1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

本能的においしいはずがないビールを、なぜ人はゴクゴクと飲み干すのか

プレジデントオンライン / 2020年8月5日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/semenovp

※本稿は、髙橋貴洋『「うまい!」の科学』(イースト新書)の一部を再編集したものです。

■アルコールは苦味や痛覚刺激(灼熱感)が圧倒的に強い

コミュニケーションの場に欠かせない、お酒。一人で飲む人もいる、嗜好性(しこうせい)の高い食品です。実は、アルコール(エタノール)そのものには、若干の甘味はあるものの、苦味や痛覚刺激(灼熱感(しゃくねつかん))などが圧倒的に強いのです。多くの人にとって、嫌悪刺激に感じられるでしょう。

つまり本能的にほとんどの酒類はおいしいはずがなく、ビールや焼酎、日本酒よりも低アルコール飲料やリキュール、甘いカクテルをおいしく感じるのが本来なのです。「若者の酒離れ」などと耳にしますが、食経験を積んでいなければ「本能的に飲めない」のは、今も昔も同じです。

では、お酒初心者はどのようにしてお酒を飲めるようになるのでしょうか?

毎日少しでも摂取することで慣れていき、飲めるようになるのです。食行動心理学でいう「単純接触効果」というものです。もちろん、毎日飲めば慣れるからといって、無理は禁物です。お酒初心者は、「飲む機会があれば無理をせずに挑戦してみる」のが望ましいでしょう。毎日摂取……でお喜びの諸先輩方は、初心者が同じように酒を飲み交わせるようになるまで、節度ある飲酒をお続けください(笑)。

なお、「嫌いなもの(ビール)」と「好きなもの(甘いものなど)」を交互に食べるとより効率的です。コーヒーも同じで、ミルクや砂糖を入れてラテにして飲むよりも、ブラックコーヒーとケーキを交互に食べたほうが、コーヒーを飲めるようになるためには効果的なのです。この単純接触効果を狙った方法は、最低でも10回以上はトライすることで効果を上げます。

■苦いビールは消化促進にも一役買っている

それにしても、なぜ毒のシグナルともいえる苦味を人は求めるのか?

それには、胃にも苦味のシグナルをキャッチする苦味受容体が存在することが関係していると考えられています。苦味を感知すると胃酸分泌など消化が促進されることがわかっており、それが、人が苦味を求める所以(ゆえん)であるというわけです。実際、胃薬の研究では、舌のうえで苦味を感じ、胃でも苦味を感じると、よりその効果が出る(オブラートに包んで飲むと効果減)ことが報告されています。つまり良薬口にも胃にも苦くなくてはいけないのですね。ともあれ、苦いビールは消化促進にも一役買っていることがわかります。

このように、おいしさには、味やにおい、食感だけでなく、内臓感覚や食後体感もとても重要なのです。現代では積極的に飲酒の場を設けることの難しさがあったり、きっかけがないと「嫌いな酒」を飲む機会もなかなかありません。しかし、貴重なその場に酒の文化背景や知識を正しく、そして「楽しく」伝えられる人がいれば初心者の強い味方となるでしょう。なお、酒の食後体験としてよくあることは、「二日酔い」ですが、トラウマになった食経験を修復するのはなかなか大変ですので気をつけましょう。

■ビールには苦味だけではなく酸味も甘味もある

さて、苦い酒の代名詞であるビールのおいしさについて考えてみましょう。これには「個人の嗜好性」が大きく影響してきます。ここでは、日本人が想像する「ビール」、つまりは黄金色で透明な「ピルスナービール」に的を絞って話していきます。ビールの味の構成を考えると人間の嫌いな味である「苦味」「酸味」に加え、「甘味」等を楽しむ世界ですので飲めない人にとっては理解しがたい味わいなのではないでしょうか。「酸味? 甘味?」と思った方は文章をよく理解し、読んでくれている方です(笑)。

まずは主役の「苦味」は頭の片隅において、酸味に注目してみましょう。実はビールには酸味物質が意外にもたくさん入っており、酸っぱいのです。そしてドライでクリアな味わいともいわれるピルスナービールにも甘味やうま味物質がたくさん入っており、これらが酸味をうまくマスキングしてくれているのです。そして酸味や甘味やうま味を醸造家が調整することでドライな味になったり、リッチな重たい味わいになったりするのです。

炭酸ガスも味に作用してきます。炭酸ガス自体が酸っぱい味わいであることや、三叉神経(さんさしんけい)系への刺激などによりスッキリした、ドライな味わいに感じます。最近では窒素ガスで押し出すビールもあり、その味わいが炭酸ガスにくらべまろやかに感じるのは酸味が少ないがゆえでもあります。

