「WHOは中国の操り人形」正式脱退を突き付けたトランプ大統領の思惑
プレジデントオンライン / 2020年7月18日 11時15分
■「アメリカさえ良ければ問題はない」という考え方
アメリカのトランプ政権が国連に対し、7月6日付でWHO(世界保健機関)からの脱退を正式に通知した。既定の条件を満たせば、1年後の7月6日に脱退することになる。
まさか正式に通知するとは、思わなかった。驚いたというより、あきれた。開いた口がふさがらない。トランプ政権は4月に資金拠出の停止を表明し、5月29日には脱退の意向を示していたものの、正式な手続きについてはこれまで言及してこなかった。
トランプ大統領の思惑はこうだ。11月の大統領選をにらんで、支持層といわれる保守の白人労働者層の基盤をしっかりと固めておきたいのだ。トランプ氏を支持する人々は、移民に仕事を奪われ、生活が困窮している。世界の平和よりも自分たちの生活の向上に強い関心がある。
あえて言えば、彼らはアメリカさえ良ければ問題はないという考え方をする。そんな支持層の心のうちを見透かし、自国第一主義を唱え、世界の国々から中国寄りとみられているWHOからの脱退を表明したのだ。トランプ氏のやり方は典型的なポピュリズム(大衆迎合主義)である。
■失策の責任をすべてWHOに負わせたい
ここで少し振り返ってみよう。トランプ氏がWHOを「中国寄りだ」と強く批判するようになったのは、アメリカでの新型コロナウイルスの感染拡大が深刻になり、トランプ氏自身の政治責任を問う国民の声が多くなったからだ。
5月3日には「中国はひどい過ちを犯し、それを認めたくなかったのだ」とテレビで話し、18日には記者たちに向かって「WHOは中国の操り人形だ」とまで語っていた。
アメリカは現在、感染者数がおよそ337万人(うち感染死者数、約14万人)と世界最多で、国内では「トランプ政権の失策だ」との批判が強まっている。
WHOにとってアメリカは最大の資金拠出国で、CDC(疾病対策センター)の職員が常駐するなど密接な関係にある。トランプ氏はそうした事情を無視して、自らの失策の責任をすべてWHOに負わせようとしている。
確かにテドロス事務局長の中国びいきの姿勢や行動、発言などWHO側にも大きな問題はある。だが、トランプ氏は大統領選に勝ちさえすればいいと考えている。このほどトランプ氏を酷評する暴露本を書いたジョン・ボルトン前大統領補佐官は、米ABCニュースのインタビューに対し、「国家安全保障より自らの再選を優先し、機密情報のレクチャーに関心を示さず、国際問題と自らの決定の影響について無知だった」と語っている。
■重症化する患者をあらかじめ見極めるという難題
ところで世界がパンデミックに陥っているなか、大切なのは「連帯」の意識、つまり国際協調である。コロナ禍に勝つにはこの国際協調しかない。
これまでの研究で、新型コロナウイルス感染症は、80%以上の患者が無症状もしくは軽症で済んで回復し、14%の患者に深刻な症状がみられ、残りの5%が呼吸困難や多臓器不全など命に関わる病態になることがわかっている。
なぜ、無症状の感染者が存在するのか。重症化する感染者を見極めるにはどうすればいいのか。見極めができれば、軽症者で病室があふれ返ってほかの患者の治療ができなくなるという「医療崩壊」を防ぐことができる。無症状だった人が急に悪化して亡くなる事態もなくなる。
研究者や専門家だけではなく、政界から財界まで世界各国の人々が連帯の意識を強く持って真に協力することができれば、重症化する患者をあらかじめ見極めるという難題にも立ち向かえるはずである。
■読売社説も「協調を阻害する一方的な行動」と強く批判する
読売新聞の社説(7月10日付)も「米のWHO脱退 感染症対策を阻害するだけだ」とトランプ氏を批判する見出しを掲げてこう書き出す。
「新型コロナウイルスは今も世界各地で蔓延が続いている。国際社会が一丸となって対策に取り組むべき時に、協調を阻害する一方的な行動をとるのは理解しがたい」
「協調を阻害する一方的な行動」とは強い言い回しである。保守で知られる読売社説でさえ、ここまで批判するのだからトランプ氏のWHO脱退は最悪だ。
読売社説は「コロナ感染が中国で最初に拡大した段階で、WHOが適切な対応をとれず、情報発信のあり方や中立性について問題が露呈したのは事実だ。WHOには公正な検証と組織改革が求められている」とWHOに反省を求めながらも、さらにアメリカのWHO脱退を戒める。
