「うるさい、やかましい」なぜ日本人はお寺の鐘に苦情を言うようになったのか
プレジデントオンライン / 2020年7月29日 9時15分
■除夜の鐘も「やかましくて寝られない」とクレーム寄せる人々
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
平家物語の冒頭にも描かれているように、梵鐘は寺院(精舎)を象徴する仏教アイテムである。私の幼い頃は、地域の寺の大鐘を力任せに打ち鳴らしては和尚さんに叱られたものだが、近年は鐘を撞かせてもらえる寺が本当に少なくなった。近隣からの「苦情」のせいだ。
除夜の鐘も「やかましくて寝られない」とのクレームで中止を余儀なくされるケースも出てきている。しかし、お寺の鐘は地域のコミュニティの核としての象徴であり、時には火災を知らせる防災の役割もあった。また、都会に出た人々の「原風景」でもあるかもしれない。都市化によって地域のお寺の鐘は「不必要」と考える人はいるかもしれないが、大変残念なことだ。
お寺の鐘の音が響く世の中は、平和である証なのだ。なぜなら、戦時下では地域に寺の鐘が響くことがなかったから。今回は「お寺の鐘」と「戦争」との関連性について述べてみたい。意外に思えるが、両者はとても密接な関係にあるのだ。
今年は戦後75年目の節目の年だ。まもなく広島・長崎の原爆投下の日、そして終戦記念日を迎える。だが、先般6月23日の沖縄全戦没者追悼式が大幅に規模縮小され、安倍晋三首相の参加も見送られた。
広島における平和祈念式典は、今年は一般席を設けず、3密を避けるために平和記念公園の入場規制を行うという。例年ではおよそ5万人が参加する規模感だが、今年は最大880席に留める方向だ。長崎も例年の1割ほどの参列者に抑える見通しだ。
集団感染を防ぐための式典規模縮小は致し方ないが、しかし毎年この時期には、戦争で亡くなった方々の冥福を祈り、「過ち」を反省することは続けなければならない。今日の日本の繁栄と幸福は過去の多大なる犠牲の上に立っているからだ。
もっといえば、宗教界はより深い反省が必要だ。各地の寺院と戦争との関わりを、今に伝えるのが各地の寺の梵鐘だ。戦時下では、戦争の道具に使われた。
■銃器や軍艦などの製造のために渋谷駅前のハチ公像も回収された
私はこれまで3000カ寺程度の寺を訪問し、取材してきている。立派な鐘楼堂に、文化財に指定されている梵鐘が下がる寺もある。だが、中には鐘楼堂のみで、主役の鐘がないケースも少なくない。
それは戦時下における金属供出が下されたからである。金属供出とは、銃器や軍艦などの製造のために金属製品を差し出すことである。金属供出(金属類回収令)は戦局が激化し始めた1941(昭和16)年に出された。
家庭からは鍋などの金物類が集められたが、それだけでは到底足らない。軍部は学校や寺院などの公共施設が保有する「不要不急の金属」を目当てにし、拠出させた。たとえば、学校に置かれた二宮尊徳像がこの時、金属製から石像になっている。渋谷駅前のハチ公像も回収され、現在のハチの像は戦後に作り直された2代目である。
■清水寺では仏具や仏像など金属製品12トンが供出された
京都の清水寺では仏具や仏像、参拝者用の手すりなど金属製品12トンが供出されたという記録がある(『清水寺史』』。
先日、大阪の四天王寺に取材に行った際にも、過去の戦争の痛々しい痕跡を目の当たりにした。四天王寺は聖徳太子が仏法興隆のためにつくった日本最初の官寺で知られている。
四天王寺では聖徳太子の偉業を奉賛するため、明治時代に「世界一の梵鐘」がつくられていた。全長は8メートル、周囲約16メートル、口径約5メートル、重量64トンという信じられない大きさの名鐘だった。鐘を衝くとその衝撃で地響きがしたという。およそ5年の歳月と8万円(現在では約8億円)の資金が投じられてつくられた。
しかし、1942(昭和17)年に供出されることになった。あまりの大きさにそのまま運び出すことは不可能であり、その場で細かく裁断されて外に出された。この鐘楼堂は現在、戦没英霊の御霊を祀る「英霊堂」として、平和のための祈念が続けられている。
