なぜ中国は「香港の議会選挙延期」が自らの首を絞める愚策だと気付かないのか
プレジデントオンライン / 2020年8月7日 11時15分
■民主派も「私たちが初の過半数を確保するのを潰すのが目的だ」と批判
香港政府が9月6日予定の立法会(定数70の議会)選挙を1年延期し、来年9月5日に実施することを決めた。
先月31日に記者会見した林鄭月娥(りんてい・げつが)=英語名、キャリー・ラム=行政長官は「1日あたりの新規感染者が100人を超える状況が10日間以上も続き、医療の崩壊が心配だ。予定通りの日程だと、安全で公平な選挙はできない」と延期の理由を説明した。
本当だろうか。感染拡大を懸念するというなら、たとえば関係者全員がマスクを着用して手も消毒し、投票所などでの防疫措置を徹底化すれば、問題はないはずだ。選挙運動中も同様な感染防止対策を行えばいい。
香港では、反政府活動を取り締まる国家安全維持法(国安法)の導入に対し、香港市民が強く反発している。しかも香港政府は中国の習近平(シー・チンピン)政権の傀儡(かいらい)だ。どう考えても、中国がこの市民の反発を抑え込もうとしていることは間違いない。民主派も「選挙の結果、私たち民主派が初の過半数を確保することをつぶすのが目的だ」と批判している。
■国際社会は批判の声を中国の習近平政権にぶつけるべきだ
立法会の選挙には303人が立候補した。しかし、民主活動家や民主派政党の現職議員ら12人が「国安法への反対姿勢」を理由に立候補の資格を取り消された。
選挙は民主主義の原点である。その選挙への立候補を強引に止めさせる行為は、たとえ合法的だとしても、民主主義の否定以外の何ものでもない。社会的にも経済的にも保障されていた香港の自由が消えてしまう。
今後、香港はどうなるのか。国安法は1997年のイギリスからの返還以来の、一国二制度に基づく高度な自治を否定する。高度な自治は返還後50年間継続されることが、中英共同宣言で保障されていた。中国の国際的約束違反であり、国際社会から強く批判されるべき対象である。
日本を含めた国際社会はいまこそ、批判の声をひとつにして中国の習近平政権に抗議すべきである。それができなければ、国際社会の存在価値が問われるばかりか、自国の民主主義体制もぐらつくことになりかねない。
空母の造船などの軍事力の強化、南沙諸島での“領土”の拡大、一帯一路の経済戦略、アフリカへの過度な進出、アメリカとの過激な対立など、中国は国際社会を無視した行いを続けている。世界第2位の経済大国とは思えない。今回の香港の立法会選挙の延期にしても、結局は自らの首を絞めることになる。どうして中国はそこに気付かないのか。
■皮肉にも国安法が幸いして天安門事件の悲劇は避けられた
香港の未来は予測できない。いま言えることは、皮肉にも国家安全維持法(国安法)が幸いして、天安門事件のような悲劇を避けられたということである。
1989年の6月3日夜から4日朝にかけて起きた天安門事件では、中国政府が北京の天安門広場に集まる多くの学生たち若者を武力で排除した。戦車が出動、実弾も発砲された。イギリス外務省の公文書は1000~3000人が殺害されたと推計している。中国政府は実弾の発砲を否定し、死者数を319人と発表したが、国際社会は信じなかった。
中国は国際社会からの批判を恐れている。それゆえ、新たに制定した国安法によって香港の民主化運動を見かけ上、合法的に抑え込もうとしているのだ。中国は国際社会の批判を回避しようと懸命なのである。
以前にも指摘したように、香港で民主化を求める若者たちのエネルギーを抑え込むほど、火山が爆発するように不満がたまり、やがてそれは中国本土の政治体制を吹き飛ばすだろう。そして、それは中国経済の崩壊から始まるのではないだろうか。
■朝日社説は「露骨な自治権の侵害に強く抗議する」と主張
8月4日付の朝日新聞の社説はこう書き出す。
「独特な都市文化を誇った香港の自由が急速に奪われている。中国政府の新法による締め付けの結果であり、露骨な自治権の侵害に強く抗議する」
見出しは「香港の選挙 崩れていく自由の基盤」だ。さらに朝日社説は書く。
