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「ベビーシッターの性犯罪」を防ぐためにフランスが取り組んでいること

プレジデントオンライン / 2020年7月23日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

ベビーシッターの大手マッチングサイト「キッズライン」の2人の登録シッターが、業務中に子供の下半身を触ったとして強制わいせつの疑いで相次いで逮捕された。海外ではどのような対策をしているのか。フランス在住ライターの髙崎順子さんは「フランスではシッター契約をする前に前科の有無を確認する。日本でもそうした仕組みを整えるべきだ」という――。

■性犯罪を繰り返す人がシッターになれてしまう日本

ベビーシッターと利用者のマッチングサイト「キッズライン」で、男性シッター2人による強制わいせつ事件が起きた。2019年11月に男児の下半身を触ったとして2020年4月に橋本晃典容疑者が逮捕、5月に女児の下半身を触ったとして荒井健容疑者が6月に逮捕された。

キッズラインは6月から男性シッターのサービスを「一時停止」したが、いまだに容疑者の名前や具体的な容疑内容を明らかにしていない。また報道があるまで、利用者や登録者への周知も行われなかった。一連の対応は多くの専門家が問題視している。

特に問題視されているのは、橋本容疑者の性加害がすぐにキッズライン社から利用者に周知されず、明確な対策も講じられなかったことだ。その後キッズラインでは別の登録シッターが性加害を行い、橋本容疑者は別件の強制性交等の疑いで逮捕され、累犯者となった。

性犯罪は累犯者が多い。そのためイギリスをはじめベビーシッターの利用が多い諸外国では、シッターが求職の際、その犯罪歴を確認される制度がある。そして性犯罪などの前科者は、シッター以外にも学校や放課後学童クラブなど児童関連職への就業が禁じられている。もし日本にもそのような犯罪歴確認とキックアウトのシステムがあれば、キッズライン事件以外の案件でも、防げた性被害は間違いなくあっただろう。

※編集部註:初出時、橋本容疑者の加害について正確さを欠く記載があったため、上記段落を訂正いたしました。(7月25日10時00分追記)

日本はこの点で残念ながら、かなり後れている。そのため今日も、性犯罪の累犯者が子どもに関わる職に自由に就け、放置されている。子どもたちが危険に晒される状況が続いているのだ。

■フランスのシッターも無資格・無認可だが…

筆者の住むフランスでも、シッター利用は一般的だ。3歳未満の子ども220万人のうち、約4万6000人が自宅でシッター保育を受けているというデータがある(出典:フランス乳幼児保育報告書2019年版)。個人雇用のシッターは契約内容の自由度が高く、親の働き方や子の心身の特性など、個別のニーズに合わせて保育内容を柔軟に決められるのがメリットだ。 

そしてフランスでは日本と同様、ベビーシッターは資格があってもなくても従事できる職業だ。フランスの保育業界は保育所も保育ママも全て認可制で、シッターは例外的な存在と言える。またその雇用市場において、派遣企業とマッチングサイトが主な仲介役を果たしている点も、日仏では共通している。

しかしその運用に際しては、大きな違いがある。

■「犯罪の前科者」がシッター業をできない仕組み

フランスでは保育される「子どもの安全」を確保するため、「誰でも」がシッターに就業できない仕組みを、資格・認可以外で設けているのだ。そこで「子どもの安全を脅かす」とキックアウトされるのは、特定の犯罪の前科者たち。そのために活用されているのが、個人の犯罪歴が全て記された司法書類「前科調書」(フランス語でCasier Judiciaire)である。

以下、システムを紹介していこう。

「前科調書」はフランス司法省(日本の法務省に相当)が管轄し、フランス国籍者だけではなく、他国生まれの外国人にも対応している。調書は必要に応じてその都度作成され、すべての前科のほか、特定の職業への従事を禁じる「法的欠格事由」も記載する。

個人情報保護、犯罪者更生支援など人権面への配慮から、調書全体を閲覧できるのは司法関係者のみ。それを一部抜粋する形で、特定の職種の雇用時に参照できる「第二証明書」と、本人と法定代理人のみが取り寄せできる「第三証明書」の2種類の抄本がある。シッター雇用の際に、前科者を除外するフィルターの役目を果たすのが、この2種類の抄本だ。

■「証明書の提出」をシッターに依頼

第二証明書を申請・閲覧できるのは、役所・軍隊・子ども関係・警備関係の企業・団体。この抄本からは道路交通法違反や親権に関する違反、商法に関する違反など、雇用内容に関係の薄い罪状は除外される。

