ビジネスもスポーツも「ボールを持たない人」が9割
プレジデントオンライン / 2020年7月30日 11時15分
※本稿は、『プレジデントFamily2020年夏号』の記事を再編集したものです。
■なぜラグビー選手は自分を犠牲にして他人を生かすのか
【高濱正伸さん(花まる学習会代表、以下高濱)】2019年のワールドカップは感動しました! 日本代表には外国出身者が半分近くいて、さまざまなバックグラウンドの選手が集まっていながら、一丸となって戦っている姿に感動をもらいました。格闘技のような激しさがありながら、選手がお互いに支え合っていましたね。
【中竹竜二さん(日本ラグビーフットボール協会理事、以下中竹)】ラグビーというスポーツは、フェアネス、つまり公平さの精神を大切にしています。試合中には興奮もするし、相手のプレーに腹が立つこともありますが、でもそこを我慢して、正々堂々と戦う者こそがかっこいいという価値観です。
【高濱】どんなに熱いプレーをしても、ノーサイドの合図で、相手チームの選手をたたえる姿は、紳士的で、美意識の高さを感じました。以前からチームスポーツには、人間を成長させる力があるなと感じていたのですが、ラグビーはいいスポーツですね!
【中竹】ラグビーにはもう一つ大事な精神があります。それは“利他の心”。自分が犠牲になってでも味方を生かすという精神です。そして生かされる側も犠牲になった人をリスペクトする。
【高濱】決勝トーナメント準々決勝の南アフリカ戦でも得点した田村優選手は得点ランキングでトップになったとき、個人の記録については「興味はない」と真顔でコメントしていましたね。野球のホームランの数や、サッカーのシュートの数みたいに、選手個人の記録は競わないんですか?
■「トライした人が喜んではいけない」という文化
【中竹】ラグビーでは田村選手のような感覚が普通ですね。自分だけの力でトライしたわけではないですし、「トライした人が喜んではいけない」という文化です。
【高濱】それはすごい! 自分だけで得点したのではなく、みんなで得点したという考えなんですね。そういう利他の気持ちってどうやって育つのでしょうか。
【中竹】たとえば主将を務めたリーチマイケルはプレーヤーとしてはすごいけれど真面目なので、時には背負いすぎちゃうところがあります。ほかの選手たちは、彼をリスペクトしているけれど、苦手なところはみんなで補い合おうという感覚はあるんじゃないでしょうか。有名な選手でも、強気に見えて実はいい加減な部分もある人だっています。ごつい選手が向かってきたら逃げることもあるんですよ。メンバーはそれをわかって補っている。「おまえ、あそこで逃げただろ」と指摘すると「本気でぶつかったら体壊すから怖かった」なんて素直に言いますからね。
【高濱】お互い、人の力を借り合って、みんなで成果を上げようという感覚なんですね。
■「ボールを持たない人」がどんな動きをするか
【中竹】そもそも自分が完璧だと思っている人はラグビーには少ない(笑)。完璧だと思っている人はサッカーや野球に行っちゃいますね。みんな何かしら弱点を抱えていて、だからこそお互いの足りないところをみんなで自然に補い合ったから、日本代表がチームとしてうまくいったんだと思っています。スポーツでも仕事でもチームで何かを成し遂げるときは、リーダーシップだけではなく、メンバーそれぞれが、持っている力をうまく生かしながら目的を達成しようとする“フォロワーシップ”が大事です。
【高濱】新型コロナウイルス感染拡大のような危機が起き、何が正解かわからない手探りの中、一人一人が協力して新しい課題に向かっていかなきゃいけない時代です。教育でもビジネスの世界でも、リーダーシップの育成が急務だっていわれているけれど、それこそ「ONETEAM」で戦うにはリーダーだけじゃなく、リーダーを支えるメンバーがどんな行動をするのか、フォロワーの存在も大事ですね。
【中竹】ボールを持っている人だけではなく、ボールを持たない人がフィールド上でどんな動きをするかを考えることも、ラグビーでは重要です。
【高濱】そのためにはフィールド上でいかにチームメートとコミュニケーションをうまくとれるかが鍵になりますね。
【中竹】はい。ただ、それを試合や練習中のフィールド上だけで実現しようとするのは無理なんです。練習前のロッカールームの時間、ストレッチ、食事、移動の時間などフィールド外である“オフ・ザ・フィールド”でもコミュニケーションをとっていることが非常に大事です。話題はなんでもよく、たわいもない雑談はとてもいいですね。理由は簡単で、普段、自然体で話せている仲間でないと、試合中にコミュニケーションをうまくとるというのは難しいからです。
■「オフ・ザ・フィールド」のコミュニケーションが大事
【高濱】それは家庭でも同じですね。親子も夫婦も普段から話をしていないと、いざというとき大事な話はできない。日本代表のヘッドコーチのジェイミー・ジョセフも、オフ・ザ・フィールドのコミュニケーションを大事にしていたんですか?
