離婚危機の格闘家が「家族よりもファミリーがいい」と断言するワケ
プレジデントオンライン / 2020年8月3日 11時15分
※本稿は、青木真也『距離思考』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
■王座を奪還して「おれたちはファミリーだ」と叫んだ
「おれたちはファミリーだ」
今の僕を象徴するこの言葉を使い始めたのは、2018年春頃のことだ。
『格闘代理戦争』(AbemaTV・現ABEMA)に初めて出演したとき、その最終回で若い選手に対して掛けた言葉。言おうと意識していたわけではない。自然とあふれ出た言葉だった。
その後も連載やSNSなどで、僕はたびたび「おれたちはファミリーだ」と発信するようになった。
次に公の場で口にしたのは、ONE Championshipが初の日本大会となる「ONE:A NEW ERA IN TOKYO」を開催した2019年3月31日。
僕はメインイベントとなる第15試合で、ONEライト級王者(当時)のエドゥアルド・フォラヤン選手に挑戦。1R2分34秒、肩固めで勝利して、王座を奪還した。
この日のためにコツコツやってきて、勝てたことはもちろんだけれど、何よりONEが日本で初めて大会を開催したこのときに、ファミリーのみんなが総出で見にきてくれたこともうれしかった。
だから、勝利後のマイクで、僕はこんな言葉を残した。
「35歳になって好きなことやって、家庭壊してひとりぼっちで羨ましいだろ? 俺はこうやってな、明日もコツコツ生きていくんだよ! みんな、『おれたちはファミリーだ』って言うから、みんな頼むぞ、『おれたちはファミリーだ』! ケツに『GO』って書いてあるけど、明日もGOだ!」
途中から青木コールが湧き起こっていた。その会場にいて、格闘技を好きで、青木真也に関心がある人たち全員をファミリーだと僕は思っていたから、「おれたちはファミリーだ!」と叫んだ。
■妻からの試合前のLINE「あなたは最低」
そこでの反応から自分が見せてきたストーリー、そして「おれたちはファミリーだ」に込めた思いが響いているのを実感した。
とくに2017年から2018年にかけて、僕は家庭も仕事もどん底としか言えない状況にあった。「家庭壊してひとりぼっちで」には一切の噓がない。掛け値なしの当時のリアルだ。
試合前に妻から「あなたは最低」「信じられない」というようなLINEが送られてくるくらい、夫婦関係は崩壊していたし、母親からも「(妻がそこまで言うのは)お前がバカだからだ」となじられた。
そんな状況でも、当時は離婚なんて考えもしなかったし、家庭を失うという、社会の最小単位から外れる未来を過剰に恐れていたのだ。
2016年から17年はMMAで2連敗、グラップリングを含めて3連敗と、勝ち星にも恵まれなかった。試合には勝てないし、家庭はぐちゃぐちゃだし、ひとりぼっち。人生で一番つらかった時期だったわけで、「引退する」という選択肢がいつもチラついていた。
ものすごい孤独感、孤立感を抱えて、ボロボロだった。支え合うはずの家族に支えてもらえなくなった僕は、「ファミリーのようなもの」に頼るしかなかった。なんとか踏み止まれたのは、ファミリーたちのおかげ以外の何物でもない。だから「おれたちはファミリーだ」は追い込まれた末に生まれた言葉なのだ。
■家庭をふたつ持つ知人男性
そもそも「ファミリー」という人間関係のつながり方を考えついたのは、とある知人男性の話がきっかけだ。
彼は家庭をふたつ持ち、それぞれに子どもがいる。ひとりの女性とは法的な婚姻関係があり(つまり、妻)、もうひとりの女性とは当然ながらそれはない。後者の女性が彼とその友人たちの前に現れた際、彼女は自らを「妻です」とも「家族です」とも言わず、さらりと「ファミリーです」と名乗ったという。
彼からその話を聞いて以来、ファミリーという言葉の在り方が記憶に強く残った。「家族」とは明らかに違う、ゆるやかで、曖昧な表現が僕の中にすっと心地よく入ってきたのだ。
2018年3月に勝利してからは、海外メディアで「青木は終わっていたはずだ。でも、再び戻ってこられたのはなぜだ?」としきりに報道された。僕が終わらなかったのは、いくら勝利に見放されていても、格闘技という賭場から降りなかったことと、諦めたこともなかったからだ。
ファミリーが心の支えになり、「コツコツやっていれば、またあの場所に戻れる」と思って、気持ちを持ち直すことができた。
この記事では、僕が考える新たなつながり方である「ファミリーの在り方」についてつづっていきたい。
■妻の親族との折り合いがとても悪かった
家族とはこうあるべきだ――。
家族と一緒に暮らしていたとき、僕は自分の中に刷り込まれたそんな考え方にうんざりしていた。同じように感じている人は案外多いんじゃないか。
家庭生活を円満に維持するには、結婚して夫婦になって、共に暮らすことが当たり前だとされる。いや、当たり前というよりも、少なくともそんなふうに思い込まされる。でも、その在り方が本当の意味で僕たちを幸せにしているのだろうか。
僕は義理の母や妻の親族との折り合いがとても悪かった。中でも義母とはとくに上手く関係を築けなかった。
真面目で厳格な家庭を切り盛りし、自身も堅い仕事に就いている義母は、格闘技選手というある意味、マイノリティーでフリーな僕の商売や、一般常識から乖離した僕の考え方に懐疑的だったと思う。
