「殺虫剤がバカ売れ」異常気象の日本を襲う害虫パニックの正体

プレジデントオンライン / 2020年8月5日 9時15分

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■「巣ごもり生活」で業績を伸ばす殺虫剤業界

コロナ禍、長梅雨で巣ごもり生活を強いられた今年の春から初夏。この間に業績を大きく伸ばした意外な業界があるという。殺虫剤業界だ。実は、“飛んで家に入る”害虫の対策に、業界は息つく暇もないほど忙しいという。

梅雨が明けた晴天の日に、家の近所を見上げてほしい。そこにはアシナガバチが大きな巣を作っているかもしれない。くれぐれもスズメバチでないことを祈りたいところだが、虫たちは、人間が巣ごもりをしている間に、着々とその縄張りを広げている。

朝日新聞デジタルによると、ドラッグストア大手のスギ薬局では、「殺虫剤」の6月の売上高が前年同月に比べ3割増えた。ハエ・蚊用の殺虫剤が3割増、ゴキブリ用が6割増となったという。

さらに調査会社のインテージ(東京)が全国の小売店を対象に実施した調査によると、殺虫剤の市場規模は、4月は前年同月比7.1%減だったが、5月で前年比26.1%増、6月で同34.9%増となっているという。

外出自粛の要請は、殺虫剤の売れ行きにも直結するわけだ。

■侵入害虫の爆発的増加

家庭の虫対策もさることながら、日本はいま、多くの危険侵入害虫に侵されている。

人に直接危害を加える侵入種としてのヒアリやツマアカスズメバチ。1995年に日本で見つかって以来、あっという間にほぼ日本全土に侵入した毒を持つセアカゴケグモ(噛まれると危険)。温暖化とともに北上を続け、デング熱やジカ熱ウイルスを媒介するヒトスジシマカ。

最近日本で再び増加傾向にあり、殺虫業界で警戒されているトコジラミ(南京虫:ホテルのベッドなどに潜んで夜中に出てきて宿泊者から吸血する)。毎年北上して農作物を加害する害虫……。

グローバル化と地球温暖化は、外来昆虫の爆発的な増加に拍車をかけ、結果として日本は空前絶後といえる「侵入害虫博覧会」の様相を呈している。

■韓国経由で侵入した危険なツマアカスズメバチ

たとえば、スズメバチによる死亡者は毎年2桁を超える。

在来種のスズメバチでは、民家の軒下などに営巣する攻撃性の強いキイロスズメバチの被害の報告が最も多かった。ところが最近、ツマアカスズメバチという外来種のスズメバチが韓国から日本に侵入し、警戒されている。キイロスズメバチよりも高い位置に営巣するので、駆除が困難だという。

このスズメバチは東南アジア原産だが、2003年に韓国の釜山で侵入が確認され、日本には対馬で2012年に初めて確認された。その後、福岡県、宮崎県、大分県でも確認され、昨年には山口県でも巣が発見され、徐々に日本国内に分布を広げている。

■農作物を侵入害虫から守る防除員の見えない努力

直接、人を襲わないにしても、農作物の害虫として、私たちの食生活を脅かす侵入害虫も多い。

毎年、初夏になると中国南部から東シナ海を越えて日本に飛来し、稲に甚大な被害を与えるウンカ類や、最近では毎年のように東南アジアから南西諸島や九州に飛来して、ミカンやマンゴーなどの果物に被害を及ぼすミカンコミバエもいる。

日本の南西地域ではミバエの侵入を食い止めるために国と県による懸命な防除が、日本各地の稲作地域ではウンカの北上に警戒する地域の防除員が日々、努力を重ねて私たちの食生活を守っている。

■水際のせめぎ合いが続くヒアリ問題

警戒しなければならない外来昆虫は数多い。その中でも、私たちの日常生活をガラリと変えてしまう可能性のあるヒアリは、重大な関心事だ。

2020年7月14日、東京湾大井埠頭で約1500匹が見つかった。6月にも、11日に横浜港で約300匹、19日に東京都青海埠頭で200匹以上、24日に川崎市の倉庫で数百匹、千葉港で1000匹以上が相次いで発見されている。このうち横浜、千葉、川崎では女王アリも見つかっている(*1)。いずれも中国から船で輸入された積み荷からの発見である。

日本に初めてヒアリが侵入したのは2017年5月、神戸港だった。それ以来、愛知、大阪、神奈川、埼玉、岡山などの港や搬入された梱包資材から、毎夏、次々とヒアリは発見されメディアを騒がせるようになった。発見事例はこれまでに16都道府県、50事例以上になる。