第三証明書は第二証明書より記載事項がさらに少なく、拘禁刑2年以上の重罪と、未成年関連職・ボランティアの法的欠格事由(後述する)のみが記されている。軽犯罪者の更生を阻害しない範囲の記載だ。これは雇用側からは取得できず、閲覧したい際は、求職者に提出を依頼する必要がある。個人でベビーシッターを契約する際には、この第三証明書の提出を依頼し、「前科なし」を確認するのが一般的だ。

取得手続きはオンラインで簡素化されており、司法省直轄の元、取り寄せは無料となっている。

■もちろん「提出をしない権利」はある

第三証明書はシッター職のほか、銀行など金融関係の求職の際も提出が求められる。取り寄せ自体は容易だが、個人情報として保護されており、第三者による取得は法律違反で7500ユーロの罰金が課される。言い換えれば求職者は「提出をしない権利」もあるわけだ。その場合雇用をする側には、求職者の前科を確認する手段がなくなってしまうのだが……。

「その時は《提出しない》ということが、一つの判断基準になりますね」

司法省の前科調書担当は、筆者の疑問にそう答えた。

「前科調書の提出はごく一般的で、取り寄せもネットですぐにできます。信用問題として頼まれたことをしないのは、なぜなのか。保護者の側も、そこで考えてもらえればいいのでは」

前科調書の内容以前に、まずその調書を見せるか否かの姿勢を、判断材料にできるというわけだ。

この考え方はマッチングサイトや派遣会社などの関連ビジネスでも共通しており、派遣会社は前科調書による無犯罪歴確認を採用条件にしている。マッチングサイトでも評判の良いところは、前科調書提出の可・不可がプロフィール項目にあり、検索時点で確認できる。登録者が学生バイトであっても同様だ。シッター職を求める際の身分証明の条件として「前科の有無」が、必須項目と認められているのだ。

■シッター業以外では、雇用者が前歴を確認できる

それでもシッター業は、前科確認が「任意」となっている分、他の保育関連職よりも網の目が粗い。他の未成年職では、前述のように資格・認可が必要であることに加え、求職者の意思に関わらず、雇用者側が前歴確認をする制度が整えてられているからだ。

犯罪前科者の未成年関連職からの排除が強化されたのは、2000年代前半から。まず2004年、未成年関連職の事業者が前科調書の第二証明書を閲覧できるようになった(それまではシッター職と同様、第三証明書の任意提出で対応していた)。

続いて2005年、性犯罪有罪者の履歴・現住所を明示するデータベースFIJAIS(現在の名称はFIJAISV)が運用を開始し、役所の児童関係局が性犯罪有罪者の所在を把握できるようになる。4年後の2009年には、そのデータベースと前科調書第二証明が、未成年関連事業の全国ポータルサイトGAMと連携された。

■教員に対しても「前科の有無」を確認している

GAMは保育所や学童保育のほか、未成年を対象とする校外クラブ活動やサマーキャンプなども包摂し、運営責任者の認可先自治体への事前申請をオンラインで行えるもの。そこで保育・指導スタッフの氏名・生年月日・保有資格を登録すると、同時・自動的に、FIJAISVと前科調書の閲覧申し込みがされる仕組みだ。

FIJAISVリストに記載があったり、犯罪歴があれば、司法省から運営責任者にアラートが送られる。その閲覧結果はオンライン上で共有され、前科者はブラックリスト化される。前科者が土地を変えても、フランス国内である限り、未成年関連職からキックアウトできるシステムだ。

未成年関連職への就業を不可能とする欠格事由(犯罪)は、殺人・強姦・誘拐・銃刀窃盗・森林放火・尊厳毀損・未成年搾取・性的加害・麻薬取引・詐欺・背信・ゆすり。他件でも、執行猶予なし・拘禁刑2カ月以上の有罪判決が降った場合は欠格事由となる。

2016年には性犯罪者データベースと前科調書の連携チェックが、国家教育省採用の教員にも適用されることになった。これは採用時だけではなく、すでに教職にある人々も対象となる。万一前科が確認された場合はすぐ停職処分となるが、その後職務を再開できるか否かは、前科の内容や来歴、時期を検証され、ケース・バイ・ケースで判断されることとなっている(出典:フランス国家教育省官報)。

