窮地に陥ったら腹を括れ。行動からブレが消える
プレジデントオンライン / 2020年8月16日 11時15分
■93年1月31日、スーパーボウルの一戦
スポーツの現場を長く取材してきた。勝負の際、劣勢サイドの「土壇場力」を目のあたりにしたことも多い。追い込まれた側の戦略である。普通にやっていたのではほぼ負けてしまう。だから一か八か、一発逆転の策を打つ。それが決まったときの爽快感といったら。もちろん、スカとなる場合のほうが圧倒的なのだが。
有名な事例は数多ある。プロ野球なら「江夏の21球」(1979年日本シリーズ第7戦)、大相撲では2001年5月場所の「鬼の形相、貴乃花優勝」(小泉純一郎元首相の「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」ですね)、オリンピックの柔道なら大怪我をしたのに金メダルを獲った山下泰裕(84年ロサンゼルス)や古賀稔彦(92年バルセロナ)などなど。
そんな中でも「こりゃ、すげえや」と唸ったのがアメリカンフットボール。さすがにファイナルスポーツと言われる戦略のゲームである。
要諦を先に言ってしまえば、「できることだけをやる。ただし完璧に」。窮地に陥ったときの腹の括り方である。世界中が注目する最高峰の舞台、第27回スーパーボウル。93年1月31日だった。ダラス・カウボーイズvsバッファロー・ビルズ。
当時、アメフト専門誌の記者だった私は、現場(カリフォルニア州パサディナ)にいた。記者席ではビール飲み放題、ホットドッグ食べ放題だったが、私は興奮と緊張のあまり、水しか喉を通らなかった。
9万8374人の観客の声援が記者ブースに震えて届くのである。
■土壇場で飛び出したまさかの戦術
ディテールは略すが、第1Q(クォーター)、ビルズが攻めに攻めて、カウボーイズ陣4ヤードまで迫った。タッチダウンまでわずか4ヤード。しかも攻撃権は4回もある。
![スーパーボウルの大舞台で窮地を脱し勝利したダラス・カウボーイズ。当時のスター選手に、エミット・スミス、トロイ・エイクマンらがいる。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/500/img_aa35ca966a8cbcc8d4a2123392491e0c1156255.jpg)
アメフト好きなら「1200%タッチダウンだ。カウボーイズはとっととケツを捲って、次の攻撃に備えるだろう」と思う。
ゴルフならば「OK」(次のショットで何があっても外さないほどにカップの近くまで寄せた場合、同伴者が「OK」と言えば、そのホールの打数に1打追加して、カップインしたことにするルール)である。
私もそう思った。繰り返すが、ビルズはたったの4ヤード進めばいいのだ。いくらカウボーイズのディフェンスが世界一強いからといっても、守り切るのはムリだ。この状況なら、日本の大学チームのオフェンスでもタッチダウンできる(と、思う)。ちなみに、4ヤードはおよそ3.7メートルである。
しかし予想に反してカウボーイズ守備陣は頑張った。ビルズのラン攻撃をガッツで食い止め、第4ダウン(オフェンスには4回の攻撃権が与えられ、そのうちに10ヤード以上進むと、さらに4回の攻撃権が与えられる)残り1ヤードまで粘ったのだった。
残り1ヤード!0.9144メートル!クォーターバックがボールを持って手を伸ばせばタッチダウンである。
ここで、カウボーイズ守備陣は腹を括る。ランニングプレーへのシフトを放棄して、パス攻撃のみに対応する陣形を敷いたのだ。
これには私も驚いた。野球に例えれば、投手と捕手以外の全員が外野を守り、フライのみに対応するようなもの。ゴロを打たれたら終わりである。だってファーストさえいないんだから。
カウボーイズの守備も、そのくらいに極端だった。ランプレーを阻止するための前線の人数が少なく、見るからにスカスカしている。さすがに諦めたのかとも思った。だが、ここまでガッツでゴールを守り抜いたこととの整合性がとれない。諦めるのなら4ヤードの時点だったはずだ。
■思い切るならタイミングを逃すな
