その手があったか! 「コロナに感染させない空間づくり」
プレジデントオンライン / 2020年7月31日 9時15分
■飛び交うデマと誹謗中傷と安易な犯人捜し
未知のウイルスは人々の不安を煽る。多くのデマが流れた。
「新型コロナはお湯を飲むと予防できる」「10秒息を止めることができれば感染していない」というデマは笑ってスルーできても、「トイレットペーパーがなくなる」と聞いて、買い溜めに走る人は多かった。「要注意! ○○の店員は武漢出身」「中国人観光客が空港から検査前に逃亡した」という悪質なデマも流れた。
緊急事態宣言が発令されると、自粛警察が動き出した。不安は冷静な判断を失わせる。屋形船、ライブハウス、スポーツジム業界にも脅迫めいたメールや電話、手紙、張り紙が相次いだ。「責任取れるんですか?」「コロナ撒き散らしやがって」「殺人ライブハウス、ヤメちまえ」「自粛しないと通報しますよ」……。
ジョギングはコロナを撒き散らすと罵られ、他県ナンバー狩りが始まり、運送業者や医療従事者の子供が入園や通学を拒否される事態も頻発した。
3月29日、タバコ好きだった志村けんさんが亡くなったことで喫煙者への風当たりも厳しくなった。禁煙推進に熱心な政治家は「喫煙所は3密ではなく4密だ! 喫煙所は感染するリスクが高い。喫煙所で感染した人がウイルスを撒き散らす」と喫煙所の閉鎖を叫んだ。
WHO(世界保健機関)も喫煙者は非喫煙者に比べ重症となる可能性が高いとしている。しかし、パッケージにも明記されている動脈硬化、心筋梗塞などの危険性が高まる以上のリスクがあるのかは謎だ。重篤化に影響すると考えられている要因は他にいくつもある。
試しに新型コロナの死亡者数の多い国8カ国と主要な国の喫煙率、肥満率(成人病を誘発しやすい)、薄毛率(男性ホルモンと関係する)を表にしてみた。
喫煙が重篤化の重要なファクターであるなら、喫煙率の高い国の死亡者数は多くなるはずだ。ところがベトナムの死者ゼロをはじめ、概して喫煙率の高いアジア圏は死者が少なく、死者の多い欧米は喫煙率が低い。むしろ肥満率や薄毛率の高さと死亡者数のほうが合致している。
なぜ、欧米とアジアで、これほど死亡率が違うのか。順天堂大学医学部で免疫診断学の講座を持つ松岡周二特任准教授に聞いた。松岡氏はイタリアで死者数が急増したとき、医療費削減が原因という指摘が多かったなかで、早くからHLA(ヒト白血球抗原)が関係するかもしれないと唱えてきた。
「HLAは簡単にいえば免疫を担当する白血球の血液型で、型は1万数千種類あるといわれています。最初は臓器移植の成否を決定する遺伝子として発見されました。HLAの型の種類が多いのは、体内に侵入してくるさまざまなバクテリアやウイルスに対応したためと考えられています。
人種間でHLAの型が大きく異なるのは、周囲に存在するバクテリアやウイルスが異なるためです。これほど新型コロナの死者数に差があるのは、おそらく免疫に関係するでしょうから、HLAが関わっていると推測できるのです」
山中伸弥京都大学教授らが指摘するファクターXのひとつとして注目されるようになったHLAだが、致死率の違いはコロナウイルスの型が異なるのが原因という説も有力。まだまだ新型コロナはわかっていないことが多いと松岡氏は言う。専門家の「コロナウイルスは高温多湿に弱い。暖かくなれば感染は収まる」という予想も外れた。
「最近は感染者数よりも重症・死亡者数がポイントという声が大きいのですが、感染が広がれば死者数は確実に増えます。また、高齢者に比べ若者は重症化しないといわれていますが、若者でも後遺症が残るという報告もあります。アジア人だから安心、若いから大丈夫と油断しないで、感染防止策はしっかりしてください」(松岡氏)
わからないことが多いと不安になる。過剰な防衛本能が働き、こいつのせいに違いないと犯人を決めつけ、攻撃する傾向が人間にはある。そして、私は我慢しているのにあの人はズルしているという被害者意識。本人は正しいと信じているだけにやっかいだ。
