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真田昌幸の決めゼリフ「では、おのおの、ぬかりなく」の本当の意味

プレジデントオンライン / 2020年8月12日 9時15分

上田城と桜(長野県上田市)=2019年4月13日 - 写真=時事通信フォト

混乱する時代を生き抜くには、どうすればいいのか。ヒントは戦国武将の言葉にあるかもしれない。NHK大河ドラマ『真田丸』で真田昌幸を演じた俳優の草刈正雄さんは「真田昌幸の台詞は、すべてに『生きよ』というまっすぐな願いが込められていた」という――。

※本稿は、草刈正雄『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■大切な人を支えるのに、これ以上の言葉はない

僕だけではありません。『真田丸』の撮影現場では、皆さんが生き生きしていました。

こんなことがありました。ドラマのなかで、真田家特有のスキンシップが生まれました。互いの頰をパンパン、ペチペチと叩いて無事を確かめ合う。あれは、“ゴッドマザー”ばば様役の草笛光子さんが始めたんです。ばば様とりは、武田信玄にも認められていたという、真田家のルーツを支える肝っ玉ばあさんです。

草刈正雄『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新聞出版)
草刈正雄『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新書)

「ちょっと、西洋っぽくなっちゃうかしら?」

草笛さんのやんちゃな目が光ります。いやいや、面白いです、やりましょう! 一家で一気に定着しました。昌幸の正室・薫を演じた高畑淳子さんもやれば、僕も息子にやればで、そのうち皆でハグしたりペチペチし合ったり。のちに大河ファンの方々から、「頰ぺち」と名付けられたと知り、嬉しくなりました。戦国時代にそんなスキンシップがあったかって? わかりません。現代でもやるウチはやるし、やらないウチはやりません。戦国の世もきっと、そうでしょう。“三谷真田丸”でも自然発生でしたからネ。

ドラマが回を重ねるごとに、家族劇としての魅力も反響を呼びました。ばば様臨終の回、床に臥すとりの周りに家族が集結します。

〈寂しいのは御免だ〉

とりのひと言に、昌幸は「瓜売」の商人の芸を見せようとする。味よ~しの瓜~……。

〈うるさい!〉

一喝するばば様。それによってゴッドマザー魂が蘇り、最期は見事な遺言に。

〈たとえ離れ離れになっても、真田はひとつ〉

戦国の乱世でも、令和の現世でも、大切な人同士を支える言葉として、これ以上のものはない。いまも、僕の耳に残り続けています。

■「丹波哲郎さんの声」が支えてくれた

目に見えない家族にも支えてもらいました。丹波哲郎さんです。30年前の僕の親父(※)。『真田丸』の撮影に使われたスタジオは、『真田太平記』と確か同じでした。だからでしょうか、待ち時間にスタジオの隅で座っていると、丹波さんが上から降りてくるような気が何度もしたものです。

※草刈正雄さんはNHK新大型時代劇『真田太平記』(1985~86年)で真田幸村を演じた。その時の真田昌幸役が丹波哲郎さんだった。

「お前、この役ちゃんとやれよ。俺が本当に愛した役だからね。ちゃんと、ちゃんとだぞ」

という声が聞こえてくるわけです。あの声で。あの笑顔で。

丹波さんとは、NHK連続テレビ小説『走らんか!』(1995~96年)でも、親子として共演させていただきましたが、あのときも魅力全開で、いつも丹波さんの周囲には人が集まっていました。存在が大きくて、親父そのものなのです。丹波さんがそこにいるだけで、皆、安心できるんです。

そんな後ろ盾もあり、今回、三谷さんが描く人間味をおおいに放つ昌幸に、どこまでも挑戦できたのだと思います。

〈太閤殿下とわしと、どちらが好みか、言うてみよ〉

『真田丸』で昌幸は、じつは忍びの吉野太夫に溺れて、太夫の耳元でこんなことも言います。まあ、なんというか田舎親父まるだしですが、そこはかとなく愛すべき滑稽さで演じられたのも、丹波さんの励ましが耳に残っていたからかもしれません。

■社会現象になった「では、おのおの、ぬかりなく」

耳に残るといえば、この台詞も同様です。

〈では、おのおの、抜かりなく〉

徳川勢七千に対し、真田軍は二千。寡兵が大軍を破った守城戦として史実に残る上田合戦での、真田昌幸のひと言です。その後、決め台詞としてドラマの要所要所に登場し、真田信繁にも受け継がれました。のちに社会現象になったともいわれ、ドラマ撮影後は訪れた先でよく、「あの台詞を言ってください」と頼まれました。ご当地長野県上田市では、市役所や警察署で使っているとも聞き、嬉しかったですね。テレビを観た人が、それだけ昌幸に自分自身を投影してくれていたということです。役者冥利に尽きます。

