日本の未来を預けるリーダーは若ければ若いほどいいのか
プレジデントオンライン / 2020年8月14日 9時15分
■選挙が迫ると再燃する「73歳定年制」問題
早ければこの秋、とも噂される解散・総選挙。その動きを睨んでのことか、与党自民党の衆議院選挙の比例代表の「73歳定年制」の撤廃を巡る動きが再浮上した。
70歳を超えるベテラン議員が撤廃を訴え、若手がこれに猛反発した。結局、現状のまま「棚上げ」という自民党らしい決着を見たが、この「定年制」の有無が私たち、とくに若い世代に極めて重大な影響を及ぼしているのだ。
「73歳定年制」について少し捕捉をしておこう。これは、自民党が独自に定めた衆議院選挙の候補者選定基準である。周知のとおり、衆議院選挙は、1つの選挙区ごとに議員1名を選出する「小選挙区制」と、各政党が獲得した得票数に比例して政党に議席が配分される「比例代表制」で行われる。
比例代表は小選挙区との重複立候補ができる。立候補する側からみれば、「復活当選」のチャンスがある重複立候補は魅力的だろう。
しかし、この重複立候補をしない、あるいはできない議員もいる。安倍晋三総理、小泉進次郎環境大臣などは、自ら重複立候補を辞退している。落選する確率は極めて低い人気のある候補者は、小選挙区のみに立候補する。
これに加えて、自民党内のルールで、公認時に73歳未満の候補者は小選挙区と比例区での重複立候補することができない。これが「73歳定年制」である。
■ベテラン議員と若手議員の軋轢
このルールは、2003年に小泉純一郎元総理が厳格に適用することを決定した。当時、いずれも80代だった大物政治家である中曽根康弘、宮沢喜一両元首相をも例外とせず、この定年制を適用し、引退を迫ったことは有名である。
この「73歳定年制」は、選挙が近づくたびに若手とベテランの間の軋轢をもたらしてきた。今回、これに異議を申し立てたのが、衛藤征士郎元衆院副議長と平沢勝栄広報本部長である。両議員とも70歳を超えるベテランだ。両議員は二階俊博幹事長や下村博文選挙対策委員長と面会し、「73歳定年制」の廃止を直訴したという。
衛藤議員は、毎日新聞(2020年7月1日)の取材に対し、「豊かな日本しか知らない議員だけではなく、厳しい時を体験している議員がいることは貴重だ。同じ党内で役割分担ができた中選挙区と異なり、小選挙区では議員はあらゆる分野について知っていることを求められる。地域の声をしっかり国会に届ける意味でも長い経験を持った議員は必要だ」と答えている。衛藤議員らから「定年制廃止」の要請を受けた二階幹事長も「当然じゃないか」と応じたと報道されている。
一方、若手は当然反対だ。45歳以下の国会議員や地方議員で構成される「青年局」は、この「定年制廃止」の問題提起にいち早く反応し、「73歳定年制」の維持を下村選対委員長に申し入れた。
小林史明青年局長や元局長の小泉進次郎環境大臣は、小選挙区には定年はないのだから、比例代表で重複立候補をすることに固執せず小選挙区で立候補すればよい、比例枠は女性や技術に精通した専門的な知識を持つ議員を増やすことに利用したほうが党にとってメリットが大きい、と強調した。
■国会議員の高齢化がもたらす若い世代への不利益
定年制は、二階幹事長が指摘するように「当然」撤回するべきルールなのだろうか。確かに、政府自身が「人生100年時代」という今日、年齢によらず高齢者が意欲を持って働くことのできる社会にしていくべきだろう。
しかし、ここまでに行われた議論は、いずれも、自民党やそこに所属する議員にとってどのようなメリットがあるかという観点で行われており、私たち国民にどのような影響があるのかははっきりしない。
日本では、国・地方によらず議員の平均年齢は国民全体の平均年齢よりも高い。そのため、高齢の政治家が可決した法律で、若い世代の利益が損なわれる可能性はないのかという点も気になる。
ずいぶんと前置きが長くなったが、この点を考える判断の根拠となる研究を紹介するのが今回の記事の目的である。
■市長選挙5770回のデータから見えてきたこと
それは、ハーバード大学のチャールズ・マクリーン研究員が、2004年から2017年までの間に日本で収集した、5770回の選挙に出馬した計1万人以上の基礎自治体の市長候補者のデータを用いて行った最近の研究である。
国会議員を対象にした研究ではないものの、この研究の含意は今回の問題を考える上で有用である。そもそも議員の年齢に着目した研究はいまだほとんど存在しない中、この研究は、「回帰不連続デザイン」という統計的な手法を用いて、市長に当選した候補者の「年齢」が、自治体の「支出」にどのような影響をもたらすかを厳密に分析している点で優れている。
自治体の首長の年齢は無作為に決まっているわけではない。高齢の首長の人気がある自治体と、若年の首長の人気がある自治体では、住民の構成が異なっていると考えるのが妥当だろう。このような場合、それぞれの自治体の差が、首長の年齢の違いからくるものなのか、それともその自治体の住民の違いからくるものなのかと区別することが難しい(専門用語ではセレクション・バイアスが存在するという)。
こうしたバイアスを除去するために、選挙で、若年候補者がほんの僅差でギリギリ高齢候補者に勝利したというケースに着目することで、偶然、高齢の市長に代わって若い市長が選出されたことの効果を推定しようとしたのである。
■若いリーダーは子どもたちの教育と福祉を優先する
この結果、明らかになったことは以下の通りである。