当時、駆け出しの記者だった私には、カウボーイズ・ディフェンスの意図がすぐにはわからなかった。隣にいたプロレスラーみたいな体格の白人記者に英語で尋ねてみたが、まったく無視された。歓声がものすごくて話しかけても聞こえないのである。
![腹を括り、思い切ったヤマを張ったダラス・カウボーイズ。行動にブレがなくなったゆえに、勝利を摑み取ったといえよう。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/d/300/img_2de73e32837c66952987cc91c73b5e1c278484.jpg)
試合後、この布陣についてカウボーイズのディフェンスコーチはこう話した。
「どのみち、得点されて当然の状況だから思い切った手を打った。ランで来られたら負け。でも、もしパスを投げてきたら、絶対に得点は許さない」
ビルズのクォーターバックはジム・ケリー。もちろん最優秀の司令塔である。ランを選択すべきだったことは百も承知だったはずだ。ところが彼は魔が差したかのようにパスを投げてしまうのであった。
ケリーの投げたパスは守備陣にインターセプトされた。ゴール前4ヤードに迫りながら0点。アメフトではタッチダウンが6点、フィールドゴールが3点。タッチダウンが厳しそうな場合にフィールドゴールに甘んじるわけだが、この大チャンスに0点である。
試合はカウボーイズが52対17と圧勝した。その後のカウボーイズの猛攻が目を引いたわけだが、実は序盤の1ヤードをめぐる攻防で大勢は決していたのである。
1ヤードを攻め切れなかったビルズは意気消沈し、守り切ったカウボーイズはイケイケになったのだ。ちなみに両チームの得点合計69点は当時のスーパーボウル記録となった。
■ヤマを張ると気持ちに余裕が出る
私は興奮した。つくづくいいものを目のあたりにした。海外出張させてくれた編集長に感謝した。
単に一か八かのギャンブルが見事に成功したのではない。窮地に陥ったときの腹の括り方がすばらしい。「もしパスを投げてきたら、絶対に得点は許さない」というセリフにしびれてしまった。
全米チャンピオンチームを引き合いに出しておいて、自分のことを振り返るのはおこがましいのだが、似たような経験はないこともない。
大学入試で数学をチョイスした。全部で5問出る。分野別で、私は「確率」が苦手だったけれど、他の数列や行列などは案外イケた。それでカウボーイズシステムを取ったのである(当時はまだ知らなかったけど)。
私は「確率」の勉強を完全放棄した。もし「確率」が出題されたらお手上げ。そうでなければ満点。つまりヤマを張ったのだった。
こういうのはただの怠け者の発想で、ちゃんと勉強しておけば窮地に陥らなくて済むのである。ちなみに確率は出なかったが、その大学には落ちた。
土壇場ということとは少し違うものの、腹の括り方は日常生活にも応用できる。
私には反抗期真っ最中の娘がいる。こういう娘は父親の小言を極端に嫌う。しかし生活態度のアラが見えてしまうのも親だ。そこで、「これだけは許さない。あとのことはすべて大目に見る」と決めた。具体的記述は避けますけど。こう腹を括ると、気持ちに余裕が生まれてくるのだった。
腹を括れば行動からブレが消える。私はスポーツの取材をするとき、「この人はどのくらい腹を括っているか」をいつも考えるようになった。当然、それが露わになるような問いを放つ。スーパーボウル取材の最大の恩恵だと思っている。
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作家
1964年、東京都生まれ。「相撲」の編集部員などを経て、第5回小説新潮長編新人賞を受賞。相撲小説の第一人者。著書に『おれ、力士になる』『消えた大関』『力士ふたたび』など。
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(作家 須藤 靖貴 写真=AFLO、共同通信イメージズ)
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