取扱注意の司法情報をデータベース化して、前科者排除の網を張る目的は、ひたすら「子どもの安全確保」にある。個人情報保護の懸念とは、閲覧範囲を「未成年関連職」に限定することで折り合いをつけつつ、優先すべきは「子どもの安全」と、国が明確に意思表示しているのだ。

■ただし「初犯」を防ぐのは難しい

前科調書や性犯罪有罪者データベースを駆使したフランスの制度は、再犯防止には大いに有効だ。しかしそれでも、初犯を防ぐのは難しい。児童が被害者である場合、事態が明るみに出るのに時間がかかることもある。

例えば2017年、公立学童保育で勤務していた有資格者の30代男性が突如逮捕された。その前年に個人シッターをしていた際、3歳~7歳の男児8名に犯した性加害が判明したためだ。拘禁刑5年、その後の社会司法監視7年、精神治療1年の有罪判決が下った。シッター関連ではその他にも、フランスのNo.1売買サイト「ボンコワン」経由で個人的に受注していた男性(28歳)が、6歳と4歳の女児2名への性加害で逮捕。拘禁刑5年、その後の社会司法監視10年、慰謝料支払いの有罪判決を受けた。

両者は当然前述のデータベースに記録されたが、彼らに被害を受けてしまった子どもたちの経験と記憶は、消すことができない。筆者の周囲でも、19歳で学童保育に就職した直後に4歳女児に性加害をし、逮捕された青年の例がある。彼は勤務態度も真面目と評価されており、勤務先の学童保育も評判の良いところだったが、それでも犯罪は発生してしまった。

■シッターの「正職業化」が議論されている

初犯を可能な限り防ぐため、フランスの保育現場では二人体制を取り、スタッフと子どもを二人きりにさせない取り組みを推進している。また性教育を早期化し、デリケートゾーンの場所や、そこに触れられたら叫んで拒否すると教えるなど、子ども自身が性被害を理解し助けを求められるようにする方策が取られている。

しかし子どもと他者を孤立状態に置くシッター保育では、上記の対策も有効とは言えない。子どもを単独で託しても安心と思えるか否かは、どうしても、シッター個人の資質にかかってしまう。

そこで今フランスで議論されているのが、シッターの正職業化の必要だ。2017年に保健省がフランス全土の保育の質の底上げのために発表した「より良い保育のための全国的大枠」の中でも、保育所・保育ママと並び、個人シッターの質の向上が挙げられた。具体的には養成・研修制度を整備し、ベビーシッターに「保育のプロ」としての一定の自覚と知見、倫理観を植え付ける必要が述べられた。シッターの孤立を防ぐため、すでに各自治体に整備されている保育ママ用の交流ステーションにシッターを招き入れ、相互監視と情報交換の輪の中に組み込んでいく案も出ている。

現在進行形でマッチングサイトや派遣企業で行われている犯罪防止の取り組みを知るために、それぞれの大手3件と業界代表団体に取材申し込みをした。が、どこからも明確な返信は得られず、過半数は無反応を通した。筆者はフランスの保育業界で取材を重ねてきたが、どこも大変協力的で、依頼を無回答で流されたことはほぼない。シッター業界の反応の異様さに、この問題の根深さ・難しさが現れているとも言える。

■「犯罪歴確認の制度化」を求める動きが活発になっている

冒頭で述べたように、フランスやイギリスに比べて、この点での日本の法制度は後れているが、問題意識は共有されつつある。政府は6月11日、「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を決定した。その中には、性犯罪者へのGPS装置の装着義務づけや、児童・生徒にわいせつ行為をした教員を原則懲戒免職とすることが含まれている。

事態を改善しようと、市民側のアクションも活発化している。7月14日には児童関連職従事者への犯罪歴確認(日本版DBS)の制度化を訴えるため、シッターや教員による性犯罪の被害児童の保護者が、保育関連のNPO法人フローレンスと共に、厚労省内で記者会見を開いた。同様の制度を議員立法で成立させるため、準備を重ねる国会議員の有志連もある。

コロナ禍で親たちの労働環境が変わり、在宅勤務が増える昨今、シッター需要はますます高まると言われている。子どもたちの安全を確保するためにも、ぜひ活発な議論を行い、制度化を推進してほしい。そこでこの記事で取り上げたフランスの例が少しでも材料になれば、幸甚である。

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髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)
ライター
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。

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(ライター 髙崎 順子)

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