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じゃんけん必勝法が「最初はパー、次はチョキ」である科学的な理由

プレジデントオンライン / 2020年8月11日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=PIXTA/TROUT

世界は不確実で、人間は気まぐれだ。これを科学的に説明するには、「多数決」と「じゃんけん」を考えるとわかりやすいという。量子力学、数理物理学に加え、「社会物理学」をも専門とする研究者の科学エッセイをお届けしよう――。

※本稿は、全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)の「数理社会編」の一部を、抜粋・再編集したものです。

■理論物理学者が見つけた、多数決の秘められた力

多数意見というものは、どのようにして生まれてくるのだろうか。誰にとってもこれは大きな関心事である。実際身の回りを振り返っても、われわれの時間の大きな割合が、職場や家庭の各人の考えをどう集約していくか、という問題に費やされている。

社会の多数意見の形成の過程に、何か数学的な法則のようなものはないのだろうか。人間は個々には自由意志をもち、予測不可能な決断を行うこともあるが、多数が集まるとき、ちょうど多くの原子が集まって水や塩や金属になるときと同様に、何か簡単な法則が立ち現れるのではないか。そう考えて「世論力学」というものを考案したのが、フランスはパリの理工科大学、エコール・ポリテクニークの理論物理学者、セルジュ・ガラム博士である。

■「固定票タイプ」と「浮動票タイプ」

ガラム理論では、賛否の意見をもった個々人がたくさん集まって多数決に参加する状況を想定し、その際すべての個人が2つのタイプのいずれかに属すると考える。定まった意見があって常に賛成または反対の意見を持ち続ける「固定票タイプ」と、他人の意見を絶えず参考勘案して賛成反対を決める「浮動票タイプ」である。

浮動票タイプの個人は、最終的な判断に至るまで自分の意見を何度か変えるが、その度に数人の意見を参考にすると想定される。われわれ自身何かの賛否を決める際、定見があったり強い利害があったりする場合は別にして、新聞やテレビやネット、友人同僚の意見を徴するなどするものだが、通常そんなに熱心に調べて回るわけでもない。通販でものを買う際レヴューを読むにしても2、3ほど見て済ますのが常である。ガラム博士は大胆にも、この「数人の参考意見」を「ランダムに集まった自分も含めた3人による多数決」に従った意見の変更、と見做(な)すことにした。

■固定票タイプが2割弱いれば無敵に

このような各人の意見の調整、変更が繰り返し断続的に起きて、集団全体の賛否の比率が安定になるまで続くと考えるのである。ガラム博士はこの過程を確率分布の時間発展を記述する方程式で表した。そしてそこからいくつかの興味深い結論を得た。

(1)それによるとまず、固定票タイプがいない浮動票タイプだけの社会では、意見の調整が進むにつれて、賛否いずれかが優位になって最後は全員賛成、もしくは全員反対になる。このときどちらに傾くかは、最初の意見の分布で、賛成派が5割を超えているかどうかで決まる。つまり浮動票タイプが意見の人真似をしていく過程で、賛否の差が拡大して、最初の多数派が勝つことになる。

(2)固定票タイプが少し混じっただけで、賛否の分布に与える影響は大きい。例えば「常に賛成」の固定票タイプが5%いるとき、たとえ最初に70%が反対であっても、ランダムなグループに分かれての意見の調整を経ると、最終的には全員が賛成派となってしまう。

(3)固定型の人が17%以上混ざっていると、彼らは無敵である。つまり17%だけ絶対賛成派の固定票タイプがいたとすれば、残りの浮動票タイプの人全員が反対から始めても、時とともに全員が賛成派になってしまう。

ちなみにここでマジックナンバーのように出てくる17%、すなわち数0.17であるが、これは正確には3-2√2=0.1715……である。この数自体はランダムに3人で意見を調整する、という特定の仮定に依存して出てきたものである。例えば3人を5人に変える等の変更を加えると、17という数自体は少々変わってくる。しかし本質的な結論は不変である。まわりと意見交換をしながら社会全体の意見を調整する「民主的手続きを踏んだ」多数決を行う場合、2割にも満たない確信をもった少数派の意見が、残りの一般有権者全体の意見に優先することが起こるのである。

■強い動機を持つ人々による「一般有権者」の奪い合い

自ら判断する多数者の統治が廃れるとき、民主制のもとでの少数者独裁が立ち現れる。エネルギー産業であれ、医師会であれ、農協であれ、タバコ産業であれ、確信をもった少数派が不思議に強大な影響力を振るっているのはなぜなのか。多数決選挙の実際が多くの場合、善悪損得を冷静に判断する独立した個人の集積というよりも、強い動機をもった人々の集団による「一般有権者」の奪い合い、といった様相を呈するのはどういうことか。そのようにまわりを見渡して民主政治の実態を眺めると、善かれ悪しかれ、色々とガラム世論力学の描像に符合することが多いのではないだろうか。

