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「お金配りおじさん」前澤友作はなぜ10億円のバイオリンをポンと貸したのか

プレジデントオンライン / 2020年7月20日 15時15分

前澤 友作氏 2018年12月10日、LINE「NEWS AWARDS 2018」発表会=東京都港区にて(写真=時事通信フォト)

ゾゾ創業者・前澤友作氏は、2018年にバイオリンの名器「ストラディヴァリウス」を手に入れたと発表した。オークションでは1挺10億円超で取引される貴重なコレクションだが、同じ年に東京で開かれた「21挺のストラディヴァリウスを集める」という企画にもポンと貸し出した。企画を主催した中澤創太氏は「前澤さんのコレクションは金持ちの道楽ではない」という——。

※本稿は中澤創太『TOKYOストラディヴァリウス1800日戦記』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■前澤友作のアート収集は「金持ちの道楽」か

前澤友作さん、2018年当時はスタートトゥデイ(ZOZO)を率いる敏腕社長として名を轟かせ、公私にわたる様々な話題が尽きない、いわゆる「有名人」であった。

そんな前澤さんの存在を強く意識するようになったのは、ご自身で購入されたバスキアの絵を東京・代官山で公開された時だった。それは単なる「有名作品のお目見え」ではなく、まだ世に出ていない若手アーティストの作品を一緒に展示することで、来場者に興味を持ってもらおうという素晴らしい企画だった。

「クラシックを志した者のほとんどは食っていけない」。そんな厳しい現実を何とか変えたいと、僕も若手演奏家のミニコンサートなどに力を入れていたが、「アート」もまた同様に厳しい世界。前澤さんの取り組みに素直に共感していた。

アートの収集とは次世代にその文化遺産を継承するという重い責任を背負う。ともすれば金持ちの道楽のように見られがちだし、そうした人もいるだろう。しかし、若手に希望を与える展示会を開催する前澤さんは、その責任を自覚している人だと思った。

そして、そんな前澤さんなら、僕が長らく取り組んできた、才能豊かな音楽家のために楽器を貸し出す取り組みに共感してくれるのではないか。ストラディヴァリウスの価値を理解し、その生かし方を真剣に考えてくれるのではないか。

そんなことを妻に話したら、「それなら前澤さんに連絡してみたらいいじゃない?」と、こともなげに言う。なるほど、躊躇なんて僕らしくない。ここはSNSで直接アプローチしよう。不躾だけど、たくさん届くメッセージに紛れてしまうかもしれないけれど、とにかく動こう。

■前澤から帰ってきたSNSのメッセージ

「貴重なヴァイオリンの次世代への継承と、若手音楽家の未来のために楽器を所有していただけないでしょうか」。そんな言葉で締めた、思いを込めたメッセージを送った半日後、返信がきた。膨大な量のメールや連絡が来るそうだが、そのすべてに目を通していることに驚かされた。そして「コネクションがないからムリ」と勝手に諦めるのはSNSが行き渡った時代において、意味のない言い訳なのだなと改めて感じた。

ほどなく前澤さんとお会いして、購入に向けた相談を進める中で、僕の直感は正しかったと確信した。ご自身でものすごく勉強され、しっかり時間をかけて吟味する。購入が決まると、数カ月後に迫っていたフェスティバルでの展示と演奏も快諾いただいた。

「多くに人に聴いてもらうためにあるのが楽器だから」。ミュージシャンでもある前澤さんのそんな当たり前が、とても嬉しかった。

前澤さんのストラディヴァリウス購入は日本のみならず、海外でも大きく報道された。そして僕にも「どうやって購入に至ったのか」という質問がたくさん届いた。おそらくこれまでにも、海外の楽器ディーラーが数多くアプローチしたのだと想像できる。

ではなぜ僕が前澤さんに名器を納めることができたのか。ひとまずの答えは「特別なことはしていません」である。でもそれはもちろん「何もしていない」わけではない。

■3カ月かけてストラディヴァリウスの真価を伝える

まず3カ月かけてストラディヴァリウスの本当の価値を伝えることに専念した。至近距離で聴いていただける機会を作り、大きなホールでのコンサートにもお招きした。

さらに、演奏スタイルの異なる複数の演奏家の協力を得て、候補の数台の弾き比べをしてもらった。1挺ごとに音色が異なるのはもちろん、演奏者によっても音色が変わる。そこまでやるのかと驚かれるかもしれないが、すべては100%納得してもらい、価値を理解してもらうためだ。

調査も徹底した。年輪年代法(デンドロクロノロジー)はヴァイオリンの表板を超高画質で撮影し、そこから木の年代を推定する。もし1737年以降という測定結果が出れば、ストラディヴァリの死後に製作された可能性があり、さらに厳密な調査が必要になる。

