「職場とプライベート、どちらが本当の自分なのか」という問いの落とし穴
プレジデントオンライン / 2020年8月11日 11時15分
※本稿は、石川幹人『その悩み「9割が勘違い」 科学的に不安は消せる』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■自己イメージと他者イメージ
「職場とプライベートで違う自分がいて、本当の自分がわからない」
「今の職場での仕事は順調なのに、どうも自分に合っていない気がする。週末のボランティア活動では生き生きと自分を表現できているのに、職場では自分を隠しているようで息苦しい」
このように“本当の自分”にまつわる悩みは多く見られます。これらは自分が唯一絶対のものであり、いつでもどこでも矛盾なく一貫したものでありたいという願望の表れとも言えます。
これは人類が長年の遺伝から学んだ「ホットハート」と、そこから理性的に判断する「クールマインド」のズレに鍵があります。
私たちの祖先は狩猟採集時代に一〇〇人程度の小集団で協力作業をしていました。そうした小集団では、獲物を追う、木の実を集めるなどの作業分担がなされており、当然、各個人の強みを活かして仕事が割り当てられていたでしょう。
木の実を集めるのが得意な人は、自分からその仕事を申し出ることもあったかもしれませんし、申し出た以上はしっかりと仕事をこなす必要があります。それがうまくいくと、「木の実を集めるのが得意」という自己イメージと、他者から見た「木の実を集めるのが得意な人」という他者イメージが合致します。
私たちのホットハートは、この自己イメージと他者イメージが合致したときに、充実した感じを得るようになっています。“本当の自分”に従って生き生きと働くことが、小集団での分担作業を円滑に進める原動力になっていたのです。
■学校の「授業参観」での振る舞い方に迷う理由
ところが、現代社会の仕事は複雑になってきました。自分が不得意と思う仕事や、やりたくない仕事でもこなさなければならないことが多くあります。すると、現在の仕事が“本当の自分”とズレている気がしてくるのです。
ホットハートの仕組みは、比較的単純な仕事を覚え、何年もかけて熟練していくという生活環境のもとで成立していました。複雑で流動的な仕事に対応すべき現代では、その仕組みを変えていく必要があります。
まず、“本当の自分”は一つとは限らないと認識しましょう。小学校のころを思い出してください。家庭での自分と学校での自分は、かなり異なる自分だったはずです。その両方とも“本当の自分”と考えてよいのではないでしょうか。狩猟採集時代の小集団では、家庭も学校もなくいつも同じ集団にいたので、「単一の自分」だったのですが、それが現代では「複数の自分」になったというわけです。
ところが、家族が授業参観に来ると困った事態になります。家庭での自分としてふるまうか学校での自分としてふるまうかの迷いが生じるのです。授業なので学校での自分を出すと、家族が抱いてきた自分のイメージと矛盾してしまうのが悩ましく感じます。
こんなときはクールマインドを使って、時と場所に応じて「自分は複数ある」と思うのが有効です。先の例では、家庭での自分と学校での自分は違うのだと言い聞かせます。授業参観に来た家族は、家庭とは違った自分を見に来たと考えるのです。
■異なる自分を「演じる」、それもまた「本当の自分」
この言い聞かせは、人によってはホットハートが邪魔をするのでかなり難しいです。狩猟採集時代の作業分担では、担った仕事を最後まで一貫して果たす責任があったので、途中でその仕事に飽きてしまうような心変わりが許されませんでした。そのためホットハートは、自分らしく生きたいなどと、常に安定した「自己イメージ」を維持するように働きがちなのです。
もちろん、現代でも担った仕事は最後まで果たす責任がありますが、その仕事が終わったら、心変わりをしても一向に構わないのです。ホットハートは頑固に動きがちですが、クールマインドを駆使して、その頑固さを和らげる方向にガイドしましょう。
そのヒントになるのが、演劇の意識です。時と場所に応じて異なる自分を演じるのです。自分を演じると言うと、どれも“本当の自分”ではないように感じるかもしれませんが、異なる自分を演じ分けられる自分が“本当の自分”なのだと思うようにしましょう。クールマインドには、自分を拡大して捉えられる柔軟性があるので、それを利用するのです。
■自分のことは他者のほうが知っている
さて、“本当の自分”に関して、重要な落とし穴がもう一つあります。
ホットハートは自己イメージと他者イメージの合致を求めるのですが、私たちは自己イメージが先にあり、それを他者に理解してもらおうという手順で考えがちです。就職活動でも自己分析と称して、自分の強みを発見して、それを活かす仕事を探すという「やりたい仕事を見つける方法」を教わります。
その方法には一定の意義がありますが、逆もあるのを忘れてはなりません。「他者イメージ」が先にあり、それを自分が引き受けるという手順です。やりたい仕事とも得意な仕事ともあまり思えない仕事であっても、他者の期待に沿って従事しているうちに熟練して面白くなることがよくあります。
このように、求められている仕事から、できそうな仕事を見つけるほうが、社会の要求に合った実用的な手順なのです。クールマインドで逆転の発想をした結果、ホットハートが充実感を覚える可能性も高まります。
■「友情」の考え方をアップデートしよう
以上の知見から、冒頭の悩みを抱えた方への処方箋はこうなります。
今の職場の仕事が順調ならば、自分に合っているのです。さらに、週末のボランティア活動で生き生きとしているのならば、また別の自分を表現できていてハッピーなのです。どちらも“本当の自分”です。職場では、週末のボランティア活動の様子を話して、別の自分を表明しましょう。すると同僚が、同僚の週末の話をしてくれることで、同僚の思わぬ別の姿を知ることにもなります。
クールマインドを発揮して画一的な“本当の自分”へのこだわりを和らげ、ホットハートが充実感を覚える機会を増やしましょう。いろいろな自分があったほうが生きやすいにちがいありません。
この考え方は、友人についても新たな視点をもたらします。友情とは本来、狩猟採集時代の協力集団の仲間に抱く親密感でした。だから、友人の友人はまた友人という一体感を引き出す感情なのです。あなたの友人が、あなたの嫌いな人と友人だと嫌な感じですよね。友情は、仲間集団を目指して進化したのです。
ところが、生活が多様化している現代社会では、職場での友人関係と趣味の場での友人関係は別々で構わないのです。新しい友人を広げるということは、狩猟採集時代の協力集団を超えて、現代的な関係を築くことでもあります。ホットハートのよい面を残しつつ、現代的な人間関係に合わせた友情を見いだしていきましょう。
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明治大学教授
1959年東京生まれ。東京工業大学理学部応用物理学科(生物物理学)卒。同大学院物理情報工学専攻修了。企業の研究所や政府系シンクタンクをへて、1997年に明治大学に赴任。専門は認知科学で、生物学と脳科学と心理学の学際領域研究を長年手がけている。主な著書に『職場のざんねんな人図鑑』(技術評論社)、『人はなぜだまされるのか~進化心理学が解き明かす“心”の不思議』(講談社ブルーバックス)、『人は感情によって進化した~人類を生き残らせた心の仕組み』(ディスカヴァー携書)がある。
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(明治大学教授 石川 幹人)
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