ナイキ厚底に群がる「転売ヤー」のせいで選手にシューズが届かない

プレジデントオンライン / 2020年7月23日 9時15分

「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」の新色 - 写真提供=ナイキ

ランニング界に革命をもたらしたナイキの厚底シューズ。7月2日に出た新色は10分で完売した。しかし、その1週間後には未使用の約60足がヤフオクに、また約290足がメルカリに出品され、定価の2倍近い価格で売買されていた。スポーツライターの酒井政人さんは「選手たちも入手できずに困っている。スポーツシューズの転売には規制が必要だ」という――。

■定価の2倍近くで売りさばく、ナイキ厚底に群がる転売ヤー

アシックス、ミズノ、アディダス、ニューバランス……。コロナ禍とはいえ、各社は秋冬のマラソンシーズンに向けて続々と新モデルを投下している。

ナイキは大迫傑が今年3月の東京マラソンで2時間5分29秒の日本記録を打ち立てた「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」(以下、アルファフライ)のニューカラーを7月2日に販売。税込3万3000円ながら公式オンラインショップでは10分弱で完売した。

今回も、「欲しい」と熱望しながら購入できなかった人がたくさんいたことになる。

マラソンに革命をもたらしているナイキの厚底シューズの人気は過熱し、需要が供給を大きく上回っている。そうしたランニングシューズのマーケット状況をビジネスチャンスと捉える人もいる。今、ナイキの厚底に「転売ヤー」が群がっているのだ。

転売ヤーとは家庭で不要になったものを販売するのではなく、入手困難なアイテムを仕入れて、ネットオークションなどで販売。その差額で利益を得る人たちのことをいう。稼ぎのタネとしてナイキの厚底シューズが狙われているわけだ。

新色アルファフライの発売から1週間。7月9日15時に大手の個人間売買サイトを閲覧すると、「未使用」が多数出品されていた。たとえばヤフオクでは約60足、メルカリでは約290足が確認できた。多くは4万円前後で取引されており、なかには5万9800円で売買が成立しているものもあった。

メルカリの「取引ブランドランキング」(集計期間2019年5月~2020年5月)によると、最も買われているブランドはナイキだった。

【メルカリで最も買われているブランド】
1位ナイキ
2位アップル
3位アディダス
4位任天堂
5位ザ・ノース・フェイス
6位ソニー
7位ジーユー
8位シャネル
9位ザラ
10位ディズニー

※ユニクロは「殿堂」入り

ナイキ以外にもアディダス(3位)、ザ・ノース・フェイス(5位)とスポーツブランドが3つもランクインしている。

■転売ヤーの買い占めで価格上昇、マスクの転売は禁止されたが……

近年は不必要になったものをネットで売り、小遣いを稼いでいる人が増えている。同時に、中古でもいいから安く手に入れたいと考えている人には、ヤフオクやメルカリはありがたい存在になっている。

価格は需要と供給で決まるため、売る者・買う者の双方が納得できる金額で取引されることが多い。しかし、一部の転売ヤーが特定商品を買い占めることで、市場価格が大きく値上がりすることもある。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴うマスクの高額転売がクローズアップされたのは記憶に新しい。転売されたマスクには、定価の10倍以上の値がつけられたこともあった。

そして、3月15日にはマスクの高値転売が禁止となり、違反した場合は「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が科せられるようになった。その後は多くのサービスが、ハンドメイド品も含めてマスクの出品自体を禁止している。

人気アイドルのコンサートなどのチケットも転売による高騰が問題化し、昨年6月からは、「チケット不正転売禁止法」が施行されている。

チケット転売など一部の行為を除いて、日本では転売を取り締まる法律はない。

■ナイキ厚底で稼ぐ人のせいで、選手にシューズが届かない

しかし、スポーツ用品に関しても、発売後一定期間は、購入価格を上回る金額で取引されないようにするなど新たな規則が望まれる。なぜなら、アスリートの人生を変えてしまう可能性があるからだ。

たとえばマラソン・駅伝では、ナイキの厚底シューズを着用しなければ勝負できない状況になっている。

昨年10月の箱根駅伝予選会で個人100位以内に入った選手のシューズをチェックしたところ、当時の最新モデルである「ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%」(昨年7月に発売)を71人が着用していた。

正月の箱根駅伝でも210人中177人(84.3%)がナイキの厚底シューズを履いて出場した。前回は9人が別メーカーを履いていた青山学院大が今回は10人全員がナイキを選択。王座を奪還して、大会記録を7分近くも短縮した。

今年3月の東京マラソンは2時間4分15秒で連覇を果たしたビルハヌ・レゲセ(エチオピア)、2時間5分29秒の日本記録を樹立した大迫傑(ナイキ)ら男子のトップ10に入ったすべての選手がナイキの厚底シューズを履いていた。男子完走者107人中94人(87.8%)がナイキを着用していたことになる。