格闘技の仕事をして稼いだお金で家族を養っていたのに、義母からは自分のことを評価されていないように感じた。
その理由はいくつかある。
僕は親族との付き合いが面倒で、意味がないものと捉えていた。多くの人は親戚付き合いをつまらないなと思っても、「年に1、2度のイベントごとだから仕方ない。参加するか」となっているのではないか。
でも、僕は自分が「無意味」だと思ったことはやれない性分だ。
結婚してしばらくしてから、親族との集まりに僕は顔を出さなくなった。そのことをよく思っていなかったようだし、それに対して僕が持論を展開しようものなら、「お前は物事を損得で考えすぎる。最低なヤツだ」とますます怒られる始末……。
妻側の親族はさらに、僕が自分でも認めている不完全さを「良くないもの」として捉えていた。僕としては人間の不完全さを美しいと思うのだけれど、そのことをまったく理解してくれない。
そもそも「グレーなんて許さない。白黒はっきり付けたいし、自分たちと家族になる者は人格者であるべきだ」という思い、というより条件のようなものがあったのだろう。
でも、僕はどう転んでも彼らが好むような、たとえるなら、現役時代に数々の栄光を手にして、今や全日本柔道男子監督にまでなった井上康生さんみたいな「できた人」にはなれなかった。むしろ僕は、北京五輪金メダリストながら柔道から総合格闘技に転進し紆余曲折している石井慧さんのほうに共感を覚える。
■都合のいいときにだけ会える居心地のよさ
家庭でも、その単位をもう少し大きくした親族の中にいても、散々ダメ出しの連続で、感覚の合わなさに僕は本当に苦しんだ。感性の違いすぎる相手と親族になるのはきつい。問題を解決に持っていこうとしても、議論すら成立しなかったから、僕は彼らとの対話から逃げた。話し合いができないのはしんどい。
同居する家族、親族たちとの関係性に苦悩した僕は、ゆるやかな関係性を求めるようになっていった。それが「ファミリー」への傾倒の始まりだ。
いつも距離感が近い家族に対しては、距離が詰まりすぎているせいで甘えが出て、結果的に攻撃し合ってしまう。
僕は家族と生きてみて、距離感を保つこと、つまり「距離思考」の重要性を実感した。さらに、結婚するとほぼもれなく付いてくる親族との関係も面倒だし、感覚が合わなければとことん厄介だということも、改めてよくわかった。
だからこそ、ファミリーのすばらしさを痛感する。一定の距離感を保つことができて、言葉は悪いかもしれないけど、お互いにとって都合のいいときにだけ会えるファミリーの居心地のよさといったらない。
■家族というつながりを信じすぎる必要はない
ここで言う「都合のいいとき」というのは、助けてほしいとき、助けてあげたいときだ。僕がたびたび口にする「おれたちはファミリーだ」には「助け合い」の思想が詰まっている。みんな「助けてもらおう」とだけするけれど、それじゃいけない。そもそも自分から人助けをしないと、自分には返ってこないから。
![青木真也『距離思考』(徳間書店)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/c/200/img_8c685eca37522b301387668724b08097363722.jpg)
例えば、僕の試合でセコンドについてもらうこともある宇野薫選手。彼が試合に出るときは僕もセコンドとして全力でサポートするし、彼の展開するブランドの露出には喜んで協力する。
名前は出せないけれど、あるとき、事業の資金繰りに困ったファミリーがいて、僕はその人に「もし何かあったらお金の面倒を見るから」と伝えた。
現時点で、困窮しているファミリーに具体的な救いの手を差し伸べたことはないけれど、日頃から「困ったときはいつでも意思表示してほしい。助けるから」と伝えているから、お互いに安心感があって、行き詰まることはない。落ちる前にヘルプを出せる関係性を維持している。
僕たちは誰もが皆、少しずつ欠落している。完璧な人間なんていない。欠落している人同士が必要なときに支え合えたら、みんなが笑顔で生きていけると思う。
家族というつながりを信じすぎる必要はない。僕のようにファミリーというつながり方が合っている人だっているのだから。
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総合格闘家
1983年静岡県生まれ。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に柔道から総合格闘技に転身。「修斗」ミドル級世界王座を獲得。大学卒業後、静岡県警に就職するも2カ月で退職を決め、再び総合格闘家の道へ。以後「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)がある。 ツイッター:@a_ok_i note:https://note.mu/a_ok_i
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(総合格闘家 青木 真也)
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