前澤さんと(写真提供=中澤創太)
前澤さんと(写真提供=中澤創太)

もちろん過去300年の間になされた修復などで年輪が正確に測れないことも少なくないが、ストラディヴァリウスは現存する作品がほぼすべてデータ化されており、アーカイブにそれぞれの鮮明な写真から測定結果までが残っている。

前澤さんに提案したストラディヴァリウスは、20挺を超える他の作品の木と一致した。この調査はロンドンにいる専門家に依頼しており、日本ヴァイオリンが取り扱う楽器はほぼすべてこの調査を行なってから、お客様に提案をしている。

楽器の状態に関しては「CTスキャン」と「MRI」で調べた。医療分野で体の内部を調べる技術としてお馴染みだが、ヴァイオリンの調査にも用いることができる。本場ヨーロッパでもほとんど浸透しておらず、日本では僕が知る限り、実施してくれる施設は1カ所しかない。

僕はヴァイオリンの世界を多くの人に広く知ってもらいたいと願っている。とんでもない高値で売買していて何やら胡散臭い。そんなイメージを払しょくしたい。だから徹底的に楽器の調査を行う。信頼と安心と100%の魅力を伝えられれば、結果的に購入に至らなくても良いとさえ思っている。

■ストラディヴァリ黄金期の名器「ハンマ」の使い道

前澤さんは3挺の最終候補の中から、1717年製作の「ハンマ」を選んだ。理由は「人に訴える音の力が圧倒的に抜きん出ていた」から。僕も同感だった。

ストラディヴァリの生涯の作品は大きく初期、挑戦期、黄金期、晩年期の4つに分類されるが、黄金期のど真ん中、最も脂の乗った時代に製作された名器である。ハンマとは、かつてヨーロッパを代表した名門楽器商社の名前であり、そこのコレクションだったことから、その名で親しまれている。

中澤 創太『TOKYOストラディヴァリウス1800日戦記』(日経BP)
中澤 創太『TOKYOストラディヴァリウス1800日戦記』(日経BP)

購入直後、前澤さんがSNSに投稿した動画が話題になった。ご自身がハンマの音を出している動画である。僕もその場にいて、印象深く覚えている。前澤さんが「せっかく購入したのだから自分で出した音を感じてみたい」と言った。

それを聞いて素直に驚いた。本人がヴァイオリニストであれば弾くのが当たり前だが、投資家であったりパトロンであったりする所有者で「自分で音を出したい」という人はこれまでいなかった。僕にとって新しいタイプのオーナーだった。

投稿後、高価な楽器を買って見せびらかしているといった類のコメントがあったが、何とも的外れだなと残念に思った。前澤さんは公式のプレスリリースを出している。

「現地の音楽家の皆さまにもご協力いただきながら、その国や地域の子どもたちの耳に、この力強くも繊細な奇跡の音色を届けていければと思います」。

■前澤の志に目を向けず、試し弾きで大騒ぎした世間

そうした志に目を向けることなく、少し試し弾きしたことだけが大騒ぎになる。ヴァイオリンはまだまだ「ばか高くて遠い」存在なのだと思い知らされる。その一方で「皆で音を楽しもう」というスタンスの前澤さんのようなオーナーがもっと増えてほしいと思った。

展覧会でハンマは、日本を代表する音楽家によって奏でられ、来場者にその力強い音色を届けることができた。前澤さんも会場でその音を楽しまれたが、たくさんの来場者が聞き入る様子を嬉しそうに見ている姿が印象的だった。

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中澤 創太(なかざわ・そうた)
日本ヴァイオリン 代表取締役社長 
1985年、東京生まれ。父はヴァイオリン修復家、母はヴァイオリニストという音楽家系に生まれ、幼少より国際的に活躍する音楽家と触れ合いながら育つ。15歳で渡英。インターナショナルスクールに通いながら、オークション大手サザビーズや、世界的なイギリスの鑑定家Peter Biddulphのもとに出入りし、十代から数多くの名器に触れる。上智大学外国語学部を卒業後、電通へ入社。営業を経て、メディアプランナーとして数々の音楽・文化プロジェクトに関わる。2014年、株式会社日本ヴァイオリン代表取締役社長に就任。ディーリングも含め、今まで手にしたストラディヴァリウスは70挺を超える。2018年、21挺のストラディヴァリウスがアジア史上初めて集結する「東京ストラディヴァリウス フェスティバル2018」の実行委員長および代表キュレーターを務めた。

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(日本ヴァイオリン 代表取締役社長  中澤 創太)

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