中でも2019年12月の東京湾では、営巣していたと考えられるヒアリの大きな巣が発見され、翅を持つ女王も数十匹見つかっていたことは警戒に値する。アリの専門家の推測によると、これらの女王が周囲に分散していた可能性が高いのだという(*2)

火災アント巣
写真=iStock.com/douglascraig
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/douglascraig

■大陸間を移動して侵入を繰り返すヒアリ

もともと南米に生息していたヒアリは、1939年にアメリカ合衆国南部に侵入し、初めて外来種となった。テキサスに達したヒアリは、2001年にオーストラリア、2004年には中国に侵入した。船に積まれたコンテナに紛れたヒアリが大陸間を移動したのだ。

一連の侵入経路の推定は、世界の75地域より2144ものヒアリのコロニーから採集したアリのDNA解析結果に基づいている(*3)

さらに、アメリカ南部からカリフォルニアを経由して台湾に侵入したのが2003年である。ヒアリが台湾に定着したことにより、日本のアリ研究者は南西諸島へのヒアリの侵入を警戒していた。冬季も温暖な沖縄県の都市部では定着する可能性が高いと考えられたためだ。

ところが、大方の予想を裏切って、2017年にいきなり神戸港にヒアリは現れた。やはり中国の船舶に積載されたコンテナから見つかった。

■なぜヒアリは私たちをパニックに陥れるのか?

殺傷能力という点では、ヒアリよりもスズメバチのほうが圧倒的に怖い。では、なぜ、ヒアリの出現が日本中をパニックに陥れるのだろうか?

一番の理由は、ヒアリが毒針を持ち、人を刺すことである。刺されると焼けるような激しい痛みやかゆみを感じ、腫れがあり、刺された皮膚は赤く膿むことがある。そのため、雑菌の感染を防ぐ処置が必要とされる。症状は個人によって異なるため、正しく恐れることが大事である(*2)

最も恐ろしいのは、蜂に刺されたときと同様、「アナフィラキシーショック(強いアレルギー反応)」を引き起こし、時に「死に至る」ことである。

刺されたあと30分ほどは十分な注意が必要である。動悸、息切れ、めまいなどの症状があるときには早急に病院に行く必要がある。場合によっては呼吸困難、血圧低下や意識を失うこともある(*2)

■日本人の「アリ幻想」を根底から覆した

ヒアリが日本人をパニックに陥れた別の理由として、日本人が持つ、「アリは働き者で、勤勉で偉い」という“信仰”(というか“イメージ”)が根底から覆されたことによるショックもあると考えられる。

海外での調査より、ヒアリは人家の庭や公園、学校の校庭などに好んで住み着くとされている。もしヒアリが、現在確認されている港湾地域だけでなく、住宅地域に分布を広げると、公園や庭でシートを広げ、お弁当を食べるという日常が危険と隣り合わせになってしまう。

アリの多くは、1つの巣に女王アリが1匹いて、姉妹である働きアリが女王の産卵を助ける。ところがヒアリの1つの巣には、複数の女王がいる。そのため繁殖能力が高いと考えられる。

ヒアリの場合、巣が作られてから7カ月ほど経過すると、翅を持つ新しい女王とオスが現れ、夏季に新しい繁殖地を求めて母巣から2キロ以上も分布範囲を広げて、新しい巣を作るといわれている(*2)。ヒアリは、まさに「いま」勢力範囲を大きく拡大している最中である。一度営巣を許せば、彼らは確実に定着し、毎年分布を広げ、私たちの日常に近づいてくる。

ヒアリの駆除が追い付かなくなるのは、すでにいくつかの州でヒアリの蔓延した米国の例からも明らかである。侵入を防げず、定着を許してヒアリが蔓延した場合、街中で危険生物の未侵入ゾーンを作ることすら考えなくてはならないだろう。

■ヒアリが冬を越す可能性も十分

侵入したヒアリを駆除しきれず見逃した場合、日本で冬を越せるか? という疑問も湧く。寒い冬の間に死滅してくれるのではないか、という期待だ。

ところが残念なことに、研究者の計算によるとヒアリの生息可能な北限は、米国ではワシントンからオレゴンの緯度と推定されている(*4)。日本では、関東地方までヒアリが生息可能ということになる。

地球温暖化によって、越冬可能な地域が北上している生物も多い。カメムシなどの農業害虫もしかりである。昔なら冬を越せないような熱帯性の魚が本州の河川で定着しているというニュースも聞く。

とにかく侵入を防ぐしかないわけだ。しかし、ヒアリたちはコンテナに潜んで次から次へと日本への侵入を試みている。見つけるたびに徹底的に駆除を試みる。こうしてヒアリと人間のいたちごっこが続く。

