「全員出社と満員電車」復活の背景にある、昭和日本企業の特異性とは
プレジデントオンライン / 2020年8月12日 6時15分
■「決まりだから」と言ってしまえば一番ラク
5月下旬に緊急事態宣言が解除されて以降、都心では朝の満員電車が復活しています。これは多くの企業で出社、しかも全員同じ時間帯での出社が復活している証しでもあるでしょう。
宣言中は、かなりの割合の企業がリモートワークを実施していました。この経験を経て「リモートでも仕事はできるとわかった」「効率的に働けるようになった」という声も少なからず上がっています。なのに、なぜ全員出社して働くスタイルに戻りつつあるのでしょうか。
満員電車に対しては、感染拡大防止の観点から懸念の声も聞かれます。これを本気でなくそうと思うのなら、引き続きリモートワークを行うか、難しい場合には出社時刻をもう少し柔軟に運用すればいいだけ。多くの企業でこれが実現できない原因としては、主に次の2つが考えられると思います。
ひとつは、定時出社が「当たり前だから」「決まりだから」。これがまかり通るのは、多くの人にとってとても楽な考え方だからです。もうひとつは、今の社会では「決まりだから仕方ない」「制度が整っていないからできない」と言えば、それで言い訳が成り立ってしまうから。できない理由を聞かれた時、いちいち根拠を挙げなくても、こう言えば相手を説得できると考えているわけです。
■国のお墨付きがあれば満員電車もすぐ解消
しかし、以前の記事「台風でも出社時間を死守させる日本人の異常さ」でも述べたように、始業時間や就業時間は法律による「決まり」ではありません。その企業の働き方が、そういう仕組みになっているというだけのことです。
僕にとって満員電車の復活は、定時出社=決まりという思い込みの根強さをあらためて感じさせるものでした。同時に、日本企業が「その場にいること」を重視する風潮も、あらためて浮き彫りになったと思います。
こうした思い込みや風潮があるにもかかわらず、緊急事態宣言中だけは一時的に満員電車解消されました。これは外出自粛やリモートワーク推奨という、国による「お墨付き」があったからではないでしょうか。各企業が自らの意思で働き方を変えたわけではなく、国の施策だから変えたのです。
自ら働き方を変える場合は、その結果に対して責任が伴います。もし生産性が下がったり顧客が離れたりしたら、決定した人たちはその責任をとるよう求められるでしょう。そんな事態はできる限り避けたい──。こう考える企業も多いのではないかと思います。
緊急事態宣言では責任の所在は国にありますから、企業の意思決定者が責任を負う必要はありません。結果、リモートワークはかつてないほどスムーズに実施されることとなり、満員電車も一時的に解消されたのです。
■企業が自ら変わろうとしていないことこそが大問題
ところが、今は全員出社や満員電車が復活しているように、結局は多くの企業が元の働き方に戻ってしまいました。タイミングから見て、原因はとても単純で「緊急事態宣言が解除されたから」、つまりお墨付きがなくなったからでしょう。
これは企業が自ら変わろうとはしていない証しであり、僕はこの点こそもっとも大きな問題だと思います。この先労働人口が減ることを考えると、会社に「いる」ことが大事という働き方からは、もうそろそろ脱却しなければなりません。
リモートワークにあたっては、「部下は上司の目が届く場所で働くべき」「目の前にいないから評価できない」と言う上司もいると聞きます。僕からすると、そういう人は部下との間に、任せる・信頼するという基本的な人間関係ができていないのかなと感じます。以前からずっとあった問題点が、リモートワークになったことであぶり出されただけではないでしょうか。
■「出社して当たり前」を長年続けてきた人たちを説得する
彼らは、全員出社して当たり前という仕事法を長年続けてきました。平時ならこの考え方はそう簡単には変えられませんが、今は状況が違います。柔軟な働き方を望む人にとっては、多くの人がリモートワークを経験した今こそが提案のチャンスなのです。
リモートワークを続けたいのに上司が全員出社に戻そうとする──。そんな人は、継続によって得られるメリットを、上司に「響く」言葉で伝えてみてください。
コロナウイルスはまだまだ収束しておらず、引き続き職場内クラスターや第2波、第3波も懸念されています。こうした現状とともに、リモートワークによって進展すること、例えばペーパーレス化や個々のPCスキル、移動時間の短縮による効率アップなどを伝えてみましょう。
誰もが柔軟に働ける社会を目指す上で、リモートワークには大きなメリットがあります。少なくとも緊急事態宣言中の2カ月間はそれを経験できたわけですから、本来なら企業自らが効率や生産性、社員の声などを調査し、しっかりと評価を行うべきです。その上で、従来の働き方を変えられる部分があれば、この機会にぜひ変えていってほしいと思います。
コロナウイルスは長期に及ぶ可能性があると言われています。私たちは、通勤電車でもオフィスでも密な状況を避けられる、ソーシャルディスタンスを保てる働き方を真剣に考えていかなくてはなりません。
■自ら変わる会社と元に戻る会社に二極化
企業も、在宅勤務を続けるところと全員出社に戻すところとに、はっきり分かれ始めています。前者は、緊急事態宣言をきっかけに「自ら変わる」ことを選択しました。逆に後者は、宣言の解除によって「元に戻る」ことを選んだわけです。
業務の性質上やむを得ないのか、それとも会社にいることを重視する体質なだけなのか。「元に戻る」を選択した企業は、ここでいったん自らを見つめ直してみる必要があると思います。
日本の働き方は、国による働き方改革や有給義務化などで多少いい方向へ変わりました。ただ、これも国の施策に沿って「今できる範囲だけを変えた」という企業が多かったように思います。
この時とは違い、今回の緊急事態宣言は日本の働き方を一斉に、大きく変えるものでした。多くの人が、リモートワークや時差出勤といった柔軟な働き方を経験しました。各企業がこの経験を糧にして、次は自らの意思で変わっていってくれることを期待しています。
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大正大学心理社会学部人間科学科准教授
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など。
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(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 構成=辻村 洋子 写真=iStock.com)
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