コロナで意外な展開「日本のハイテク便座」がアメリカで爆売れしている
プレジデントオンライン / 2020年8月17日 11時15分
■米国では過去30年近くコツコツと売っていたが…
新型コロナウイルスの影響で、温水洗浄便座の売れ行きがアメリカで好調だ。
日本国内シェアトップ・TOTOの「ウォシュレット」は、今年1~3月の米国での売上高は前年同期比約2倍。国内2位・LIXILの「シャワートイレ」は、4~5月で同6割増になった。
ヒットの下地はコロナ以前に出来上がりつつあった。2020年6月に発売から40周年を迎えたTOTOの「ウォシュレット」は、米国市場では過去30年近く地道なプロモーション活動をしてきた。昨年1年間は販売台数で前年比25%増を実現。新型コロナウイルスの感染拡大が、その流れをさらに加速させた。
LIXILは米国で3月、シャワートイレが紙の代替になることを訴えるオンライン上の販売促進キャンペーンを実施。多くの消費者が必要に迫られて試す気になったとみられ「便利さと衛生面での優位性を実感したことが売上増につながった」(広報)という。
日本国内では、洗浄便座の普及率が8割に達している。日本人にとってはもはや当たり前のものだろう。だが、欧米では文化の違いから普及は進まず、多くの人にとってなじみの薄いものだった。日本のトイレメーカーは、コロナ危機をチャンスに代えることができるだろうか。
■米国ではコロナ対策として「必需品」に格上げされる可能性
かつて来日したマドンナがほれ込み、レオナルド・ディカプリオなどハリウッドスターも自宅で愛用しているという日本製の温水洗浄便座は、温水の温度や噴射の角度をコントロールし、温風乾燥に脱臭効果、ノズルや便器内の自動洗浄にふたの自動開閉など、他国の類似製品を圧倒するハイテク技術を誇る。
米ブルックリンの自宅の一角でAirbnbを営む日本人女性は、旅行者用に貸し出している居室のトイレにウォシュレットを備え付けている。利用者が口コミサイトに書き込んだレビューのほとんどが「ウォシュレットを使って感動した」という声だったという。
欧米人にとって、洗浄便座は、ぜいたく品やオプションのようなものだったかもしれない。しかし、コロナ時代には必需品に格上げされる可能性が見えてきた。
メディアの注目度も高まっている。ニューヨーク・タイムス(NYT)が4月の記事で言及している。テキサス大の医療専門家の話として、お尻は「ウォシュレット」や「ビデ」のような「トイレ用の洗浄専用機器」(bidets or toilet attachments)を使った方が、衛生上も環境保全の観点からも、トイレットペーパーよりはるかに良いと推奨、新型コロナウイルスが排せつ物から見つかったという調査も例示に挙げている。
米国三大TVネットワークNBCの電子版でも4月、米国メーカー製の商品などと比較したトイレ用の洗浄専用機器に関する特集を紹介。トイレットペーパーを作るために大量の水が必要なこと、お尻を洗う方が水量は少なく環境には優しいこと、紙でふいても雑菌は完全には取り切れないこと、お尻の周囲の皮膚は薄くて敏感なので、水で洗う方が良く、最終的には経費を節約できる、といった医療関係者の解説を紹介している。
■日本で進化した温水洗浄便座のルーツ
現代の欧米人にとってなじみの薄い洗浄便座だが、実はそのルーツは日本ではない。17世紀にフランスで誕生した「ビデ」だ。仏語で子馬(Bidet)の意味を持つ。海外のホテルでトイレの横に備え付けられた、水栓付きの楕円形の機器を見て使い方を思案した経験を持つ日本人も多いのではないか。
毎日お風呂に入る習慣のない欧州で、またがって、水栓から出る水で局部を小用後や生理時に洗浄するほか下半身、足などを洗うために使われた。1917年創立のTOTOが「便利な商品」として大正時代に商品化したが、日本では毎日入浴する習慣があるせいか浸透しなかったという。
ビデはその後、痔の治療など医療向けに使われた。TOTOは1964年、この機器に温水洗浄と温風乾燥のついた米国社製品の輸入販売を開始、これが現在の温水洗浄便座の始まりとされる。1967年には現在のLIXILが国産初となる温水洗浄便座つき洋風便器の発売を開始した。
■「ウォシュレット」を医療用でなく一般家庭に