最近ときどき耳にする言葉に、「熟議民主主義」というのがある。専門家を交えた少数の集まりによる議論の積み重ねを、集団の意思決定の場で活用する動きを指すようだ。これはガラム世論力学に描写された過程を、意識的に制度化する試みのようにも見える。

ガラム博士は現在、日本に共同研究者を得て、複数の対立する少数者たちの織りなす多数決世界の考察、すなわち政党政治の力学理論の構築を進めている。

■気まぐれにランダムに対応したほうがいいとき

確率の概念は人間にとって非常に基本的なものである。人は希望を胸に確率の神殿を訪れて、稀(まれ)に確信を、多くは傷心(しょうしん)を抱いてそこを去る。世の中は不確定で不測(ふそく)の事態でいっぱいなので、人のサバイバルには、進化の途上での確率概念の獲得が不可欠だったに違いない。

確率の中心にある概念が「出鱈目(でたらめ)」もしくは「ランダムさ randomness」である。明日は晴れるかもしれず、雨が降るかもしれず、確実な事は言えない。ランダムに起こる不確定な事象に対しては、人間のほうもランダムに、緻密(ちみつ)に考えて対応するより、むしろ気まぐれに自由に対応した方が、良い結果を招く場合も多い。

例えば「じゃんけん」を考えてみる。ゲーム理論の告げるところによれば、じゃんけんの最良の戦略は、グー、チョキ、パーを均等に混ぜて出鱈目に出すことである。いやゲーム理論など知らずとも、誰でも経験的にそれを知っている。何かの戦略を練って出し方を決めると、そのうちパターンを読まれて負け始めるからである。

■じゃんけんのビッグデータを分析してみると

数年前に中国の王、徐、周の3人の物理学者が、多数の人間の無数のじゃんけんプレーのビッグデータを分析してみた。するとどうも人間は、じゃんけんを完全にランダムにプレーしてはおらず、最初に出す手はグーがチョキやパーよりも数%多く、また繰り返しのプレーでは前回の相手の手を負かす手を出す傾向があるらしい。特に負けたときにこれが著しかった。

全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)
全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)

これを知っていると、そのパターンの逆を行くことで、統計的に勝ちやすい出し方が見つかるだろう。つまり最初はパーを出すと勝ちやすく、次はこのパーに勝とうとチョキを出す相手にグーを出すと勝ちやすい。適度に出鱈目を混ぜながらこういう風にプレーするのである。

実は筆者はこれを実行しており、最近ではジャンケンで勝つことの方が負けることより多いのはここだけの秘密である。あなたも試してみられるといかがだろうか。しかし人間の癖をついたこのような理詰めの統計的必勝法が広がって一般化したらどうだろう。今度はそれの裏を読んで勝つプレーが出てきて、今のは必勝法ではなくなるだろう。そしてそれに勝つやり方が出て、という具合にすすむことになる。

そのうちこのような計算ずくのやり方は結局損だと皆が気づいて、しまいに人は、完全に気まぐれに、本当にランダムになるようことさら意を用いながら、じゃんけんをプレーすることになるだろう。

■不確定な世界を生き抜くために

このように考えると、人間の気まぐれは不確定な状況への最適な対応として発生してきたのではないかと言う、朧(おぼろ)げな推測さえできる。すなわち、世の定めなさこそが人間の勝手気ままな振る舞いを生み出した、とするのである。

気まぐれ、勝手気ままさは、人間の自由という概念の根幹の一つである。正しい理屈に従うのが真の自由と言うお説教はよく聞くのだが、それは詭弁(きべん)だろう。理屈であれ他人の権威であれ、それに無条件に従うのは隷属である。身勝手さ気ままさは自由の一部である。福沢諭吉がliberté(リベルテ)に当てる日本語の「自由」を考えたとき、別の有力候補は「天下御免」であった。世界の不確実性は人間の自由を生んだ一つの契機であるに違いない。

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全 卓樹(ぜん・たくじゅ)
物理学者
京都生まれの東京育ち、米国ワシントンが第三の故郷。東京大学理学部物理学科卒、東京大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了。専攻は量子力学、数理物理学、社会物理学。ジョージア大、メリランド大、法政大等を経て、高知工科大学理論物理学教授。。著書に『エキゾティックな量子――不可思議だけど意外に近しい量子のお話』(東京大学出版会)などがある。

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(物理学者 全 卓樹)

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