一連の金属供出によって、国宝や重要文化財に指定されている一部の由緒ある鐘を除き、7万カ寺以上と言われる日本の寺に置かれた梵鐘の大半が溶かされて、戦争の道具と化していったのである。一説には国内の梵鐘の9割以上が戦時中に消えたという。
金属の梵鐘を出した後にドラム缶を下げたり、石をぶらさげたりした寺もあった。
滋賀県高島市の称名寺にはコンクリート製の鳴らない鐘が、今でも現役で使用されている。戦後、再び鋳造する資金もなく、鐘楼堂だけが今に残されているケースも少なくない。地域の寺の鐘楼堂をぜひ、みてほしい。あなたの菩提寺の鐘は、ぶら下がっているだろうか。
■寺に残る戦争の痕跡は梵鐘だけではない
寺に残る戦争の痕跡は梵鐘だけではない。寺には戦前戦中につくられた「顕彰碑」という石碑が多く残されている。これは、軍人や英霊を祀り、讃え、戦意高揚に利用したものだ。
能や歌舞伎の演目でも知られる和歌山県にある道成寺には、日清・日露戦争時の大きな顕彰碑がある。その顕彰碑の台座には、日露戦争時のロシア軍の砲弾が埋め込まれている。1904(明治37)年の旅順攻囲戦でロシア軍を撃破した時の戦利品だ。この顕彰碑の前では戦時中、陸軍主導で、戦意高揚のための追悼法要が実施されていたという。
全国の寺院が、様々な銃後運動を展開した。各地の寺では戦死者には特別な戒名(戦時戒名)を付けた。墓誌を見れば戦死者の戒名には、「烈」「忠」「誠」「國」「勇」などの漢字が使われている。これは、当時の内務省からのお達しであった。
■ほとんどの教団は「非戦の誓い」を表明していない
このように日本の仏教界は、戦争と無関係ではないどころか、積極的に戦争に加担したのだ。各教団は明治以降、大陸布教を推し進めてきた。つまり、植民地の拡大の証として、布教所や寺院を建立していった。多くの僧侶が大陸に渡った。戦地においては、活動しやすいように袖などを短く改良した法衣が普及した。この軍用法衣を、今でも多くの宗派の僧侶は使用し続けている。それを「従軍衣」「改良服」などと今でも呼んでいる。
零戦や軍艦を国に献上した教団もあった。誤解を避けるためにいうが、戦争加担した宗教団体は仏教界だけではない。日本におけるキリスト教も新宗教も、みんな同じであった。
一部の僧侶の中には、異を唱える者も少数ではあるがいたのも確かだ。しかし、勇気ある彼らは社会や宗門から差別的扱いを受け、社会や宗教界から抹殺されていった。不殺生をもっとも重要な戒とする仏教界が矛盾に満ちた行為に手を染めていたのである。時世が時世であった、といえばそれまでだが、二度とは許されない過ちである。
だからこそ、戦争責任を認め、反省し、語り継いでいくことは仏教教団に課された責務だ。宗教情報センターの藤山みどり研究員のレポートでは、近年における主な伝統仏教教団では、最初の戦争責任の表明は、1987年のことだという。日中戦争勃発から50年目に当たる節目に、真宗大谷派の宗務総長が全戦没者追弔法会で表白。その後、浄土真宗本願寺派、浄土宗などが続いた。
戦後70年の節目であった2015年では浄土宗、真宗大谷派、臨済宗妙心寺派など5つの宗派が「宗務総長(宗派の行政機能のトップ)談話」などの形式で表明している。
「私たちは過去において、大日本帝国の名の下に、世界の人々、とりわけアジア諸国の人たちに、言語に絶する惨禍をもたらし、佛法の名を借りて、将来ある青年たちを死地に赴かしめ、言いしれぬ苦難を強いたことを、深く懺悔するものであります」(真宗大谷派「非戦決議2015」より)
しかし、こうした「反省」を多くの僧侶や国民は知らない。宗派内部の議決や公式ホームページ上での声明など「形式的な反省」に留まっているからだ。それでも、戦争責任を明らかにしている教団はまだ先進的なほうだ。上記宗派以外のほとんどの教団においては、非戦の誓いを表明するに至っていない。
今年は戦後75年目の節目。キリスト教や新宗教を含め包括的に、過去の反省と恒久平和に向けての強いメッセージを発信しなければならない。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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