【中竹】大事にしていましたね。ジェイミーは、チームを“ファミリー”だと言っていました。日本代表ってやることがいっぱいあって、時間が足りないんですよ。そんな中でも、合宿所のラウンジや食堂で過ごす時間を、家のリビングのようにリラックスできる時間として、あえてつくっていました。僕らはファミリーだから、ここは安心して悩みを言い合える場所だよと。
【高濱】今の若い子たちって、そういう場所でもすぐにスマホを見ちゃうでしょ。もうスマホが体の一部になってるってくらい(笑)。
【中竹】それは頭の痛い問題ですよね。だから私がヘッドコーチをしていたときは、食堂やミーティングルームなど、みんなが集まる場所、いわゆる「チームエリア」と呼んでいたところではスマホ禁止にしていました。今は、お互いの顔を見て話そうと。それに、だいたいチームメートや同じ大学出身同士、同じポジション同士とかでつるんじゃうんですよね。せっかくいつもと違うメンバーで集まったんだから、食堂でご飯を食べるときは毎回別のメンバーと食べようと提案したり、部屋割りにも配慮したりして、できるだけいろんなメンバー同士が交流できる機会をつくっていました。たわいのない会話ばかりなんですけれど、たまに戦術の話が出たりする。そんな雰囲気になっているチームはうまくいくんです。
■友達とぶつかっちゃう子は自分のことを知ろう
【高濱】花まる学習会では野外体験といって山や川に行き、グループに分かれて活動するイベントがあります。友達同士は一緒のグループにはしません。知り合いで固まって、ほかの子とあまり交流しないから、グループづくりの段階でバラバラにしちゃう。似ていますね。
【中竹】私が素晴らしいと思うのはそうしたプログラムの中で、子供たちに人の中でもまれる経験をさせるところです。知らない子同士が慣れない場所で活動するときは、うまくいかないことがありますよね。うまくいかない中で、こうすると人は怒るんだなとか、こういうことをされると腹が立つんだなとか、失敗しながら成長していく。このプロセスは、成長に欠かせないですね。
【高濱】子供の頃に、深刻にならない程度の「痛い目」にあう経験が必要なんです。「痛い目にあう」→「乗り越える」という繰り返しが折れない心をつくっていきます。大人になってからノウハウとして習っても間に合わない。それは子供のうちに、戦ったり、言い争ったりする中で、肌感覚で身につけていくことなんです。
【中竹】子供が人とうまくやっていく力を身につけるのって、ヒトの進化の過程と似ている気がします。猿は自分の存在を認識していないけれど、進化の過程で自我に気づき、やがて他者の存在を知り、他者に自分がどう評価されるかを意識するようになります。コミュニケーション力を育てるのも同じように段階がある。まずは自分を知り、そして他者を意識し、関わりを積み重ねるうちに、他者が自分とは違う感情を持っていることに気がつくという。
【高濱】花まる学習会をつくったのも、子供時代に人と関わる経験がないまま大人になって、人間関係がうまくいかずに苦しんでいる人が多いと感じたからです。たとえば、会社の人間関係につまずいて、会社を辞めちゃうような人が多いなというのは30年以上前から感じていました。
■「得意な」プレーではなく「好きな」プレーは何か
【中竹】子供にコミュニケーション力をつけさせようと、段階をすっ飛ばして表面的なノウハウだけ身につけさせようとしてもうまくいかない。
【高濱】まずは自分を知るというのは本当に大切なプロセスです。現実には、自分が何をやりたいかを言えない人がたくさんいて、無意識に外部の評価に影響されてしまう。たとえば社会的にいいとされている会社や偏差値が高い学校に入るのがいいというのは、自分の価値観ではなく外の価値観。外の価値観に縛られてしまうと、自分が何をやりたいのかわからなくなってしまう。いい会社に入ってもそこで何をしていいのかわからないという人がその例でしょう。