「香港では昨年来、デモ活動が続いていたが、香港政府の背後にいる中国政府は市民の声に耳を傾けるどころか、逆に言動を取り締まるための香港国家安全維持法(国安法)を一方的に制定した」
「市民が反発するのは当然であり、それが民主派による先月の予備選挙にも表れた。当局の圧力にもかかわらず60万人超が投票に足を運んだのである」
香港市民の反発こそ、民主主義を求める声だ。
アメリカだけではなく、イギリスやオーストラリア、ドイツ、フランスも香港との間の犯罪人引き渡し条約をストップするなど、立法会選挙の延期に抗議している。もちろん日本政府も香港の非民主的動きを憂慮し、批判を強めている。国際社会はこうした動きをさらに続け、香港政府のうしろに存在する中国の習近平政権の動きを封じ込める必要がある。
■香港政府にとって新型コロナ対策など二の次でしかない
朝日社説は「香港政府がコロナ対策に知恵を絞り、選挙を予定通り実施しようと力を尽くした形跡はうかがえない」と指摘し、「それどころか選挙の公正さはすでに損なわれていた。民主派の候補者12人が、国安法に反対したなどの理由で立候補資格を取り消されていたからだ」とも書く。
傀儡でしかない香港政府にとって新型コロナウイルス感染症の対策など二の次でしかないのである。朝日社説も「こうした経緯を踏まえれば、体制に批判的な言動は一切許さないとする民主派つぶしの狙いは明らかだろう」と分析している。
朝日社説は主張する。
「日本を含む国際社会は、香港の自由剥奪の動きを座視せず、外交的な手を尽くして中国にブレーキをかけさせるべきだ」
「香港から逃れる人々の受け入れなど、香港の人権を守るための国際的な対応策を決め、早急に行動する必要がある」
「自由剥奪」「中国にブレーキ」「香港の人権」と朝日社説は得意の語句を並べるが、今回は不思議と鼻につかない。それだけ香港や中国の動きが異常だからだろう。
■「香港議会選延期 民主主義の形骸化を懸念する」
読売新聞の社説も8月4日付で香港の立法会選挙の延長を取り上げている。見出しは「香港議会選延期 民主主義の形骸化を懸念する」だ。
読売社説は「香港では7月以降、感染者が増加傾向にある。だが、中国や香港政府の説明を額面通りに受け取ることはできない」と書いたうえで、こう指摘する。
「議会選では、中国が香港の頭越しに施行した国家安全維持法(国安法)の是非が最大の争点になるはずだった。反体制運動を取り締まる国安法について、民主派の議員や候補は反対する立場だ」
「民主派の立候補者を絞り込む予備選には、予想を大幅に上回る61万人が参加した。香港政府が延期を決めたのは、国安法への反対世論が噴出し、民主派が勝利することを恐れたからではないか」
今回の選挙の延期理由について、朝日社説も読売社説も同じ見方をしている。沙鴎一歩も同じ見解である。香港政府と中国は香港市民の批判の声を恐れている。もっと言えば、それは中国の国際世論に対する恐れにつながる。
■「わずか1カ月で言論の自由が急速に失われている現状」
続けて読売社説は書く。
「香港での摘発を逃れるため、英国などに滞在する民主活動家ら6人は、『外国などの勢力と結託して国家の安全に危害を加えた』として指名手配された」
「ネット上に『香港独立』の書き込みをした活動家4人は、国の分裂を煽ったとして逮捕された。街頭での抗議活動以外で国安法が適用されたのは初めてだという」
「香港メディアは国安法を意識し、当局批判を抑制し始めた。図書館や学校からは、民主活動家の著作が撤去されている」
「国安法施行からわずか1か月で言論の自由が急速に失われている現状は看過できない」
海外にいる香港市民への弾圧、ネット上での取り締まりの強化、メディアへの圧力、著作物の破棄、言論の自由の喪失……と国安法の悪影響はあまりにも大きい。
最後に読売社説はこう訴える。
「香港政府は、民主派への弾圧を強めるほど、『コロナ対策による選挙延期』という主張が説得力をなくすことを認識すべきだ」
この主張は分かるが、少し迫力不足ではないだろうか。せめて「民主派への弾圧を許すな」と訴えてほしかった。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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