藤井聡太「小2の涙」が史上最年少棋聖をつくった
プレジデントオンライン / 2020年7月21日 9時15分
※本稿は、『プレジデントFamily2019年秋号』の一部を再編集したものです。
■「17歳11カ月」で棋聖になった藤井聡太の原点は「10年前の涙」
「まるで別人の顔つきだ……」
2019年8月11日、福岡市で開かれた「将棋日本シリーズ JTプロ公式戦」1回戦。同シリーズは前年賞金ランキング上位の棋士など12人のみが出場資格を得られる「頂上決戦」のひとつ。
三浦弘行九段(45歳)と対戦する藤井聡太七段(17歳・当時)は、黒の羽織と縞の袴という和装で登場した。そのオーラや眼差しは、2日前に本誌インタビューに答えてくれた際の柔和な表情とは全く異なる勝負師のそれだった……。
2016年10月に史上最年少の14歳2カ月でプロ(四段)デビューし、それから破竹の29連勝。その1年後には七段にまでのぼりつめた。昇段するたびに「最年少記録」であることがメディアで報じられた。
■小2の全国大会決勝、大観衆の前で屈辱の敗北
じつは本欄「未来の泰斗」では藤井がまだ12歳の時に密着取材していた。当時はまだ将棋のプロ養成機関である奨励会二段でライバルと切磋琢磨(せっさたくま)し、もがいていた。藤井は「(戦後5人目の)中学生プロになることが目標です」と語っていた。見事、有言実行したことになる。
毎年、奨励会所属の約150人のうち4人しかプロになれない超狭き門を突破し、その後、将棋ファン以外の人々をも熱狂させる大活躍を見せた「天才」。
しかし、そんな藤井にも苦い経験があった。それは小学2年で出場した、前出「JTプロ公式戦」と同時開催される「テーブルマークこども大会」でのことだ。
「勝ち進んでいって決勝の舞台に立てたのはとてもうれしかったことを覚えています。でも、中盤から終盤あたりで、自分でも信じられない大きなミスをしてしまって……。勝負が決まってしまうレベルで、その手を指した直後にミスに気がつき、気持ちを立て直せませんでした。表彰式でも悔しさのあまり泣いてしまいました」
■会場がどよめく悪手、投了するまで背中を丸めて縮こまっていた
こども大会の決勝は、多くの観客の前で行われる。平常心を失ったのか、相手の「馬」の筋に「角」を打ち込み、タダ取りされてしまった。会場で対局を見守った母親が「聡太が指した瞬間、会場全体がどよめきました。本人もすぐ気づき、最後(投了する)まで背中を丸めて縮こまっていました」と本誌に語ったほどの致命的な悪手だ。
「この大会は決勝戦まで残ると羽織・袴を着ることができ、プロの棋士が対局するのと同じ壇上に上がることもできました。そんな中、間違った手を指してしまった悔しさと、大勢の人にその場面を見られてしまったという恥ずかしさがありました」(藤井)
当時の藤井に、準優勝できて満足という気持ちはなかった。
■谷川浩司九段の指導対局で「引き分けにしようか」と言われ、号泣
小2の頃に藤井が、号泣したエピソードがもう一つある。憧れの棋士である谷川浩司九段に指導対局してもらった時のことだ。藤井少年が劣勢となったことを気遣った谷川九段が「引き分けにしようか」と提案した瞬間、将棋盤を抱えて泣き始めた。結局、母親が抱きかかえてその場から引き離すことになったそうだ。
藤井は泣き虫だった小学校低学年の頃をこう振り返った。
「小さい頃は、負けるとすぐに泣いていました。悔しい気持ちを抑えられなかったんです。でも、その後、徐々に悔しさをコントロールできるようになり、奨励会に入ってから(10歳以降)はあまり泣かなくなりました。負けたことに正面から向き合うのは大変なこと。けれど、向き合って悔しい気持ちを次の対局へのモチベーションに切り替えていくことが大事だと思っています」
たった6年後、藤井が日本中を驚かせる天才棋士となれたのは、負けに正面から向き合ってきたからだろう。
■藤井聡太「自分に足りないことは何かを知り、それを高めていきたい」
そしてプロ4年目の今、プロ棋士として何を強く意識しているのか。
「自分の強みを生かすというより、常に自分に足りないことは何なのかを知り、それをどう高めていくかを重要視しています。将棋の場合、コーチのような人はいないので、どうやったら強くなれるか、自分で考えて試行錯誤しています。将棋は勝つか負けるかなので負けが続くことも当然あります。まずは、負けが偶然なのか、自分のパフォーマンスに原因があるのか考えます。次に、対局へのモチベーションを下げず一定に保つことを考えます」
電車や地理が好きで、移動にはいつも新幹線を利用する藤井。「車内では、昔から集中力を高めたり、対局を冷静に振り返ったりする」という。
10歳から大阪の奨励会に地元・愛知から新幹線で通う際などに付き添ってくれた母親は、藤井のそんな「ひとり時間」を決して邪魔しなかった。
「対局で負けたときも、母は『なんで負けたの?』と言うことはなく、ふだん通りに淡々と接してくれました。母に限らず家族が、結果を受け流してくれたことは自分にとってはよかったです。(結果は)本人が一番気にしていますから」
今回の三浦九段との公式戦は惜しくも敗れた。終局直後、戦いの余韻で顔は紅潮していたが、表情は清々しかった。
「(和服姿での公開対局など)初めてのことばかりではあったんですけど、いい経験になったかなと思います。この経験を生かして、またこの場に戻ってきたい」と語った。
小さい頃に身につけた、敗北を「力に変える能力」こそ、天才の最大の武器なのかもしれない。(文中敬称略)
(プレジデントFamily編集部)
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