「大戸屋vsコロワイド」創業者の長男が"うちの会社"として前に出ることの違和感
プレジデントオンライン / 2020年7月23日 11時15分
■顧客や個人株主の「情」に訴える現経営陣
定食チェーンの「大戸屋ホールディングス」を巡る経営権争いがヤマ場を迎える。創業一族から株式を譲り受けて発行済株式の約19%を保有する筆頭株主になった外食チェーン大手の「コロワイド」が、51%の株式取得を目指して株式公開買い付け(TOB)に乗り出したのだ。
しかも直近の株価に45%も上乗せした3081円に買取価格を設定、7月10日から8月25日までを募集期間とした。大戸屋は新型コロナウイルス蔓延の影響を受けて赤字に転落するなど業績が悪化している。先行きの株価への不安がある中で、上場来高値(2002年の3270円)に近い価格を提示したことで、大戸屋の株式の85%を持つ約2万5000人の個人株主がどう動くかで経営権の帰趨が決まる。
大戸屋の窪田健一社長をはじめ現経営陣はこのTOBに強く反発、7月20日には取締役11人の全会一致で、TOBに反対する意見を決議した。大戸屋側はコロワイドとの経営方針の違いについて、「お客様思考vs自分本位」「町のごはん屋vs工場」「オンリーワンvs平凡」だとし、顧客や個人株主の「情」に訴える戦略をとっている。いわゆる「敵対的TOB」に発展したのだ。
■株主総会の結果が、コロワイド側の戦略を決めたのではないか
実は今回のTOBには前哨戦があった。6月25日に行われた株主総会に、コロワイド側から取締役12人の選任を求める「株主提案」が出されたのだ。
会社側は窪田社長ら11人を選任する議案を出したが、これに対してコロワイド側は、取締役候補者12人の選任を求めた。もっとも、12人のうち5人は窪田社長ら現経営陣。それに加えて、コロワイド専務の蔵人賢樹氏ら7人を候補にした。現経営陣が折れるならば、次期体制でも窪田氏らの取締役としての身分は保証する、というメッセージである。
そのほか、株主提案で目を引いたのは、創業者の長男で保有株式をコロワイドに売却した三森智仁氏ら創業家の人物が名を連ねていたことだ。
総会での議決の結果は、会社側提案が全体の61%前後を獲得して可決された。一方の株主提案は14~15%に留まった。不思議なことにコロワイドは19%の株式を保有して、総会にも出席していたが、会社側によると、議案について「賛成の意思表示を行っておらず」財務局に提出された議決数には合算されなかった。
コロワイド側の真意は分からないが、現経営陣が買収交渉に応じず最後まで反対を貫いていたことで、株主総会の時点で、呉越同舟の取締役会を作る戦略を放棄、TOBで過半数を握る戦略に切り替えていたと見られる。結果的に個人株主の多くが現経営陣側に流れたことも鮮明になった。
■創業者の急逝が、経営権争いの始まり
コロワイド側が新任取締役候補に智仁氏ら創業一族を加えたことが失敗だったという見方もある。実際、智仁氏への賛成票は13.96%と候補者の中で最も低かった。コロワイドに株式を売却する前には、親戚でもある窪田社長と激しく対立、「お家騒動」と騒がれていた。株式を手放したにもかかわらず、まだ経営に未練があるのか、と感じた株主が多かったということだろう。
大戸屋の経営権争いは、2015年に創業者の三森久実氏が57歳で急逝したことに端を発する。肺がんであることが分かると、長男の智仁氏を常務に据えたが、相続対策らしいことは何もできていなかった。社長は久実氏の従兄弟の窪田氏が務めていたが、当時も4万3000株しか株式を保有していなかった。結局、久実氏が保有していた約19%の株式は、妻の三枝子氏と智仁氏が相続。それぞれ13.15%を持つ筆頭株主、5.63%を握る2位株主となった。
もっとも相続した場合、巨額の相続税を支払う必要がある。会社から久実氏への「慰労金」を支払うことで相続税に充てることが考えられたが、窪田社長の抵抗に遭った。結局、経営権を諦め、コロワイドに株式を売却して現金資産を手に入れることを選んだわけだ。久実氏の死去から4年経った2019年のことだ。
■「私たちの会社」という意識が抜けない創業家
予想外の早逝だったであろう久実氏が、自分が創業した会社を誰に継がせようと考えていたのかは今となっては分からない。創業者にとって会社は死ぬまで「自分のもの」で、死後のことはあまり考えていないものだ。むしろ家族が会社を「自分たちのもの」として守ろう、とする傾向が強い。特に創業者の妻は、息子が事業を継ぐのが「当たり前」と考える傾向が圧倒的に強い。創業家で騒動が起きるのはほとんどがこのパターンだ。
今回も、妻の三枝子氏が長男に継がせることにこだわり、窪田社長との間に骨肉の争いを生じたと報じられている。株式を上場した後は、創業家はあくまで一株主だと言われても、「私たちの会社」という意識が抜けないのである。
上場企業となっても、創業家が大株主として経営に関与する例が多い欧州と違い、日本の場合、少数株主となった創業一族の権限は弱い。日本企業は伝統的に社長に権限が集中しているので、社長の座を握れるかどうかが最大の焦点になる。
■欧州の上場企業では「世襲」はめったにない
トヨタ自動車の場合、創業家の豊田章男氏が社長を務めるが、保有株は475万2000株。発行済株式のわずか0.14%に過ぎない。株主としての力は決して大きくないのだ。それでも創業家出身者として「大政奉還」され、社長に迎え入れられたことで、圧倒的な権限を握っているわけだ。
欧州の場合は、創業家が大株主として社長選びに大きな力を握るケースもあるが、その場合も実際に経営を担うのは「プロ経営者」である。創業一族の中に優秀な適任者がいる場合、経営を任せるケースもあるが、「前社長の息子だから自動的に」という日本企業に往々にしてある「世襲」というのは上場企業の場合は稀だ。多くの創業家で子供に跡を継がせようとしてなかなかうまく行かないのはこのためだ。
日本の場合、相続税が高いことから、創業家が株式を保有し続けることが難しくなり、高い持株比率を維持できなくなる、という問題もある。コーポレートガバナンス改革で株主権が強まったとも言われるが、実際には「社長ポスト」を握ることが権力掌握に必須となっている。大戸屋のケースでも大株主よりも、社長の方が強かった、ということが証明されている。
■「過半数を握れば思い通り」とはいかない
ではなぜ、コロワイドはTOBで51%の株式取得を狙っているのか。それはズバリ、社長ポストを握るためだ。過半数を握れば何でも思う通りになる、と思っているのかもしれない。
だが、最近は状況が変わっている。コロワイドが51%を握ったとしても、49%の「少数株主」の声を無視することができなくなっているのだ。社外取締役などによる委員会を立ち上げ、少数株主にとっても利益のある人事などを行うことが求められる。つまり、大戸屋の株主の圧倒的多数を占める個人株主たちにも納得してもらえる人事や経営戦略を示す必要が出てくるのだ。
敵対的TOBでコロワイドが過半数の株式を握れば、それで経営権を巡る騒動が完全に終わるというわけではない。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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