ひとつのメーカーが圧倒的なシェアを占めている状態は健全とはいえないが、「使用しなければ勝てない」という状況になれば、何としても手に入れなければいけない。

ナイキの厚底シューズ
写真提供=ナイキ
多くのアスリートが履いているナイキ厚底 - 写真提供=ナイキ

実は、ナイキとユニフォーム契約をしているチーム(東海大、駒澤大、東洋大、中央大)以外は、箱根駅伝に出場する大学でもナイキの最新モデルを入手するのは簡単ではない。

ナイキに直接交渉したり、大手スポーツショップに大量注文したりするなど、各大学は苦労してナイキの厚底シューズを購入している。また、ナイキとユニフォーム契約をしている実業団チームからシューズを譲り受けている選手もいた。でも、手に入れたくても購入できないという選手も出てくる。

ナイキ厚底シューズの人気は実業団・大学だけでなく、高校、中学と広がりつつある。3万円オーバーの価格は「高額帯」といえるが、争奪戦に敗れると、ヤフオクなどで価格の跳ね上がったシューズを購入することになる。このままでは各家庭の金銭状況が結果を左右することになりかねない。

■ナイキ超厚底の限定品約8万円を23万円で売って稼ぐ

ナイキも転売問題には頭を悩ませている。「必要な人に届けたい」という思いから、近年は購入条件を満たした人に先行販売するなどの工夫も施している。

昨年の東京マラソン翌日(3月4日)には、3Dプリントを活用した「ズーム ヴェイパーフライ エリート フライプリント」を限定販売した。価格は税込8万1000円。その「購入条件」が厳しかった。

過去2年間のフルマラソンで男性は「3時間0分以内」、女性は「同3時間30分以内」のタイムを持ち、発売当日の朝7時半~8時半にナイキ原宿店で応募受付をするというものだ。

月曜日の早朝にもかかわらず、100人以上が応募。タイムの速い順から優先購入権を付与するかたちで、「31足限定」が即日完売した。購入者の名前はほぼ明らかになっているが、限定シューズの1つはメルカリに出品され、23万円で取引された。

最新モデルである「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」の初期カラーも今年3月1日に特別先行販売したが、過去2年間のフルマラソンで男性は2時間50分以内、女性は3時間40分以内が購入条件だった(先着順)。

初期カラーも、新カラーも、すでに通常価格で購入するのは非常に難しい。どうしても欲しいなら、ネットオークションやフリマアプリで落札するか、定価よりも2万円ほど近い高値をつけて販売しているショップで購入するしかないのだ。

■なぜ、高値でも買うのか? どんな履き心地なのか?

トップ選手から市民ランナーを含めランナーたちの必需品となっている最新のナイキ厚底だが、高いコストを払うに値する価値はあるのだろうか。

筆者は運よくアルファフライをゲットできた。仕事柄、これまで数えきれないほどのシューズを履いてきたが、アルファフライは他のどのシューズとも感触が異なっていた。

着用すると前モデルを越える「超厚底」となるソールの柔らかさを感じるが、走ると安定感があった。前足部にはエア(クッション)が新規に搭載されたため、ゆっくり走るとエアの硬さを感じたものの、スピードを上げて走ると、エアの反発力を使うことができて、さらに「進む」感覚があるのだ。

ナイキの厚底シューズ
写真提供=ナイキ
前足部に搭載されたエアの反発力が推進力を生み出す - 写真提供=ナイキ

このシューズで2時間5分29秒の日本記録を樹立した大迫傑もこう話している。

「アルファフライは前モデルと比べて反発力が一段と上がったと感じました。地面をたたいた分、跳ね返って、ロスが少なく、個人的にはとても気に入っています。少しだけ重くなりましたが、その分、反発力も上がったので重さは気になりません。一歩一歩が大股になったというか、きつくなってきたときに少ない力でスピードを上げられます。自分はきつくなってくると、上に跳んでしまう傾向がありますが、アルファフライは上に跳んでしまうのを前に進む推進力に変えてくれる感覚がありますね」

写真提供=ナイキ
大迫傑選手 - 写真提供=ナイキ

大迫は東京マラソン出場の2~3週間前から履き始め、当初は「薄底から厚底に変えたときくらい、足を入れた感じが違いました」と言うが、慣れるまで時間はかからなかった。3回ほど履いてシューズに足を慣らして、東京マラソンで快走した。

「ただ接地の感覚は少し変わりましたね。以前は少し外側で接地していましたが、アルファフライはエアが前足部に2つ搭載されています。これまでの走りでは力が逃げてしまう感覚があったので、意識的に靴の中心に体重を乗せることをイメージしました。どんなシューズにも言えることですが、慣れることが重要なので調整しています」

■スポーツシューズの転売には規制が必要だ

アルファフライは3万3000円と高額だが、それだけの価値は十分にあるように感じられる。しかしながら、転売ヤーなどから購入すると、さらに1万~2万円の上乗せが必要になる。一般的な家庭ではなかなか手の出ない金額だ。

各メーカーはランナーが最大限の力を発揮できるように試行錯誤を繰り返して、ベストなシューズを作っている。一部の転売ヤーに利益をもたらすためではない。各メーカーの思いと、本気で戦うアスリートのためにも、パフォーマンスシューズは定価で購入できるような「仕組み」を整備してほしい。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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