三浦瑠麗「安保法制策定の当事者・兼原信克さんの著書を読む」
プレジデントオンライン / 2020年8月21日 11時15分
■『歴史の教訓―「失敗の本質」と国家戦略』を読む
兼原信克さん著『歴史の教訓―「失敗の本質」と国家戦略』(新潮新書)をご紹介したい。著者は外務省きっての理論派として活躍したのち、2012年12月からつい最近まで7年半余りにわたって外政担当内閣官房副長官補を務め、14年1月からは初代国家安全保障局次長として、集団的自衛権行使を部分容認する安保法制をはじめとする重要政策に携わった。私は、安保法制のオーラルヒストリーを作る過程で初めて兼原さんと親しく話をするようになったが、その後も平成30年大綱で初めて国家安全保障局主導で防衛大綱が策定されるなか、安防懇(安全保障と防衛力に関する懇談会)委員として一緒に仕事をさせていただいた。
「安倍外交」とはいったい何を目指すもので、その本質はどのような精神に立っているのか。今回、まさにその当事者が問題意識のありかを発表したことは重い。
本書の歴史把握には、日本人が避けて通れない戦争の失敗が含まれている。ナショナリズムを基調としながらも当時の世界を合理的に客観視することで、日本が犯した致命的な戦略の失敗を振り返る。現在の日本が当時よりも優れた戦略観を持っているかどうかについては、著者は手厳しい。「外交は常に連立方程式である。全体を見る力がない国は滅びる」。このくだりは現在の日本にも向けられる。
■戦後日本はあるべき形になったのか
かつての日本は、外交から軍事までを包含した戦略的思考の不足を元老の力で何とか乗り越えていた。元老が表舞台から退場すると、外交と軍事の分断が進み、各軍種の近視眼的な発想と度重なる政局によって政策がバラバラになり、硬直化していく。そして、日英同盟というタガが外れたときに、日本は軍を統率する力を失った。最終的には統帥権の独立が政争の具となることで亡国の道へと進んだ。
では、戦後日本はあるべき形になったのか。本書は日本の危うさと精神の正しさを共に指摘する。日本が危ういのは、かつての日英同盟同様、日米同盟という大きな構造、つまりコップの中で生きているにすぎないからだ。コップが取り払われたとき、自律的に戦略的思考を持つことができるのか。有事が訪れたとき、政府はシビリアンコントロールを発揮できるのか。著者は相当懐疑的である。
6年かけて育った国家安全保障会議やスタッフの積み重ねは、平時の訓練にすぎない。有事において頭脳と筋肉と内臓とをつなぐ「脊椎」としての国家安全保障会議が機能できるのか。いまだコップの中にあることが許されているうちに大きく視野を広げ、戦略的思考を養い、シビリアンコントロールを一から学ばねばならない。
とはいえ、本書には日本の精神の部分において楽観も宿る。戦後日本は、米国の価値観をただ受け入れて発展したわけではない。普遍的価値観は過去の日本の思想にも宿っていたとし、未来へ大きく開けた発想を提示している。
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国際政治学者
1980年、神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。著書に『21世紀の戦争と平和』(新潮社)、『日本の分断』(文春新書)など。
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(国際政治学者 三浦 瑠麗)
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