認知科学者が「職場ではできるだけ孤立していたほうがいい」と説く理由
プレジデントオンライン / 2020年8月13日 11時15分
※本稿は、石川幹人『その悩み「9割が勘違い」 科学的に不安は消せる』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「協力的」「利己的」という相反する仕組み
狩猟採集時代の協力集団では、「助け合わねばならない」という掟(おきて)があったにちがいありません。と言うのも、人間にはサルの時代までに身につけた利己的な行動をとる「心のモジュール」も残っているからです。それが強いと、獲物をひとり占めしようとしたり、助けられても助け返さないタダ乗りをしようとしたりします。そのような行動をとる個体は「掟違反」と見なし、集団から排除する仕組みもあったはずです。
この事実は、私たちの心の内をのぞいてみると納得できます。仲間の誰かがルール違反をしたらどんな気持ちがするでしょうか。きっと誰もが強い憤りを感じるでしょう。憤りから来る怒りをその裏切り者にぶつけて反省を促し、心を入れ替えて掟に従うようになれば、また仲間として迎え入れます。
このように私たちには、「裏切り者検知」「憤り」「許し」「仲間意識」など、一連の仕組みが備わっています。前述の公平感、恩義、義理人情のみならず、ルールを守る道徳観もこの時代に形成されました。狩猟採集時代は、助け合いを成立させるために、人間に多くの機能が一気に進化した特別な時代だったのです。
■人間は助け合うことで生き残ってきた
チンパンジーの階層集団では、食糧が減ってきたら下位の個体から割を食ってきました。一方、人類の協力集団では公平感が強く、食糧が減ってきたときに強い者だけが生き残るとはなりにくく、少ない食糧を分け合い、共倒れになる危険性が高まります。この点から人類の協力集団は危機に弱いと指摘できます。
実際のところ、現代に生きる私たちは皆、数十万年前にアフリカに生きていたある一つの集団の末裔であることが、遺伝情報の解析からわかっています。
ほかの集団は、十分な協力ができなかったり知恵が生み出せなかったりと、食糧難に対応できず、すべて滅びてしまったというわけです。私たちは、その唯一の祖先集団が培った貴重な「心のモジュール群」を備えて生まれてきているのです。
協力する心の働きは、よいことばかりではありません。現代社会に特有の悩みももたらします。
■「気の合う仲間がいない」は転職の理由になるか
「職場に気の合う仲間がいない。転職したほうがいいのかな?」。
職場での昼休み、休憩室に集まった社員は皆でお弁当を広げ、社内の噂話で盛り上がっている。でも、それに私はなじめない。話を合わせるのも面倒だし、そんな昼休みだからリフレッシュもできない。
一人で昼食をとるのは悲しいのかもしれませんが、利点もあります。職場の同僚にわずらわされない点や、社内の噂に惑わされない点です。人類が長年の遺伝から学んだホットハートから生じるネガティブな気持ちを整理してみましょう。それには理性的に判断するクールマインドを発揮して、あなたにとって「職場とはどのような意味を持つ場所か」をかえりみる必要があります。
そのためには、あなたの職場が協力集団なのかを判断することがまず必要です。
■日本の会社はもはや「協力集団」ではない
日本の企業経営では古くから協力集団を演出してきました。職場は家族のような付き合いを理想として、宴会や運動会を催してはコミュニケーションを密にとり、皆の価値観や問題意識の共有を図ってきました。社員それぞれは、皆の状況を把握したうえで、自分が可能な限り仲間のために働くという具合です。不祥事を起こした企業の経営者が、いまだに「社員一丸となって改革に取り組む」と言いますが、過去の理想を追った姿と言えます。
現在の企業の職場では、昔ながらの仲間意識は失われています。実態は、協力集団というよりは契約集団になっています。割り当てられた仕事をこなせば、それに対して報酬が与えられるといった構図です。率先して仕事をこなしても、契約に謳われていなければ報酬もないという現実です。それこそ「仲間づくり」が契約になければ、仲間をつくらなくとも問題はないのです。
つまり、「気の合う仲間がいない」という気持ちは、「職場に仲間がいるべきだ」という前提から生じている可能性があります。職場が協力集団のように見えてしまうので、「仲間づくりモジュール」が発動されるのですが、実際は必要ないのです。
■「どこにも仲間がいない」は問題だ
家族や地域、同好の士の集まりなど、どこかに仲間がいれば、前述のように職場で仲間をつくる必然性はないのですが、「どこにも仲間がいない」のならば別の問題があります。狩猟採集時代の仲間は生きる支えであったので、私たちは仲間がいないとすぐ、「生きていけない、大変だ」と思いやすいのです。
そうした不安に駆られぬように、最低限どこかに仲間をつくっておくことは重要です。どこかに仲間ができていれば、職場については生活費を得る場として、軽く考えることができます。
それに、職場での仲間づくりは「職場ならではの大変さ」もあります。仲がいいからと秘密を打ち明け合った人同士がこじれ、絶交状態なのに過去の経緯から抜き差しならない関係は解消できず、おまけに一緒に仕事をしなければならないという窮地に追い込まれることがあります。「職場に仲間がいていいな」と見える陰には、どろどろとした現実も多いのです。
■「仲間がいないと不安」は論理的に正しいのか
さて、「仲間がいないと不安になる」という点を考えてきましたが、次に「不安になると仲間が欲しくなる」という点について考えます。例えば、抜擢されて新しい仕事を始めないといけない状態は不安です。そんなとき仲間がいれば、一緒に過ごすだけで不安を軽減できます。仲間との歓談によって、オキシトシンなどの不安を鎮めるホルモンが出ます。これも、狩猟採集時代の協力生活のたまものです。
![石川幹人『その悩み「9割が勘違い」 科学的に不安は消せる』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/9/200/img_d96ae57f4f2b01e940a7ba0e22b192a1288750.jpg)
しかし、これは考えてみると気休めです。新しい仕事について仲間は何の経験も知識も持っていないにもかかわらず、単に「大丈夫だよ」と言っているだけのことが多いのです。これでは、とても「大丈夫」ではありません。
感染症が流行すると私たちは不安に駆られます。すると、不安を軽減しようと仲間を求めますが、感染症を防ぐために「仲間と顔を合わせてはいけない」と、禁じられるのです。ますます不安が高じてしまいます。
こうした問題を避けるためには、「仲間による不安の解消」は最後の手段にして、ストレートに不安の軽減を試みることです。それは不安の原因を特定することです。新しい仕事が未知であることが不安ならば、仕事の内容を調べます。よく知っているという人に聞きに行ってもよいでしょう。知識が必要ならば、勉強を始めましょう。準備を重ねて自信がつけば不安も減ります。「案ずるより産むが易やすし」です。
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明治大学教授
1959年東京生まれ。東京工業大学理学部応用物理学科(生物物理学)卒。同大学院物理情報工学専攻修了。企業の研究所や政府系シンクタンクをへて、1997年に明治大学に赴任。専門は認知科学で、生物学と脳科学と心理学の学際領域研究を長年手がけている。主な著書に『職場のざんねんな人図鑑』(技術評論社)、『人はなぜだまされるのか~進化心理学が解き明かす“心”の不思議』(講談社ブルーバックス)、『人は感情によって進化した~人類を生き残らせた心の仕組み』(ディスカヴァー携書)がある。
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(明治大学教授 石川 幹人)
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