【中竹】私はミーティングで選手に、「好きな」プレーを聞くんです。「得意な」プレーは周りから評価されているから本人もよくわかっているけど、それとは関係なしに、「自分がワクワクするプレー、嬉しくてニヤニヤしてしまうプレーって何?」って。日本代表に選ばれるような選手でも、最初はこれが語れません。でも徐々に語れるようになってくると、攻撃的なことは嫌がりそうな選手が、実はタックル好きとか、自分でボールを持って走るのが好きそうなタイプの選手が、自分に敵が接近したときにボールを味方にパスする瞬間が好きでたまらないとか、意外な答えが返ってくることがあります。
【高濱】自分の本当の好き嫌いが言えないと、相手の気持ちなんてわかるわけがないということですね。僕も「心」はコミュニケーションのキーワードだと思っています。「好き」が言い合えると、人間ってそれに向かって動きだせるし、お互いに助け合えますから。
【中竹】同じ試合をしても、ある選手は「悔しい」と感じ、別の選手は「嬉しい」と感じることがあります。その理由を聞いてみると、ずっとけがに苦しんできたけれど、やっとゲームの終盤でリザーブとして10分間だけでも出ることができて嬉しかったんだとか、それぞれにストーリーがあるわけです。感情と、その背景にあるストーリーをお互いに共有できてこそ、それぞれをリスペクトし合いながらひとつのチームになれるのだと思います。
■親の役目は子供を見守り問いかけるだけでいい
【高濱】子供に親の価値観を押し付けず、子供の感情やストーリーに耳を傾けてやることは大事ですね。
【中竹】感情を問うことが大事ですよね。「今どう思っているのか」と感情を問われて言語化することで、初めて「自分はこう思っていたんだ」と認識するわけです。経験しただけでは認識していないんです。そして感情の次のステップとして聞きたいのは「これからどうしたいか」。
【高濱】親はつい先回りしがちですよね。たとえばスポーツの試合で負けたときに、「負けて悔しかったでしょ。だからもっと練習を増やさなきゃね」など、勝手に子供の感情を口にして、これからどうするかも先回りしてしまう(笑)。案外、子供の本音としては、「負けたけど、今日はいいプレーができて嬉しかった」「調子が上向きになってきた気がする」とポジティブに捉えていることもあるかもしれませんね。
【中竹】子供本人が自分を振り返ることに意味があると思います。子供だから言うことが変わるし、ごまかしたり、うそをついたりすることだってあるでしょう。でもそのときは「うそつかない!」と怒ったり、否定したりせずに、「あれ? 前回こんなふうに言ってたけど、考えが変わったんだね」って軽く突っ込んでみる程度でいいんです。そうすると子供は「気づかなかったけど、自分に都合よく言っちゃったのかも」とか「なんでバレちゃうのかな」と考えるきっかけになります。
【高濱】親の役目は、そうやって子供に問いかけたり、観察したりするだけでいい。チームスポーツや合唱をやったりする中で、友達とうまくいかないこと、失敗などがあるでしょう。そんなときは子供が伸びるチャンスです。子供が困っているときに、「転ばぬ先の杖」で答えを先回りして差し出してしまうのは、子供の将来にとって一番残酷な仕打ちです。
【中竹】そうそう。困難にぶちあたったときこそ人は成長しますね。親は忙しいから、あれしなさい、これしなさいと細かく指示したほうが楽で、子育ても親中心に考えてしまうかもしれません。しかし子供のことを親中心で考えてしまうのはおかしなこと。そうではなく、子供を中心に置いて、親は先生などと同じように子供のサポートをするチームの一員だと思えばいい。スポーツコーチングには、指導者中心にする「コーチセンタード」ではなく、選手を主役にする「プレーヤーセンタード」にしようという考え方があるのですが、家庭でも「親センタード」でなく「子供センタード」で考えるといいですね。
■なぜ、糸井重里と農学部出身の経営者はコミュ力が高いのか
【高濱】「子供センタード」は、わかりやすいですね。子供に指示や命令ばかりしていると、子供は親の評価ばかり気にするようになってしまいます。授業参観で親の顔を見てくるような子はちょっと危ない……。ところで中竹さんは、これまでコミュニケーション力が高いと感じられた方はいますか?