「おのおの」、これが、昌幸らしさではないでしょうか。

晩年、関ヶ原合戦の戦後処理で配流生活が10年余りつづき、病で息絶える無念の最期、昌幸は息子に心得を託します。

〈わしの立てる策に場数などいらん。心得はひとつ。軍勢をひとつの塊と思うな。一人ひとりが生きておる。一人ひとりが思いを持っておる。それをゆめゆめ忘れるな〉

天命をまっとうする昌幸に、三谷幸喜さんが言わせた言葉です。

■「生きよ」というまっすぐな願い

一人ひとりが生きている。数じゃない、データじゃない。すべてが一人ひとりの人間なのだ、というメッセージは、いまの世の中にも通じる響きです。当時、大河ドラマのインタビューで、三谷さんはこんなことを言っておられました。

「僕にとってユーモアは、人を描くということ。年表にはないけれど、生きている人が泣いたり、怒ったりする息遣いの中で、ユーモアを描いていく」

だからこそ僕は、三谷さんの台詞を通して、一人の人間を生きられたのです。

命が燃え尽きる瞬間、昌幸は信玄公の幻を見ます。

〈お館さまぁ……!〉

馬のいななきと蹄の音を耳にしながらの叫びは、人生の戦をまっとうした男の最期です。

思えば、昌幸の台詞すべてに、「生きよ」というまっすぐな願いが込められていたのではないか。ふと、そんなことを思うのです。

〈これは永遠の別れではない。いずれ会える日を楽しみにしてるぞ。では、おのおの、抜かりなく……〉

生きよ。

人生は、挑戦よ。

こんな大博打を楽しまなくて、いったいどうする。

負ける気がせん……!

とことん、生きよ──と。

■役者は「気持ち悪い商売」かもしれない

『真田丸』の真田昌幸について、三谷さんがエッセイでこんなことを書かれていました。

〈今回の昌幸像は、以前、舞台「君となら」に出て頂いた時に、草刈さんの芝居を観ながら、思いついたことがベースになっている。その時は周囲の噓に振り回される役だったが、(草刈さんに今度は周囲を振り回す役を演じて欲しいな)と閃いたのだ。それが今回の真田昌幸に繫​がった〉

(『三谷幸喜のありふれた生活 14 いくさ上手』朝日新聞出版/2016年)

役者としてこれほど嬉しいことはありません。まるで、生みの親から認めてもらえたような心地です。僕には、何もない。これからもこの仕事を淡々と続けていくのみ。あらためて決心させてもらいました。

役者はつくづく不思議な稼業です。気持ち悪いといえば、このうえなく気持ち悪い商売かもしれません。なぜなら、監督や脚本家の求めている人物像がわかると、自然に体がそのように動くのです。役づくりするまでもなく。

僕の大好きな歌舞伎役者の片岡仁左衛門さんが、こんなことをおっしゃっている新聞記事を見たことがあります。

「役はつくるものじゃないのね。過去にやった役を引き出すようなこともしない。演じる役をしっかりつかまえ、役の気持ちにさえなれば、自然と出てくるもの」

鏡を見て化粧する間に、「スーッと」役になっているのだといいます。

あ、一緒だ。僕も、そうだ、と嬉しかったですね。ああ、よかったんだ、と。

昌幸の台詞にも、〈わしは勘で生きている〉というのがありますが、自分も同じところがあります。自分からは何も生まれない。台本や台詞を読んでその人物の気持ちになると、やりたいことがパッと頭に浮かぶんです。直感です。

■若い頃よりも、仕事へのエネルギーは上がった

67年も生きていると、いろいろなことがあります。二度と立ち直れない、と思ったこともありました。振り返れば、時の流れと共に自分があります。最近では65歳を過ぎた頃からガクンと体力が落ちて、鬱っぽい気分から抜けられない日もあるのですが、その反動でしょうか、仕事に対するエネルギーは若い頃より上がった気がするのです。大事に、丁寧に、臨めるようになった。必死で取り組んでいれば、自然に反映される。その積み重ねに、直感的に素直になれるかどうかだと思っています。

大河ドラマ『真田丸』の昌幸役は、長年のファンばかりでなく多くの方々が受け入れてくれるきっかけになりました。僕の役者人生で、迷うことなく「一番」といえる作品です。仕事を続けてきて40年以上経たうえでなお、集大成といえる作品に恵まれたのですから、これ以上の幸せはありません。

三谷幸喜さんという類まれなるクリエイターとの出逢いは、僕にとって、第二の人生の転機です。一度目は、20代の役者デビューのとき。そして、新たな役者人生が始まった二度目が、三谷さんとの出逢い。60代のいま、このときです。

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草刈 正雄(くさかり・まさお)
俳優
1952年福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)出身。69年デビュー。70年に資生堂のCMに起用され人気を博す。以後、俳優としても活動開始。74年に映画『卑弥呼』で映画デビュー。以来、『復活の日』『汚れた英雄』など数々の話題作で主演するほか、テレビドラマ、舞台でも幅広く活躍する。2016年NHK大河ドラマ『真田丸』や19年連続テレビ小説『なつぞら』などでも大きな注目を集め、新たなファン層を獲得した。09年から教養バラエティ番組『美の壺』(NHK BSプレミアム)の2代目ナビゲーターを務め好評を博している。

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(俳優 草刈 正雄)

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