■根拠のある数字を示し、丁寧に説明し、納得してもらうこと
働く人、住む人、ショップやレストランに遊びに来る人など、多様な人が集う場所ともなれば混乱も起きやすいのではないか。六本木ヒルズなどを運営する森ビルでは「ヒルズみんなのルール」を決めた。
「緊急事態宣言が出て、それまでもみなさん個々に感染対策はとられていたのですが、みんなで守り合わなければ感染拡大を防ぐことは難しいため、フィジカルディスタンスをとり、マスクをして、手洗い消毒を徹底することを、街を利用する人々の共通ルールとして定めました。4月、5月と議論して6月11日にポスターを掲示するなど運用開始しました」(広報室・落合有氏)
例えば密を避けるためにエレベーターは何人乗りにすればいいのか。単に人数を少なくすれば、逆に待つ人がエレベーターホールに溢れ、密になってしまう。そこで、設計時の資料を確認し、テナントの出社率が何%の場合、何人乗りにしたら待ち時間は何分……とシミュレーションを繰り返し、安全で快適に使える人数を割り出し、基準を定めたという。
「不便をお願いする話なので、根拠のある数字を示し、丁寧に説明し、納得していただくことが大事」と落合氏は言う。
「新型コロナに対する受け取り方は、人によっても違います。すごく気になる人もいれば、そうでない人もいる。多様な感じ方がある中で、一人一人にお願いして、みんなで街を守って行くためのルールとして策定し、運用しています」
喫煙所も新しいルールで運営されている。「人数制限をして、中では距離をとって飲食・会話・通話はご遠慮いただいています。ルールを守っていただけない場合は、喫煙所は閉鎖します。クラスター発生を防ぐために、そして街の安全を守るために、徹底して行きたいと考えています」
すでに喫煙者の肩身は狭いが、新しい喫煙のマナーを守れば、居場所は確保できそうだ。
■幕末の日本を訪れた外国人が驚いたこと
日本政府の新型コロナ対応は、遅い、手際が悪い、手ぬるいと国内外から叩かれてきた。にもかかわらず、ここまでは欧米と比べれば被害を小さく抑え込めている。
海外メディアからは「不可解」「日本の奇跡」などの声があがるなか、安倍晋三総理大臣は「『日本モデル』の力を示せた」と誇らしげに述べ、麻生太郎副総理は「民度のレベルが違う」と胸を張った。
確かに日本人の生活スタイルは新型コロナの感染拡大に有利に働いたのかもしれない。事実、幕末から明治初期に日本を訪れたペリー提督、在日米国総領事館の通訳ヘンリー・ヒュースケン、トロイアを発掘したハインリッヒ・シュリーマンらの日記を読むと、3人ともに「日本人は世界一清潔な民族である」と驚き称賛している。これは素直に誇ってもいいだろう。
しかし、その一方で3人とも「日本は互いに監視をしあう社会である」と指摘していることも忘れてはならない。マスクの争奪戦、飛び交うデマ、自粛警察、他県ナンバー狩り……。新型コロナは人間のダークな部分を炙り出してきた。秋以降、事態が悪化すれば、再び嫌がらせや陰湿ないじめが、再燃する恐れは十分にある。自分は冷静だからと安心はできない。誰でも自粛警察になる可能性は否定できないのだ。
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フリー編集者
出版社を経て独立。運動とは無縁の人生だったが、40代後半にランニングにハマり、フルマラソンの自己最高は3時間42分。一番好きなランニング小説は『遥かなるセントラルパーク』(トム・マクナブ)。
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(フリー編集者 遠藤 成)
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