【中竹】糸井重里さんです。ラグビーのにわかファンを自認して、「にわかファン」ブームをつくってくださった縁で、仕事で何度かご一緒したんですけれど、偉ぶったり、功績を自慢したりすることがない。自分らしさがありながら、利他的な人だなと思います。学生向けの講演で、糸井さんと私が「自分の軸をつくろう」という話をした後、学生から「お二人の大切にしている軸はなんですか?」という質問が出ました。そのとき、あの柔和な糸井さんが「ここはそれを君たち自身が考える場であって、僕のそんな話を聞いても君たちには何の役にも立たない。だから僕は答えない」と毅然とおっしゃった。学生にとってはきつい言葉だったと思うのですが、自分と向き合えというメッセージなんですね。初めて会った学生に本音を言うところも、相手のことを考えているなと思いました。
【高濱】彼らは正解が欲しかったんでしょうね。僕が注目しているのは、農学部出身者。僕も農学部出身なので手前みそではありますが(笑)、マネーフォワードの辻庸介さん、ユーグレナの出雲充さん、ジーンクエストの高橋祥子さん、アストロスケールの岡田光信さんをはじめ、近年、活躍している若手起業家には、農学部出身者が多いんです。農学部は生態系という正解のない世界を扱っているせいか、社長となった今も自分の夢を追っていて、権威的でなくすごく付き合いやすい。
【中竹】そういう方たちは、周りの評価やお金、地位といったことには興味がなく、好きなことにひたむきですよね。
【高濱】そうなんですよ。謙虚さと柔軟さが身についていて気さくです。
【中竹】大人の背中は子供のかがみになります。これを読んでいる親こそ謙虚さや人への感謝をもう一度意識してみたらどうでしょう。急に利他の心は身につきませんから、まずは自分の感情と向き合うことでしょうね。
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日本ラグビーフットボール協会理事
早稲田大学ではラグビー部に所属し主将を務めた。2006年、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任し、2年連続で全国大学選手権優勝に導く。12年より3期にわたり、U20日本代表ヘッドコーチ、16年には日本代表ヘッドコーチ代行を兼務。14年に、株式会社チームボックスを設立し、企業のリーダー育成トレーニングを行っている。『どんな個性も活きるスポーツ・ラグビーに学ぶ オフ・ザ・フィールドの子育て』(エッセンシャル出版社)が7月下旬に発売予定。
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花まる学習会代表
東京大学卒、同大学院修士課程修了後、1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には、小学校4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。全国に生徒数は増え続け、近年は音楽教室「アノネ音楽教室」、スポーツ教室「はなスポ」、囲碁教室や英語教室など全国で多岐にわたる教室を展開している。算数オリンピック委員会の作問委員や日本棋院理事も務める。
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(日本ラグビーフットボール協会理事 中竹 竜二、花まる学習会代表 高濱 正伸 構成=加藤紀子)
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