「だが、米国がWHOから脱退しても、事態が改善するわけではない。コロナ対策の司令塔である組織が揺らぎ、中国の影響力が拡大することは得策と言えるのか」
世界がパンデミックという危機的状況から脱出するには、やはりしっかりとした司令塔が欠かせない。アメリカが脱退すれば、WHOは中国の天下になる。習近平(シー・チンピン)国家主席が、ほくそ笑む顔が目に浮かぶ。
■米国が最終的に脱退するかどうかは、大統領選の結果次第
読売社説は指摘する。
「WHOは、米国の主導で1948年に創設されて以来、ポリオなどの感染症対策や公衆衛生の向上で大きな役割を果たしている。150か国以上に要員を配置し、医療情報や物資が乏しい途上国にとっては欠かせない存在だ」
「米国はWHO予算の約16%を拠出している。米政府の資金が途絶えれば、WHOの活動への打撃は避けられない。コロナのワクチンや治療薬の開発においても、米国と各国の協力体制に悪影響が及ぶ恐れがある」
「発展途上国への援助の重要性」や「ワクチンと治療薬の開発」をトランプ氏はどう考えているのか。アメリカさえ良ければそれでいいといいのか。
次に読売社説は「11月の大統領選を前に、トランプ氏がWHOを標的にして政権への批判を避けようとしているのなら無責任だと言わざるを得ない」と批判したうえでこう指摘する。
「大統領選でトランプ氏に挑むバイデン前副大統領は、当選した場合、WHOに残留するとの考えを示した。米国が最終的に脱退するかどうかは、選挙の結果次第ということになった」
「トランプ氏の自国第一主義か、バイデン氏の国際協調主義か。米国の有権者は、重大な選択を突きつけられている」
アメリカの有権者だけではなく、11月の大統領選は世界各国の人々にとっても大きな関心事なのである。
■世界がひとつにまとまる「連帯」が何よりも重要
次に東京新聞の社説(7月9日付)を読んでみよう。
東京社説は「米国WHO脱退 危険で独善的な決定だ」との見出しを付け、まず「運営への不満を理由としているが、世界をいっそうの危険にさらす、独善的な決定だ。すみやかな撤回を求める」と主張する。
だが、撤退を日本の1新聞社が求めたところで、トランプ氏は言うことを聞く相手ではない。東京社説は書く。
「WHOの初動について多くの国が、疑問を持っているのは間違いない。テドロス事務局長は、最初に感染が確認された中国側の言い分をうのみにし、対応が遅れた」
確かにWHOの対応はまずかった。どうして中国の肩を持ったのか、不信感は消えない。
東京社説は「しかし、世界では感染者が一千万人を超えており、日本でも感染終息の気配はない。ブラジルでは大統領の感染も明らかになった」と指摘したうえで、こう主張する。
「拡大を食い止めるため、WHOを中心に世界がまとまることが求められている」
世界で流行を拡大させるパンデミックのなか、世界がひとつにまとまる「連帯」が何よりも重要なのである。新型コロナウイルスを封じ込め、コントロールするには国際協力が欠かせない。
■「感染者の99%は無害だった」と根拠の不確かな発言も
東京社説も読売社説と同様に「コロナで失策が続き、支持率が低落するトランプ氏は、11月の大統領選挙に向け、WHOや中国に責任転嫁をしたいのだろう」と分析し、次のように書き上げる。
「中でも、大統領自身の甘い認識は目に付く。七月四日の独立記念日の演説では、政権が大流行の制御に『かなり進歩を遂げた』と自画自賛。そして、『感染者の99%は無害だった』と根拠の不確かな発言をしている」
「米国内外から今回の決定には『非常識』との批判が噴出している」
「政治的なパフォーマンスはやめ、不満があるのならWHOの運営に参加し、改善すべきだ」
トランプ氏の言動は東京社説が指摘するように、「非常識」な「政治的なパフォーマンス」にすぎないのである。トランプ氏の発言は真実から遠い。世界はそれを分かっている。しかし、アメリカのトランプ支持者は分かろうとはしない。そこに大きな問題がある。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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