結局のところ、地球温暖化、人や物資の移動のグローバル化が私たちの生活を根底から覆す事態を招いているわけだ。新型コロナウイルスの急速な世界的拡散もまた、人類の物理的な交流がもたらした事態だった。

森林
写真=iStock.com/martinedoucet
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■ヒアリによる経済的損失は億単位

ヒアリは経済への被害も深刻である。

アメリカでは、ヒアリによる経済コストは毎年6000億円と算出されている。また、防除には殺虫剤の散布と、巣に持ち帰らせる毒餌が使用されるが、中国の広東省では年間150億円以上の予算が防除に使われている。オーストラリアでは年間30億円、台湾やニュージーランドでも1億円を超える。

日本では、国が旗を振って、港湾地区での初期侵入コロニーの探索と、侵入したヒアリの封じ込め作戦が大々的に展開されているのはご存じのとおりである。

逐一コンテナ等をチェックし、発見したら駆除し……ということを繰り返す様は、ニュースで見る限りでは徒労に近いことをやっているように感じられるかもしれない。しかし、愚直に駆除を繰り返す以外に方法がない。

一度侵入されたら、上記のようなコストがかかると知ってみれば、港湾関係者に感謝の気持ちが起きてくるだろう。

■既存の生態系ネットワークを破壊する外来アリ

ヒアリは雑食性であるため、営巣は人の健康だけでなく、生態系や農業にも被害を及ぼす。アメリカでは畑のトウモロコシや小麦や大豆の種を畑から持ち去り、果樹の根っこを害し、家畜にも被害を及ぼす。さらには通信や送電、信号機などのインフラ機器内に侵入し、電気回線をショートさせる原因にもなるという(*2)

テキサスで実施された調査では、ヒアリ侵入後の短い期間内にも、その地のアリ類相に大きな影響を与えると示されている(*5)

在来のアリたちの中には、花の種子散布を手伝うものもいる。また、植物が虫たちに食べられるのを防ぐガードマンとして働くアリもいる。植物をむさぼり食う害虫に対抗するためにアリを雇って自らを防衛する植物も多い。作物を加害するアブラムシの増殖を助けるアリや、花粉を媒介する昆虫を食べるアリもいる。

ところが、ヒアリを含め外来侵略アリ類の多くは、固有のアリ類を駆逐することもあり、植生への影響も見逃せない(*2)

外来アリは、このように生態系に既存のネットワークをも破壊してしまうのだ。人の健康への被害のほか、農業を含む産業活動の被害など、外来アリが私たちの暮らしに及ぼす包括的なコストは計り知れない。

■グローバリズムの代償

ヒアリの侵入は、生産物を主に輸入に頼るようになった日本の現状が招いた「人災」ということもできる。豊かな消費文化を手にした代償として、私たちはいずれ、家族連れで公園に遊びに行くなどといった日常を失うことになるかもしれない。

日本に侵入するヒアリとは逆に、日本に固有のオオハリアリは米国やオーストラリアに侵入して、海外の固有種に影響し、人への健康被害も及ぼして、現地では対応に苦慮している(*2)。外来種の問題は、もはや国際的な人類共通の敵となっているわけだ。

グローバリズムとインバウンド経済を優先させると、かつての日常が奪われるという点では、新型コロナウイルスもヒアリをはじめとした外来害虫たちもその構図は同じである。

本来そこにいるはずではなかった生命が、グローバリズムの結果、世界を移動できるようになり蔓延する。結果として、彼らは意図せず、私たちに襲い掛かり、パニックが生じる。

残念ながら、これらの問題を完全に解決する方法はない。国境を閉じるか、さもなければ、「正しく恐れて自衛する」ほか道はない。現在は後者の選択をしているわけだが、いずれ人類が前者の選択をするときがくるかもしれない。

安全のため便利さを手放す。そのときこそ、本当の「パニック」が訪れるだろう。

■参考文献
*1 環境省 2020年度のヒアリ確認事例
*2 橋本佳明(編著)2020.『外来アリのはなし』朝倉書店
*3 Ascunce MS et al. 2011. Science 331, 1066-1068
*4 Morrison LW et al. 2004. Biological Invasions 6, 183-191
*5 Morrison LW 2002. Ecology 83, 2337-2345

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宮竹 貴久(みやたけ・たかひさ)
岡山大学大学院環境生命科学研究科教授
1962年、大阪府生まれ。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。受賞歴に日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など。主な著書には『恋するオスが進化する』(メディアファクトリー新書)、『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社+α新書)、『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)などがある。

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(岡山大学大学院環境生命科学研究科教授 宮竹 貴久)

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