政権批判を繰り返す朝日の記者が、それでも首相との会食を続ける理由
プレジデントオンライン / 2020年8月3日 11時15分
※本稿は、南彰『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■「桜を見る会」疑惑中に首相と会食
「桜を見る会」の疑惑追及のさなか、メディアへの不信感を招く「事件」が起きた。
2019年11月20日の夜、安倍晋三首相と、新聞・通信社・TVの官邸記者クラブキャップがそろって「懇談」の名で会食したからだ。
官邸周辺の中華料理店で行われた懇談は1人6000円の会費制だ。安倍首相におごられたものではない。毎年2回ほど定期的に行われているもので、毎日新聞を除く社は、通常どおり参加した。疑惑の渦中にいる安倍首相やその側近が、どんな表情で、何を語るのか。その場で質問したり、観察したりしたい気持ちはわかる。
しかし、この時点で官邸記者クラブは、安倍首相に「記者会見」という公の場での説明を求める要請を正式に行っていなかった。それにもかかわらず、「記事にしないこと」が前提のオフレコの懇談を優先したことは、外から「なれあい」と映った。
安倍首相の「懇談」は続いた。19年12月17日夜には、首相の動静を追いかけ、「総理番」と呼ばれる各社の若手記者を対象にした懇談が東京・神田小川町の居酒屋で開催された。会費は4500円。毎日新聞と東京新聞は参加しなかった。
■読者から「なぜ必要なのか」と質問があっても…
年が明けても、20年1月10日に東京・京橋の日本料理店で各社のベテラン政治記者ら7人で安倍首相を囲んだ。
政治ジャーナリストの田崎史郎氏(元・時事通信解説委員長)のほか、曽我豪・朝日新聞編集委員、山田孝男・毎日新聞特別編集委員、小田尚・読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員、島田敏男・NHK名古屋拠点放送局長、粕谷賢之・日本テレビ取締役執行役員、石川一郎・テレビ東京ホールディングス専務取締役が参加していた。
官邸記者クラブとの懇談を欠席していた毎日新聞の参加者もいたことで、ネット上では「毎日が頑張っているので購読を始めたが、毎日も参加していることを知り解約した」と失望の連鎖が広がった。そうしたなか、1月24日付の朝日新聞朝刊にある読者投稿が載った。
兵庫県の76歳の女性は「記者の基本的な姿勢に対して読者に疑問を抱かせる。私はダメだと思う」と指摘したうえで、同月12日付のコラム「日曜に想う」で懇談の話題に触れなかった曽我編集委員にこう呼びかけた。
〈自民党総裁4選を辞さないのか、任期満了までに改憲の道筋をどう描くのか。夕食をともにしながら、曽我編集委員はどんな感触を得たのだろう。なぜ、首相との会食が必要なのか。費用の負担はどうなっているのか。そして、どんな話をしたのか。読者として知りたい。「日曜に想う」でぜひ書いてほしい。曽我編集委員、期待しています〉
しかし、その後も「日曜に想う」で安倍首相との会食に触れられることはなかった。メディア関係者と首相の会食は、安倍政権になって始まったことではない。保守、リベラル問わず、脈々と続けられてきた。
■朝日編集委員は「直接取材が不可欠」とコメント
日本マス・コミュニケーション学会が20年6月に計画していたワークショップ(新型コロナの影響で延期)の提案文書では、「世論の反発があるにもかかわらず、メディア・エリートの側は、なぜわざわざ首相と食事をともにするのでしょうか」と問題提起。首相との懇談について、「日本のメディア・エリートたちにとって、業界トップにのぼりつめたことを意味する象徴的儀式のようにも見てとれます」と指摘していた。
朝日新聞は首相との会食問題を検証する記事を2月14日付の朝刊に掲載。「独善に陥らず適正な批判をするには直接取材が不可欠だ。権力者が何を考えているのか記事ににじませようと考えている」と主張する曽我編集委員のコメントを紹介した。
官邸担当の政治部デスクは同じ記事のなかで、「間近で肉声を聞く、葛藤しつつ取材尽くすため」と題して、次のように理解を求めた。
■肉薄しつつも疑い、葛藤を抱えながら取材している
〈政治記者とは矛盾をはらんだ存在だと思います。政治家に肉薄してより深い情報をとることを求められる一方、権力者である政治家に対しての懐疑を常に意識せねばなりません。厳しい記事を書けば、当然取材先は口が重くなる。しかし、都合の良いことばかり書くのは太鼓持ちであって新聞記者とは言えません。また、取材の積み上げがなければ記事は説得力を持ちません。政治記者が葛藤を抱えつつも重ねた取材結果が、朝日新聞には反映されています。
政治家と時に会食することに、少なくない人々が疑いのまなざしを向けています。取り込まれているのではないかという不信だと思います。官邸クラブの記者が首相との会食に参加したことへのご批判はその象徴だと受け止めています〉
