台湾企業に後れを取ったサムスン「敗因は文在寅だ」
プレジデントオンライン / 2020年7月29日 15時15分
■不安定な韓国と安定した台湾にある決定的な差
現在、韓国の政治・経済の先行き不透明感が増している。米中の通商摩擦激化やコロナショックの発生はその大きな要因だ。一方で、韓国と同様に中国を中心に輸出依存度が高い台湾の景気は相対的に落ち着きつつある。コロナショックへの対応に関しても、台湾政府は若手人材の新しい発想を柔軟に活用し、社会心理の安定につなげた。
韓国と台湾の差はどこから来たのだろう。国のリーダーの政策運営姿勢の違いは決定的だ。国家の安定にとって安全保障は最重要課題である。
韓国も台湾も安全保障を米国に依存している。韓国の文在(ムンジェ)寅(イン)大統領は、経済は中国、安全保障は米国、外交は北朝鮮と使い分けているように見える。ただ、そうしたスタンスからは本来の意味での相互信頼は生まれてこない。
今後、韓国が米中対立の先鋭化に対応できず、経済の停滞懸念が高まる可能性は軽視できない。米国は韓国に中国から距離をとるよう求めている。経済面で中国を重視する文政権の政策はこれまで以上に難しい運営が必要になるだろう。韓国社会と経済の閉塞感は高まることが懸念される。
■米中の覇権国争いの激化と韓国の対応
リーマンショック後、世界のリーダーの座をめぐる米中の争いが激化してきた。その1つとして、今後の世界経済に無視できない影響を与える5G通信分野で米中は主導権を争っている。
米国は世界の5G通信網整備に影響力を持つファーウェイへの半導体供給網を遮断し、中国の覇権強化を阻止したい。ファーウェイ傘下のハイシリコンの半導体設計・開発力は世界的に高い。しかし、中国全体で半導体の生産能力は発展途上であり、それが弱みでもある。
言い換えれば、米中は世界の半導体の供給基地としての存在感を強めてきた韓国と台湾を奪い合っている。その状況にうまく対応することによって両国は自国の存在感をさらに高めることができたはずだ。
現時点で、韓国の文大統領は米中対立にうまく対応できていない。2018年以降、韓国の輸出は減少基調だ。対照的に、今までのところ台湾は変化に対応してきた。昨年半ばごろから台湾の輸出に下げ止まりの兆しが表れたことはそう考える理由の1つだ。重要なポイントは、トップが国家の安定に何が重要かをしっかりと認識していたか否かだ。
■米中双方から必要とされる台湾半導体企業
まず、台湾の対応を確認しよう。蔡(さい)英文(えいぶん)総統は「世界経済が激動の時代を迎え、経済のデジタル化の進行によって高性能の半導体などIT先端分野の重要性が高まる」と明確に述べている。その考えをもとに蔡氏は安全保障面で米国との関係を強化した上で機敏に中国の需要を取り込む体制を整備した。
重要な役割を果たしたのが半導体受託製造大手のTSMCだ。同社は日米蘭から最先端の製造技術を導入し中国にはない5ナノメートルの半導体生産ラインを確立して競争力を高め、ファーウェイの需要を取り込んだ。
9月以降TSMCは米国の制裁強化に対応し、ファーウェイへの出荷を止める。慌てたファーウェイはTSMCからの調達を急いでいる。それが現在のTSMCの業績拡大と台湾経済を支えている。
一方、TSMCは国家の安全保障政策にもとづいて米国事業を強化し、アリゾナ州に大規模な生産施設を建設する計画だ。米中双方から必要とされる力をつけることによって、台湾は米中の対立やコロナショックに対応していると評価できる。
■文在寅の政策運営で台湾TSMCの後塵を拝した韓国サムスン
台湾と対照的に、韓国は米中対立の先鋭化や世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の影響にうまく対応できていない。その状況に世論は不満を募らせ、文氏の支持率は低下している。
台湾と異なり、文氏は韓国の社会と経済の長期安定にとって何が重要かを明確に理解できていなかった。国家の安定には、安全保障体制の確立が欠かせない。安全保障体制が不安定な国で、企業が長期の視点で投資などを行うことはできない。