まず、第1に、45歳以下の若年市長は、子供の教育や福祉に対する支出を大きく増加させる。図表1(a)と(b)をみてみよう。これは、縦軸が(a)が子供の教育や福祉に対する支出の変化、(b)が高齢者の医療や介護に対する支出の変化をあらわす。横軸は45歳以下の市長候補と高齢の対立候補の得票差を示しており、0のところで当選が決まる。
(a)を見ると、45歳以下の若年候補が、ほんの僅差でギリギリ高齢の対立候補に勝利した時、その自治体の子供向けの教育や福祉への支出は増加する。具体的には、支出は7~14ポイントも増加し、金額にすると15歳以下の子供1人当たりの支出が356ドル(約4万円)増加するという。
(b)をみると、高齢者向けの医療や介護に対する支出は0~7ポイント減少している。ただし、この差は統計的に有意ではなく、45歳以下の候補者が僅差でギリギリ当選すると、高齢者向けの支出がカットされるというエビデンスは確たるものではない。しかし、高齢者よりも子供が優先されていると言ってよいだろう。
![Younger Mayors Increase Spending on Child Welfare](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/a/670/img_cae1fa9cb6f85bee7274b6d5d5cf387a162907.jpg)
■日本は未来に賭けられる国になっていない
第2に、45歳以下の市長は、子供の教育や福祉に対する短期的な再分配ではなく、より長期的な「投資」を行っている。図表2(a)と(b)をみてみよう。(a)は、子供向けの支出のうち、(児童扶養手当などの)短期的な控除や給付額の変化、(b)は(保育所の建設などの)長期的な投資額の変化を見ている。これをみると、45歳以下の候補者が僅差でギリギリ当選しても、短期的な控除や給付は増えないが、長期的な投資が増加する。
![Younger Mayors Invest More in Child Welfare](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/3/670/img_f314f2ff8ccc00dfcec236d8d019d87b154527.jpg)
なお、若年と高齢候補者が僅差の選挙戦を行った自治体に注目するという分析のデザイン上、若年(あるいは高齢)の候補者同士の場合にどうなったのかは分からない。したがって、首長の絶対年齢さえ若ければこのような傾向が表れる、とまではいえない点は留意が必要だ。
日本では、社会保障には世代間の対立した需要がある。つまり、高齢化が進む中で高齢者向けの医療費や介護に使うべきか、少子化が進む中で子供向けの教育費や少子化対策に使うべきか。こうした中で、政治家の「年齢」が社会保障の資源配分に大きな影響を与える可能性があるということは重要な発見である。
医療費の60%以上は65歳以上で発生し、国全体の総額は年間43兆円を超えている。65歳以上の高齢者人口が全体の3分の1になると予測される2025年には、医療費は60兆円に達するとの推計もある。一方、科学技術や子どもの教育に割り当てられる文教予算はたったの5兆円ほど。GDP対比でみた公教育への支出額は、先進国の中でも最低水準となっている。
慶應義塾大学の安宅和人教授は、話題の新著『シン・ニホン:AI×データ時代における日本の再生と人材育成』の中で、次のように述べている。
「お金はあるのだ。むしろリソース配分の問題であり、未来に賭けられる国になっていないだけなのだ」(P315)
■「私たちの投票行動が、私たちの生活を変える」
衛藤議員らは、6月30日の総務会で定年制廃止を提案する予定だったが、小林青年局長らが党内で集めた定年制維持を求める署名が100名を超えたこともあり、結局、提案を見送った。いったんは、定年制維持で決着したとみられているが、この話は解散の観測が出るたびにまた蒸し返されるだろう。
前回(2017年)は、当時の青年局長であった鈴木馨祐議員(現外務副大臣)が定年制を堅持するよう、当時の選対委員長に申し入れている。そして、再び2020年に同じ議論が繰り返されているのだ。この話はだいたい都知事選のまっただ中やコロナ禍で課題が山積しているような火事場で蒸し返されるという特徴もある。
私がこの研究から得られる知見として重要だと思うことを繰り返し、述べたい。「私たちの投票行動は、社会保障の資源配分に影響し、私たちの生活を変える」ということだ。
自民党の「定年制廃止」に関する議論をひとごとととらえるべきではないし、定年制廃止が「当然」行われるべきこととは到底言えない。今後も、この議論を引き続き注視していくことが必要だろう。
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慶應義塾大学総合政策学部教授
1998年、慶應義塾大学卒業。米コロンビア大学博士。日本銀行、世界銀行勤務を経て、2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授。著書に『「学力」の経済学』などがある。
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(慶應義塾大学総合政策学部教授 中室 牧子)
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