〈私自身、かつて官邸キャップとして内閣記者会と首相の会食に参加しました。オフレコで直接の記事化はできないルールであっても、間近に顔を見て話を聞くことで、関心のありかや考え方など伝わってくるものがありました。
今回の首相との会食への参加には、社内でも議論がありました。桜を見る会をめぐる首相の公私混同を批判しているさなかです。しかし、私たちは機会がある以上、出席して首相の肉声を聞くことを選びました。厳しく書き続けるためにも、取材を尽くすことが必要だと考えたからです。取り込まれることはありません。そのことは記事を通じて証明していきます〉
■深夜の懇談で重要なやりとりが明かされることも
これを書いたデスクは、官邸記者クラブのキャップを務めた時代にも、安倍官邸に与することなく厳しく対峙してきた人である。この説明は痛いほどわかる。
自分自身が政治部記者として参加してきた様々な会食を思い浮かべた。
私的な領域である食事をともにすることを通じて、取材相手が「公」の仮面を脱ぐ。永田町を生き抜く相手の本音を探ろうとしてきた。特に、国会周辺の取材では取材相手も分刻みのスケジュールで動いているため、まとまって話ができる会食は、貴重な取材の場になっていた。複数の番記者で囲む会食も多い。
深夜のオフレコ懇談の席で、政権幹部間の重要なやりとりが明かされることも少なくなく、その懇談を設定したり、あるいはその懇談の枠組みから外されたりしないようにすることが、政治部記者として生きていくうえで求められる資質の一つだった。
■同調圧力を生む要因になっていく
「南さんがいると、厳しいことを言って、相手の機嫌が悪くなる」
ある時、同じ政治家の番記者に陰口をささやかれたことがあった。「相手」の政治家とは、1対1で話している時に普通に情報を聞けていた。ほかの政治記者から伝えられた時に笑って受け流したが、もし陰口をささやいていた記者が懇談を設定していたら、その枠組みから外されていたのだろう。
「懇談」というものが、同調圧力を生む要因になっていく。公人の匿名発言を助長し、責任を希薄化する側面もあり、記者会見の形骸化にもつながっている。
ある自民党重鎮の番記者を務めていたころだ。
私はこの政治家の地元での取材を重ねた連載を執筆しており、その原稿のなかで、「身内へ受け継がせる環境が整うまで、一代でつかみ取った政治家という『家業』を簡単に放すわけにはいかないのだ」と書いた。表向き世襲を否定していたが、のちに起きた長男への世襲を予言する内容だった。すると、ほどなくして先輩の政治記者とこの重鎮の会食に呼ばれた。
「まあ、あんまり下品なことは書かないもんだよな」
会話の途中で、先輩記者がつぶやいた。政治家本人は何も言わない。その後も連載は続いたが、懇談を中心とする政治取材文化について深く考えさせられる出来事だった。
■元政治部記者の筑紫哲也さんが心掛けていたこと
朝日新聞政治部記者からTBSのキャスターに転身したジャーナリストの故・筑紫哲也さんは生前、「自分で心がけてきたのは、何よりもジャーナリズムというのはウォッチ・ドッグ、監視、権力、力を持っている者に対する監視役が大事だということ。もう一つは、一つの流れにダーッと動きやすい傾向が強い社会の中で、いかに少数意見であろうと恐れないこと」と語っていた。
「ジャーナリストと政治家との線の引き方はとても難しい」とも吐露し、だからこそ、首相に手紙を書くのは就任時の1回という線を引いていた。つきあいの長かった小泉純一郎首相には、「これきりですよ」「こちらは権力を監視する側であるし、ですから、これから遠慮なくいろいろなことを言うときが来ると思います」と書いたという。
2007年に肺がんと宣告された後、亡くなるまでの1年間に「残日録」と題して、ノートに様々なことを書き付けていた。そのなかには、親しかった福田康夫首相への手紙もあった。そこにはこんな一文があった。
「目の前の相手とだけ闘論していると思わないで下さい」
メディアにいる私たちにとっても、目の前にいる取材先と向き合うことは、その先にいる読者・視聴者・市民のためであるということを投げかけているように感じられた。
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新聞労連中央執行委員長
1979年生まれ。2002年に朝日新聞社に入社し、08年から東京政治部、大阪社会部で政治取材を担当。18年秋より新聞労連に出向し、中央執行委員長を務める。新聞、民放、出版などのメディア関連労組でつくる「日本マスコミ文化情報労組会議(通称MIC)」の議長も兼務している。20年秋、東京政治部に復帰予定。共著に『安倍政治 100のファクトチェック』(集英社新書)など、近著に『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)がある。
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(新聞労連中央執行委員長 南 彰)
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