韓国は台湾と同様に安全保障を米国に依存している。現実的に考えると、韓国は対米関係を維持・強化し、安全保障体制を安定させなければならない。その上で変化に応じて政策を見直すことが重要だ。
しかし、文氏は一貫して経済面では中国を重視し、南北の宥和と反日を進めた。その結果、韓国経済の安定を支えてきた米韓の安全保障同盟にはほころびが生じ始めた。政権発足直後に文氏が米国の高高度迎撃ミサイルシステム〔THAAD(サード)〕の配備を一部中断したのはその象徴的事例だ。
韓国の安全保障に欠かせない米国、さらには韓国が高品質の半導体材料や製造装置などを頼ってきたわが国との関係が悪化したことは、韓国企業の競争力に無視できない影響を与えた。良い例が、サムスン電子の半導体受託製造事業だ。同社の取り組みはTSMCの後塵を拝している。
■サムスンの本音「日米と良好な関係を維持できていれば」
すでにTSMCは5ナノ半導体の生産を開始している。サムスン電子は5ナノの量産技術を確立したが、実際の生産は本年内に開始の予定だ。また、TSMCは2ナノなど最先端の半導体生産ラインの開発にも注力している。
韓国政府が日米と良好な関係を維持できていれば、TSMCの技術開発の加速化によりうまく対応できた可能性はある、というのがサムスン電子の偽らざる本音かもしれない。
IT先端分野を中心に秒針分歩の勢いで技術開発が進んでいる。政府が一貫した政策スタンスを確立することは企業の競争力と経済成長に無視できない影響を与える。
米国が韓国に中国向けの半導体輸出を見直すよう圧力をかけていることを考えると、文政権が中国を重視した経済運営を続けることは難しくなっている。
■韓国は中国から追い上げられる
文政権が米国との安全保障の重要性をしっかりと認識できていなかった代償はあまりに大きい。先行きの展開は不透明だが、2022年5月までは文政権が続く。当面、韓国経済の停滞懸念は高まり、社会に閉塞感が広がる展開は軽視できない。
重要なことは、韓国が米中対立の先鋭化にうまく対応できず、経済の縮小均衡懸念が高まっていることだ。
米国の需要取り込みに注力し始めた台湾政府とTSMCと異なり、外需依存度の高い韓国はどのように中国以外の需要を取り込むか、明確な方針を打ち出せていない。その間も、米国が中国にヒューストン領事館の閉鎖を命じるなど米中対立は激化し、韓国はより厳しい状況に直面しつつある。
やや長めの目線で考えると韓国は中国から追い上げられるだろう。中国は米国の制裁を跳ね返そうと半導体の自給率向上に必死だ。中国政府は“中国製造2025”のもとで企業の資金調達を支援し、海外の技術者を高給で雇い入れることなどによって、最先端の半導体生産能力を確立しようとしている。
一説では韓国や台湾に比べ中国の半導体生産能力は3年程度遅れているようだが、それよりも短い期間で中国が最先端の半導体生産体制を確立する可能性は軽視できない。
■韓国の社会心理は一段と悪化する
半導体以外の産業でも韓国は中国に追い上げられている。韓国企業が競争力を発揮してきたディスプレイ分野でも中国の競争力向上が著しい。本年秋の発売が噂される5G対応の新型iPhoneの一部モデルには、サムスン電子の有機ELディスプレイに代わって中国の京東方科技集団(BOE)の製品が搭載される可能性がある。
今のところ、台湾は米中の対立にうまく対応できているように見える。一方で、韓国が米中の対立をチャンスに変えることは難しく、より大きなダメージを被る展開は排除できない。
韓国は新型コロナウイルスの感染拡大にも対応しなければならない。効果のあるワクチン開発と供給には不確実な部分がある。不確定要素が増大する環境に文政権が対応することは容易ではないだろう。
当面、韓国国内では政権への不満や批判が増え、社会心理が一段と悪化する可能性がある。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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