前後してTOTOで1977年、洋風便器の出荷台数が和風便器を逆転した。便器の和洋逆転に創業から60年を費やしたことになる。時代は高度経済成長期の終盤、TOTOには「付加価値を付けた商品を出さなければ生き残れない。『ウォシュレット』を医療用ではなく一般家庭に普及させたい」という経営判断があった。
洋風便器と水洗トイレの普及を追い風にTOTOは1980年「ウォシュレット」を発売。1982年のCM「おしりだって、洗ってほしい」で一躍有名になり、国内シェア1位を不動のものとする。ほかLIXILの「シャワートイレ」やパナソニックの「ビューティ・トワレ」などの温水洗浄便座は一般家庭から商業施設やホテル、鉄道、駅舎、飛行機などの公共の場所にも設置が広がっていく。
業界団体である日本レストルーム工業会(名古屋市)によれば、普及率は2019年で80.4%、100世帯当たりの保有台数は114.4台と、1世帯あたり1台以上を保有するほどになった。
■欧米のトイレは日本より「居住空間」の性格が強い
ではなぜ海外では同じ経過をたどらなかったのか。
まずトイレの話題は「秘め事」でもあり、大っぴらに語るのが難しいのは、おそらく世界共通だ。だから新製品の浸透は、「口コミで広がっていくにはハードルが高い」(LIXIL広報)、かつ時間がかかる。その根拠にTOTOは便器の和洋逆転に60年を費やした経緯を挙げる。
さらに欧米のバスルームと日本の個室トイレの「文化の違い」が横たわる。欧米のバスルームはトイレと洗面台、バスタブ、時としてビデが一つの部屋に収まり寝室のそばに設置されることが多いが、日本のトイレは小さな個室で、北向きにひっそり作られる。
バスルームのトイレ周辺には通常、電源はなく、洗浄便座を備え付けるには大掛かりな改装工事が必要になってしまう。さらにバスルームは日本の個室トイレより居住空間としての性格が強くインテリア重視。機能性重視のハイテク便座は受け入れられにくい側面があり、「装置然としたウォシュレットは売りにくかった」(TOTO広報)ともいう。
■TOTOは北米での売上目標を「5年で3倍」に設定
こうした「教訓」も踏まえ、各社は米国を中心とした海外での拡販強化に乗り出した。TOTOは北米での「ウォシュレット」売上目標を、2022年度は約200億円と、2017年度の約3倍に設定。米トイレ用品大手と法人向けの共同営業を進めている。
体験機会を増やし、住宅リフォーム業者や日本食レストランに優先的に売り込み口コミ効果を狙う。家庭向けにはギフト需要として売り込む。デザインも工夫を凝らし、ニューヨークのショールームにあるウォシュレットはスタイリッシュそのものだ。
LIXILはアジアの生産拠点から米国向けに優先的に生産する体制を整えた。米国の水まわり設備メーカーのアメリカン・スタンダードや、高級水栓金具メーカーの独グローエのネットワークを傘下に収めており、海外市場での機動性は高い。いずれも米国での販売価格は、200~2000ドル前後(2万~20万円程度)と日本の価格帯とほぼ同じか、やや高い。
コロナ禍の終息にはまだ時間がかかるだろう。それはトイレ文化の変革にはチャンスとなる。洗浄便座は「非接触(タッチレス)で作動する自動水栓や便器自動洗浄システムへの注文も急増している」(TOTO広報)という。
かつてLIXILの元CEOは、「iPhone」を浸透させたアップルのスティーブ・ジョブズをもじって、洗浄便座を「トイレ界のiPhoneとしてイノベーションを起こしたい」と話していた。この「アメリカンドリーム」は、全くの夢物語ではなくなってきている。
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ジャーナリスト
元全国紙経済記者。早稲田大学大学院文学研究科演劇専攻中退。米コロンビア大学大学院客員研究員、放送大学非常勤講師(メディア論)、秋田テレビ(フジテレビ系)コメンテーターなどを歴任。著書に『出世と肩書』(新潮新書)
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(ジャーナリスト 藤澤 志穂子)
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