それでもビールが酸っぱいなんて、にわかには信じがたい……という方はギムネマ・シルベスタ茶というお茶を買ってみましょう。このお茶を濃い目に煮出し、30秒ほど口に含んでみてください(ギムネマ茶を口に含む前にビールの味を確認しておきましょう)。

このお茶にはギムネマ酸という物質が含まれており、舌にある甘味受容体を塞ぐので甘味物質や甘味アミノ酸、人工甘味料などの甘味を感じなくなります。ですから、砂糖を口に入れると、砂を噛(か)んでいる感じがします。

こういった味を変えてしまう物質のことを味覚修飾物質といいます。歯を磨いた後でオレンジジュースを飲んでまずい! と感じたことがある方も多いかと思うのですが、これは歯磨き粉の界面活性剤であるラウリル硫酸塩というものがギムネマ酸のように作用し、甘味を低減することでオレンジジュースがおいしくなくなるのです。その他にも味覚修飾物質といえば、酸っぱいものを甘く感じさせる(正確には酸っぱいと甘く感じる)ミラクルフルーツが有名です。

■ビールは「甘味」も大切なポイント

さあ、30秒たちましたか? この「甘味を感じない舌」でビールを飲んでみましょう。少しショックを受けるかもしれません。苦味や酸味を前面に感じ、苦味の少ないビールの銘柄は酸っぱくて水っぽく、そして苦い哀れな味わいになってしまうことでしょう。しかし今後は苦味以外にも甘味や酸味などが含まれていて、そういった味わいも探しながらビールと向き合うことができます。これはいかに我々がビールの味わいのポイントは「苦味である!」と思いこんでいるかを戒めてくれる体験でもあります。この「甘味を感じないギムネマ舌」はさまざまな場面で活用できますので覚えておくと良いでしょう。

さあ主役の苦味の登場です。苦味の強さや質でもビールの選択は変わってきます。

店頭にさまざまな種類が所狭しと並ぶビールですが、まずは「プレミアム・クラフトビール系」「一般的なビール」「発泡酒・新ジャンル系」の3種類におおまかに分けて比較してみましょう。

製品種類別ビールの苦味濃度

図表1は一般的なビール11品の苦味の平均値を100%としたときの苦味濃度をしめした棒グラフです。20%異なると大多数の人が全然違う味と認識するレベルの差です。ちなみにプレミアムビールというジャンルはありませんのでビールの酒税範囲かつ値段が高いものや、メーカーがプレミアムと謳(うた)っている商品の総称ということで扱っています。

■苦味が苦手な人は発泡酒や第三のビールを試すといい

プレミアム・クラフトビール系のものは苦味が強いものが多く、発泡酒・新ジャンル系は苦味が弱いことがわかります。前者はホップが多く含まれるので、苦味が強くなっています。発泡酒・新ジャンルは、コスト的にホップを減らしていることや、カロリーオフや糖質、プリン体をオフするために除去しなければならない物質があることで、軽い味わいになっているのでしょう。発泡酒や新ジャンルで、軽い味の苦いものをつくれば、これまでにない新しい商品になるかもしれませんが、よくよく考えると苦い薬を水で飲んだときのような味わいで、バランスが悪いのかもしれませんね。

苦味が苦手だけれどビールにチャレンジしたいという方は、発泡酒や第三のビールとよばれるものを試してみると良いかもしれません。

■苦味をコントロールしたいなら瓶や缶でビールを飲む

第三のビールや発泡酒ではなく、ビールを飲みたいというビール初心者の方におすすめの方法があります。なんと、ビールは注ぎ方でも苦味を和らげることができるのです。

キリンビールの研究結果によれば、泡を立てる(立て泡)ことによって、ビールの苦味成分(イソα酸)が泡の方へ移行し、液はまろやかな味わいになることがわかっています。

巷(ちまた)では3度注ぎなどが流行っていますね。これは、注ぎ方で苦味をコントロールしているわけです。しかし、多くの飲食店では通常、生ビールの注ぎ方をコントロールできません。この方法は、「手酌」で加減できる瓶や缶のビールでおすすめの方法です。

この方法で注いだビールを実際に味覚センサーで測定してみると、苦味が約19%(大多数のヒトが苦味の違いを認識できる濃度差)も減少していることがわかりました。苦味をそのまま感じたときのほうが良いか、苦味を泡のほうに抜いたほうがいいかは完全に好みです。その時の気分や食事のシーンで変えられますので、臨機応変に対応できると食の選択の幅が広がることでしょう。

ビールのおいしさを味わえないため、おすすめはしませんが、冷やしていないビールを飲んでみてください。冷やしたものにくらべ、苦いことがわかります。酸味や塩味は、温度の変化をあまり受けない傾向にありますが、うま味・甘味・苦味は、体温と同じくらいの温度のときに強く感じます。

