。2010 FIFAワールドカップの開幕前までキャプテンを務める。2019年1月、現役引退を発表。

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(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、元プロサッカー選手 中澤 佑二 構成=郷 和貴)

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