【マンガ】焼酎ブームで倒産寸前だった酒蔵が、奇跡の日本酒「獺祭」に挑むまで
プレジデントオンライン / 2020年7月21日 15時15分
※本稿は、弘兼憲史『「獺祭」の挑戦 山奥から世界へ』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■石材業の利益を妻からまわしてもらっていた
■“売り”は大関と同じ「旭富士」という名前だけ
■死ぬか生きるかの背水の陣
■日本酒業界の常識を破り世界中で愛されるブランドに
「獺祭(だっさい)」の生みの親であり、現在は旭酒造会長として活躍する桜井博志さんが家業を継ぎ、苦心惨憺(くしんさんたん)しながら、どうやって海外でも愛される日本酒ブランドを築き上げたのか。今回プレジデントオンラインに掲載している漫画は、新著『「獺祭」の挑戦 山奥から世界へ』(サンマーク出版)の冒頭部分です。この後、物語は「獺祭」の誕生と飛躍へと動いていきます。
もともと私が最初にお会いしたのは、桜井博志さんではなく、桜井さんの息子の一宏さん(現旭酒造社長)でした。
私のライフワークでもある『島耕作』シリーズは、2023年で連載40周年を迎えます。課長から始まった島耕作の物語も、今では相談役へと昇格し、主人公自身も作者の私も歳(とし)を重ねました。その過程の中で、海外を舞台にすることも少なくありませんでした。もちろん、現地に行っての下取材にも惜しみなく足を運びます。それは今でも変わりません。
私の作品は、さまざまな人脈を駆使して取材し、だいたいエンターテインメントが50%、情報が50%で描きますから、経済人や政治家へのインタビューも数えきれません。生の事実に関する声をしっかり吸収しながら、漫画は余計なことが描けないぶん、わかりやすく表現できます。だからこそ、漫画以外の業界の人たちからうかがう話は貴重なのです。
■日本酒といえば「獺祭」と答えるニューヨーカー
2007年頃だったと記憶していますが、ちょうど取材のためニューヨークに滞在している最中に、私の知り合いから「ニューヨークにいらっしゃるなら、ぜひ講演を!」という話をいただきました。「日本の若い経営者たちが大勢、勉強しに来ているから……」と言われるので、それならと喜んで引き受けました。その講演会に、桜井博志さんの御子息・一宏さんが参加されていたのです。
ニューヨークでの私の講演が終わったあと、一宏さんが駆け寄ってきてくれました。名刺を拝見すると「旭酒造」。私の郷里と同じ山口県岩国市に酒蔵があると言います。
「獺祭」という日本酒が海外で評判になっている話は、現地の知り合いからも耳に入っていました。一宏さんと出会ったニューヨークでも、日本酒といえば「獺祭」と答えるニューヨーカーが当時からたくさんいました。
一宏さんが異国の地で年間の約半分を過ごしながら、自分たちが造る日本の酒を広めていたことを話から知りました。言葉も文化も違う海外に単身で乗り込み、コツコツと積み上げるようにして認知されてきたとの彼の話に、私は同郷ということもあって大変感銘を受けました。
日本に帰ってきてから、ある企業の常務に食事に誘われたのですが、当時、旭酒造の代表取締役社長だった桜井博志さんもいらっしゃるということで、楽しみにして行きました。そのときが初対面だったのですが、すでに一宏さんとお会いしていたこともあったので、話は弾みました。
■負け戦も、ただでは負けない男気
今でこそ山口県岩国市ですが、2006年に玖珂(くが)町や本郷村、周東町など8つの市町村が合併してひとつの市が誕生しました。桜井さんたちの旭酒造は周東町にあって、私の出身地とは少し離れていましたので、同郷というよりは、近くの造り酒屋のイメージが強かったのが正直なところです。岩国だと「五橋」や「金冠黒松」「雁木(がんぎ)」「金雀」など地元の銘酒が占めていますので、私自身も、旭富士や獺祭は聞いたことのある程度だったのです。
博志さんとお会いして、酒造りの話もさることながら、その人柄に好感を持ちました。頑固で芯があるのですが、どこか私に似ていて、早とちりでせっかち。失敗もたくさんされていて、それを隠すことなく話される。地ビールでの失敗談などは、漫画にも描いた通りです。
ところが、ちゃんと失敗も次の策へとつなげている点が博志さんの凄(すご)いところです。負け戦も、ただでは負けない。そういった男気が、業界内では競争しない、仲良しクラブみたいな付き合い方もしない、同業者の足の引っ張り合いにも参加しない、安易に昨日と同じことをやろうとはしないなど、経営方針にも反映されていると思います。年齢でいうと私と3歳しか違わない、ほぼ同世代なことにも親近感が湧きました。今では、年に5~6回、時間を合わせて会食を楽しんでいます。
■若い世代の人たちが旭酒造のやり方を学ぶワケ
ちょうどそのとき描いていた『会長 島耕作』の中で、ミャンマーで杜氏(とうじ)のいない酒造りをしようというプロジェクトを取り上げている最中だったので、博志会長と一宏社長には詳しく取材をさせていただきました。2016年のことです。
初めてうかがった12階建の本蔵は、山陽新幹線のJR徳山駅から岩徳線という1両車が運行するローカル線に乗り換えて走ること40分ほどのところにある周防高森駅が最寄駅。さらに、駅から車で15分ほど行った、山や川などの大自然に囲まれ、田畑が広がる静かな町に目立つように本蔵はそびえ立っていました。
「ミャンマーで山田錦の栽培は可能か?」
「杜氏のいない酒造りの特徴は?」
「いったい、どうやって造るのか?」
念入りに取材させていただきました。島耕作がチャレンジした日本酒名は「喝采」。明らかに「獺祭」をイメージしています。山奥の町にそびえ立つ12階建ての本蔵を見学させていただいたり、酒造りの工程を一つひとつ丁寧に教えていただいたり、杜氏をあてにしない「四季醸造」の仕組みも実際に見ることでよくわかりました。
「獺祭」の成功を羨んで、「あの酒は機械で造っているから」と揶揄(やゆ)する声も聞きますが、とんでもない! 酒米である山田錦への強い思い入れから、精米、洗米、蒸米(むしまい)、麹(こうじ)造り、仕込み、上槽(じょうそう)、瓶詰めと、それぞれの工程にどれくらい人の手がかかっていることか。同じ酒蔵の製造工程に換算するなら、ゆうに2.5倍から3倍近い人手がかかっていることも、現場を拝見して初めて知りました。
最近では、日本酒の製造に関わる若い世代の人たちの多くが、積極的に旭酒造のやり方を学んでいるほどです。そして、国内外で「獺祭」を愛するお客様からの声が、彼らの情熱のすべてを物語っていると私は思っています。
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漫画家
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。74年に漫画家デビュー。作品に『人間交差点』『課長 島耕作』『黄昏流星群』など。島耕作シリーズは「モーニング」にて現在『会長 島耕作』として連載中。2007年紫綬褒章を受章。
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(漫画家 弘兼 憲史)
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