温かいと味を感じやすいのは、味の伝達に体内の酵素が関与し、多くの酵素が体温付近で活性化しやすいからといわれています。逆に、夏によくあるキンキンに冷やしたビールの苦味をあまり感じないのはそのためです。もちろん冷たい飲み物やデザートを食べていると舌の温度が冷えて味覚感度が低下してしまいますので、温かい飲み物で戻してあげるのも、食事をおいしく食べるテクニックの一つです。

■思い切ってゴクゴク飲むと苦味を感じにくい

飲み方でも味をコントロールすることは可能です。苦味が苦手な人ほどビールをちびちびと飲むかと思いますが逆効果です。思い切ってゴクゴクと飲んだほうが苦味を感じにくい傾向にあります。どのようなからくりが潜んでいるのでしょう。

実は、舌には味を感じやすい部分があります。舌先・舌横・舌奥には味蕾(みらい)が多く存在し、舌の中央にはほとんど味蕾はありません。舌中央には痛覚の神経も少ないことから熱さにも鈍感で、猫舌でない方はここをうまく使って熱いものを飲んでいます。

舌の味蕾の分布

さあ実際にビールを飲んでみましょう。うまく舌の動きと液体の流動を感じながら飲んでみてください。飲み物の量や種類、グラスの厚みや大きさ、つかみ方などによって、舌の動きや顎(あご)の角度、手の角度が変わることがわかるでしょうか。

これをうまく応用しましょう。つまり舌先を使わず(舌先を下前歯の裏に隠し)、あまり味の感じない舌中央に液体を落とし飲み込む「ゴクゴク飲み」は、自然と味が薄く感じるのです。

■「ゴクゴク飲み」の3つのコツ

ゴクゴク飲みのコツは、

①グラスは細いものか長いものを使う(ジョッキやコリンズグラスなど)
②グラスの角度を大きく傾けることのできる量を入れる
③グラスのカーブを生かす

の3つ。細いグラスから勢いよく一直線に、舌から喉元めがけて流れ込ませます。海外ではビール1本に専用のグラスが1つ用意されていることもあります。そのビールの特徴をグラスで最大限に生かそうと設計されているのです。

ゴクゴク飲みのコツ

しかし、このゴクゴク飲み、苦味を感じないために、ついつい飲みすぎてしまうので、気をつけたいところです。

ビールは「のどごし」という方も多いかと思います。実は我々は軟口蓋(なんこうがい)や喉にも味蕾が存在し、味を感じることができているのです。付近の部位を意識し、感じようとすると確かに味がしていることがわかると思います。普段は意識していないかもしれませんが、この喉からの味の情報も取り入れることでより奥深いテイスティングが可能となってきます。

舌以外の味蕾の分布

■おつまみに唐揚げやぎょうざが多いのは理にかなっている

髙橋貴洋『「うまい!」の科学』(イースト新書)
髙橋貴洋『「うまい!」の科学』(イースト新書)

苦味をコントロールする方法はまだあります。ビールのおつまみを想像してみてください。唐揚げやぎょうざ、フィッシュアンドチップス……結構しょっぱいものや脂っこいものが多いですね。塩味を代表する化合物の塩化ナトリウムのナトリウムイオンは苦味を抑制する効果があります。よく、野菜を塩でゆでるのは、下味をつけるためだけでなく、苦味の抑制も狙っているのです。現在では、品種改良が進み、野菜の苦味を感じることはあまりありませんが……。

油脂は舌をコーティングするため、苦味物質が舌に直接触れにくくなります。さらに、苦味物質はどちらかというと油脂に溶け込みやすく、これも苦味抑制の効果があります。

注ぎ方や飲み方、グラスを変えたり温度を変えたり、おつまみを変えたり……一つの銘柄に絞ってもさまざまな味わいパターンを堪能できます。そしてビールはつくり方によって100種以上にも分類されます。もうビール好きになってしまったら最後、底なし沼にはまったような体験が待っているのです。でも、泥酔しての苦い酒にはくれぐれも注意しましょう。

----------

髙橋 貴洋(たかはし・たかひろ)
味香り戦略研究所 研究開発部
1981年、東京生まれ。東京理科大学理学部化学科修士課程修了。在学中に味分析に興味を持ち、味香り戦略研究所へ入社。現在、10万アイテム以上の味分析を行い味のデータデース構築・解析などを手掛ける。会社主催の「味覚レベルアップ講座」「においの数だけレベルアップ講座」の講師を務め、メディアや企業などを対象においしさについて講義している。フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」、NHK「あさイチ」、日本テレビ系「所さんの目がテン!」、テレビ朝日系「家事ヤロウ!!!」など、テレビ出演多数。

----------

(味香り戦略研究所 研究開発部 髙橋 貴洋)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください